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探偵モノ×学園モノ=日常的な非日常  作者: 夏野ゆき
理科室の吸血鬼を捕まえろ!
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「やっぱり他の人にも手伝って貰う方が良いと思うんだけどー?」

「うるさいな。君がしっかり助手としての仕事を勤めてくれれば――」


 廊下で青年と女が言い合いをしている。神経質そうだが美しい顔立ちをした亜麻色の髪の青年は、首に巻いたスカーフに触れては苛々とした顔を隠そうともせずに、棘のついた言葉をバディである金髪の女に投げかけていた。女は、自分より頭一つほど大きな青年に怯むこともせず、光の当たり方によっては繊細に色を変えるヘイゼルの瞳を細めながら、男のそれに返していた。女の、腰ほどまである美しい金髪が揺れる。


 二人とも成人しているというのに――青年の方は成人してから二年は経っているし、女は先月に成人したばかりだ――大人げなく言い争っている。


「あのね、今回の宿題は珍しく“協力可”のものなのよ? あたしたちだけじゃ無理だから“協力可”なんでしょうが。ねえ、あたしの《探偵》でありながらそんなことにも気付かないなんて言わないでしょうね?」


 見た目だけなら繊細そうだった金髪の女は、見た目とは裏腹に鋭い言葉を投げていく。青年の方が悔しそうに唸った。


「うるさいな! 私が探偵なら君は大人しく私に従えばいいんだ!」


 この役立たず。金髪の女性に向かってそう言いかけた青年の口を、真っ黒に染め上げられた執事服を身にまとう、全く別の男がふさいだ。もが、とくぐもった声を漏らした青年に、金髪の女が「大丈夫?」と目を丸くする。助ける気はないらしい。


 女が自分のバディのくちをふさいだ男に目をやれば、「こんにちは」と笑顔でその男に声をかけられた。こんにちはも何も、先ほど教室で女とその男は顔を付き合わせていたのだが、このどこか飄々とした執事の男にとっては特に気にすることでもないのだろう。彼が気にするのは、彼が仕えている少女だけだから。


「――苦しいよ!」

「すみません、ペティ様。あの機を逃せばペティ様とサウラ様の“お話”は私にはとめられそうになかったので」


 少々お話をしたくて参ったのです、と悪びれずに言うこの男は、森沢和人という。学生をするには少し歳がいきすぎた二十代前半もギリギリの男で、彼はとある少女の執事であり、そのバディであり、《助手》である。彼が悪戯っぽく微笑めば、和人の眼鏡がきらりと光った。


「ごめんなさい、ペティさん――和人くん、やりすぎよ」


 執事の背後からそっと姿を現したのは、どこか無機質な雰囲気を纏わせる少女だ。小柄な体はまだ女性にはほど遠く、この場にいる誰よりも幼い。


 黒とも銀とも言えぬような、濃い鼠色の髪をバレッタで留めているその姿には品がある。感情をのぞかせない青い瞳が、少女の雰囲気をいっそう異質なものとしていた。


 まるで、動く人形のようだ。よくできた人形かのような彼女はこの執事服をまとった男の主であり、霜月沙羅という。とある大企業の社長令嬢として育った彼女には、歳不相応な落ち着きと冷静があった。多分、それが《探偵》として選ばれた理由なのだろう。


 青年の口をふさぐという強行手段に出た執事を窘めて、沙羅は口をふさがれていた青年に頭を下げる。自分よりも十歳ほど幼い少女に頭を下げられてしまえば、ペティと呼ばれた青年がいかに激情家でも、それ以上は声を張り上げることは出来なかった。


「――で、話って?」


 ペティと向かい合っていたときの瞳の厳しさはかききえて、執事にサウラと言われた女はにこにこと沙羅に笑いを向ける。少女はそれに「ひとつ、お願いがあって」と淡泊に切り出した。


 沙羅の淡泊さはペティもサウラも知るところだったし、それが悪気のあるものでもないことを知っているから、二人とも沙羅が無愛想でも、淡泊でも、気を悪くするようなことはなかった。


「《宿題》、一緒にやりませんか?」


 じっ、と沙羅の青い瞳がペティの緑色の瞳を見つめた。

 沙羅の真っ直ぐな視線にペティはたじろぎ、サウラはそれを黙って見つめている。


 「駄目でしょうか」と、最高に可愛らしく見える、完璧に計算し尽くされたような角度でことりと令嬢が首を傾げた。

 それと同時に少女らしく可愛らしい声でおねだりの言葉を紡ぐものだから、ペティは陥落したようだった。


 無理もないだろうとサウラは思う。


 サウラは音楽を愛していて、楽器の扱いも歌の歌い方もそんじょそこらの人間とは一線を画すほどの実力を持っている音楽家だ。


 ペティはペティで将来を今から期待されている画家だし、何より美しいものに目がない。美しいものをみればすぐに光景を切り取るようにして絵を描き始める彼を、サウラは幾度と無く目にしている。


 同じ芸術を愛するもの同士、「もはや芸術の域に達してしまっているんじゃないか」という沙羅の“無機質で機械的なのに、どこか無防備な愛らしい姿”に、心を揺さぶられない芸術家なんていないと二人は断言できた。隣にいる憎たらしい口を利く芸術家とて、自らと同じ芸術家には違いないのだから。


 だから、全く同じタイミングでペティとサウラの二人が「やる!」と口にしても、サウラはペティを恨まないし、ペティはサウラに悪態をつくこともない。


 「良かった」と顔は無表情で、けれど声は嬉しそうな沙羅に、「今度君を絵のモデルにしたい」とペティが言い寄るのもサウラは予測済みだ。


「……わたくしでよろしければ」


 驚いたのか、珍しくきょとんとした顔の少女に「絶対だぞ」と迫っているペティを見ながら、「うまく行きました」と微笑む執事を見て、「あんたが仕込んだのね」とサウラは口にしてしまったが、あの少女の姿を見たら何か良い旋律が頭に浮かびそうだったから――執事の不穏なこの発言は、この際気にしないことにしておく。


「で、今回の宿題ってルーセット先生を捕まえなきゃいけないんでしょ? どうするのよ」

「理科教室にでも行くか?」


 ベタなことを口にしたペティに、「それはもう実行済みです」と和人が肩をすくめた。


「理科教室どころか、職員室にもいませんでしたからね、いつも通り。――クラルテさんが対応してくれましたよ」

「あー、あの人か」


 クラルテとは保健体育を担当している教諭だ。美丈夫で女生徒からの人気がある男性教諭で、月のような銀髪に青くすんだ瞳を持っている。見た目だけなら王子様のようなのだが、それに反してなかなかに飄々として、愉快な性格をしていた。


 「今日は授業って気分じゃねえし、ドッヂボールでもするか!」と笑顔でいうような教師だ。

 およそ教師らしくないその適当な言動は、男子生徒にも人気がある。少年がそのまま大人になったような、そんなお茶目な一面をのぞかせる教師だったから、他人にはあまり興味を持たないペティもよく覚えていた。


「あの人、煙草臭いわよね。結構吸ってるみたいだし」


 クラルテの近くを通るときに、いつもふわりとたばこの匂いが鼻を掠めるのをサウラはよく覚えている。歌うこともあるサウラだから、煙草を吸おうと思ったことはないが、クラルテが子供っぽく見えて意外と大人なんだなと思ったことがある。


「……そうでした、ね」

「どうかなさいましたか、お嬢様?」

「いいえ」


 気にしないで頂戴と沙羅はさらりと和人に返して、ふむ、と口元に手を当てる。その仕草がまた探偵らしい大人びた感じと、どこか背伸びした子供のような愛らしさを感じさせて、サウラの口元は少しゆるんだ。


「――この宿題が出されたのは、《洞察力学》ですから……」


 しばらく固まったかのように動かない沙羅だが、それが沙羅の考えているときの癖だと皆知っている。真剣に推理するときの沙羅は微動だにしなくて、それがまた――人形のような異質さを纏う。


「ルーセット先生に関する情報を組み立てれば、必ず答えは出ると思うのです。きっと、わたくしたちがルーセット先生にたどり着くようにフィアールカ先生は設定しているはず」


 だってこれは《洞察力学》ですから、と沙羅は繰り返す。


「洞察力を働かせて、ルーセット先生の情報を集めろということかい?」

「ええ」


 沙羅はこくりと頷く。







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