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最強剣士、最底辺騎士団で奮戦中 ~オークを地の果てまで追い詰めて絶対に始末するだけの簡単?なお仕事です~  作者: 空戦型
断章 書籍化記念短編集

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短編5 覗かずにはいられません

 王立外来危険種対策騎士団には幾つかの伝統行事がある。

 そのうちの一つが、料理班代表にして王国護身蹴拳術九段を誇るタマエ料理長主導の『王国護身蹴拳術取得・強化合宿』だ。参加者は原則女性限定で、彼女の弟子である料理班は強制参加。その他女性団員は誰でも参加OKな修行合宿である。


 この合宿に限り、騎士団からは人数制限の条件付きで有給休暇が降りる。

 ブラック業務騎士団にしては珍しい配慮だが、これには当然理由がある。

 単純に、合宿参加者がほぼ確実に、より強くなって帰ってくるからだ。


『女は強く逞しくあるべし』というタマエ料理長の主義の下に合宿で鍛え上げられた乙女たちはもれなくその辺のチンピラを一撃で昏倒させるほどの技量を身に着け、男からのセクハラや言い寄りの恐怖から解放される。これが騎士団内の男女の白兵戦時の戦力バランスを大きく偏らせているのだが、一部の女性陣からは「体力がつくし痩せるし修行場にある温泉に毎日入れて綺麗になれる」と意外に評判だ。


 今年はその合宿に二人の新人が参加していた。そのうちの一人――『治癒士』のフィーレスは料理班の面々と共に温泉に浸って艶めかしい吐息を吐いていた。


「本当にいいお湯……訓練の後のこの一時は至福ね……」

「そして温泉から上がった後のキンキンに冷えたミルクを、腰に手を当ててグイっと!」

「おっさん臭っ……普通に飲みなよ」

「いいじゃん別に! 男いないんだし! これぞ女だけの世界の解放感!」


 キャピキャピと騒ぐ若き料理班の乙女たち。

 フィーレスもまだ20代前半なのだが、メンバーの大半は20歳より若いため元気が有り余っている。自分が同じ年頃だった頃はあんなにはしゃいでいなかった、と彼女は不意に自分の過去を振り返った。


(学生時代は王国くんだりまでやってきて仕事するなんて夢にも思わなかったな……)


 子供の頃に偶然怪我を治してもらった治癒士に憧れて皇国学校で医学を学んだフィーレスだったが、その学生生活はひたすら勉学に追われる日々。化粧とアクセサリ程度のたしなみはあったが、それも学友たちに勧められた範囲でしかなかった。


 やっとの思いで治癒師になったフィーレスだったが、待っていたのは彼女を治癒師としてではなく女として見る皇国の金持ちたちの、唾でもつけておけとでも言いたくなるしょうもない怪我の治療ばかり。

 嫌気が差した頃に王国にヘッドハンティングされ、今のフィーレスの職場がある。

 相変わらず女として見られている感はあるが、少なくとも皇国よりはきちんと仕事能力を求められているので、悪くない職場だと思っている。


 感慨にふけっていると、料理班の少女の一人が身を乗り出してフィーレスに近づく。


「……そういえば、フィーレス先生って彼氏いるんですか?」

「え? 彼氏?」

「フィーレス先生ってぶっちゃけ美人女医じゃないですか!」

「確かに! お姉さまったらスタイルもいいし小顔で知的だし、理想の治癒士って感じですもの!」

「特権階級の人にも結構言い寄られてますし、逆玉とか考えないんですか?」


 料理班の乙女たちがお湯を掻き分けてフィーレスの周囲に集まってくる。若さが有り余っている彼女たちから見ても、フィーレスという女は王立外来危険種対策騎士団に不釣り合いな程の美貌の持ち主だった。

 現に、温泉の成分を存分に浴びたフィーレスの肌はほんのり朱に染まった絹のような白肌を晒しており、お湯が流れ落ちて湯気の立ち上る肢体は女性陣さえも一部が生唾を飲み込んでいる程に艶めかしい。濡れた美しい金髪から垂れる一滴のなんとあでやかなことか。こんな艶姿を男が見ればひと昔前のギャグの如く鼻血を噴出してしまっても可笑しくはない。

 しかし、フィーレスは不思議そうな顔で首を傾げる。


「やぁね、そんな浮ついた話なんてないわよ?」

「ええーーっ!? ウソだぁ! 先生なんて絶対告白され放題の男選び放題じゃん! 何で!?」

「だって昔は勉強で忙しかったし、仕事始めたらそれはそれで忙しいからお付き合いする暇もないし。何より私、年下趣味だから職場内にあんまり好みの子がいないし」


 学生時代から男性に告白されたことは数多あったが、それは環境のせいで殆どが同年代かそれ以上だったので、誘いの殆どを断ってきた。

 フィーレスの発言に、料理班の乙女達が懸念を露わにする。


「ダメよお姉さま! 命短し恋せよ乙女だよ!? 賞味期限切れてから男探したら遅いんだよ!?」

「若干の問題発言があった気がするのはさて置いて、仕事も程々にしないと恋愛なんてできなくなっちゃいますよ? ホラ、出向組なり新人組なり誰かいい感じの子とかいないんですか!?」

「面子の中ではカルメくんが近いけど、近いだけでちょっと違うのよね……」


 フィーレスの好みは世話を焼きたくなる男だ。

 世話の焼ける男ではないのが重要である。

 その点カルメはなかなかフィーレス好みなのだが、彼――たぶん――はどちらかというと弟のような感じがして恋愛対象として見られない。


「えー、いいじゃんカルメくん。カワイイし。私あの子が男でも女でもイケるよ?」

「えっ」

「えっ」


 発言者の女子の両サイドにいた子が身を引く。

 逆に身を乗り出す女子もいる。

 やはりこの職場は変人の巣窟だな、と他人事のようにフィーレスは思った。


「……それはそうとして、気になってることがあったんだけど。温泉の敷居に屯してる子たちは何やってるの?」


 さっきから、温泉の淵にある敷居の前に謎のメンバーが集まっているのが、先ほどから彼女は気になっていた。あれは確か、今回の合宿に特別強制参加させられている騎士ヴァルナの為に即席で用意された敷居の筈だ。彼女たちはその敷居の前で一心不乱に何かを見つめている。


「ちょっと、まさか覗きじゃないでしょうね?」

「シッ! 静かに! いまイイところだから……!!」


 案の定、彼女たちが集まっている敷居には僅かな隙間があり、その向こう側にいる騎士団期待の新星ことヴァルナを覗き見しているらしい。ちなみにフィーレス的にはヴァルナは嫌いではないが、彼は自立心が強いので好みとは少し違う。

 覗き女子たちは先ほどから鼻息が荒く、食い入るように壁の向こう側に情熱を注いでいる。


「ヤダ、訓練の時は『男にしては』くらいにしか思ってなかったけど、あの体やばっ……」

「はぁ、はぁ、ええいたかが若造の騎士の裸体、何故アタシはこんなに夢中で見ている……! 湯気が邪魔よ……なんでこんな時だけめちゃくちゃ都合良い場所に立ち上るのよ、湯気ぇぇ……!」

「こういうの、普通逆でしょ? まったく男の裸くらいに興奮しすぎよ」


 実地研修などで患者の裸を見慣れているフィーレスは呆れた表情をしながらチラっと隙間の向こうを見て――。


「……………………」


 何秒か、何十秒か、そこに広がる背中の筋肉に釘付けにされた。

 それは、まさに人体の奇蹟。

 美の女神は、確かに彼の背中に宿っていた。


「ね、凄いでしょ先生?あの背中……!」

「……ち、ちょっとはね」

「私にも見せてー……わーお、すっごい綺麗な逆三角……!」


 まるでエッチな本を発見した男子学生のように群れて男の背中に釘付けになる得も言われぬ光景は、数分後に温泉に入ってきたタマエ料理長が彼女たちの背中に「いい加減におしッ!!」と冷水をぶちまけて怒るまで続いたという。

 翌日、何故か赤面しつつもチラチラと自分に向けられる視線を受けて、理由の察せないヴァルナは頭上に盛大なクエッションマークを浮かべる他なかった。


「俺、何かしましたかね? フィーレス先生は何か知ってます?」

「さ、さあ……いいから組手やりましょ? ここ最近引き分け続きだものね!」


 普段はヴァルナに勝ち越すほどの格闘センスを見せるフィーレスだが、この日は集中力が乱れてボロ負けした。


 ――彼女たちは、後にヴァルナの背中がマッスルオデッセイ背中部門で大賞を獲得し、初のロイヤル寄りシュタイリッシュのマッスレストで受賞したとして歴史に名を残す事を知らない。仮にこの未来を聞いたとて、どういう意味なのかは全く分からないと思われるが。

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― 新着の感想 ―
[一言] >フィーレスの好みは世話を焼きたくなる男だ。 >世話の焼ける男ではないのが重要である。 豚狩騎士団三大母神の中で唯一男性関係がハッキリしていないフィーレス先生の好みが判明したが…(ノノカさ…
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