プロローグは突然に
プロローグ
ベッドの頭近くに置かれているスマホが目覚ましのアラームを鳴らす。
その音楽は逆に眠りを誘うのではないかと言う様な優しい曲だ。
「―――……うぅー」
その部屋のベッドの住人である彼―――朋月晶は自分にかけられている毛布を頭まで被り、手だけを出してスマホを掴む。
そのまま眠そうに顔を上げスマホを弄り、今も尚音楽を流しているスマホのアラームを止めた。
「……ねむぅ」
ぺたんこ座りの様な態勢になって起き、目をごしごしと擦りグッと背を伸ばす。
そんな彼の見た目は女の子にしか見えなかった。
ぼさぼさのセミロングで目もとを隠すように伸ばされた黒髪に小さな顔、細い手足に158cmと低い身長。
今着ているパジャマは男ものではサイズが無かったので女モノを着ている。寧ろ彼の妹のお下がりだ。
そんな彼はようやっと目が覚めたのか「よいしょ」と言ってベッドから降り、部屋の扉へと向かう。
横スライド式の扉に手を掛け動か……ない。
「あ、あれ?」
何度もグイグイと動かそうとするがやはりビクともしない。
2,3分ほど扉と格闘したが結果は変わらず、ハァハァと息を荒げながら元のベッドへと戻り腰かけた。
「おかしいな。部屋の扉ってあんなに鉄壁だったかな?」
ふぅ、と一息ついて、天井を見上げる。
そして何とは無しに部屋を見渡した。
彼の部屋は6畳ほどの広さで南側の壁に対し平行に今座っているベッドが置かれ、南側の残りの余ったスペースにぴったりと小学校入学と同時に買ってもらった当時人気だったアニメの絵が描かれている勉強机―――今は雑誌の特典なのどの物置になっている―――が南向きに納まっている。窓もこの部屋で一番大きく屋根の上に出られるようになっている。
西側は全てがウォークインクローゼットで彼の服や何故か妹の服の一部が納まっている。
北側の壁には本棚が並び一面本が並んでいる。本の種類は漫画からライトノベル、ネット小説から本になった物も並んでいた。ほぼ全ての棚が本で埋まり、後もう少ししか入らないので新たに増やそうか彼は悩んでいる様だ。
そして東側の壁。南側の窓よりは幾分か小さい窓が一つあり、その窓を背に……彼の部屋には無かったはずのパソコンが設置されていた。
「あそこにパソコンを置いた記憶がないんだけどなぁ」
ぽけぇーっとそのパソコンを見ていたが見ているだけじゃ何も分からないと思い、彼はパソコンの前に進み、そしてパソコンを起動させた。
「何気に最新式のパソコンを弄って最高スペックにしてあるっぽい……無駄にハイスペックだ」
十数秒もかからずに起動し、本人確認画面になった。
パスワードを入れるか顔認証をしない限りこの画面から動かないものなのにこんな画面にされても彼にはお手上げだった……はずだった。
パソコンの画面上部に付いたカメラが彼を認識し確認を完了、成功したのだ。
そのままパソコンは更に起動を進め、デスクトップ画面になる。
そのデスクトップには不思議な言葉が書かれていた。
「『アバターを設定してください』? 何コレ?」
とりあえず怪しい雰囲気を醸し出しているその画面をクリックし、進めていく。
『アバターの性別を選んでください。 男・女』
「とりあえずゲームのキャラを作ればいいのかな?」
そう言って彼は何時もゲームキャラを作る時と同じように女性キャラを作る事にした。
『アバターの見た目を作成してください』
その表示がされた画面には女性型のアバターが表示されている。
画面の横の方に色々な項目があり、事細かに設定できるようになっている。
彼は髪の長さから色、形、瞳の色、目の大きさ、眉の形、鼻の形、高さ、唇の形、大きさ、顔の大きさ、形、首の長さ、腕の長さ、太さ、肩幅、胸の大きさ、腰のくびれ、お尻の大きさ、脚の長さ、太さ、見た目の筋肉量、身長、肌の色、声等々事細かに自分好みに設定して行った。
かなり時間を掛けて作り上げた為、かなりの精度で出来上がり今までで一番理想に近付いたと彼自身が断言できる程の出来だった。
「パーフェクトだよ! ……で、次は何をするのかな?」
既に怪しさを気にする事は無く、どんどん先へと進める。
『アバターの特徴を選んでください。 『片手道具使用補正型』・『両手道具使用補正型』・『道具無使用補正型』』
「どういう事なのかな?」
説明を見ると以下の通りの説明だった。
『片手道具使用補正型』
・片手で使用できる道具、武器にステータスに上方補正が掛かる。
・両手で使用できる道具、武器にステータスに下方補正が掛かる。
・道具、武器を持たない時、ステータスに下方補正が掛かる。
・技量に上方補正。
『両手道具使用補正型』
・両手で使用できる道具、武器にステータスに上方補正が掛かる。
・片手で使用できる道具、武器にステータスに下方補正が掛かる。
・道具、武器を持たない時、ステータスに下方補正が掛かる。
・筋力に上方補正。
『道具無使用補正型』
・道具、武器を持たない時、ステータスに上方補正が掛かる。
・片手で使用できる道具、武器にステータスに下方補正が掛かる。
・両手で使用できる道具、武器にステータスに下方補正が掛かる。
・脚力に上方補正。
他にも細かく色々補正がある様だが、分かりやすい違いはこの四つだった。
そして彼はこの中から『道具無使用補正型』を選択する。
昔から手先はそこまで器用ではないし、見た目同様筋力に乏しい。その上で彼は脚の速さには自信があった。それ故の選択だった。
アバターステータスの欄が埋まっていく。
次は種族だ。
『アバターの種族を決めて下さい』
そう表示された後、現れた種族はかなりの量になった。
人族と言っても、白人、黒人、黄色人種など色々あり、エルフにも森エルフ、海エルフ、山エルフ、光エルフ、闇エルフ等多種類ある。ドワーフや魔族、獣人族なども含めるとキリが無い程の量だ。
それを一個一個説明と一緒に見ながらアレでも無いコレでも無いと言って取捨選択して行く。
そして候補に残ったのは三つ、森エルフと闇エルフのハーフエルフである『深緑エルフ』、獣人族でも脚力に自信のある『猫人族』、後は空を飛ぶロマンだけで選んだ『翼人族』。
悩みに悩んだ上で選んだのは『深緑エルフ』だ。
森エルフは森の中に住むエルフであるだけあって、立体移動が得意で且つ魔法も得意である。ただしこの森エルフ、両手武器種である弓にも補正がある為、これではもったいないと思った彼は、もう一つのエルフに目をつけた。
闇エルフは魔法は不得意だが唯一闇魔法が使え、身体能力が高く徒手空拳を得意とするエルフ種族である。
故にこの二つのエルフの良い所取りなものが無いかと調べた結果『深緑エルフ』があったのだ。
『ステータスの五項目のうちを一つだけワンランク上昇する事が出来ます。ランクアップを行ってください』
そう表示され画面中のアバターの横に今まで設定して来た内容にステータスが追加された物が表示される。
ステータスの五項目は筋力、体力、魔力、脚力、技量だ。
晶のアバターは順にG、G、F、F、Gとなっていた。
「―――あれ? 身長が縮んでる……自分の身長プラス10㎝にしたはずなのに、マイナス10㎝になってる。まぁいいや。ステータスはやっぱり脚力かな。これを目的に種族も選んだんだしね」
アバター情報を確認していると設定した身長が自分の身長の+10㎝では無く、―10㎝になっていたが、身長は有れば良いなと言う考えで晶は設定していたので気にしなかった。
他の項目を確認し終えた後、脚力を選びFからEにした。
すると最後の設定を促された。
『では最後に、アバターネームを決めて下さい』
これは直ぐに決まった。
自分の名前から付ける。
「名字と名前の三つの月と日で三日月。だからミカヅキ! 名前は安直なのがいいよね、覚えやすいし」
そうしてアバターが出来上がり以下の通りになった。
――――――――――――――――――――
アバターネーム:ミカヅキ
種族:深緑エルフ
性別:女
身長:148㎝
特徴:道具無使用補正型
ステータス
筋力:G
技量:G
脚力:E
魔力:F
体力:G
スキル 0/3
・未設定
・未設定
・未設定
Next EXP:0/10
――――――――――――――――――――
『アバター作成を終了します。スキルの習得は本棚の本に習得可能なものが表示されております。初期は三つ習得できるので何を取るかは慎重にお選びください。では良き日々と新たな貴女をご堪能下さい』
次の瞬間パソコンが光を強く発した。
眩しすぎて目を開けず、晶はなすがままに光に包まれた。
―――2,3分後、漸く光が納まり、視覚も戻って来た。
「な、何だったの?」
目をしぱしぱさせて周りを伺う。
しかし、周りは何も変わっていなかった。
晶は首を傾げ、とりあえず最後に言われていたスキルを習得する事にした。
いつも通りの自分の本棚を確認して行くとその中に一冊だけ知らない本があり、それを手に取ってみると表紙には『スキル大全』と書かれていた。
「確か、習得可能なスキルが表示されていて、三つ習得できるんだったよね」
表紙をめくり、中を見ると載っているスキルはちょうど三つ。
『二段ジャンプ』・『壁走り』・『大跳躍』。
『二段ジャンプ』は文字通り、ジャンプした後もう一度だけ中空でジャンプができるスキルで、『壁走り』もそのまま壁を走れるようになるスキル、『大跳躍』はジャンプの飛距離が上がるスキルだ。
完全に脚力強化オンリーなスキル構成だった。
それらのスキルを習得すると再び光に包まれる―――が、光は淡く一瞬だった。
そして習得完了後『―――ガチャッ』と旧式の鍵が開く様な重たい音が部屋に響いた。
「―――何の音だろう?」
周りを見渡しても鍵が掛かっていそうな所は―――一か所あった。
晶は直ぐにその事を思い出し、部屋の扉へと近付く。
―――ゴクリっ……。
生唾を飲み込み耳にまで大きく聞こえる心臓の音を煩わしく思いながら扉に手を掛けた。
扉を横に動かす。
すると、スッといとも簡単に開いた。
「アバター作成が扉を開く鍵だったんだ……。でも、あのアバターは作成するだけで終わりだったのかな?」
アバターを作るだけ作っていきなりパソコンが光り、そのままパソコンはウンともスンとも言わなくなってしまった。
動かなくなってしまったのは仕方がない。どうしようもない。そう割り切って晶は部屋を出る。
その先にもまた多くの謎がある事を知らずに。
そして自分の姿を知らずに。