第五時限目 入退場管理
「とりあえず、こちらに」
「はい……」
女の人の指示で、ゲート脇の街灯に近い少し明るい場所に移動する。
もう一人の男の人は物見遊山といった気を抜いた感じで、僕らの後ろをついて来てる。
「それでは、話を伺いましょうか?」
振り返った女の人は両手を腰に当てて、僕に会話を振ってくる。
なんていうか明らかに上から目線な感じ……なんだけど、胸を突き出した感じのそのポーズも様になってる。
身長は160cm代の後半くらいあって、プロポーションが良くて長い髪の毛の耳から下がってる部分がカールされてる。口調も目力もどっても強そう。僕の趣味とは方向性がかなり違ってるけど、なんだかとても『ゴージャス』な美人さんといった印象の先輩だ。
「相模さんに関しては、閉鎖区域管理会社(GCSS)から昨日、一昨日のヴィレッジ退場時間が深夜にかかっているということで、学園に報告が挙がってきています」
「は、はい!?」
え、生徒証があれば『武蔵野ヴィレッジ』への出入りはいつでもOKじゃなかったの? 入学前に一通り読んだはずだけど、下校時のより道禁止なんてせこい校則は、生徒の自主性を重んじる曙光学園にはなかったはず。
警備会社から学園に連絡って、なにそれ?
「下校時のより道禁止なんて校則ありましたっけ?」
「ないですわね」
「なら僕は何故?」
規則にないなら、今の僕はセーフになるかも。
「『武蔵野ヴィレッジ』への外部入場者は、入場時に用件と所要時間の予定を記載して立ち入っていることになっています。それは学園生においても例外ではありません」
あ、なんかダメな予感が……
「新入生の学期始まりのこんな時期に用もないのに毎日ヴィレッジ内を深夜まで長時間うろついていたら、不審に思われるという発想にはなりませんの貴方?」
「は、はい。申し訳ありません」
方針決定。知らなかったんです以後気を付けますで謝り倒して、なんとか見逃して貰う作戦しかないよね。
「で、こんな時間まで相模さんは何をしていたの?」
「あそこにある桜の園で、一昨日、昨日、今日と桜が散るのを見てました」
僕の告白に女の人が目をぱちくりとさせる。どうやら僕の答えは予想外だった模様。
「学校が終わってからこの時間まで桜見物?」
「本当です。写真とか動画もあります」
本当なの? みたいな顔で聞いてくるので、慌てて僕は自分の携帯端末に入っている写真や動画を見せる。
本当は、動画とかを流して撮っていたら、桜の園から彼女が現れる姿が収められるんじゃないかと期待してた部分があるんだけど、それは勿論言えない理由で……
「確かに桜ばっかりですね」
付き添いっぽい男の人が僕の端末のホルダーの中身を確認して、女の人に内容が正しいことを保証してくれた。
「呆れた。新入生のこの時期に他にしようと思うことは無かったの?」
「すいません。ここの桜が本当に綺麗だったものですから……」
やれやれといった感じで、女の人は僕に端末を返してくれる。
言葉も険がある感じではないし、なんか無罪放免にして貰えそうかな?
あとは話題をなんか探して……
「ここで質問するために僕を待ってた……ってことは、お二人は風紀委員の先輩なんですか?」
「なっ……、二宮君!」
場を和ませようかと思って僕が言葉を発した瞬間、二人の雰囲気が変わってしまった。
「悪いね」と言いながら男の人は僕の腕をねじり上げて拘束?するみたいな姿勢をとってくる。
中肉中背の体型で特に目立たない容姿の先輩かと思ったら、護身術でも極めてるのかという動きで僕はあっさり捕まってしまった。
「今年の入学式の新入生の欠席はありません。
貴方は一体誰が成りすましているんですの?」
女の人は男の人が持ってきていたカバンを開けて、何か機械を取り出すと険しい表情で、掴まれている僕の右手の親指に押し当ててきた。もしかしてこれは指紋認証?
「……相模陸? 本人ですわね?」
勿論、機械に表示されるのは当然ながら僕の顔写真だ。
それを見て拘束を解いた男の人は、ついでのように別の機械を僕の右目の前に差し出した。
今度は網膜パターン照合みたいだけど、これも勿論、僕の顔写真が表示されるだけだ。
「慌てさせないで頂戴……」
深々と溜息を吐いた女の人は、僕に向き直って仕切り直しといった感じでまた腰に手を当てて話し始めた。
「もう一度聞きます。私は誰だと思いますの?」
「あの、本当に全く心当たりがないんですけれど……」
女の人は不思議そうな顔で先ほどの質問を繰り返してくる。
不思議なのはこっちだよ。生まれて初めて出会った人に「私は誰?」と言われて分かったら、そっちの方が明らかに変だと思わないのかと……
「私は曙光学園の生徒会長の南條綾香で、こちらは書記の二宮君ですわ。
相模さん、私は入学式で新入生の皆さんへの歓迎の言葉を沢山お話しして生徒会メンバーの紹介もしたと思うのですけれど、貴方は一体何を聞いていたのです?」
「えっ……」
憤懣やる方ないという表情で、女の人が自己紹介する。
げっ、やばい。
さっきから、えらく拘るなあと思ってたら、こういう展開だったのか……
「すいません。生まれた初めての経験ばかりで疲れていたので、入学式の最中に寝てしまって、途中から記憶が全くありません……」
大失敗を悟って完全降伏モードで平謝りに入る僕。
「そうなの。それなら仕方のないことかしら? 二宮君、どう思う?」
明らかに仕方ないとは思ってない表情で、女の人、もとい正体が判明した生徒会長の南條先輩が書記の二宮先輩に会話を振る。
「はい、横でお聞きしていた会長の在校生代表としてのお言葉は素晴らしく、これから三年間の学園生活に向けて新入生の大きな励みになったものと思います」
「入学式の途中で寝てしまって内容どころか私の顔すら覚えていない生徒がいたりしたらどうかしら?」
「そのような不届きな新入生が、我が栄えある『曙光学園』にいるはずないじゃないですか」
「そうですわね?」
「勿論です、会長」
ああ、やめてください。もう僕のライフはとっくに0です。
「だそうですけど、相模さんの感想はいかがかしら?」
そんな恐ろしそうな笑顔で、いかがかしら?と言われましても。
「本当に申し訳ありませんでした。次回以降の学校行事には、誠心誠意参加させて頂くことをここに誓いたいと思います」
「あら、本当かしら?」
本当です。だからどんな手段で僕をヤってしまおうかしら、と、考えてそうな顔はやめてください。お願いします……
猛獣のように僕の周りを回りながらお小言をいう会長さんに、明日からの学園生活の無事を思って、ひたすら謝り続ける他ない僕なのだった。
頑張ることしばし、ようやく会長さんのご機嫌もこの世界に戻ってきたご様子。
「なんにせよ、もう充分堪能したでしょうから今日をもって貴方の今年のお花見は終了。明日からは他の外部生生徒と同じように普通の時間帯に下校なさい。わかりましたね」
と思いきや、唐突に僕に下されたのは別の意味での死刑宣告だった。
え、それじゃあ、もうあの人に会えないことに……
会長さんの言葉の意味がわかった途端に、その場に呆然として立ち尽くしてしまう。
「な、何、この世の終わりみたいな顔してるの?」
僕の愕然とした気持ちが伝わったのか、今度は南條先輩の方が訝しげな表情に。
その表情は今までと違って、僕を本当に心配してる様子だった。
「あの、実は入学式の日の朝にあったことなんですけど……」
そう感じた僕は思わず、入学式の日の彼女との出会いの話を始めてしまった。
「……本当に、とっても綺麗な人だったんです……」
だけど、あれ、段々、聞いている南條先輩の表情が微妙なものに。
というか、なんかこめかみがピクピクしてるみたいなんですけど……
ふと気付くと、二宮先輩はあらぬ方向を見て知らんぷりだし。
「お話しは全部お伺いしました」
顔色を見る限り、僕の話が先輩方に感銘を与えたとかでないことは確かみたい。
「ええ、貴方が入学式前に出会った女の人を心から美しいと思い、もう一度会いたいと切に願っていることは理解しました。それはそれは美しい方だったのでしょうね。入学式を全部上の空で過ごして、私たちのことを含めて何一つ覚えておらず、こんな馬鹿な花見を延々一人で何日も繰り返してしまうくらいに……」
あ、あれ、なんか話が変に解釈されてるような……
「あ、あの僕、会長さんもとても綺麗な人だと……」
「今更、とってつけたように褒めて頂かなくても結構ですわ」
ギンとでもいうような厳しい目つきで睨み付けられてしまった。
もしかして大ピンチ?
おろおろして辺りを見回す僕を見て、南條先輩は大きく一つ溜息を吐いた。
綺麗な人に溜息吐かれてダメ人間認定される感じって、何か新鮮かも……
「二宮君、私疲れてきたんだけど……」
「心中、お察しします。会長」
南條先輩はこめかみを押さえて頭を振っている。
いつの間に戻ってきたのか、二宮先輩の合いの手は絶妙でとてもさまになってる。
「とりあえず、貴方の希望は聞きましたが結論としては却下です。
今回は若気の至りとして見逃してあげますから、もう馬鹿はここまでになさい」
予想はしてたけど、やっぱり僕の要望は却下されてしまった。がっくり……
「なんですの? 私の決定に何かご不満でも?」
結局、会長さんの機嫌を更に損ねただけで、わけを話したのは大失敗だった気がする
「大体、相模さん。貴方はですねえ……」
「会長、あまり引きとめ過ぎると彼の終電の時間が危なくなってしまうかと……」
「そ、そうですわね」
更に僕に文句を言おうとした会長を、二宮先輩が終電を理由に留めてくれた。
南條先輩はまだ言い足りないのにといった表情で、纏めに入る。
「それでは、相模さん。学園生である貴方は『曙光学園』生徒としての自覚を持ち、相応しい行動を取って貰わないといけません。今回は初めてのことですし特に問題となるような事態が起きたわけではないので不問としますが、今後は私や他の生徒会役員の手を煩わせることのないよう厳に行動を謹んで下さいまぜ」
一応、無罪放免ではあるけど、大丈夫とは言い難いよね、これ。
「わ か り ま し た ね」
「は、はい」
僕の胸元を指差しながら、一言づつ区切って念押しをする南條先輩。これは、間違いなく悪い意味で覚えられちゃった気がする。
「なら、もう遅いですから気を付けてお帰りなさい。私たちも行きますわよ、二宮君」
ふん、といった感じで頭をそらすと、当然ながら内部生上がりに違いない南條先輩はすたすたとゲートとは逆向きに歩き出した。
「会長の前で他の女の人の美しさを褒めちぎるとはすごい勇気だね。とりあえず、僕は相模君のことを命知らずの新入生として覚えておくことにするよ。まあ、これからもよろしく」
二宮先輩も僕に片手を上げて挨拶をすると、荷物を持ち上げ南條先輩の後を追っていった。
なんかその挨拶、僕への死亡宣告みたいなんですけど。
「帰ろっか……」
二人の後ろ姿を見送った僕も、独り言を呟きながらこの場を去ることに……
僕が先輩二人に絞られてるのを眺めてたのか、ゲートを通るときに警備会社のおじさんが僕を面白そうに見てたけど、そこはプロのこと、「お疲れさまでした」の一言で僕を通してくれたのだった。
なんだか学園の生徒会長に目をつけられるし、お花見は禁止されてあの人に偶然会う作戦ももう出来なくなっちゃうし、人生うまくいかないことが一杯だよ。
とりあえず、今日は疲れちゃった……
(今回は煮詰まっていて、「妹オンライン」の方の書き溜めが進みませんでした。大変申し訳ありません)