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最強剣士、最底辺騎士団で奮戦中 ~オークを地の果てまで追い詰めて絶対に始末するだけの簡単?なお仕事です~  作者: 空戦型
第十八章 密林の調律者

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339. SS:豊かってなんでしょう

・重要でもないお知らせ

最近、小説内にて登場した「生命樹」というワードを作者が途中で間違えて「世界樹」と書いていたことが判明しました。見つけられる範囲で修正しましたが、もしかしたら修正し忘れがあるかもしれませんので、もし発見した方がいらっしゃったら誤字報告等で教えて頂けると幸いです。

……どっちでもいいだろと言われると言い返せませんが。

 アルキオニデス島西部で騎士団が情報収集や偵察に勤しむ中、コーニアは一人海岸線の近くに腰を下ろしてぼうっとしていた。騎士として立派になりたいという熱意はどこにも見当たらず、騎士にあるまじきことにサボリ状態だ。


 理由は一つ。勝手な片思いがいつの間にか潰えていたからだ。


「いや、マジで……俺、どんだけ馬鹿なの?」


 片思いというのも烏滸がましく、勝手にそうかもと思っていただけ。そうだと理解している筈なのに、未だにやる気が全く出ない。


 片思いの相手であるアマルテアは、美人かと言われればそうではなく、可愛らしいかと問われるとそうも思えず、性格がいいかと問われるとそれも違い、しかし何故か目を離せない女性だった。

 実際、異性との交際経験は――結果的に振られたとはいえ――何度かあるらしい。


 それでもコーニアは、彼女の天真爛漫な笑みや我を通しすぎるところ、そしてギリギリの場面でも諦めず踏ん張る姿にこみ上げる感情を抱いていた。


 しかし、気付けばロザリンドとつるむようになった彼女は剣の腕を上げ、騎士ヴァルナとも見知った仲になり、今では騎士団内でも相応の実力を持った存在になりつつある。道具作成班の隅で裏方仕事を延々としている間に、彼女は遠くに行ってしまった。


 既に彼女がコーニアなどより遥かに美形な男性と交際していることを知ったコーニアは、自分でも何をどう思えばいいか分からなくなった。好きだと言いたかったのか、彼女の隣にずっと居たかったのか、彼女の隣にいる男に嫉妬していたのか――自分で自分の抱く感情をはっきりさせなかった結果、すべてが中途半端になったコーニアは、不思議と自分が何をしたいのかも朧気だった。


 一応、コーニアがサボリ倒しているのはロックが「体調不良」と理由を着けて誤魔化している。実際、コーニアの無気力感はそう疑われてもおかしくなく、料理班にも気を遣われて食事に消化にいいものを出されたりしている。

 ぼうっと無駄な時間を過ごすくらいなら氣の練習なり剣の練習なりした方が有意義だと頭では理解できても、実行に移れない。そこが特別な人間と凡人の境目なのだと、彼はなんとはなしに感じた。


「何もかもネガティブでだるい……このまま寝ちまおうか――」


 うんざりするほど雲のない青空を見上げてごちたコーニアは、目を瞑って寝そべる。

 漣の音色が子守唄のように心地よく耳を擽った。

 このまま波に融けてしまうのも悪くない――そんな取り留めもないことを考えていると、漣の音色を遮って誰かが言い合いをする声が聞こえてきた。


「いい加減に捨てなさい、そんなボロボロの履物は。新しいのを買ってあげるから」

「嫌ッ!! なんでそんなことばかり言うの……? お父さん、西の町に来てから違う人になったみたい!!」

「そんなことはない。私はお前の為を思って言っているんじゃないか!」

(親子喧嘩かよ……他所でやってくれよ……)


 四十代ほどの男性と、十代中頃くらいの少女だとコーニアが勝手に推測した二人の口論は、やがて少女の方が「お父さんなんて大っ嫌い!!」という未熟な精神性を感じさせる一言と共に決裂したようだ。少しすると、遠くから誰かが走る音が近づいてきて、やがてコーニアの脇腹に鋭い痛みが奔った。


「きゃあッ!?」

「うぶっ! な、なんだぁ!?」


 飛び上がって悲鳴の上がった場所を見ると、現地人と思しき少女が転んで呻いている姿が目に映った。ふと痛みの奔った脇腹を見ると、草履の形の砂が側面に付着している。暫くして、コーニアは少女が邪魔な場所で寝転ぶ自分に気付かず躓いてしまったのだと悟る。


「痛った……うう……」

「あ――だ、大丈夫か君?」


 少女の苦悶のうめき声に、眠りを邪魔された苛立ちより心配が勝る。立ち上がって少女に近づいたコーニアは、少女の膝が派手に擦り剝けて出血していることに気付く。彼女はそれを手で押さえ、痛がっていた。


 彼女がケガをしたのはアンニュイな気分に酔って職務放棄していた自分のせいでもある。自責の念が湧いたコーニアは、少女の手を取った。そこで初めてコーニアの存在に気付いたのか、少女は驚いていた。


「だ、誰!?」

「俺は騎士コーニア。ごめん、俺が邪魔な場所にいたせいで君を躓かせちゃったみたいだ。お詫びに膝のケガを治療するよ。研究院の方に騎士団専属の治癒師がいるんだ」

「治癒師!? そこまでお世話になれません! これくらい……っ!」

「無理しなくていいって。結構派手に血が出ちゃってるよ? 大丈夫、先生は優しい人だから」


 むしろケガの原因を知れば自分が怒られるかもしれないが、それでも治療を断るほど騎士団の治癒師、フィーレス先生は冷徹な人ではない。後になって思えば余りにも言葉足らずで不器用なコーニアの提案に、しかし少女は遠慮がちに頷いた。


 ――治療そのものはすぐに終わった。

 元々膝の薄皮を擦り剥いただけだ。

 少々派手に血が出たが、治療後の少女の膝に傷の痕跡は残らなかった。

 治療を終えて軽く肩を回すフィーレスが、吐息を吐いてコーニアの方を向いた。


「今回は騎士側に非があったから特別よ? 治癒師の力の行使は本来仕事! 結構ルールはきっかり決まっててね。非常時を除き、慈善活動に使うものじゃないの。次からは洗って傷薬とガーゼだけよ」


 人を助けるつもりで他の人に手間を掛けさせてしまう結果に、コーニアは自分のやったことが正しかったのか確信が持てなくなり、しどろもどろになる。


「本当に、ええと、申し訳ございませんでした」

「私に謝るのもいいけど、その子にも改めて謝っておきなさい……ま、相手に怪我させておいて放ったらかしにしなかった点だけは褒めてあげる。そういう真っすぐさ、なくしちゃ駄目よ?」

「……はいっ!」


 厳しい叱責の後のフォローの一言がコーニアの胸に響く。

 フィーレスは確かに美人だが、彼女が好かれるのはこうしたさり気ない一言も大きいとコーニアは改めて思った。冷静に考えればアマルよりフィーレスに惚れるべきだったのでは、などと考えてしまうほどだ。


 コーニアは改めて少女に頭を下げる。


「本当にごめんな。あんな邪魔な所にいてさ」

「別に……気付かなかったコッチも悪いし……」


 目を合わせず呟くように返事をする彼女を見て、コーニアは改めて自分の役立たず加減に辟易した。こんなときに気の利いたことも言えないで恋も何もありはしない。自分に出来ることなど何もない――と、不意にコーニアは彼女の履物に視線を落とした。


 藁のような植物で編まれたスリッパらしいそれは、鼻緒が緩まって今にも切れそうだった。コーニアは少し考え、これなら自分も力になれるかもしれないと思い立つ。


「ちょっと待っててくれないか?」

「……いいけど」


 ぶっきらぼうな少女の返事を聞き、確か道具作成班が持ち込んだ品の中にあった筈――と、コーニアは足早に目当ての品を取りに向かった。




 ◇ ◆




 コーニアが何かを思って治療室を去っていくのを見送ったフィーレスは、彼が何か明確な目的を持っているのを感じた。本来なら治療の終わった部外者を治療室に待たせるのはいいことではないが、今は幸い忙しくはない。


 少女の方も少女の方で、転んだことより別に気になることがあるのか、どこか塞ぎ込んでいる。気の利かない若者騎士のフォローをしてあげるか、とフィーレスは彼女の横に椅子を持ってきて座る。


「ねぇ、名前聞いてもいいかしら?」

「……」

「私はね、フィーレスって言うの。まぁさっきから名前呼ばれてたけど、自己紹介はちゃんとしたいからね。見ての通りの治癒師です」


 子供に接するように優しい声で、フィーレスは返事をしない少女に一方的に語りかける。決して返事を求めず、決して押しすぎないように。


「私ね、王国からやってきたんだけど出身はもっと遠くの国なの」

「……どれくらい?」


 少女が初めて反応を示す。

 フィーレスは特にそれを意識することなく答えた。


「王国から船で西の方にずーっと行くと、大陸があるのは知ってる? そこの出身」

「大陸……知らない」

「おっきな島よ。この島より何百倍も大きい王国さえ小さく見えるくらい、すごくすごーく大きいの。大きすぎて見て回るのに何年もかかっちゃうわ」

「……ほんと? 実は嘘じゃないの?」

「ほんとよ、ほんと。そこには王国とは違う色んな国があって、その国の一つが私の故郷。でもちょっと私には居心地が悪くてね……今は王国でお仕事してるの」


 フィーレスの故郷である皇国は、大陸最大級の大国であると同時に、様々な問題を抱える国でもある。子供に聞かせる話ではないので多くは語らなかったが、少女は何か思うところがあったのか膝を抱える。


「じゃあ、私とは逆だ」

「逆?」

「わたし、元々は東にいたのに……お父さんに無理やり連れられてこっちに来たの。私は東での生活で十分だったのに、お父さんはもっと豊かに、もっと楽しくって……ばかみたい。こんなの、何が楽しいのよ」


 彼女の服装は現地の子供としてもなかなか上質なもので、帽子も洒落ている。彼女の父は現地でも稼ぎ頭なのかもしれない、とフィーレスは思った。しかし彼女はこのお洒落に興味がないらしい。


 少女はスリッパを脱いで鼻緒を持ち上げる。

 上質な服装と余りにもアンバランスで質素なそれは、草履と呼んだ方が正確だろう。相当使いこんでいるのか、鼻緒が今にも切れそうだ。


「これ、東に残ってるお母さんが作ってくれたものなの。でもお母さんとお父さん喧嘩してて、修理して貰えない。お父さんにそれを言ったら……言ったら……」


 少女の声が微かに上ずる。


「そんな汚いスリッパよりいい靴を買ってあげるって……お父さんなんて、何も分かってないんだから!! 毎日毎日鳥を殺したり猿を捕まえてばっかり!! 私には『無暗に殺してはいけない』って教えてたくせに嘘ばっかりっ!! それで嫌になって走ってたら……転んじゃった。あの人にぶつかったみたいだけどそれも覚えてない。ほんと、ばかみたい……」

「貴方は生まれた故郷に帰りたいんだね」

「……」


 少女は俯いたまま返事をしなかったが、頭はこくこくと素直に頷いた。

 フィーレスは何も言わず、彼女をそっと抱きしめてあげた。


 暫くして少女は落ち着きを取り戻し、そこでやっと少しだけ笑顔を見せた。


「わたし他所からきた人たちは嫌いだけど、おねえさんは好きよ」

「あら、嬉しい。それじゃさっきの騎士さんは?」

「それは……分かんない」


 困ったように首を傾げる少女は、ふと思い出したように顔を上げる。


「あ……そうだ。わたし、カチーナ。カチーナって言うの」

「やっと名前を教えてくれたね?」

「……お姉さんには教えてもいいかなって」


 照れくさそうにはにかむカチーナは、年相応に可愛らしかった。

 と、随分と遅れてコーニアが足早に治療室に戻ってきた。


「ごめんごめん、待たせちゃって!」

「レディを待たせ過ぎよコーニア。で、何その手に持ってる藁?」

「まぁ何というか……失恋の痕跡といいますか……ともかく、そのスリッパ貸してよ。俺が修理するから!」


 息を切らせて戻ってきたコーニアの手には、藁で編んだ細い紐があった。フィーレスは少し考え、意地悪を言ってみる。


「下手な修理より買い替えの方がいいんじゃないのかしら?」

「う、それを言われると……でも、そんなにいい服着てるのにスリッパがこれってことは、よっぽどこのスリッパが好きなのかなって思って……その、俺ってやっぱり女心とか全然読めてないですかね……?」


 どんどん自信なさげに尻すぼみになっていくコーニアに、フィーレスは思わず苦笑した。失恋したと噂は聞いていたが、自信を喪失しすぎである。カチーナはそんな彼に若干不審そうな顔をしたが、やがて自分のスリッパを彼に差し出す。


「上手く修理出来たら許してあげる」

「お、おう。出来る限り綺麗にやってみせるから!」


 彼女からスリッパを受け取ったコーニアは、若干慣れないながらしっかりとした手さばきで修繕していく。

 フィーレスは、コーニアに聞こえないよう小さな声でカチーナに質問する。


「どう、コーニアのこと好きになれた?」

「……知らない」


 顔を反らしてそう返すカチーナの口元は、綻ぶ表情を必死に抑えているような変な形だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] コーニアくん…まぁ、アマルは自分の幸せと感性に非常に忠実な女の子なため、自分の気持ちにさっさと気づけないと、こうなる可能性が大だったので仕方なかったね… でも、新たな恋の予感…?自身喪失中…
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