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第四時限目 履修登録

『国際競争力に本質的に寄与するのは1%程度の最上位の知的能力層に限られる』


 20世紀後半、日本がまだ元気だった頃、日本の国際競争力の優位性は国民全体の勤勉さと均質で高度な教育システムに起因するという説明が良くされていたらしい。

 21世紀に入って日本の産業競争力の優位性が失われてくると、今度は科学技術の複雑さの段階が進んで研究開発における知的創造性の重要度が増したことで、以前は有効だった日本の教育システムが時代遅れになってしまった……に説明は変わった。


 主たる原因は、平均的な生徒に合わせた教育を行うせいで、優秀な生徒が意味も無く無駄に長時間拘束されて能力を伸ばす機会を奪われてしまっているというものだ。

 この弊害を取り除く目的で、幾つかの大学で飛び級入学の制度を始めてみたりもしたけれど、結局、あまり流行らなかったみたい。日本人はやっぱりみんな一緒が好きなのだった。


 ならばということで、今度は授業内容を既に理解しているなら講習を免除しても良いんじゃないかという展開になった。例えば、帰国子女に高校の英語の授業を受けさせても意味がないというのは、普通に誰でも思うことだよね。2020年代後半に改訂された教育指導要領の総則にこの方針が明記されたせいで、特に全国レベルの進学校で、授業形態が大きく変わって、僕らの親世代とは全然違う高校生活を送るようになったんだって。


 要するに何が言いたかったかというと、僕が通っている曙光学園では、この習熟度の確認による授業免除のシステムが全面的に取り入れられているってこと。

 年度始めの四月の最初の3週間は授業免除のための習熟度確認テストの期間に当てられていて、頑張って幾つもの試験に合格すれば、授業に出なくても良い教科が一杯出来て学園生活が楽になる仕組みだ。


「相模君はどの教科を受けるの?」

「僕は英語と情報科学と実習の基礎かな」


 この間のじゃんけん以来、少し話せるようになった大野君からテスト期間の話を振られる。隠すことでもないから受ける予定の課目を話す。


「数学は受けないのか?」

「自信があれば受けたかったんだけど、ちょっとやってなくて」

「英語と情報と数学を抑えれば登校が楽になるから、俺もやってないけど受けるだけは受けるぞ」

「僕もその三つは受けるつもり」


 僕と大野君の会話に混ざってきたのは片桐君だ。二人が受けると言った3つの教科は一度習得するともう後戻りが必要ない教科ということで、授業免除の目玉商品で、曙光学園では朝の授業の一時限目と二時限目に集中的に配置されている。

 つまりこの三教科のテストに全部合格すると、月曜日から金曜日の学園への登校時間が10:30で良くなって、通学時間の長い僕たち外部生にとっては学園生活がとても楽になる。生徒の自主性を大切にするこの学園のこと、土曜日は言うまでもなくお休みだ。


 一番要領と成績が良い生徒たちは、殆ど総ての教科の履修を年度始めのテスト期間内で済ましてしまうのだとか。学園へは週に三回だけ必修である午前中最後の体育の授業だけを受けに来て、クラスメイトと昼ご飯を食べてコミュニケーションをとったらまた帰るという、聞いただけだと耳を疑うような優雅な生活を送っている人もいるらしい。


 そこまでの先取り教育をしてる人のことは置いておいて、とりあえず明日のわが身のために、受ける教科くらいは頑張らないと……



 ”あと5分くらいかな……”


 試験前はかなり緊張していたのだけれど、実際に受けてみたテストは特に問題のないものだった。学園の入学試験みたいな難易度の高い問題が並ぶわけじゃなくて、普通の高校一年生の授業内容の習熟度を調べるためのテストにそれほど難しい問題が出るはずはないのだった。


 英語の試験は単語や文法や長文の読解が出来れば良さそうな問題だったし、情報科学に関しても問題なしだった。実技の方は、ワープロソフトと表計算ソフトが使えて、データベースにアクセスして引いてきた情報を、マークアップ言語を使って整形して表現すればOKというだけの内容だった。


 今受けてる情報科学基礎講座に関しても、普通にコンピュータの構成と各部の役割とかの説明問題やコンピュータの発展の歴史に関しての設問で、知らない話がないくらいの簡単さだった。


 授業を受けた場合と同じ形での理解度確認ということで、一学期分、二学期分、三学期分にテストが分割されていて各教科で三回テストをうけなければいけないのが一番面倒といえば面倒だった。どれか一つでも基準点を下回れば免除取り消しになってしまうので、各々のテストは割と簡単でも気を使う感じだったけど、今受けてる情報科学のテストで全部おしまい。


「試験時間は終了しました。以降の入力は反映されません」


 スピーカーから流れる試験終了の機械音声を聞いて、授業端末机付属のペン入力デバイスを元に戻した。


「相模君、どうだった?」

「うん、全然問題なしだったと思う。大野君は?」

「OSの役割を5つ書けって記述問題の回答が途中になっちゃった……大丈夫かな?」

「基準点さえ下回らなければ良いんだから大丈夫だって」


 前の席から振り返って僕に試験の感想を聞いてきた大野君に答えを返す。

 今一歩自信なさげな様子なので、元気だしてと慰めておく。


「相模君はもう終わりなんだっけ?」

「うん、そう。大野君はまだ数学受けるんだよね?」


「明日、幾何の試験があるんだ」

「じゃあ、また頑張らないと」

「数学は結構自信あるから大丈夫だと思う」


 今の試験で僕は終わりだけど、大野君はまだ続きがあるみたい。月曜から金曜まで三時限目通学を達成するんだと意気込んでいる。僕は数学は普通に授業を受けるつもりなので、今受けた試験が全部通ったとしても、朝寝坊できるのは月水金の三日間だけだ。


 とりあえず授業が始まってみないと、どんな感じの生活になるかはわからないなあ……



 ”今日もやっぱり会えなかった……”


 夜十時過ぎ、僕はとぼとぼと芝生の上を歩いて、ヴィレッジの国分寺ゲートへと向っていた。

 入学式から少し経った今日は4月14日。先週から晴れ続きで気温があまり上がらなかったせいで長持ちした今年の桜も、もう終わりの時を迎えようとしてる。


 『今度は桜の散る景色を一緒に見ましょうね』


 別れ際のお姉さんの言葉が社交辞令みたいなものだというのは、勿論、僕にも分かってる。

 でも、もしかしたら気まぐれを起こした彼女が、もう一度目の前に現れるかもしれないと思うと、あの時のベンチに足を運ばずにいられなかった。


 一昨日、昨日と散っていく桜を見ながら、ぼんやりと彼女のことを考えて時間を過ごした。

 もしかしたら彼女が桜を見に来るのは夜の遅い時間なのかもしれないと思いながら、終電の時間が近づいてくると後ろ髪を引かれる思いで桜の園を後にするのが、このところの僕の日常だ。


 僕の家は母との二人暮らしで、キャリアウーマンで日が替わらないと帰って来ない母に、僕の遅い帰宅が知られることが無いのは不幸中の幸いというやつだと思う。


 ”明日は風が強くなって明後日は雨になると天気予報が言ってたから、明日で桜を見れるのも終わりかも……"


 考え事をしていた僕は、国分寺ゲートの前に人がいるのに気付かなかった。


「そこの貴方。お待ちなさい」


 自分の足元を見て歩いていた僕が声に気付いて顔を上げると、そこには曙光学園の制服を着た男女二人組の姿があった。

 制服の色合いから判断すると、僕に声をかけた女の人が三年生で、少し後ろに控えて立っている男の人が二年生だ。


「はい、なんでしょうか?」


 学園の上級生に声をかけられるような心当たりはないはず。訝しく思いながら答えた僕に、三年生の女の人は更に言葉を重ねてきた。


「今年の新入生、一年三組の相模陸さんね?

少し話しを聞かせて貰えないかしら」


 街灯を背に近づいてくるせいで二人の表情はよく見えないけど、さっきから言葉が厳しい気がする。

 もしかして、トラブルの予感かも……


(※妹オンラインを途中まで追加で3000文字登録しました 全224516字 20605字書き溜め)

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