櫻の樹の下で
櫻の樹の下には死体が埋まっている。そんな話を聞いたことは無いだろうか。
そんな話は馬鹿らしい?まぁ俺もそういう考えなのだが。
そういうオカルトみたいな話は俺の生活からは程遠い架空の話だ。俺の周りには少年名探偵なんて者も居ないし、ハードボイルドなダンディな警察なんかも居ない。我ながら普通の生活をしていると思う。
何故こんな話になったかというと、今朝母さんが、昨夜見ていたホラー特番でそんな話を聞いたらしい。俺はテレビというものを見ない主義で、勿論昨夜の特番を見ていたわけではない。
そんななか朝食を食っていた俺に興奮したふうに話しかけてきたのだ。
母曰く
櫻があんなふうに綺麗な色をしているのは、下に埋まっている死体の血液が原因なのだそうだ。
俺は馬鹿らしさと共に少し興味を抱いてしまった。その昔・・とはいえ十年も満たない頃の話だが俺は熱心なホラーマニアだった。テレビでその手の特番が放映していれば録画までして何回も繰り返し見ていたものだ。そんなホラー街道まっしぐらだった十代前半であったが、ある日を境に俺はホラーとかそういうオカルト的なものから離れてしまった、というのも俺はそういうものに飽きてしまったのだ。
事の次第はこうだ。
俺はいつもの様に録画したホラー特番を見ていた、そうしていると番組の最後に。
『この番組及び内容はフィクションです、登場する地名及び団体は実在する地名及び団体には関係ありません』
この表記は何度も見てきたはずだった、しかし俺の心にはこの表記が特別心に響いた。俺はこの番組を最後にホラーに対してなんの興味もなくなってしまった。母親も俺の変化にびっくりしていたが、それも数日でなくなった。
俺はホラーを卒業しそのついでにテレビも卒業した、俺はそういう娯楽からは遠のき、もっぱら文学作品にはまっていった。そんな日々を過ごすこと十余年、俺はいつの間にか高校を卒業し、惰性で大学へ進学したが、これといったサークルにもはいらず、家と大学、そしてバイト先の酒店の往復を繰り返しているだけだ。別に友達がいないわけではない、しかし俺は必要以上に人と関わるのが嫌、というか苦手なのだ。だから友だちとの飲み会にも誘われてはいるが、あまり参加しないようにしている。そのため離れていく友だちもいる、でも中にはそんな俺とも仲良くやってくれるやつもいる。そういう奴とはちょくちょく会ったりはしている。
話がいつの間にかそれてしまった、修正修正。
まぁ大人になるとそういうものにも興味が無くなっていくのが当たり前なのだがとにかく俺はそういうホラーとは関係のない生活をしてきた。しかし今朝になって俺の前にホラーが舞い降りてきたのだった。
何故か十余年使っていなかったホラー脳が働き出したのだ。一度働き出した俺の脳は次々に情報を欲した。興奮していた母さんよりも興奮した俺は母さんに話の続きを促した。
昨夜の話を母さんに聞けるだけ聞くと俺は、自分の部屋に戻り押入れに入りっぱなしだったホラーに関するスクラップブックを引き出した。
久々に見るスクラップブックは年季をおびてボロボロになっていたが、当時の俺の嗜好が詰まっていた。ホラーマニアだった俺のスクラップブックには、例の櫻の樹の話もスクラップされていた。なんで忘れてしまっていたのだろうという後悔と当時の懐かしさを感じながら次々とページを捲っていった。
しかし俺はとあるページで手を止めた。
そのページは他のページよりもボロボロで何回も見返した跡があった。記事自体はもうところどころしか見ることは出来なかったが、断片的な記事と記憶が俺の頭の中で補完しあった。
そして思い出した、幼き日の思い出を。
俺が小学生だった頃、まだ家の周りは開発されていなくて、家もぽつりぽつりしかなかった。そんな田舎の匂いが残る町を俺と仲間たちは自転車を乗り回していた。家の裏手にはまだ山があってその山に秘密基地を作っては仲間たちと遊んだりしていた。
でも山の奥、人の手があまり入っていない方、そこには大きな櫻の樹が一本生えていた。当時花見なんてこともまだ意識していない俺らにとってはなんでもないただの樹でしかなかった。でも俺らの中で1つだけルールというか掟のようなものがあった。
『櫻の樹の下で遊んではいけない、何故なら樹の下に眠っているお化けが起きてしまうから』
俺はその頃からホラーとかそういうものに興味があったし、お化けが出てくるものなら一度会ってみたいと思っていた。なので怖がる仲間たちを放っておいて一人で櫻の樹の下で馬鹿騒ぎをしたものだった。
しかし、現実はそんなに子供に優しくはなくて、お化けもそれらしい影も見ることは出来なかった。
そうこうしているうちに俺は中学生になり、裏手にあった山も開発されて削られていった。俺も仲間たちも山で遊んでいた記憶も、そこにあった櫻の樹の存在も忘れてしまっていた。俺は中学生になってもホラーが好きだったし興味もあった。しかしあの櫻の樹の事も馬鹿騒ぎしていた事も朧気になっていた。
そうして時は流れ誰もが普段の生活を淡々と過ごしているなか。
中二の夏事は起こった。
事の発端は春のことだった。
裏山の開発が進み山が削られていった、そんな中俺は中学生活を謳歌していた、その頃には俺のホラーブームも割と下火になっていた。
家から中学校に行くためには裏山沿いの県道を進むのが一番の近道だ。必然的に裏山を見ることになるのだが、日に日に削られていく山を見ても特に思う所はなかった。まぁ昔はよく遊びに行っていたなくらいは思ったのだが。
そんなある日だ、いつもの様に登校していたのだが、裏山に入る県道から少し外れた道に、パトカーやら救急車やらがたくさん溜まっていた。何か事件の匂いを嗅ぎつけた俺は通学路から離れ、裏山へと至る道へ向かった。
現場は騒然としていた。近所の住民も噂を聞きつけて集まってきていた。どうしたのかと交流のあったおばさんに聞くとどうやら事件があったのだとのこと。詳しい話までは聞けなかったが、久しぶりに俺のホラー脳を刺激する事柄に俺は興奮を隠しきれなかった。
俺は学校にも行かずずっとその場に留まり続けた、夕方になる頃には近所の人々の数も多くなってきていて、狭い町ながら、人でごった返していた。
結局何があったのかもわからずに夜になった。人々も霧散しパトカーやら救急車も何処かにいってしまっていた。俺の興奮も段々と収まってしまい、残念と思いながらも家路に着いた。
家に帰ると母さんはカンカンで小一時間は怒鳴り散らされた、まぁ学校を無断欠席したうえにこんな時間に帰って来たとなればそれは怒られて当然だろう。それに裏山の事件は夕方のニュースで取り扱ったらしく事件を知った母さんはその点についても心配していたのだそうだ。母さんに事件の概要を尋ねてみたところ、何やら言いにくそうな顔をしていたので追求してみたら、裏山で女の人が自殺していたとのことだった。ホラーに興味がある俺だったがリアルな生き死にを目前にした時、俺はただ怖かった。こんな恐怖を味わったのは初めてだった。
次の日の朝の地方ニュースでもこの事件の事を取り上げていた。ニュースをもっと見ていたかったが登校の時間になったので強制的にテレビを消されてしまった。昨日の今日なので母さんは学校まで俺の後を付いて来て俺が昇降口に入るまで校門から俺を監視していた。
教室に入ると仲間たちから昨日の事を聞かれたのでそのままの事を話して聞かせた、すると仲間達も興味を持ったのか、今度の土曜に見に行こうという事になった。俺は事件の最後の自殺というワードだけは仲間たちにも話さなかったし、土曜に裏山に行くのも断った。仲間たちからは臆病者呼ばわりされたが俺は構わなかった。リアルな死があまりにも生生しく脳にこびりついていたのでまた裏山に行く度胸は無かった。
そして土曜日、学校は半日で終わり仲間たちは我先に下校していった、恐らく裏山に向かうのだろう、俺はそのまま帰宅した。
その日は何故だか家に居るのも怖くてずっと布団に包まっていた、ホラーマニアが何をしているんだって話だが、当時の俺にとって死とは何にも勝る恐怖だったのだ。
俺は生な恐怖から遠ざかろうとしてホラー番組を見回した。何度も何度も見る度に恐怖は頭の隅に追いやられていった。
そんな土曜を過ごし日付は日曜となり、ただ同じホラー番組を見続けていたので日曜日もすぐに過ぎていった。
そして月曜、もうすっかり恐怖から開放された俺は、当然ながら登校した。いつもの県道はあえて通らなかった、内心また恐怖が襲ってくるのが怖かったというのもある。
いつもの近道を通らなかったせいか少し遅く校門をくぐった俺は辺りの異様さに寒気がした。
校門前にはパトカーが一台、グレーのセダンが一台止まっている。校門には生活指導の先生ともう一人先生が立って、登校してくる生徒たちを観察していた。それだけでも異様なのに、立っている先生の表情が異常を感じさせていた。
昇降口に入り教室のある二階に登って行くと、いつもの騒々しい喧騒は皆無で廊下に立っている生徒すら居なかった。こんな時は仲間たちとバカ話でもして気分を晴らそうと思い教室のドアを開けた瞬間、俺は見てはいけない物を見てしまった。
そこで俺は気を失ったらしい、目覚めたら保健室のベットで横になっていた。窓から差し込む光は夕方の訪れを告げていた。
そうこうしていると母さんと先生が入ってきて何かよくわからないことを喋っていた。その後俺は自宅に帰り、いつもの様にホラー番組を見た、そして例のテロップを見た。
それから先はあまり記憶が無い、というか残った中学三年生の時の記憶が一つもない。そうして俺は高校生になり大学生になった。そして今スクラップブックを眺めている俺が居る。
ポンっとスクラップブックを閉じた俺は不思議な気持ちになっていた、思い出したくても思い出せないあの春の思い出、そして恐怖。俺はその思い出を取り戻す覚悟を決めた。
その後俺が何をしたかというと、何をした訳でもない。大学を休み近所の図書館に行き当時の新聞を読んだくらいだ、それだけで事の次第は分かった。
俺が中学二年の時、例の事件が起きた山で中学生が大量に失踪、そして次の日に同山で失踪した中学生五人の遺体が見つかった、死因は全員が心臓発作外傷は無かったとのこと、他殺の可能性が低いため警察は不審死ということで操作を終えた。
わかったのはそれだけ、個人が調べるにはこれが限界だろう。俺は図書館を後にして家路についた。
家に帰る途中かつて山があった場所を通った、県道の横にあった裏山は住宅地になり、昔の面影もなかった。裏山で失踪、そして変死した仲間たち。何があったんだろう、思いは募るばかりだった。。
帰宅すると母さんが大学を休んだことを咎めてきたが、まさか亡くなった仲間たちの事を調べていたとも言いづらかったので、適当に体調不良とだけ言った。母さんはもっと心配するかと思ったがこれといって追求はしてこなかった。
次の日俺は大学に行く気も起きなかったので、母さんにまた体調不良だから部屋で寝ていると言った。母さんは病院に行くかとも聞いてきたが、それ程ではないと言い、母さんの提案を断った。母さんはそれで何か納得したのか、黙って横になって居るようにと言いつけ仕事へ向かった。
俺は部屋のベッドに横になると、目をつむり昨日調べたことを思い返した。
まずは最初の女性の自殺、これについては当時の新聞にも情報はなかった、だがこの自殺がその後起こった失踪と変死に繋がっているのではないかと思った。
あの土曜日きっと何かがあったんだろう、俺はその日行かなかったから助かったのではないのか、生き残った俺がこの事件を明らかにしなければいけないのではないかという自責の念に駆られた。気づいた時には走っていた、向かう先は裏山のあった場所、そこにいけば何かヒントがあるかもしれない。俺は他のことは考えずただ走った。
裏山があった辺りに着いた、距離にすれば大したことはなかったがしばらく全力で走ったことがなかった俺の肺、筋肉、神経全てが悲鳴をあげていた。
一面の住宅街、うちのある裏手とは違い新しさが見て取れる。そこにはかつての山の気配は無い。ただ1つだけ見覚えのあるものがあった。
住宅街の隅、公園のような形であの櫻の樹がそこにあった。樹はあの頃と変わらず堂々と地面から生えていた。その花弁は人の血を塗りつけたような朱色。普通のソメイヨシノより遥かに赤い。その赤さは毒々しさも感じさせていた。この樹で首を吊って自殺をした女性、この櫻の樹を見に来て失踪し、ついには死に至った仲間たち。その原因かも知れないものが今目の前にある、、俺は何をすべきなのか・・・。櫻の樹はただ俺を威圧していた。
俺の疾走はヒントの一つも得ないまま終わった。櫻の樹の下でただ立ち尽くしていた俺を不審者だと思ったのだろうか、近所の主婦が集まり始めてきたので俺は櫻の樹の下から去るしかなかった。
家に戻った俺は朝からの自責の念に苦しめられていた。しかし俺には出来ることがない、仲間の無念を晴らしてやることも出来ない。なんて無力なんだ。俺は自分を嘆くことしか出来なかった。
その日夢を見た、不思議な夢だった。櫻の樹の下で楽しそうに遊ぶ仲間たち、それを遠くから見つめる俺。そんな構図がただ続いていく夢だった。
そんな夢を見た俺はまたしても自責の念に駆られた。自分には何もすることは出来ない、ただそれだけを心で念じていた。段々とそれも難しくなってきた。心のなかを占める罪悪感が許容範囲を超えていた。俺の神経はズタズタになり心は割れそうになっていた。もう我慢なんて出来ない、今すぐ死んでしまいたい。そんな感情まで湧き出てくるほど追い詰められた俺は、自然にカッターナイフを手に取っていた。もう仲間たちのところへ行きたい、そんな一心で俺は刃を首筋に当てていた。これを横に動かすだけで俺の傷は頸動脈まで至り大量出血で死ぬだろう。しかし俺の腕は動かなかった。昔味わったリアルな死への恐怖、そしてそれに至ろうとする自分の思考への虚無感。そんな色々な感情が俺の腕を止めていた。
しばらくすると俺の高ぶった神経も落ちつてきて、色々な事を整理する余裕も出てきた。俺は名探偵でもないし勿論警察にコネがあるわけでもないが、この事件について調べてみようと思った。そうでもなければ一生俺の心にこびりついてはなれないだろう、思い出さなければこんな思いには駆られなかっただろうことは自分が一番わかっている。しかし残された者としてこの事件の真相を明らかにしなければいけないとも思った。まずは何から始めればいいのか、どうすれば真相にたどり着けるのか、そんな事はわからない。あの櫻の樹を見に行っても何も得れなかった、ならばどこへいけば何かがわかるのか、そんな事を堂々巡りしているうちに再び眠りの中へ落ちていった。
次の日外は雨だった。だがそろそろ大学に行かないと単位が危ないと思い、おっくうではあったがキャンパスへ向かうことにした。大学に行くのはなにも単位のためだけではない、当時裏山を削っていっていた時地質調査を行った教授に話を聞いてみようと思ったからだ。それにこの辺りの民話や郷土学を研究しているゼミにでも顔を出して当時の櫻の樹の逸話やそれに関係した噂話なんかを聞くためだ。
俺の中にあった様々な感情は蓋を閉められたように皆無で、ただ好奇心にも似た感情で埋め尽くされていた。
大学までは家から自転車で最寄りの駅へ、その後電車に揺られること十数分で着く、大学までは歩いて数分だ。
うちの大学は専門課程がかなり充実していて地方からも入学志望者がくるほどの有名校だ、そんな大学に俺が入学できたのは入試の際にとある特技を披露したからだ、つまり一芸入学ってやつだ、なにをしたかというと思い出すだけで顔から火を吹きそうなので明言は避けておく。
そんなどうでもいい話は置いておいて目指すは大学だ。
キャンパスに着いた俺はとりあえず自分のクラスに行き出席をとった、昨日出席しなかったことを咎める先生はあまりいなかった。一通り講義をうけ昼になった。この時間なら教授も部屋にいるだろう、俺は研究楝にある教授の部屋へ向かった。
結果から言うと教授は居なかった、助教授によると二週間前から出勤していないのだそうだ。まずは空振り一発、でもまだもう一つ確認しなければいけないことがある、それは放課後にしよう、そうしてまた教室棟に戻った。
ゼミが始まるのは各ゼミごとに違うが、俺が向かおうとしているゼミは放課後に開講なのだ。
そして放課後俺は別棟にあるゼミに向かった。
ゼミのある別棟に来るのは初めてだったが、いかにも古臭い開校当初からあると言われている場所だった。その一角に目指すゼミがある。軽くノックをしてみると、あくびともとれるような怠惰にあふれた返事が返ってきた。入っていいものかどうか悩んだが勇気を出してドアノブをひねった。
扉を開くと古臭い埃っぽい匂いがした、おもわずむせていると部屋の奥の方から笑い声が聞こえてきた。人の苦しみを笑うとは何事だ、と思いながらも部屋の奥へ入っていった。
部屋の中は入り口から見たよりも酷い有様で資料やら本やらが山のように積み重なっていた。その更に奥、この部屋とはミスマッチな作りのソファーが一脚置いてあった、声の主はそこにいるらしい。
控えめに挨拶を述べると、声の主は先程よりも気だるそうに返事をした。
「こんなしなびたゼミに何の用かな?」
先程はくぐもった声で推測することは出来なかったが、今聞こえてきたのは幼いというか、まるで小学生のような声だった。
呆気にとられているとソファーから何かが起き上がった。何か、というか声の主なのだろうが見た感じどう見ても小学生か中学生くらいの少女が起き上がった。
「ゼミ生の事はこの間話したはずなんだが・・・・ん?」
俺を何かと勘違いしたのかなんなのかその娘は眠たげにこちらを見た。
「見たことのない生徒じゃなぁまぁ万年サボりのわしがわかるはずもないか」
小中学生みたいな娘がわしとか言ってる!なんて驚きながらもとりあえず挨拶とここを訪れた経緯を話した。
「んむ、十年来の事件か・・・あぁあれだなあれ。集団変死の件じゃな、この街で起きた大きな事件といえばあれぐらいじゃからな」
どうやらこの幼女は事件についてなにか知っているらしい。俺は幼女に詳しい話を聞いてみた。
「突然入ってきて何かと思えばあの件についてか・・・まったく変わりもんも居たもんじゃな。あんな殺人事件には関わらない方が身のためじゃぞ」
俺はただ混乱した、殺人事件?どういうことだ。
俺の知っている事件、公にされている事件の概要。それを全てひっくり返す発言をこの幼女は話している。俺は完全にこの娘は頭がオカシイのだと思った、しかしこの幼女の話した殺人事件というワードが脳に引っかかったのだ。
俺は事件もそうだがこの眼の前にいる幼女のことが気になった、なぜこの幼女は当時の事件のことを知っているのか、それもちがう解釈で。それにこんなちっこい娘が大学生なわけがない。二個目の疑問は事件云々よりも気になった。こいつ誰?
「ん、わしの顔になにかついているのか?そんなに見つめてのう」
確かに気になるが、人を見かけで判断してはいけない。俺の疑問は置いといて事件の事を聞いてみよう。
「あの事件の事を聞きたい?わしははなしとうない、あれは禁忌じゃからのう」
禁忌?その言葉にどれほどの意味があるのかはわからない、しかし殺人という言葉が引っかかるそれだけは聞いておかないと。
「君もなかなか強情じゃのう、そんなに話を聞きたいのかね、それとも君はあの事件の関係者ではないのか?」
確かに関係者かと言われればただ誘われただけだし関係はしていない、でも死んでいったのは俺の仲間だ、全く関係ないとも言えない。だから俺は関係者だと話した。
「関係者ならわかるはずじゃろうあの失踪は人の手によるものだということをそして用済みになった子らはみな殺されたのじゃ、それくらい関係者ならわかるはず・・いや情報統制がされてるのかも・・・・・ん~おぬしは一体何者なんじゃ?」
眼の前にいる幼女は今まで聞いたことのないような言葉を並べて話してきた。俺は全く入り界の範疇を超えた話に目眩がした。この娘の言っている意味がわからない。殺人?情報操作?そんなのテレビでも取り上げないことばかりじゃないか。それはまるで幼い日に夢見たホラーの世界の話しではないか。過去に憧れた世界が今目の前で語られている。俺はこんな世界を望んでいたのではなかったのか?幼き日の思い出がフラッシュバックする、頭がぐるぐると働いているのがわかる、そう俺はこの娘の話に強い関心を抱いているのだ。
「もしもーし聞いておるんか?おーい」
加速していた頭が現実に戻る、現実に戻った俺の目の前にはやや困り顔をした幼女がいた。
もっと知りたい、もっと深く知りたい、真相を目の当たりにしたい。そんな感情が爆発しそうになって沸点を超えた。俺はいつの間にか幼女の手を握っていた、そして言った『このゼミに入れてください』と。
幼女は小さくため息を吐くと。
「全く面倒じゃのう、しかしながらこういうのも面白いのかものう」
と言って俺の手を握り返した。
その後簡単にお互いの名前やらを交換しあった、目の前の幼女は俺よりも年上の四年生だとうことがわかった、名前は月見燐というらしいツキミリンなんて珍しい名前だったのですぐに覚えた。まるでどっかのみりん会社の商品みたいだったのでみりんさんと呼ぶことにした。最初は馬鹿にしていると呼ばれるのを嫌がっていたが何回も呼んでるうちに慣れたそうで呼ぶことを承諾してくれた。
みりんさんはこの大学に主席で入学したものはいいけれど講義に出ることもせず、新たにゼミを勝手に作ってそこに入り浸っているらしい。教授達から何も言われないのは考査の時だけ出席して満点を出していくので何も言えなくなったのだという。
ちなみにこのゼミは特別な呼称はなく、ただこの町の歴史やらを研究しているゼミなんだそうな。俺が何故このゼミを知っていたのかというと、度々運営委員会ともめていたのを目にしていたのと、このゼミから発表された論文が県から表彰されていたからだ。もちろんこの事件を調べようと思った時このゼミが一番最初に頭に浮かんだわけではない
図書館にこのゼミの論文が並んでいたからだ。
そんなこんなで俺はみりんさんに話を聞くことになったのだが、みりんさんは1つだけ俺に条件を出した。それはこのゼミに入ること、このゼミはみりんさんが作ったあとゼミに入る希望者が皆無で、毎回運営委員会に潰されそうになっているのだそうだ。顧問の教授もいるそうなのだがあまり活発的な人ではないらしく基本みりんさんが一人で運営しているのだそうだ。そこで本題だ、何故俺をゼミに入れようとするのかというと、要は人数合わせなのだそうだ、このゼミを存続させるためには最低一人はゼミに居なくてはいけない、しかしみりんさんは今年度で卒業、その後釜が俺だということだ。
俺はその条件に快く乗った、多分この事件について詳しいのはみりんさんだけだ、そして俺に話してくれるのもみりんさんだけだ。半分世捨て人なみりんさんだからこそ事の真相を話してくれるんだろう、このチャンスを逃すわけにはいかない。こうして名称不明の謎のゼミに俺ははいったのだった。
さっそく話を聞こうと思ったのだがみりんさんは俺に挨拶云々をした後ソファーで寝てしまった。起こそうと何度も思ったのだがあんまり気持ちよさそうに眠っているので起こすに起こせなかった。
適当に手の届く範囲にある本をペラペラと流し読みしていたら閉校の放送が鳴った、時計のない部屋なので時間を気にはしていなかったのだが、閉校の放送が鳴ったということは時刻は九時ということなのだろう。大学に取り残されるのは御免なので俺はとりあえずみりんさんを起こす事にした。
しかしそれからが長かった。
肩を揺らしても、大声を出してもみりんさんは起きることはなく、ただ時間だけが流れていった。
それから二時間は経っただろうか、やっとみりんさんは体を起こした。俺は不平不満を一通り話したが、みりんさんは聞く耳持たないといった感じで我関せずを突き通していた。
「さて帰るかのぅ・・・・ん?まだ居ったのか君」
俺は呆気にとられ言葉も出なかった。
「わしは帰るが君はどうするんだね?まぁ普通の学生なら帰るのだろうが」
そりゃ帰るわ!なんて心のなかで絶叫しながら俺も帰路に着くことにした。
みりんサンは手ぶらでゼミを後にしようとしていた、この人は何をしに大学に来ているんだなんて疑問を飲み込みながらみりんさんの後を追ってゼミ室を後にした。鍵はみりんさんが管理しているらしく鍵を閉めた後ポケットに仕舞いこんでいた。
誰もいない別棟は静かでなにか出そうな雰囲気が漂っていた、内心怖いな、なんて思いながらもみりんさんの後をついて歩く。傍から見れば幼女が夜の校舎にいる事自体ちょっとホラーの匂いがするのだが、当の本人はなんとも思ってはいないのだろう。
別棟から本棟に向かうと遠回りになるのだそうで別棟を出てから大学裏の雑木林の方向に向かっていくみりんさん。この人は本当に怖いものなんてないんだと内心思った。
雑木林には何故かちゃんとした道があった、こんな所を通る人なんて居ないだろうと思ったが、ある以上誰かが使っていて整備している人もいるんだということだろう。雑木林を抜けると大学の裏門に出た、裏門は当然ながら鍵が閉まっていた、どうするのかとみりんさんを観察していると、なんとこいつ門をよじ登りやがった!俺はそんなみりんさんの奇怪な行動を眺めながら俺もこうしなければいけないのだということを悟った。
門を何とかよじ登って外に出たら先によじ登っていたみりんさんの姿はなかった。前後左右をキョロキョロと見回したがみりんさんの影すらない、まぁ夜なのだから影なんてないのは当然なのだが。黙ってここにいるのも何なのでとりあえず今日は帰ることにした、明日になればまたみりんさんに話を聞く機会もあるだろう。そんな事を思いながら最寄りの駅に足を向けたのだった。
そんなこんなで帰宅したのは日が変わった頃だった。母さんによる質問攻めを軽く受け流し部屋へと向かった。
ベッドにドンっと座りながら今日の出来事を思い出してみた。
まずはよくは分からないが地質調査を行なっていた教授の休みにしては長すぎる留守、これは明日もう一度助教授に会って詳しい話を聞いてみなければ分からない。これが明日の課題の一つ目だ。
そして二つ目、せっかくゼミに入ったのだからみりんさんから話を聞くのは勿論当時の資料や文献を調べてみることだ、あの部屋にはそれらしい本や資料がいたるところに散らばっていた。みりんさんが眠っている間に調べてみればよかったのだがみりんさんの許可を得ないで詳しく調べるのはなにか失礼だと思った。だからみりんさんの許可を得て調べてみる事にしよう。あとは首尾よくみりんさんから事件の事を聞ければいいのだが。この二つが二つ目の課題だ。
今日は色々な事があったせいかやけに眠い、目をつむれば即眠りに落ちていきそうだ。こんな時に考え事をしていてもしょうが無い、今はとにかく眠ろう、そしてベッドに着替えもせずに横になった、その後のことは覚えていない。
嫌な夢をみた当時のままの仲間たちが俺の足を掴んで何処かへ連れて行こうとする、俺は足に絡みつく手を振り払いながらとにかく仲間たちから離れた。仲間たちは皆見たことのないような目をしていた、俺はそれが恐ろしくてしょうがなかった。俺だけ助かった事を恨んでいるのか、俺を見つめている仲間たちは皆揃って無表情だった。
朝になった、寝ぼけ半分で時計を見ると時刻は午前八時半。やけに頭が重いがまずは行動を起こさなければ。
まずは顔を洗うために階段を降りて洗面所へと向かった、母さんはもう仕事に出ているらしく家は俺以外無人だった。顔を洗って何か食い物がないかと居間に行くとテーブルの上に置き手紙が置いてあった。内容は。
『今日は泊まりの仕事なので家には帰れません、大学に行くのなら昨日のように遅くはならないように。夕食は適当に調達すること』
とのこと、
平成25年6月4日更新
これ幸いと今日は夜までみりんさんに話を聞くことにしようと勝手に決めた。まずはとにかく大学に行かなくては。俺は急いで出かける準備をすると家から飛び出した。
大学についたのは十時ちょっと前、昨日は単位のことを気にしていたがもうこの際単位の一つや二つ落としてしまえ。そう考えた俺は別棟へと向かった。
講義中だからなのか別棟に用のある人がいないのか別棟は静かなものだった。昨日訪れた別棟の奥の方にあるゼミに向かった。ドアをノックすると気だるい返事が返ってきた。みりんさんのことだからまたソファーにでも寝っ転がってるだろうと思った俺は、ドアノブをひねった。
案の定みりんさんはソファーに横になっていた、昨日と違う点を述べればみりんさんの髪型が昨日はポニーテールだったのに対し今日はツインテールときている。あまりおしゃれに関心を持っていなさそうなみりんさんだがそういうところは気にしているらしい。
半分寝かけているみりんさんに朝の挨拶をすると、みりんさんはわずかに目を開けて。
「ん・・・おはよう君もサボりなのかね?まぁ人のことだから何も言わんがのぅ」
そう言うとみりんさんは起き上がって部屋の隅っこの方に向かった。何があるのだろうと関心を持った俺はみりんさんを目で追う。すると昨日は本の山が邪魔で見えなかったが部屋の隅に冷蔵庫がある。みりんさんはその冷蔵庫をガバっと開けると中から牛乳パックを取り出しラッパ飲みし始めた。呆気にとられたというかなんというか、よくわからないがあの牛乳はみりんさんの朝ごはんのようだった。
牛乳一リットルを飲み終えたみりんさんがまたソファーに戻りそうになったので俺は、みりんさんにここの本を見てもいいのか許可を求めた。すると。
「おぬしもゼミの一員なのじゃからゼミにあるものを使ってはいけないわけがなかろうが」
と言われた。
ゼミの主に許可をとったので俺は片っ端から資料や本を読みあさった。
本と資料を読んでいるうちに午前の講義が終わったという放送が流れた。俺は情報探しを一旦やめ昼食にしようと思い立ったが、みりんさんはお昼食べないのかな、もし食べるなら一緒にと思いソファーに向かって話しかけてみた。
みりんさんは寝てはいなかったようで俺の提案を却下した。みりんさんいわく人の多い所でご飯
を食べるのが嫌なんだとか。
それなら購買でなにか買ってきてここで食べようという提案をした。みりんさんは若干面倒臭そうな顔をして。
「購買に行くのならわしにはベジタリアンサンドと牛乳を買ってきてくれ」
とだけ言いまたソファーに横になった。
俺は足早に購買へと向かった、何故なら購買のベジタリアンサンドは女生徒に爆発的な人気で買うのなら生徒達が集まってくるより早く購買に行かなければいけないからだった。
呼吸を乱しながらも購買へとたどり着いた俺はみりんさんの分のベジタリアンサンドと俺用のかつサンドを買った。買い物を終えた頃には生徒達も集まりだしてきたのでそそくさと購買を後にした。
ゼミ室に戻るとみりんさんが本を立ち読みしていた。とりあえず戻ったこととベジタリアンサンドを手渡そうとみりんさんに話しかけたがまるで聞こえないのか、それとも本をみながら寝てるのかな、と思い手近な本の山に食事を置いた。
時間にして大体三十分くらいした時やっとみりんさんが本から目を離した、これはチャンスだと思いみりんさんに話しかけた。するとぐ~という大きな音がみりんさんの腹部から聞こえた。みりんさんは無言で俺からベジタリアンサンドを受け取り、今度はソファーではなく本の山に腰掛けて食事を始めた。
食事を互いに終えた後、まずはここ二週間も休んでいる教授の事について聞いてみた、するとみりんさんは棚から資料らしきファイルを取り出して、あるページを開きながら俺に渡してきた。
資料を読むとそれはとある新興宗教の冊子であった。これはどういうことかとみりんさんに聞くと。
「どうやらあの教授はそこの資料にある宗教にハマっているようじゃの、ここ二週間休みをとっているのはそこの冊子にも書いてあるように、教祖がこの街にやってくるっていうんでその準備をしているからじゃろう。なんせあの教授はこの地区の代表らしいからのぅ」
宗教?これと事件は繋がりようが無さそうに思った。するとみりんさんは。
「どうやら当時地質調査を行ったのもその宗教関係のことらしいんじゃと」
俺は何か見えてきたような気がした。しかし疑問なのがみりんさんがなんでこんなに詳しい情報を知っているのかということだ。みりんさんの持つ情報はいち学生では持ち得ない情報ばかりだ。みりんさんはどこからこの情報を得ているのだろう、不思議な事だらけのみりんさんだが余計に分からなくなってきた
平成25年6月5日更新
「なにか腑に落ちんといった顔をしておるが、他に何かあるのかい?」
俺が思考をぐるぐるさせている間にみりんさんはまた資料に目を落とし。
「試しに入信してみるというのも一考だと思うのじゃが・・・どうじゃ?」
俺は正直宗教とかそういう類のものがあまり好きじゃない。調査のために入信すると言っても俺的にはなかなか踏み出せないところだ。まずそっちのほうは保留ということで。
次は二つ目の課題だ。仲間たちの失踪そして不審死、それについてみりんさんは知っているのだということだ、ならばみりんさんから話を聞くのが一番の近道だ。
俺は未だに資料を眺めているみりんさんにまずは失踪事件について聞いてみた、すると。
「わしが知っとるのは失踪ではなく誘拐だということだけじゃその他についてはわしの推理にすぎん」
失踪ではなく誘拐。その事実に昨日から驚いているのだが、この事件の概要はみりんさん推理だということにまたしても驚いた。みりんさんが推理?なんでまた。
誘拐されたのだとしたらそれは誰に手によって行われたのか、それに警察が失踪とした理由。それが謎だった
ファイルを閉じたみりんさんは俺をしげしげと観察した後。
「さて、ここからはわしの推理にすぎんそれでもいいかのう?」
俺にとっての手がかりはみりんさんの推理とやらしか無くなった、その推理を聞いてみるのもまた事件の真相に近づくヒントになるのではないか、そう思いみりんさんの問いかけに首を縦に振った。
みりんさんはソファーに座って俺に背を向けながら話し始めた。
第一にこの事件は失踪ではなく誘拐だということ、それに関与しているのは例の教授が入信しているという新興宗教が関係しているのだということ。誘拐した後なんらかの理由で用済みになった子供達を全員殺したのだという。
しかし何故新興宗教が子どもたちを誘拐したのかはみりんさんをもってしてもわからないとのこと、また殺害された理由もわからないということ。だが一つ確かなことは警察内部に新興宗教の信者が深いところまで浸透していたため、失踪のち不審死という結果に操作したのだということ。
以上がみりんさんの推理、一個人としては大した情報量だ、しかし推理である以上真実とは言えない。それにみりんさんの言うことが妄言だということも考えられる。昨日今日と会っただけのこの人物の言葉、それに推理に素直に頷く事はできないような気がした。
俺は背中越しのみりんさんを見つめた。この人の言うことを聞くか、それとも聞いた話はみりんさんの妄言である。俺の選ぶ道は二つになった、さてどうするか。
みりんさんは俺の葛藤を知ってか知らずかソファーから立ち上がり俺の方を見つめた。俺はその目に何か特別ななにかを感じた。俺は・・・。
やってきたのは大学からバスに揺られること三十分ほどある文化会館。
結局俺はみりんさんの言うことを信じてみる事にした、理由は特にない。ただあの目を信じて見たいと思ったからだ。
みりんさんとバスに揺られながらやってきたのだが、まさかみりんさん自ら調査をしに来るとは思わなかった。バスの車内でみりんさんに聞いてみたのだが、みりんさん曰く気分なのだそうだ。
今日文化会館で行われるのは入信セミナーみたいなものらしい、みりんさんがネットで調べていた。ちなみにあまり社会に興味の無さそうなみりんさんだが、タブレットをはじめスマートフォンとガラケーの3台持ちをしているなかなかのネット玄人なのだ。バスの中でもタブレットを取り出し何か調べているようだった。
文化会館前のバス停で降りた俺とみりんさん、運転手さんに小学生料金だと言われたみりんさんは軽くキレていたが、そこは見た目は子供頭脳は大人なみりんさんは颯爽としていた。
セミナーに行くにあたって俺は一度家に帰りスーツに着替えてきたが、みりんさんは普段着のままだ。これでは子供連れでやってきたように見える。それを狙っていたのかなんなのかはわからないが、とりあえず文化会館に向かうことにした。
文化会館の前にはごつい黒服が二人入り口に陣取っていた。ちょっとヤバメな感じがしたがみりんさんは意に関せずといった感じでずんずん歩いて行く。俺も何とか不審がられないように背筋を伸ばして歩いた。
入り口に着くとごつい黒服が道を阻んだ。要するに招待券か何かを出せってことだろう。当然ながら俺とみりんさんは招待されているわけでもない。これは困ったと頭を掻くと、横にいるみりんさんがポケットからチケットらしい物を取り出した。黒服はチケットを見ると先ほどとはうって変わって営業スマイルを見せた。そして道を譲ってくれた。
会館に入るとロビーには人がわんさか居た。小奇麗に着飾った婦人や、頭が若干痛風気味な立派な男性やら、いかにも金持ってます!っていう人だらけだった。
小声で隣のみりんさんにチケットをどうしたのかと聞いてみたが。
「なんとかなるのじゃこういうのはのぅ」
とだけ言うだけだった。実に謎の多い人だと思っていると、みりんさんはどっかに行ってしまった。迷子になった!と慌てふためいていると、居なくなった時と同じような感じでまたみりんさんが現れた。一通り文句をいってみたがみりんさんは馬耳東風といった感じだった。みりんさんの手には少し分厚い本のようなものが二冊、タイトルを読むと【大いなる躍進コロナ教】【コロナその真髄】とあった。
どうやらここの宗教団体の名前はコロナというらしく、この本はコロナの活動なんかに関する本なのだと推察した。
みりんさんにどこから持ってきたのかと聞くとどうやら奥に物販コーナーがあったそうでそこで買ってきたのだという。みりんさん曰く
「本はどんな駄作でも糧になるからのう」
だそうだ。それに敵?となりそうな教団を知るには確かに本は適切だなと俺も思った。
しばらく辺りを観察していると開場のアナウンスが鳴った
平成25年6月7日更新
アナウンスに促され会場に入った。中は薄暗くステージ上もはっきりとは見えなかった。ロビーで屯していた人たちが続々と会場に入ってくる。俺とみりんさんは会場の中ほどの席に座った。
席に座ってから十数分、会場の明かりがだんだんと暗くなってきた。事の次第を伺っていると、ステージに光が灯った。司会らしい人物が下手から現れた。
「さぁ皆さん!私共コロナの代表。そして生きた唯一神、木元様の登場です!」
すると観客席から歓声が上がった。観客の大半は立ち上がり拍手をしていた。俺も立ち上がった方がいいのかと思いとなりのみりんさんを見たら、なんとこいつ寝てやがった!慌てふためいた俺は慌ててみりんさんを起こしにかかった。肩を揺らしても、小声ながらみりんさんの耳元で起きろーと言ってみたりしたが一向に起きる気配がない。何のためにここに来たんだーと心のなかで叫びながら、起こし続けた。
一方周りはというと拍手喝采。ステージに現れた背の低い男を皆一様に見つめている。どうやらあの男がこの団体の代表だということだろう。そしてマイクのあるスピーチ台の前に歩を進めると周りの人達も席に座った。そして代表の木元と呼ばれた男は手を大きく広げ話し始めた。
「皆さん!コロナ定期セミナーへようこそ!皆さんが訪れるのを私は待っていましたよ。では地区代表の兵藤君に登場してもらいましょう、さぁ兵藤君です」
代表が下手の方に視線をおくると、スーツ姿の男が下手からやってきた。
「あれがわれわれの大学の教授じゃよ」
えっ?と思ったらいつの間に目を覚ましたのか隣のみりんさんがぼそっと呟いていた。怒りだかびっくりだかよくわからない感情のままみりんさんからステージに目をやると、教授らしい男が代表の木元と握手をしていた。
「ふむ・・・前見た時よりも少しやつれているように見えるのだがのう、おぬしは見たことがないのかえ?」
確かに大学校内で見たことがあるような男だった、それに兵藤という名前にも覚えがあった。しかしやつれている?どういうことだろう。
木元と兵藤が握手をすると周りの人達も拍手していた。
「さぁみなさんに私自らパワーをさし上げましょう、さぁ皆さんも心を開いて!」
すると周りの人達は一様に目をつむり瞑想のようなことをしていた。それが十数分続いた。
「どうです皆さん!私の力が皆さんにも届いたことでしょう!では地区代表の兵藤君の日頃の働きに感謝の意を表して特別に私が兵藤君に儀式を行いたいと思います、皆さん!よろしいですか?」
すると周りの人々は歓声を上げた。周りの人々のテンションに圧倒されながらみりんさんを見る。するとみりんさんは苦々しい顔をしていた。
どうしたのかと聞くと。
「儀式か・・・・嫌な予感がするのぅ」
みりんさんが見たことのない顔をしているのに少しびっくりだったが、ステージの方を見て更にびっくりした。
ステージ上には不思議な箱がいつの間にか現れていた。箱の横には女性が二人。まるでなにかのマジックみたいだな~なんて思っていると、ステージ上では本当にマジックみたいな事が始まった。ステージの上では人体切断マジックみたいなことが行われていた。人体切断マジックとは、テレビでよくある、ボックスに人を入れてサーベルを刺したり、ボックスとボックスを離したりするあれだ。しかし目の前で行われている儀式は何かが違った。ボックスの中に入るであろう兵藤教授は遠目で見てもなにか様子がおかしかった。なんというか虚ろというか・・・。
そして儀式とやらが始まった。木元が兵藤の手をとりボックスの中へ入れた。アシスタントの女がボックスの蓋を閉じると木元がなにやら呪文らしい事を
つぶやく。そして木元自ら傍らにあったサーベルをボックスに刺していくそして腕を広げた。観客は拍手喝采、しかし俺はステージから目を離せなかった。何故か、それはボックスの下から血液らしいものが流れていたからだ。しかし観客はそれに気づいていないのか、それとも気づかないふりをしているのか、ただ拍手をするだけだ。
「これで兵藤君は天のコロナの大地に召されました!皆さんこれが奇跡です!」
「奇跡なものか、こんなものは公開処刑じゃぞ」
隣のみりんさんがボソリと呟いた。
当たり前だこんなの殺人じゃないか!それを容認している観客もおかしい!ていうかこの会場自体おかしい!俺は本能的に立ち上がりそうになった、しかしとなりのみりんさんが俺の腕を掴み立ち上がらないようにしていた。
「やめておけ、今行動を起こしたところで兵藤の二の舞じゃぞ」
いつもより強いみりんさんの言葉に俺は席に座った。
その後ボックスと死体は片付けられ、当然のように血も拭かれた。片付けられた後木元の講演が始まり、場は静かになっていった。講演は一時間ほど続いたが、俺は講演など頭に入っていなかった。目の前で人が殺されているのを見たのは初めてだったし言葉が出なかった。みりんさんはというとあの儀式以降黙って目を瞑ったままだった。
講演が終わった。観客は一様に拍手喝采スタンディングオベーションが数分続いた。木元が壇上からはけると観客たちは帰り支度を始めた。
「わしらも帰るぞ」
そう言ってみりんさんは席を立った、俺も続いて席を立ち出口へと向かった。
ロビーに出た後も観客たちは興奮気味で、一様に奇跡だとか私も召されたいとか言っていた。あんな殺人を見ておきながらなお奇跡だとか言っている観客たちに怒りを覚えたが、この場で何が出来ると思い腕を握りしめて耐えた。
みりんさんはというと難しい顔をしていた、何か話しかけたほうがいいかとも思ったが、話しかけてくれるなというみりんさんのある種殺気じみた雰囲気に、話しかけられなかった。
平成25年6月10日更新
会場の文化会館を出た後も、みりんさんは終始無言だった。みりんさんは基本的におしゃべりな方ではないが、今のみりんさんには話しかけられなかった。
文化会館からのバスの最中みりんさんは買った本を眺めていた。俺はというと、先ほどの儀式について考えていた。目の前で起きた儀式とは名ばかりの公開処刑、観衆もその儀式を容認し、なおかつ喜んでいた。その異常さに俺は恐怖しか感じなかった。みりんさんが何を思っているのかは分からないが、儀式の最中の顔を見る限り気分は悪かったはずだ。
謎の教団と殺された兵藤教授、見るからにやつれていた兵藤教授に何があったのだろう。あの儀式はなんのために行われたのだろうか。まずはみりんさんの意見を聞いてみたい。聞いてみたいのだが今のみりんさんに声をかける勇気はない。大学前のバス停に着いた時にはもう夕方だった。
終始無言だったみりんさんが口を開いた。
「今日は解散じゃ、気持ちのいい気分ではないしのう」
それはもっともだと思った、今話しても要領を得ないと思うし、一度一人で考えたほうがいいとも思った。
「ではのぅ」
そう言ってみりんさんはどこかに行ってしまった。残された俺も家に帰ろうと思い、駅へと向かった。
家に着いても心のもやもやは消えなかった。結局夕飯も食べずに俺は眠ることにした。
また嫌な夢を見た。
俺はステージの上にいてボックスの中に入っている、そうしているとどこからかマスクを点けた人物がやってくる。そして俺の体にサーベルを突き立てるのだ。たしかに怖かった、しかし所詮は夢痛みなんてものはなく、ただ体を何かが通り抜けていく感覚だけがある。
黙って刺されていると、ふわっとした浮遊感がやってくる。その浮遊感に身を任せていると何故か心地よい気分になるのだ。すべてのサーベルが刺された頃には、俺の脳内はドロドロに溶けて恍惚の表情を浮かべていた。そこで目が覚める。
目が覚めたのはまだ陽の登り切っていない早朝だった、頭がクラクラする。さっきまでの夢がフラッシュバックしてくる、先程までは気持ちの良かったはずの感覚が、気持ち悪い。吐き気と目眩を我慢しながら部屋から出て洗面台へと向かう。やけに静かな家内にほんのすこしの恐怖を抱きながら階段を降りる。洗面台までたどり着いた俺は蛇口をおもいっきりひねって頭を突っ込んだ。水の冷たさに驚きながらも、朦朧とした意識は回復していく。それとともに吐き気と目眩も収まっていった。
頭をタオルで拭きながら、冷静にかつ客観的に今までの事を整理しようとする。当然ながらあんな夢を見た後だ、冷静になどなれるわけがない。またこみ上げてきた吐き気をなんとか我慢しながら必死の思いで水を飲む。息遣いも荒くその場に座り込む。みりんさんと出会ってからというものこんな夢ばかり見る。何故なのかなんて考える余裕は今は持ち合わせていない、そういう難しい話はこの状態が治ってからだ。そうしてずれ込むように俺は横になった。眠りに入るのには大して時間はかからなかった。
今度は夢を見なかった、目を開けると窓から太陽が覗いていた。あれからどれくらい経ったのかとかそういうことを思うより今の体調の良さにひと安心した。もちろん寝ていた場所は洗面台の前で、水道も開けっ放しになっていた。俺はなんでこんなところにいるのだろうか、起きたての頭はうまく働いてくれない。頭を軽く振ると頭痛がする、きっとあの夢の後遺症みたいなものだろう、うまく働かない頭を酷使しながらあの夢の事を考える。昨日のようなフラッシュバックは無い、昨日よりかは体調も良くなっているし冷静に考えることができそうだ。
あんな夢を見たのはあんな公開殺人を見たせいだろう、あの瞬間が今でもはっきりと思い出せる。殺人の現場を見たのは当然初めてだったし。殺人ということが過去の記憶をズキズキと思い起こさせる。
頭を振って嫌な事を全部忘れようとした、せめて昨日の夢ぐらいは忘れたかったのだ。このままでは体が保たない。夢は頭を整理するためにあると大学の講義で聞いた事があるが、あれは整理なんてものではない。今でも無理をすればあの夢を思い出せる、だが思い出したところで何にもならない。あるのは苦しみだけだ。
少し楽になったというか、そのまま洗面所で過ごしても何にもならないので居間へ向かった。
居間は昨日家を出た時と変わらず静かなものだった。冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出しコップを取り出すのが面倒くさかったのでラッパ飲みした。乾いていた喉が潤ってくる。時計を見ると七時少し過ぎ、今日は早めに大学に行ってみりんさんと話をしよう。あの出来事を一人で処分出来るほど俺は頭が良いわけではないし、みりんさんの意見を聞いてみたかった。
一度部屋に戻り、面倒だったが着替えをして、また階段を降り家を出た。
いつもより早い時間に家を出たのでバスの時間があるかどうか心配だったが、バスは俺がバス停に着いた三分後にやってきた。バスの車内でみりんさんに何を話そうかと考えた、考えたが何から話せばいいのか分からず、ただ無駄な時間を過ごしてしまった。
駅に着いたのが七時五十二分、次の電車までは数分だった。急いで切符を買って改札を通りいつもとは違うホームに降りた。降りたとほぼ同時に電車がやってきた、電車内はまさに通勤ラッシュで人が溢れかえっていた、いつも乗っている電車はもう少し通勤ラッシュが収まった時間の電車なので、いつもとの違いにびっくりしながらも必死に電車に乗った。
なんだかんだで大学に着いたのは八時十五分、チラホラと登校してくる生徒も見えた。俺は旧棟にはまっすぐ向かった。みりんさんはいつも七時頃には校内に居るのだとかで、この時間には間違い無く居ると思ったからだ。
旧棟のいつもの廊下を歩き奥まったゼミ室を前にする、ノックをするべきか少し悩んだがみりんさんの性格を考えるにノックは不要と思い間髪入れずにドアノブをひねった。
ドアを開くと見慣れた風景が広がっていた。舞い散るホコリと、うず高く積まれた本や資料、そして部屋の奥にある二人掛けのソファー。そこがみりんさんの住処だ。挨拶もろくにせず、ソファーへと向かう。そうするといつもは寝っ転がっているはずのみりんさんが眼鏡をかけて本を読んでいた。
まぁ驚いたというかなんというか、この時間にみりんさんが起きていることにもびっくりしたが、眼鏡だ!なんだそのいかにも頭が良いんですみたいな眼鏡は!みりんさん昨日文化会館に行った時も掛けてなかったじゃないか!なんだそりゃ!。ということを要点をまとめて綺麗な言葉に翻訳してみりんさんに言ってみた、すると。
「伊達じゃ、似合うじゃろ」
正直イラっとした、あぁイラッとしたとも、俺の数分の驚き分の何かを返せ!そう思いながらもいつもの表情でみりんさんに挨拶をした。そして次に気になっていたみりんさんが読んでいる本について聞いてみた。
みりんさんが読んでいたのは昨日買ってきていた例の教団の本だった。みりんさん曰くこの手の本にしては物語性があって面白いとのこと、もう一冊は家で読んだのだとか。・
本の内容は教団の活動や教えみたいなことと代表のありがちなありがたいお言葉
で構成されていて、昨日の儀式云々については一言も書いてはいなかったのだとか。
みりんさんは昨日のうちに兵藤教授について色々と調べたらしい、俺が話を聞いた助教授にも話を聞いたらしいのだが、昨日の朝に大学に辞表を提出しに来ていたのだとか。その時に助教授も兵藤教授と少し話をしたのだとか。だが兵藤教授の言っている事は支離滅裂でいつもの凛とした姿ではなく、助教授から見てもやせ細っていたように見えたらしい。みりんさんはその足で兵藤教授の家に行ってみようとしたそうなのだが兵藤教授の家は既に売物件となっていて家族の行き先も分からなかったそうだ。
以上がみりんさんが昨日の夕方から夜までかかって調べられたことなんだそうだ。教団との繋がりは残念ながらあの儀式の時だけしかわからなかった。死んだ者に話を聞く事も出来るわけではない、これで例の教団と俺の仲間達との関連性からあの儀式が行われた要因まで分からなくなった。話を聞いた俺が眉間にシワを寄せ考え込んでいるとみりんさんが眼鏡を外しこちらを見た。
「残念だがここまでじゃこれ以上足を踏み入れれば何が待っておるかわからん、おのが身を案ずるならここまでにしておくのじゃ」
平成25年6月11日更新
みりんさんの言うことももっともだ、これ以上続けていたら俺だって生命の保証は無い。兵藤教授のように殺される可能性もある、そういう教団なんだとみりんさんは言いたいのだろう。
しかし教団のこともそうだが、みりんさんから俺の仲間たちについての話を聞いていない。みりんさんは話してくれると言ったが一向に教えてくれる素振りも見せない。それを聞いたら無事でいられる保証がないからなのか。みりんさんは俺のことを案じてくれている、それはわかる。ただ俺は真相を知りたいのだ、たとえ自らの生命が危険に曝されるとしても。それが生き残った俺のできるせめてものことなのだ。
俺はみりんさんにその意を伝えた、最初は顔を顰めていたみりんさんも俺の意思の強さに折れたのか小さくため息を吐いた。
「事の次第はわしが高校生の頃じゃ。わしはその当時からこの地方の民俗学や土着宗教なんかを調べておった、わしも若かった、色々な新興宗教からなにからに入信するふりをしてその団体の事をしらべておった。あの教団はその当時まだ小さなものであんなホールで集会なんてものをする程のものではなかった、しかし代表の木元の考えというか理念に関心をもったわしは教団に入信してみたのじゃ。あの当時は木元とも簡単に会えたし、話を直接聞くことも出来た、わしは話を聞いているうちに木元という人間に好意を持ち始めた。わしは毎日のように木元の元へ訪れていた。そんなある日じゃ、いつもの様に木元の元に向かったわしは木元が見知らぬ人物と話しておった、内心不思議に思っておったがそんなに気にもしなかった。後になってわかったことなのじゃが、木元と話しておったのはこの一帯を仕切っておる高橋組の組長だったのじゃ。当時教団は資金不足で運営自体が危うかった、そこに首を突っ込んできたのが高橋組じゃ、高橋組は宗教という新しい形で資金を調達しようと画策しておった、高橋組は信者の優遇と資金援助という形で教団をある種吸収してしまおうとしたのじゃ。最初木元はそれを拒否し続けた、木元も当時は自分が立ち上げた教団の運営と自らの教えを広めるためだけに各地を奔走しておった。わしもそんな木元だから好意を持ったのじゃ、だが金は人の心さえも変えてしまった、木元は高橋組と五分の杯を酌み交わし、高橋組との関係が始まった。そこからじゃあの教団が変わったのは。信者の増えた教団は信者から無理に金銭を要求するようになった、そして儀式という名目で邪魔になった信者を始末しておった。わしは木元に何度もそのような事をやめるように説得した、しかし木元は変わってしまった。木元はわしの話など聞かずにただ金を欲した。信者も高橋組の恩恵か爆発的に増えていった。そうして当初は上だった高橋組が教団からの搾取でしか食っていけないという状態にまでなった。木元と五分の杯を交わした組長も一線から遠のきますます高橋組の力は失われていったのじゃ。そこで高橋組はある案を考えた、宗教というものは一度入信すると心理的束縛からその宗教から抜け出せなくなるものじゃ、それを利用して教団に潜り込ませていた組員に事件を起こさせた、それがあの事件じゃ。事件後すぐにその組員は自白した、全ては教団の意思だと。当時警察や各種メディアに強い力を持っていた木元はその事件を隠し通そうとした、しかし実際に事件が起こってしまえば話は波及的に広まっていくものじゃ、新聞やメディアには報道されなかったものの、裏社会では事件は大きな話となって木元への責任を求めた。そこで間に入ったのが高橋組じゃ、もう力もそんなになかった高橋組じゃが裏社会での地位はそれなりにあったのじゃ、そこで高橋組はある条件を出すことで教団を救済するとした、それが教団の高橋組の傘下に入ることじゃ。高橋組の傘下に入ることで高橋組が教団の起こした事件の世話役になり面倒をみるということで当時はそれで事は収まったのじゃ、じゃから今の教団の意思は高橋組の意思、教団の財産は高橋組のもの、木元も事件を起こしたという責任からか高橋組の意向ばかりを聞くようになった。そして教団は高橋組のものとなったのじゃ。わしが教団を離れたのはその後じゃ」
いきなりの話しに俺はただ聞いているだけだった。話の内容も半分は頭に入っていないような気がした。
高橋組?そんな組なんて普通の生活をしている俺にとっては初耳な団体だ、それにみりんさんがあの教団に入信していて、なおかつ木元に好意をもっていた事が俺の思考をおかしくさせた。
「おぬしが驚くのも無理は無い、木元も昔は心地の良い人物じゃったのだ、全てを変えてしまった大本の原因は高橋組にある。ただ木元に責任が無いかと言われればそうではないがのう」