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探偵モノ×学園モノ=日常的な非日常  作者: 夏野ゆき
理科室の吸血鬼を捕まえろ!
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理科室の吸血鬼を捕まえろ!

 授業終了のチャイムが鳴って、学生たちは思い思いに席を立つ。担任である男はそれを苦笑いしながら見送り、「宿題は忘れてはダメだからね?」と教室を出ていく生徒たちに声をかけていた。

 授業中はあんなにも眠そうにしていたというのに、生徒達は授業が終わったとたんに水を得た魚のように生き生きし出すから――担任としては苦く笑うほかない。


 ふ、と小さく笑ってから日直の少年と少女に「よろしく頼むね」と声をかけて、担任の男も教室を出ていく。


 ――と、ここまでは普通の学校だ。一般教養を身につけ、いずれ巣立つその日に向けて、ありとあらゆることに挑戦し育つ場所。

 だが、この学校は違う。


 ――“探流学園(さぐるがくえん)”。ここは、【探偵とその助手】を育てるために作られた学校なのだ。


 入学条件は「考える力があること」。それさえあれば、性別、人種、年齢を問わずに入学することができる。

 それ故にこの学校には下は十歳児から、上は学生というには少々厳しい二十代後半近くまで――ありとあらゆる年齢の者がいたし、男女の比率も丁度二分されているわけでもない。種族についてはやれ狼男がいるだの、吸血鬼がいるだの、鬼がいるだの――噂の域を出ていないが、人ならざるものまでいる、との話だ。


 そんな中にも普通の少年、少女は存在するわけで。


「黒板ってどうしてこうも高い位置にあるのかなあ」


 はあ、と大きくため息をつきながら黒板をにらんだ少女を、ひとりの少年が笑った。放課後の人の少なくなった教室に、少年の笑い声はよく響く。


「黒板が高いんじゃなくてお前がチビ――ごめん、何でもねえ」

「謝ってるってことは――“何でもない”わけじゃないのよね?」


 黒板を綺麗に消そうと黒板消しを必死に動かしても、背の低い少女には手の届かない範囲がある。上の方だけ綺麗に残ったままの黒板を眺めてまた笑った少年は「無理しなくても俺がやるから」と少女の手から黒板消しを抜き取り、黒板を黒板消しで手早く撫でていく。あっさりと消えていった白墨に恨みがましい目を向けて、少女はむうっとふくれた。


「もう、わたしより背が高いからって……背の低い私をバカにしてるの……!?」

「それは被害妄想だろって。良いだろ、バディ《相棒》なんだから。助け合わなきゃな?」


 ぱちんとウィンクしてみせた少年に、少女の方は不服そうに掃除を再開する。


 黒板を消したせいで、フルーツ牛乳みたいな色をまとい始めた黒板消しを、窓から手を突きだしてぱんぱんと叩く。

 鼻に漂ってくる粉っぽい匂いには我慢して「お前、そういえば出された宿題どうする?」と聞いてきた少年に「二人でやろうよー」と少女は声を返した。


「せっかくのバディ《相棒》なのだもの、協力しない手はないもの。ね?」

「だよな」


 にんまりと笑った少年に、おっとりと、けれど強かに少女は微笑む。


 バディ《相棒》。それはこの学校独特のシステムだ。

 探偵と助手を育てるために作られたこの《学園》では、生徒は大方の授業を《探偵》と《助手》のペアで――つまり二人組で――するようにと決められている。


 入学した生徒たちは最初の三ヶ月は他の学校と同じように、《探偵》も《助手》も関係なしに学び、その後の試験によって《探偵》と《助手》に振り分けられる。そこに本人の希望は存在しないから、《探偵》になりたくてもなれない場合もあるし、同じように《助手》になりたくてもなれないという場合もある。例えば、今こうして日直のつとめを果たしている二人なんかはその一番良い例だろう。


 例えば、おっとり強かに笑ったこの少女は《探偵》の役を与えられたけれど、彼女が望んだのは《助手》だ。それとは逆に、軽口を叩きながら彼女と掃除をしているこの少年は《探偵》を望んでいたけれど、彼は《助手》の役を与えられた。


 この二人はバディ《相棒》であり、何をするにしても二人一組で行動している。今回出された宿題は一人でやっても、協力しても良いものだったけれど、彼らはそれを協力してやることに決めたらしい。


「俺らは他の奴らとちがってずば抜けた特技でどうこう出来ないしなあ……」

「うーん、まあ、他の人たちと比べると私たちの特技ってあんまり凄くない感じはするね……」


 そう話す少年と少女だが、一般的に見たら彼女達の特技は素晴らしいものだ。少年の方――リムは今から三年前、15歳の時に菓子作りのマエストロを決める国際的なコンテストで一位を取ったパティシエだし、少女であるさくらは有名な老舗和菓子店の娘として生まれ、16歳ながら和菓子を作る腕はもはや職人並だ。そんな二人はそんな経歴から“菓子バディ”というあだ名で呼ばれていた。


 が、菓子作りがうまくとも、それは《探偵》や《助手》に必要な能力ではない。厨房やキッチンに立たない限りは一般人と言っていい。人離れしたような特技を身につける者が多く在籍するこの学校において、そのことを二人はいつも気にしている。


 少しへこみながらも、自分たちなりに出された“宿題”を片づけようと二人はお互いに励まし、掃除も終えた教室を後にした。



「――あ、さくらちゃん」


 穏やかな声を上げながら、ほわんとした微笑みを浮かべて近づいてくる茶髪の少女。「ウィッタちゃん!」とさくらが微笑めば、彼女は、さくらの隣にあるリムの姿を見てぴしりと固まった。微かにだけれど。


 いつものことだ。この少女は何だか異性が苦手らしくて、リムに限らず異性とあらば怯えたような、困ったような、形容しがたい不安さをにじませた顔でその場にとどまる。雰囲気的には気弱な、とかそういう形容詞が似合うだろう。


 彼女が躊躇いもなく話しかけられる異性がいるのだとすれば、それは彼女のバディ《相棒》だけだ。

 だから、どれほど怖がられようとリムは気にしていない。人なのだから、苦手なものの一つや二つはあるだろう。生きにくそうな体質だとは思っているけれど。


「ウィッタ、あれ――ポルネは?」


 固まったことに申し訳なさそうな顔をした、気弱そうな少女――ウィッタに、リムは何も気にしていないというような顔をして彼女のバディ《相棒》――ポルネがどこにいったのかと問う。


「え、ええと――あの、宿題を協力してやろう、という話になって――そうしたら、いきなり走ってどこかへ」

「なるほど」


 ポルネが走ったということは――何かしら、ウィッタにとって有益な何かを持ってくるということだ。ウィッタとポルネはバディだし、ポルネは《探偵》であるウィッタをサポートする《助手》でもあるのだから。


「あ、ねえ」


 こんな時でもマイペースに口を開いたさくらが、ウィッタににこにこと笑いかけて「一緒に宿題やろうよ」と口にした。


「四人でやったらいけると思うんだけど……ダメ?」

「ぜっ、全然! むしろ、私も誰かと協力できたら――協力したいと思っていて!」


 よかったです、と気が抜けたように笑ったウィッタに、無理もないだろうなあとリムは苦笑いをしてしまう。


 今日の宿題は――《理科担当教諭にルーペを貰ってくること》だからだ。


 探偵を育成する学校とはいえ、一般教養は身につけなくてはいけない。入学に年齢制限はないから、学生の中には成人したものもちらほら見かけるが、そう言う人間は復習程度の感覚で一般教養を学びなおしている。リムやウィッタ、さくらのクラスには成人は四人ほどいたはずだし、ウィッタだってあと一年もしないうちに成人の仲間入りだ。


 そんな学生達が習う《一般教養》は、理科だけ少し専門的だ。どんな風に専門的かといえば、検死や監察の分野で、といえばわかりやすいだろうか。血液が凝固する条件は何だの、血液が凝固しないためにはどうすれば良いだの、死後どれほどで死斑が出てくるだの――そんな意味での“専門的”だ。

 

 その理科の担当教諭が男なのだ。男性を苦手とするウィッタには「理科教師からルーペを貰ってくる」なんて、少々つらい宿題だろう。


 結局はその男を捕まえろというのが今回の本当の意味での宿題で、担当教諭をつかまえればその証にルーペを貰えるということになっている。つまりは捕まえた、という証だ。


 ちなみに、そのルーペは明日の授業で使うものだから、宿題をやらないという選択肢はそもそもない。


「ルーセット先生、授業以外で見かけることないしな」

「そうなんだよねえ……」


 理科教諭のルーセットは酷く顔色の悪い男だ。日に当たったことがないんじゃないかと思うような肌の色はまるで吸血鬼みたいだし、闇のように黒い髪に血のように赤い目、その上に目つきが悪い顔立ちをしている。彼の授業はどちらかといえばつまらないものではあるが、聞きにくい授業というわけでもない。話の内容は恐ろしくつまらないが、内容が理解できるほどには彼の教え方はうまい。


 そんな彼は、授業以外で生徒の目の前に姿を晒すことはまずなく――職員室に行ってもあえるかどうかの存在だ。分からないところがあったからと放課後に質問しに行ってもまずいない。

 ルーセットに質問をしたいなら、授業後に約束を取り付けておく必要がある。彼は怖い顔をしているから、一歩間違えば極道者のような見た目だけれど、約束はきちんと守るし何より善良だ。


「フィアールカ先生も酷い宿題出すよなァ……」


 フィアールカ、という教諭はこの学校ならではの《洞察力学》の授業を受け持っている女性だ。白っぽくもある銀髪の髪に、スミレ色の瞳を持つその女性教諭は美人であるということでたいそう有名ではあるものの、それと同じくらい厳しいことで知られている。今回、《洞察力学》の宿題として出されたこれが良い例だろう。


「まあ、でもフィアールカ先生の授業だし……」


 こうなるのは分かり切っていたよね、とさくらがため息をついた。


「と、とにかくルーセット先生、探しましょう!」


 落ち込む一方だった空気を払拭するように、ウィッタが声を上げる。それもそうだなとリムもさくらも頷いて、ルーセットがいそうな場所を探すことにした。



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