414.さよならの都です
悪夢のような一夜が明け、案の定あの黒い虫の大群のせいでイマイチ寝付きの悪かった俺、セドナ、アストラエは部屋の真ん中で資料とにらめっこしていた。
それは本来表沙汰に出すのは憚られる類の資料だが、ルネサンシウスが「どうせ騎士団を去るから」と多少荒々しい職権行使で手に入れたもの……事件の真相に触れるものだった。
――始まりは、みるみるうちに力を増す帝国への対抗策として始まった研究だったらしい。
言い出しっぺは前の皇王と思われ、何十年も前に始まったようだがそこは裏取りが取れていない。
内容は、テイムドワイバーンやファミリヤ技術のように、人間以外の生物に高度な能力を持たせて運用する技術を飛躍させ、魔物を操れないか――下手すると国際法違反じゃないかという内容である。
曰く、ファミリヤ技術は一定の成果を出したが、魔物を手懐ける手段についてはどれほど試しても安定性に欠けるものが多く、またテイムドワイバーンをそのまま模倣したものについては秘匿して研究することの難しさから早々に見切りをつけたようだ。
王国では当然のように運用しているように見えるテイムドワイバーンだが、実際には世界中で同じことをしている国は二ヶ国程度しかない。それはワイバーンそのものにかかるコストやリスクもあるが、実際には育成や繁殖のノウハウを所持する組織が極めて少ないことに起因するものだ。
ともあれ、あれもこれも上手くいかない魔物操作の研究は、研究者の暗殺――これは先々代のスパルバクスの仕業らしい――によっていよいよ暗礁に乗り上げた。
動物が駄目なら植物系の魔物――アルラウネや見た目が植物には見えないゴーレムなどを操ろうともしたようだが、この頃には魔物操作研究は芽のない扱いになり、だらだら惰性で続いていた感が資料から読み取れる。
ところが今から三年ほど前、突如として研究が動く。
外部協力者から「技術革新」が齎されたらしいが、詳細に関しては不明だ。ともあれその技術革新とやらによってアルラウネ変異種が生み出されたという。アルラウネを寄生虫のように操り、コントロールしやすく数を揃えやすいオークに植え付ける――これが一定の成果を上げたことに皇国の研究者たちは歓喜した。
しかし、それ以降の資料はまだ見つかっておらず、アルラウネ変異種を皇都にけしかけたとほぼ断定された貴族達も口を揃えて知らないだの自分は無実だのと喚き散らしているそうだ。
セドナが眉を潜める。
「無理もないかもね。既に無能認定されたも同然だった上に起死回生の一手が最悪の形で失敗してこの騒ぎだもの。罪を認めてしまえば打ち首は避けられないと思う」
「情状酌量の余地は……うーん……」
「他所の国のことは他所の法律に任せるべきだぞ、ヴァルナ。それに悪気がなかったとか死人が出なかったってだけで減刑が認められるほど、この罪は軽くない」
どんな悪党でも死ぬとなると同情してしまうのは、俺の悪い癖なのかもしれない。そこはもう深く考えまい。問題はそれ以外の所にもあるのだから。
「皇国では前々から間接的とはいえオークが研究対象になっていた。そして、王国ではここ最近品種改良オークの出現が頻発している。更には緋想石……繋がると思うか?」
魔物発生の原因となった隕石、緋想石――それがあれば、アルラウネ変異種という極めて便利な存在を生み出すことも不可能ではない筈だ。俺の視線に、アストラエは唸る。
「まるで無関係だとは言えない。少なくとも何らかの形で繋がっている筈だ。しかしガッツリ繋がると……外交問題だぞこれは」
「それこそ私たちが気にしてもしょうがないし、今はここらが限界じゃない?」
セドナの言い分も尤もだ。この書類とてかなり無茶な方法で手に入れたものだし、この上の捜査はフロルの父君、ミカエル卿辺りに続報を流してくれるよう期待するしかないだろう。俺たちは軽く肩をもみほぐして凝りを取る。
あの皇王か、そうでなくても皇国の一派が王国にちょっかいをかけている可能性は否めない。絢爛武闘大会の決勝に乱入して逃げたあの謎の襲撃犯と皇国が繋がっている可能性もある。だが、どちらも尻尾を掴めていない以上は断定出来ない。
なんとなく消化不良だが、アストラエが努めて明るい声をだす。
「ともあれ! ジュボッコはいなくなり、王国としてはスパルバクスを味方に引き入れることに成功した。随分慌ただしいことにはなったが、皇国視察は十分な成果があった。よって、僕たちのこの国での仕事はこれでおしまいだ! 異議あるかい?」
俺もセドナも異議は唱えず、これにて書類確認は終了と相成った。
◇ ◆
既にフロルを初めとして皇国で世話になった人々への挨拶は済んでいる。
フロルは特にスパルバクスを完全に屈服させた話に感激し、アストラエにキスの嵐を浴びせていた。
「もう、もう!! 幾つ愛の言葉を並べても足りないぐらいに好きです、アストラエ!! なんで貴方はそこまで気高く、そして優しいの!!」
「はっはっは、それほどでも……あるね。何せ僕は君の生涯の伴侶なのだから!」
「アストラエ様ぁ!」
もちろん、当の本人は何で自分がスパルバクスに忠誠を誓われたのか全く分かってない。俺は一応カリムから説明は聞いたけどめんどくさいので教えていない。教えなくてもこいつの場合問題なさそうだもの。
バーナードたちの別れも既に終わらせてある。
彼と彼の仲間達の働きは一先ず罪滅ぼしには充分として許しておいた。一応、また悪い事をしてるようなら捕まえに来ると釘は刺しておいたが、その言葉にバーナードは力ない笑みを浮かべていた。
「俺は暫くルルの我が儘に付き合わなきゃいけないので、そんなことする暇なさそうですよ……」
「なによダーリン、なんか不満げに聞こえるのは気のせいカナー?」
「いえいえ滅相も! ……はぁ、脱走は成功してもこっちからは逃げられそうにないな」
心なしか肌がつやつやしているルルに腕をがっしり掴まれて力なく笑うバーナード。二人の距離感は昨日以上に近い。詮索はしないが、まぁ、そういうことだろう。兄のドルファンは「やっとくっついたか」と言わんばかりに肩の荷が下りたような顔だ。
ミリオとシュタットとも少し話をした。
「俺ら、一儲けしたらもっとワールドワイドにやっていこうと思ってるからよ! いつか王国でも商売しようぜ!」
「ああ、勿論違法品は持ち込まないように気をつけます。ヴァルナさんに目をつけられると怖いので。カリムの顔もたまには見ておきたいですしね」
今回のジュボッコ事件でなかなか狡い商売をしたらしく、それなりに儲けたらしい二人はそれを元手にワンランク上の商売を目指すらしい。とりあえずイセガミ商事とスクーディア系列の商人は絶対に敵に回さない方が良いとアドバイスしておいた。
二人ともセドナにデレデレなので無用な心配かもしれないが。
最後にバーナードは咳払いして、真面目な口調になる。
「ヴァルナさん。ヴァルナさんからすると俺は印象薄かったでしょうが、俺はヴァルナさんに会うまで騎士続けててよかったかもって思ってます。本物の騎士って感じを見て、ああ俺はそこに行けないなって諦めがついた感じが少しありますもん」
「人間なんだから向き不向きはあるさ。騎士にだって転職して幸せになったヤツはいるし。俺から言えるのは、逮捕されるようなことはこれ以上するなよってことだけだ。未来の奥さんの為にもな」
「あのー、それ確定なんですかねぇ……確定かぁ……」
一度疑問を呈しておいて、ルルの方を見て完全に諦めたバーナード。自己弁論出来ないくらい気を持たせることをしてしまったようだ。ルルは逃がさないならそれでいいのか、バーナードの言葉を深く気にせず俺に声をかける。
「今度新婚旅行で王国行くから、アンタ絶対案内しなさいよね! セフィールとかマナとかスラムの皆とかも連れてくから旅館まるまる貸し切りでご馳走奢って貰うわよ! もちろんシアリーズ様とのお茶会のセッティングも!」
この上なく図々しいことを抜かしてきた。
後ろにいた二人の冒険者仲間の内、セフィールが顔色を変える。
「ちょ、ルルちゃん!? お願いだからこれ以上の失礼で私の胃を締め付けないで!」
「大丈夫、騎士ヴァルナは優しいから。頼んだら『宵闇の剣鬼ヴァルナ』ってサイン書いてくれたし」
「こっちもこっちでちゃっかり貰ってる!?」
サインが貰えてご満悦のマナであった。
ともあれ、他国からの客人を無碍にするのもどうかと思ったので前向きに検討しておこう。
「休暇が取れたら歓迎するよ。あ、でも来る一ヶ月前には連絡寄越さないと有給が取れない。取ったとて忙しいと勝手にずらされるけど」
「あぁ、そんなレベルでコキ使われてるんだ、うわー……ごめん、奢ってくれのくだり忘れていいよ。あと、転職した方がいいんじゃない?」
本気の哀れみが籠ったルルの気遣いが一番心に刺さった俺であった。
――それが、一時間ほど前のことだ。
セドナがふとそのときのことを思い出し、口を開く。
「バーナード君、今無職だよね。外対騎士団にスカウトとかしなくてよかったの? 実際に来るかは別として、言うのはタダだからちょっと意外だったんだけど」
「ん? ああ、考えはしたけどね」
確かに騎士団らしい騎士団ではない外対騎士団ならバーナードもやっていけるかもしれない。空気的にも馴染みそうな気はする。しかしながら、俺としては彼を幹部候補生として迎えるには問題があると思い、誘わなかった。
「どんな理由があれ、いざという時に組織から備品盗んで逃げる奴を仲間には出来ない。旗色に関係なく、外対騎士団には逃げちゃいけない時ばかりだからな」
その説明に、セドナとアストラエは成程、と納得した。
彼はルルと自分の命なら、ルルのために命は賭けるかもしれない。
だが、王国の民と自分なら、躊躇わず自分を取るだろう。
俺たちにとっては、そこが一番重要な判断基準なのだ。
こうして、いくつかの謎を残しながら、俺たちの皇国滞在は終わった。
彼らの抱える騎士団が今後どう変わっていくのか
誰が責任を取り、誰が裁かれるのか。
それらの運命の道筋を知るのは、それらの情報が紙媒体にまで圧縮されて俺の手元に届いたときになるだろう。帰り道でも皇国の要人や俺たちの噂を聞いた民が盛大な見送りをしてくれたが、輝かしい繁栄の影に横たわる闇はジュボッコのように一晩で消えそうにはない。
次の行き先は宗国。
流石に皇国ほどのトラブルが待っているとは思いたくないが、一応備えておこう。
馬車に揺られて遠ざかっていく皇都を見て、両目の下に隈を作るほど疲れの溜まっていたらしいメンケントがおもむろに口を開いた。
「グッバイ、ゴキブリの都。頼まれたって二度と来ないからなクソが」
その場の全員が前日の悪夢を思い出し、食欲が減退した。
この旅で、彼の中の大切な箍が緩んでしまったようだ。
余談だが、事件関係者達はそれから暫くちょっとした物音や黒いものに過敏に反応してしまうというトラウマ的症状が相次いだという。中には似たような形の虫を見ただけで半狂乱になる者もおり、後の歴史書には「彼らはジュボッコより恐ろしいものを見た。それは人の文明が育んだ黒い怪物であった」と記されたとかなんとか。
ちょっと後半駆け足でしたが、これにて十九章はおしまいです。
途中正直リアルの方でメンタルの調子が悪かった時期がありましたが、しっかり形に出来て良かったと思ってます。
さて……実は、あと二章くらいで当小説は完結する予定です。果たしてやりたいストーリーを要領よく消化して憂いなく最終章に突入できるかどうか……どーせ完結までに一年以上費やす気もしますが、終わるなら悔いなく終わりたいので妥協はしないつもりです。皆さんよろしければ最後までお付き合いください。
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