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MUSICALIVE  作者: 京元緋呂
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WARPED 1

 大型連休が終わり、うららかな日差しが眠気を誘う五時間目に、愛美は教室でぼんやり黒板を眺めていた。

 生物の教師は黒板と教科書を交互に眺めながら、生徒の様子を気にせず、ただ淡々と授業を進めて行く。生徒は生徒で、他の科目の問題集を開いていたり、机に突っ伏していたり、机の下で携帯をいじる者ばかりで、ちゃんと授業を聞いているのはほんの数人だ。隣の雄介も、立てた教科書の陰で居眠りしている。

 こんな時はピアノの練習をするに限る。愛美は今習っているカプースチンのプレリュードを思い浮かべた。

 初めて聴いた時、アレグロ・アッサイで奏でられるジャジーな曲調があまりに格好良くて、自分から先生に教えて欲しいと頼んだ。技術的にはかなり難しい曲だが、練習すれは弾けないこともないだろう。先生も自分もそう楽観して始めたが、それは本当に楽観だった。クラシックの規則性からまったく離れた、めまぐるしく変わる旋律と両手のポジションに着いて行けず、慣れない「後ノリ」のリズムもなかなか入って来ない。それを覚えて自分らしく表現するには、ただひたすら弾き込む。それが一番の習得法だ。

 幸いにして一番後の端席で、多少変な動きをしていても見咎める者はいない。愛美は教科書を机の上に立て、うつむいて膝の上に両手を置き、指を動かし始めた。

 フォルテの力強い低音から、すぐに華やかな主旋律が乗って来る。そして左右の手が重なるようにメロディをつなぎ、クレシェンドして決めのブレイクへ続く。「ここでミスると、とんでもなくマヌケな曲になる、このフレーズは、この曲においてとても重要」という先生のアドバイスを思い出しながら、愛美がもう一度最初からなぞっていると、急に何かが目の前に飛んで来た。小さく折りたたまれたノートの切れはしだ。はっとして飛んで来た方向を見ると、隣の雄介が頬杖をついてニヤニヤしていた。


『エアピアノ? ちょっとキョドいんだけど』


 開いた切れ端にはそんな言葉が走り書きされている。ムカツくと同時に、ちょっと恥かしくなった。


『うるさい。まだ寝てれば?』


 乱暴に書いて、投げ返す。それを開けて読んでから、雄介はまた何か書いてよこした。


『何の曲?』


 切れ端の一番下に、そう書かれている。愛美は自分のノートをそっとちぎり、答えを書いた。


『カプースチン。この間貸したやつ』

『もしかしてあの一曲目?』

『うん』

『アレ、めっちゃ難しくねえ? 良くやるな。さすがピアノバカ』

『バンドバカのふかざワンに言われて嬉しいよ』

『うっせえよw』

『そっちこそうっせーw』


 口調をまねた返しを読んで、雄介が小さく笑った。それからすぐにまた返事をよこした。


『ところで、来週の土曜ってヒマ?』

『うん、今んとこは』

『UGAでライブあんだけど、来る?』


 思わぬ誘いだ。愛美は雄介を見つめ、大きく頷いた。


『もちろん! 何時?』


 慌てて書いて、投げる。雄介はそれを受け取って読み、自分のノートをちぎった。


『OPEN19時30分、START20時。三バンドの、一発目』

『マジ? 楽しみにしてる! 有希にも言っとくね。チケットいくら?』

『いっせんまんえん』

『おいおい高すぎwww』

『じゃあピアノ教えてくれたら0円』


 雄介からの意外なコメントに、愛美は思わず彼を見やった。雄介は変わらずニヤニヤしていて、しかも早く返事をよこせと言うように、愛美の手元へ視線を送って来る。


『良いよ、じゃあ、ねこふんじゃったからね』


 返した切れはしを読んで、雄介はイヤそうに眉をよせて見せた。そこで授業終了のチャイムが響き、存在感に欠ける生物の教師は静かに教室を出て行った。


「それは俺でも弾けるっつうの」


 雄介が不服そうにしながら教科書を机の中へ突っ込む。愛美も自分のそれを片づけながら、次の数学の用意をした。


「ふーん、じゃあ今度弾いてもらおうかな」

「おう、両手の人差指だけで弾いてやる」

「他の指、使おうよ」

「ねこふんじゃったなら、指二本で充分だろ」

「バッカ。片手で弾くの」

「は? 出来るかよそんなもん」

「出来るよ」

「じゃあ、やって見せろよ」

「良いよ」


 軽い口ゲンカのように、言葉が飛び交う。それを聞きつけた赤眼鏡とキノコヘアが、半分だけ振り向いた。こちらを窺っている。いつものことだ。

 雄介は合図するように愛美を見てから、わざとらしく携帯をいじり始めた。愛美も同じように携帯を握り、これで話は終わりと態度で示す。耳をそばだてていた二人はゆっくり前を向き、こそこそ小声で何か話し始めた。

 まったく気分が悪い。愛美の思いを読んだのか、雄介がメッセージを送って来た。


『きもいキノコきのいキモコきもキモコ 三回言ってかんだら負け』

「ぷっ、はははは!」


 変な早口言葉だ。でもイライラを吹っ飛ばすには充分で、愛美は雄介へ親指を立て、賞賛をあらわした。

 雄介のおかげで、愛美は楽しい日々を送っている。そしてそれは雄介も同じだった。

 学校で過ごす時間は、言うなれば灰色だ。押し付けられるカリキュラムをこなし、気に入らないクラスメイトの悪意から身をかわし、心身の拘束が終わるのをいつもじりじりしながら待っている。そんな中で、互いの存在は日々大きくなっていた。


 放課後、雄介が先に下校したあと、愛美は有希へライブの件を伝えた。


「マジ? 行く行く!」


 有希は即答し、グレーの制服のポケットから携帯を取り出した。そして何かを打ち込み、にんまり笑った。


「よっし、雄介に嫌がらせしてやろっと」

「え、何するの?」

「ふふーん」


 企んだ顔が少し怖い。まさか酷いことはしないだろうが、答えない分ドキドキする。愛美は変なことにならないよう祈りつつ、有希に詳しい日時を教えた。


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