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12.正しい奥義が分かりません

 騎士の在り方は海外と我が国で大きな違いがある。


 普通なら大きな危険が伴う騎士は爵位においては最下層、もしくは準貴族程度で、高潔な家系の人間が騎士になることはあまりない。


 だが、我が王国は大陸から距離のある島国であるためか、他国と戦争したり死人が出るような外敵と戦うことがない。そのためこの国の騎士は――海外からすれば驚くほどに――貴族率が高い。むしろ平民出身騎士が5つもある騎士団のうち一つにのみ集中しているという状況が特異なのだ。


 騎士は単なる身分ではなく勇猛な戦士の象徴。ある意味で身分以上の『箔』だ。

 物語では騎士と姫の身分違いの恋などがありがちだが、我が王国では何度か前例がある。

 故にこの国では、王家の血を継ぐ者が騎士団に所属することも……決して珍しい事ではない。


「今年の最優秀騎士も、やはりヴァルナでしたね?」

「おいおい、仮にも『聖艇騎士団』の所属であるお前が言う台詞か、それは? お前は本当に彼の騎士が好きだな、アストラエ」

「当然。あれは僕が友達と認めた男なのですよ? むしろ伝説ぐらい作ってもらわねば困るぐらいです」


 王国騎士でありながら王族専用席に座ることを許されたその男――第二王子アストラエの勝ち誇ったような顔に、第一王子イクシオンは苦笑いした。

 士官学校に入って以来、アストラエは二人の得難い親友を得た。

 騎士になる前までは暇さえあれば幾度となくその親友の話を聞かされたものである。

 特に最強の剣士と弟が信じて疑わない騎士ヴァルナに寄せる期待は過大なまでに大きい。


「大体、最優秀騎士を決めるのは父上で――はぁ……。まぁ確かにあの試合内容を見れば誰が最強かは一目瞭然だがな。いかがです、父上?」

「これで騎士ヴァルナ以外を最優秀に選ぼうものなら、家臣に耄碌したかと疑われるじゃろうて。今年の最優秀も騎士ヴァルナに決まりじゃの?」

「ふっ、決めるまでもなくヴァルナは剣術最強ですがね」

「あらあらこの子ったら……」


 まるで自分の手柄を語るように自慢げなアストラエに、王妃メヴィナはくすくすと可笑しそうに微笑んだ。嘗ては王族として自由が許されない環境の中で周囲に反抗的だったアストラエは、二人の友達を作ってからがらりと雰囲気が変わった。刺々しい敵意は鳴りを潜め、以前はぎくしゃくしていた会話も今はこんなにも和やかだ。


 自分の力でアストラエを変えてあげられなかったことに後悔がないわけではないが、息子と共に誓いを立てた二人の騎士と直接話したことがあるメヴィナは現状に納得している。

 確かにあの二人には、自分たち王家にはない暖かさと刺激があった。


(今までにない偉業は今までにない時代の流れを生む。騎士ヴァルナという旋風は王国の行く末をどう変えてくれるのかしら?)


 その変化がヴァルナの目の前に現れるのは――もう少しだけ、先の話。




 ◇ ◆




 御前試合の翌日、正式に王宮で国王イヴァールト六世の祝辞やら褒章やらを受け取った俺は、去年同様たっぷり休暇を貰っていた。

 という訳で、王都で休暇となれば友達三人が改めて集まるのは自然な流れだ。


 式典の為だけに引っ張り出した邪魔な鎧を引っぺがし、騎士として最低限の身なりを整え、最優秀騎士になる度に増える邪魔臭い略章と手入れを欠かさない剣を身に着け、ついでに財布などの小物をベルトポーチに放り込む。後は何度か行ったことのある王宮のテラスに行けば、そこに懐かしい二人が待っていた。


 奇跡的に出会い、交友を深めた二人の親友。

 職場は離れてもこうして機会があれば再会できるのは、嬉しいことだ。

 親友の片割れであるセドナには既に会ったが、もう一人は顔を合わせる暇がなかった。その男――第二王子アストラエは、こちらの顔を見るなり堪えきれないとばかりに喉から笑い声を漏らした。


「よう。相変わらずよく笑ってるな、アストラエ」

「ふくくく……っ。君ねぇ、いくら暴れ足りないからって『次ぃ!』って! 昨日のあれを思い出すと未だに笑えるよ!」


 人の顔を見て笑うとは相変わらず失礼なやつだ。

 内心でそうぼやきながら、俺はテラスの茶会用テーブルの席に座った。

 すかさず横からメイドさんが注ぎたての紅茶を差し出す。

 流石王室、育ちの悪い俺でも分かるほどいい香りの茶葉を使っている。

 しかし、俺達がやるのは礼儀に則った優雅な午後ではなく単なる雑談である。


「あれを言われちゃ聖靴騎士団の面子はピッツァの生地みたいに丸潰れだよ?」

「うるせぇ! 本心じゃないからな! 口が滑っただけだかんな!!」

「はははは……おっと、失礼。遅ればせながら、久しぶりだなヴァルナ! 聞くまでもなく健勝で何よりだ!」


 セドナも後に会釈程度に挨拶し、俺も返す。

 王子として過ごすのが嫌いなアストラエはプライベートでは割と言いたい放題言いまくるタイプの人間だ。普段はいい子ぶっているが、俺に払う礼儀は最低限しかないらしい。まぁ、そういう奴だとは知ってるし今更畏まられても気持ち悪いから許すけど。

 恋愛沙汰を除けば24時間礼儀正しいセドナとは大違いである。


「でもヴァルナくんってば口滑らせすぎだよぉ……しかも究極奥義に究極奥義をぶつけて正面突破一撃って、完全にプライド粉々にしようとしてるよね?」

「言うな! 無意識に最適な攻撃を出したら偶然『十二の型』だっただけだ!!」

「一生習得できないまま終わる者さえいる『十二の型・八咫烏』を無意識で完璧に決めたと? 王国剣士の九割を敵に回す発言が飛び出したな……」

「ていうかさ、あの奥義って全面的に意味不明だよね……指南書に書かれてる内容が『究極の一撃』って書いてあるだけって、どーいうこと? 説明アバウト過ぎない?」

「見て覚えろという事らしいが、正直ヴァルナと『剣神』殿の衝突は一瞬過ぎて何が起きたのやら……なんの参考にもならなかった」

「確かにあの奥義は不親切だ。正直使い時も分からんし……後で教官に教えてもらったところによると、決まった習得方法がないらしい。自分の中で答えを出せ、だと」

「無理ゲーだな」

「理不尽だね」


 三人寄れば姦しいという言葉もあるが、この三人が集まるとそこそこの確率で剣の話が始まってしまう。それだけ共に訓練した時間が長かった証と言えるだろう。


 それにしても、あの最終奥義は二人の騎士の不満がぶーぶーと漏れるのも無理らしからぬ意味不明な奥義である。

 あの奥義、使うには無我の境地に達する必要があるため使い手は技を詳しく説明することが出来ないという妙に概念的な技なのだ。基本は見て覚えるのだが、免許皆伝した今でも俺の使っている『十二の型』が本当に正式な形になっているのか判然としない。


 俺の世代で最終奥義たる『十二の型』を完全習得しているのは今のところ俺だけである。

 具体的には士官学校を剣術二位で卒業したアストラエでさえ、まだ究極奥義を含めて三つの奥義を完全習得できていない。なお、セドナに関しては剣術がイマイチで士官学校の剣術成績はドベ争いの常連だった。


「そういえばセドナ。お前、剣術はどうなんだ? あれから上達したか?」

「全然」

(真顔で言い切った……)


 この話はまったく面白くないと言わんばかりに急にぼりぼりとクッキーを食べ始めたセドナに、俺とアストラエは目を合わせて肩をすくめる。正直、ある程度は予想がついていた結果だ。


 セドナの剣術が上達しないのにはれっきとした理由がある。

 それは先天的な才能ではなく、彼女の置かれた環境に問題があった。


 騎士というのは基本的に剣術には妥協しない。

 叩いて、叩きのめされてを繰り返すことで成長する。

 しかし、気立てがよくて美人で良家の人間であるセドナを相手に本気で叩きのめそうと思える人間が、果たしてこの国の騎士に何人いるだろう?


 騎士に女性は少ないながら一定数存在しているが、俺の年は女性がセドナを含めて五人いた。

 そしてそのうちセドナ以外の四人は常に一緒に訓練をしており、いつも奇数で余ったセドナは必然的に男と摸擬戦や訓練をすることになる。同性相手なら激しい戦いも出来る貴族の男衆だが、女性相手となるとどうしても攻撃に抵抗が生まれ、うまく立ち回れなくなる。

 じゃあ平民ならどうかというと、良家のお嬢様に万が一傷でもつけようものなら社会的に消されかねないという恐怖から思うように手を出せず、やはり本気になれない。


 そんなこんなでセドナは男相手に模擬戦をしては、碌に剣をぶつけられることもないという不毛すぎる剣術訓練をやっていた。


 ……なお、そんなこんなで燻っていた彼女の脳天に容赦なく木刀を振り落としてたんこぶを作った最低の男が俺である。周囲から大顰蹙だいひんしゅくを買ったが、セドナ本人は剣術訓練に果てしなく前向きなので真面目に付き合っただけだろう。手加減はしたし。


「騎士団に入ってもお姫様気質は変わらずか。難儀だな、君も」

「ヴァルナくんしかちゃんと剣術教えてくんないんだもん。アストラエは勉強教えるのは得意なのに剣術は全然教本と違う動きするし」

「うっ……そうは言うがね。僕は幼少から騎士の剣術ではなく王宮護剣術を習っていたんだから動きが違うのは……」

「しょうがないんでしょ? はぁ……結局最後まで真面目に剣を教えてくれたのってヴァルナ君だけだよ。ヴァルナ君だけが私の事を分かってくれるんだよ……ヴァルナ君がうちの騎士団にいれば毎日毎日浴びるようにヴァルナ君の剣を叩き込まれるのに……」

「おい、なんか危ないこと言い始めてるぞこの女!?」

「『無傷の聖盾』の二つ名よろしく士官学校以上に過保護に守られているようだよ」


 ぶつぶつと「ヴァルナ君がヴァルナ君はヴァルナ君の……」と呪いの言葉みたいに人の名前を連呼する友達の姿はまるで地を這う幽霊のようである。騎士団に入ったら流石に甘やかされないだろうと思っていたのだが、彼女はどうやら「人に甘やかされる才能」があるらしい。

 それはそれで使いようによっては強いリーダーシップになる訳だが、彼女は騎士としてもっと剣術を学びたいのだ。


 実際、筋力はともかく彼女の技量は決して低くはない。

 成績が悪かったのも訓練経験の少なさと覚えた奥義の量の問題だ。

 鍛えればもう少し覚えられるし、実力もつく筈だ。


「しょうがない……王宮の裏にちょっとした訓練場があるんだ。昨日試合だったヴァルナには悪いが、久々に三人で剣術訓練でもしようじゃないか」

「ホント!? 嬉しい!! 二人同時に教えてくれるんだよね!?」

「ああ、まぁ……昨日は暴れ足りなかったし、運動がてら付き合ってやるよ」


 さっきまでの落ち込みはどこへやら、がばっと顔を上げたセドナは満面の笑みを咲かせた。

 なお、アストラエは動きを教えるのはヘタだが指摘は結構的確なので、一人だといらない子だが二人以上で輝き始めるという摩訶不思議な性質を持っている。


「将来の『聖艇騎士団』団長たるこの僕と、既に伝説になっているヴァルナの指導だ。強くなってもらわないと困るよ? 将来の『聖盾騎士団』団長さん?」

「なれるよ! 今日一日で新しい奥義をマスターすることだって無理じゃない! だって、この三人だもん!!」

「やれやれ、不本意ながらなってしまった『伝説』とやらの名に恥じない指導をするとしますか……」


 こういう訳の分からない盛り上がりは、学校時代にもよくあった。

 こいつらは、変わらない。

 変わらないことが分かってよかったと思える自分がいる。

 案外、そういうのが得難い幸せなのかもしれない。


 三人同時に紅茶を飲み干した俺たちは、席を立って騒ぎながら訓練場に向かった。

 ちなみに、やる気がオーバードライブして興奮しまくったセドナは本当にその日のうちに新たな奥義を習得した。

 ……まではよかったが、アドレナリンが出過ぎた彼女はそのまま夜が明けるまで俺達を訓練に付き合わせたのであった。その体力どっから出てくるんだ。後学のために教えろ。非常時のドーピングとして使えるかもしれん。


「まだまだまだまだ!! 私の限界はこんなもんじゃ――」

「いい加減に……せんかいッ!!」

「え? ――フギャッ!?」


 夜通し付き合わされた俺は流石に我慢できなくなり、怒りの脳天直撃ソードで彼女を昏倒させた。


 流石に体にガタが来た俺は、気絶したセドナが倒れないように抱えながらフラフラよろける。

 夜が明ける頃には地べたで爆睡してたアストラエを踏んだ俺は悪くない。

 グエっ、と王族らしからぬ声を上げたアストラエの横に特大のたんこぶを頭に抱えたセドナをそっと置き、俺もその隣に座り込む。


 思えば学生時代もこんなバカな一日の終わりはそれなりにあったな、と思い出した俺は項垂れる。こいつら、変わってないのはいいけど変わらなすぎである。いつも貧乏くじを引いてる気がしてならない不条理さに、俺は堪え切れず叫ぶ。


「俺の……友達は……馬鹿ばっっかりだチクショーッ!!」


 眠気に負けそうな俺を慰めてくれるのは、やけに目に沁みる曙の陽光だけであった。

 ああ、なんか知らんが今だけはノノカさんに「えらいゾっ♪」って褒めてもらいたい気がするよ。

 それでも、そこも含めてやっぱり友達な二人を放っておけずに王宮に運び込んだ俺であった。

やっぱり3人は友達。

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