短編9 奮起の時です
大陸の田舎から職を探してやってきた少女、アルエッタ。
彼女は幼少期から間の抜けたドジで有名で、人に自慢できるものは一つしかないと公言するほど平凡な娘だ。それを口にすると何故か誰もがアルエッタの胸を見て「なるほど」と納得するのだが、それが何故かアルエッタは知らない。
アルエッタの特技は肩もみである。
そんな彼女は様々なトラブルに見舞われつつも、さる縁から知り合った騎士オルクスの助力によりとうとう王都に辿り着いた。
ここでしっかりお金を稼ぎ、地元の親に楽をさせる。
それこそがアルエッタの目的だ。
「大切な王国初仕事! アルエッタ、燃えてきましたよぉ~!」
有り余るやる気によって彼女の豊満すぎる胸がたぷんと揺れ、それがまた周囲の気を引いた。オルクスはもう何も考えたくないとばかりに目頭を押さえて煩悩を排除した。
アルエッタはまず飲食店でアルバイトを始めた。
お上りさんの定番なアルバイトだが、王都は世界中のあらゆる味覚の流行を取り入れている飲食店激戦区であるため、一向に需要が減少することはない。新人の定番である掃除、皿洗い、そしてゆくゆくはウェイターへの昇格を目指してアルエッタは奮闘した。
が、しかし。
「きゃあっ!」
掃除中に自分が磨いてピカピカにした床で盛大に尻もち。
「きゃああああ!」
皿洗い中に胸がつかえて思うように皿を洗えず割りまくる。
わずか一時間で何故かアルエッタは全身ずぶ濡れで服が少しはだけてしまった。
「あー、アルエッタくん。君はその、非常にやる気と、何やらとても柔らかく立派なものをお持ちであることは理解したが、ちょっと君がいると店の趣旨が勘違いされ……げふん、げふん。ともあれうちのお店に必要な適性が足りないし、スタッフの男たちが飢えた狼のような鼻息になりつつあってすごく風紀が乱れるので、正式採用はなしということで」
「??? ご、ごめんなさい……」
濡れたせいで下着が透けてしまっているメイド服を餞別に、あえなく惨敗した。
「ひぃぃん……都会って厳しいんですね……でも、ウチは負けません! オルクス様にここまで面倒を見てもろうた恩に報いるためにも、頑張れ、ウチ!」
尊敬するオルクスのためにとアルエッタは気合いを入れ直した。
王国に着いて最初の町で早々に暴漢に襲われた所に颯爽と駆けつけて助けてくれたオルクスは、貴族でありながらアルエッタの世話を直接焼いてくれ、いつも気を配ってくれるとても優しい方だ。剣の腕前も凄まじく、なんでも王国一番の騎士団である聖靴騎士団というところのエリートなのだそうだ。
利発そうな顔、鍛えられた体、厳しくも優しく紳士的な精神、その全てがアルエッタには眩しく見える。彼女にとってオルクスは絵本の王子様であった。本物の王子も相当な美形で強かったが、少なくともアルエッタの中では一つ格下である。
アルエッタは次に雑貨屋のカウンター業務を始めた。
「らっしゃっせー♪」
「あの、これ買いたいんですけど……」
「お預かりしまーす!」
カウンター業務は覚えることが少ないため、そんなにドジをせずに済む。アルエッタはこれなら長続きするかもと思いつつお客さんの差しだす雑貨を受け取る。少々胸がつかえて受け取る際に揺れてしまうのが難点だが、ミスはしなかった。ただ、お客さんがやけに男性だらけで「なんに使う気だろう?」みたいな安い小物ばかり何度も買いに訪れるのは不思議だった。
翌日、店長に呼び出された。
「いや、君が悪い訳じゃないんだよ? 君が悪い訳じゃないんだけど……その、なんというかな。売っても利益の少ない小物ばかりが売れて、それ以外が売れなくなってきてるんだよ。そして店の中に鼻息が荒く挙動不審な男がやたら居座ってるとお客さんから苦情が来てね。その、君のやる気は買うが、うちはそういう店じゃないんだよねぇ。別の就職先を探してくれ」
「??? うぅ……お邪魔なんでしたら、諦めます……」
胸元が窮屈な店員用エプロンを餞別に、またもやアルエッタは職場を去る。
誰にでも出来る単純業務だと思ったのに、まさかの二連敗である。
困り果てたアルエッタは、もう多少怪しい仕事でもいいから受けようと決意する。
「クビになるたびにオルクス様に呆れられ、お情けのお金を受け続けるのも申し訳ないし! 今度こそビッグになるぞ、ウチ!」
通行人の女性に「それ以上そこをビッグに……!?」と言われたが、意味は分からなかった。
そして翌日、やたらお洒落な男に非常に耳寄りな仕事を持ちかけられる。「いいよいいよ! 座って飲み物を飲みながらお客さんと楽しくお喋りしてりゃいいだけだし! それにぃ、君ならアフターも……」と、理解の難しい専門用語を話すお洒落なお兄さんに紹介されたのは、やたらと大通りから離れた路地裏のきらびやかな装いの店であった。
なんと翌日から早速働いて良いという許可まで貰えてしまう。
どうやら少し特殊な飲食店の接客業で、実入りは大きく、アルエッタの無駄に大きな胸が有利に働くらしい。遂に活躍の時、とアルエッタは喜びの余り様子を見に来たオルクスに新しい就職先の話を全て余すことなく喋った。するとオルクスは顔色を変えて住所を聞き出し、明日の出勤時に見送りをするから待つようにと念押しされた。
「オルクス様がそこまでしてくれるなんて、きっと立派な職場なんやろなぁ……うふふ」
翌日、就職が決まった筈のお店に騎士の人がぞろぞろと入り、アルエッタを採用してくれたお兄さんと同僚らしいおじさんが連行されていく様に、彼女は呆然とした。店からは木箱に詰められた何かが次々に押収されていく。
「こんの大馬鹿者がッ! 酒を飲んでお喋りするまでは百歩譲っていいとして、その先の行為があることを思いっきり匂わせた物言いをしていたのに何故気付かん!? あそこはいかがわしい行為を無許可でやってる店だったんだぞッ!」
「だ、だってオルクス様! あのお兄さんが、君なら稼げるって……それにオルクス様にこれいじょう、ご迷惑をおかけできんと思うて……ぐすっ」
「……もういい! お前の就職先は私が見つけてきた。私の考えうる限り最も信頼できる筋で、お前の特技も活かせる場所だ。お前の話を聞いて興味を持ってくれている。面接を受けてこい」
「もしも……もしもまた駄目だったら、ウチもう……グスッ、オルクス様に合わせる顔がありません!」
三度目の失敗により、アルエッタも流石に自信を喪失していた。
余りの情けなさに涙で視界が歪み、喉が苦しくなる。
だが、アルエッタの尊敬するオルクスは、どこまでも慈愛に満ちていた。
「~~ッ、もうその時は私の屋敷の専属メイドでもなんでもさせてやるっ!」
「おるぐずざまぁ……ウチ、ウチ幸せモンでずぅぅぅ~~! ふえぇぇ~~~んっ!」
「だからっ、何故泣くっ! というか抱き着くなと……あ、当たって……!」
――ちなみに紹介先は何とこの国の王子様の会社だった。
アイドルなる新世代の音楽を担う少女たちの体のケアをする役割だそうだ。
しかも資格を取ったり学校に通いたい場合、会社が援助までしてくれるという。
(まさか一国の王子とお話をつけはるなんて……オルクス様、ほんまに凄い!)
(何故……何故こんな小娘のためにこの私がこんな心労を……わざわざ王宮に赴いて王子に頭を下げたときの周囲の生暖かい視線、あれは絶対に誤解されている……!!)
……人助けをする度に思い人から遠ざかっていくオルクスであった。
Q.ここまで四日に一回ペースで更新していたのに何故一日遅れたのか?
A.忘れてました。




