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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼女は私を見ている

作者: 藤村





人の視線は凶器だ。

羨望、嫉妬、憎悪、愛情ーーだったり。

それは時に人をひどく傷つけ、惑わしたりする。

少なくとも、宵代琥珀よいしろこはくはそう思う。

人から向けられる視線が怖いと感じるのだ。

それは自分が弱いからかもしれないが、琥珀はずっと、幼なじみの視線が怖かった。



(ああーー今日も見てる)



横から突き刺さる、熱い視線。

じりじりと夏の陽射しのように突き刺さる視線は、琥珀を今にも焦がさんばかりの熱さをもって、じっとこちらを見つめてくる。

耐えかねて目を向けると、ふと消える熱さ。

大きな瞳が普通に見上げてくる。

小首を傾げた幼なじみ、日向弥生ひゅうがやよいは、肩の辺りで切り揃えられた栗色の髪を揺らしながらおっとりと微笑んだ。



「どうしたの?」


「……ううん」



勘違いかもしれない。

気のせいかもしれない。

けれど、彼女は今日も私を見ている。

何度も自問自答しては、琥珀は俯くしかできない。

しこりのように胸に残ったそれは、いつしか大きくなり、視線を感じる度に鈍く痛む。

琥珀は膝の上で揃えた両手を握りしめながら、乾いた唇に舌を這わせた。

唾液に濡れた唇が、風にさらされひりひりと痛む



(リップクリーム、買わなきゃ)



「……琥珀」


「なに?」


「唇、切れてるよ」



そう言って顔を近付け、唇を撫でてくる弥生に琥珀は戸惑ったように目をさ迷わせた。

少しのけぞった背中に長い黒髪が揺れる。

動揺して動いたせいで、今時珍しいロング丈のプリーツスカートが捲れて晒されたお互いの膝が触れていた。

柔らかな肌と熱にカッと顔が赤くなる。

離れようとしたが、そうすると女の子に過剰に反応し、意識しているのを認めるようで怖かった。

琥珀は黙ってじっと耐える。



「リップクリームないの?」


「うん、今切れてて……」


「じゃあ私の貸してあげる」



指先が唇から離れ、代わりにリップクリームがそっと近付きなぞっていく。

弥生は童顔なわりに妙な色気を持っていた。

伏せられた長い睫毛に、琥珀は心臓がどきどきするのを感じながら見つめる。

唇が冷たく濡れていく。

甘い桃の香りがふわりと漂ってくる。

それはリップクリームの匂いだった。

良い匂い、と目を細めた時、ふと弥生の薄めの唇が視界に入ってくる。

それは柔らかそうで、淡い桃色に染まっていた。

そして今の自分と同じ、甘い匂いがする。

間接キスという言葉が頭に過り、混乱する中、何故か琥珀が思ったのは、きっとあの唇に触れたら甘くて柔らかいのだろう、ということだった。



「はい。完成。

琥珀は唇荒れやすいだから、気を付けなよ」


「う、うん……」



清廉なまでに無垢な笑みを浮かべる弥生から、琥珀は気まずそうに顔を背ける。

その唇はしっとりと濡れていた。

長い睫毛に縁取られた瞳がそれを見つめる。

視線に気付いた琥珀はぎくりと肩を震わせながら、弥生の方へ目を向けた。



「な、なに……?」


「……琥珀って、本当可愛いね」


「え……?」



弥生は何でもないよと笑うと、ベンチから立ち上がる。

誰もいないバス停は静かだ。

遠くから、バスが見えてくる。

琥珀はどぎまぎしながら立ち上がると、乱れたプリーツを整えながらスカートを払った。

胸元の赤いスカーフが冷たい夕方の風に揺れていた。

長い黒髪が夕闇に溶けていく。



「ね、琥珀」


「ん?」


「学校卒業するまでは、恋人なんて作らないでね」



こちらを振り向かず言った弥生に、琥珀は揺れる黒髪を細い指先で耳に掛けながら目を丸くする。

どういう意味かと問いただそうとした時、バスがゆっくりこちらへやってきて停まった。

ドアが音を立てて開く。



「ほら、行こう」



振り返り、手を差し出した弥生はいつも通りだ。

その顔には柔和な笑みが浮かんでいる。

近くの学校の男の子に可愛いと騒がれている、おっとりしていて可憐な彼女。

けど、男の子が苦手で、今時珍しいくらい純情で、彼氏なんか作ったこともなくて。

恋愛になんて興味ない、そんな子。

けど、それは、本当に?






琥珀は躊躇いながら差し出された手を取る。

白くて小さな手だ。

いつも暖かくて優しいその手の指先が、震えていたのは気のせいだろうか。

見上げれば、いつも通り、熱い眼差しがこちらへと降り注ぐだけだった。








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