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幸福度  作者: 陽田城寺
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朝の一幕

 またしても、実に香ばしい匂いで恭二は目を覚ました。

「おはよっす!」

 見れば小さな机の上には所狭しとけったいな動物の頭部が並んでいた。

「これは……一体なに?」

「満漢全席ですよ、満漢全席」

「それは知ってるけど……」

 満漢全席とは中国の料理である。満州族と漢民族の双方から豪勢な料理がわんさか出る、という程度の知識しか恭二を持っていなかったため、所狭しとサルの脳ミソが置かれた様は満漢全席というに相応しくないと思っているのだろう。そして実際それは相応しくない。

「全部同じ食べ物だよね?」

「あい、サルの脳ミソです」

「のっ!」

 そうではないか、そうではないかと恭二は思っていたが口に出さず信じようとしなかった。けれど得美は容易く当然のように言った。

「これは満漢全席じゃなくて脳ミソ全席だよ! っていうかただの脳ミソの群れだ!」

「ごめんなさい、私の力じゃ一品しか出なくって」

「なんでこれを選んだの!? どうしてサルの脳ミソなの!? 他になかったの!?」

 得美は舌をべろりと出し、自分の頭をてへ、と言いながら叩いた。

 そして得美は幸福度が微妙に上がっていることを確認して、ほくほくと笑顔に戻った。

 確かに得美は大いにふざけた。けれど恭二はそういった日常のイベントが楽しく、幸福なのだ。もう得美は恭二の幸福のポイントを掴んだのだ。

 サルの脳は得美の凄い力により一匹残らず生きたサルに戻り、天界で働くことになった。

「生き返るなんて……本当に神の力なんだね」

「もしかして、信用されてなかったすか?」

 ともかく、二人は学校に向かった。



「おはおはおはおはおはおはおはよーっ!!」

 七コンボ、校門付近で叫びながら後ろから抱き着いてきたのは海藤蝶子である。

「今日はまた色々激しいね!」

 抱きつく衝撃と蝶子のノリに驚き普通にツッコミを入れたが、直後恭二は緊張した。

 一流と言ってもいいほど努力し運動している蝶子の肉体は引き締まり男性的にすら見えるが、なかなかどうして、このようにくっつかれると異様なほど柔らかさを実感する。

「二人で一緒に登校とはなかなか、なかなかアツアツおでんじゃないかっ!!」

「残念ながらアツアツでもおでんでもないよ。それでそろそろ放してくれないかな?」

 首には両手が、背中には小さめの胸が、何より頬に蝶子の頬が触れている。

「そっ! そうだね、ごめん」

 得美の話を聞いて挑戦した蝶子であったが、流石に今のは出過ぎた真似であるし、何より彼女自身が羞恥に堪えない。

 恭二にしてもいつもより激しくて、かついつもよりしおらしい反応を奇妙に思ったが、結局いつもの範疇だと思った。

「お、恭二、おはよう」

「あ、幸人」

 と恭二に気付いた幸人はすぐ傍の蝶子にも目をやった。

「あれ、蝶子ちゃん、朝錬は?」

「途中だけど?」

 言うや否や、グラウンドの方から蝶子を呼ぶ怒声が聞こえる。途中で練習を抜け出したのは誰の目からも明らかだった。

「そっ、それじゃ私行くね!」

「うん、頑張ってね」

 恭二が手を振ると、蝶子も手を振りながら走っていった。

「で、恭二には得美ちゃんも一緒にいるんだね」

「あんたはうぜーから消えろ」

「うわっ、相変わらず毒舌だね」

「僕はそんな毒舌、初めて聞いたけど?」

 と、恭二が言うと得美はすぐ弁解した。

「ちっ、違うんすよ! この男、昨日私に襲いかかってきて……」

「ええ? 殴られたのは僕だけどなぁ……。ま、いいだろ。歩きながら話そう」

「そうだね、得美、話はゆっくり聞かせてもらうよ?」

 得美は非常に困った顔をしたけれど、恭二の幸福度が上がっていることを確認して、少し安心した。



 教室に着く頃には、すっかり恭二は騙されていた。

 得美は勿論、幸人まで恭二の過去や家族の話を避けるような嘘の話をしたため、彼はどちらが悪いか何があったかも良く分からないまま強引に納得させられていた。

「つまるところ、二人とも仲が良いの?」

「そうそう、その通り。ね、得美ちゃん?」

「そうそう……え?」

 少しだけ、幸人の話術の方が巧みだったらしい。

 ともかく席に着きさえすれば、蝶子は部活で幸人は後ろ、得美と恭二は二人きりである。

「で、恭二。結局、将来の夢とかやりたいことってあるっすか?」

「何がどう結局なの? ……でも将来の夢か、うーん」

 頭を捻って考えるが、具体的な考えは全くない。

 得美の唐突な質問は当然意味がある。

 人生の、人間の幸福には間違いなく恋や愛、信じあえる存在や気の置けない人間は必須である。

 しかし次に、人生で人と同じくらい長く付き合う仕事との関係も良好でなくてはならない。

 もし恭二が過酷な労働や、全く楽しくないだらだらと倦怠感のみたまる惰性の労働をすることになっては、きっと一生得美はこの世界に留まることになる。

 毎日最高に楽しいような仕事、それを探す必要がある。

 最悪の場合、天職が見つからなければ、得美は彼をニートにする気である。実際、働かずに生きていけるのは幸せだろう。

 得美の全力を持って資金と資源、そして世間からの視線や批判を排除する。そして彼を幸せにすれば問題はない。

「まだわかんないな。まだ進路も考えられないのに、職業とかは……」

 というと、恭二の幸福度はがくんと落ちた。彼のネックである成績のことを思い出してしまったのだ。

「なああああ! 大丈夫、大丈夫っすよ! 恭二ならなんにでもなれます! 大統領だって宇宙飛行士だって神でも魔王でも勇者でもなんでもなれます!」

「それは不可能よ。神も魔王も勇者も不可能だし、今のあなたじゃ大統領も宇宙飛行士も無理ね」

「柴口さん、それぐらい僕だって知ってるよ……」

 得美が振り返ると、相変わらず綺麗な柴口さやかが立っていた。

「オー、シバグチサン……」

「どうして片言なのかしら?」

「こいつ、たまに変なんだ。気にしないで」

 さやかはその場の得美を押しのけ、ますます恭二に近づいた。

「それで、どうしたの? なにか用?」

「別に、あなたに勉強を教えようと思って」

 全く唐突であるが、何となく恭二には事情が理解できた。

「得美に何か言われた?」

「っ! ……よく分かったわね」

 一瞬驚いた表情を示すと、さやかはなぜか逆ににやりと笑った。

「別に気にしなくていいよ。あいつは少し変なんだ。僕はこれっぽっちも不幸じゃないし、最近面白いことが色々あって……」

「そ、そうなの!?」

 話が違う。さやかは彼が大層不幸で、知り合いなり友達なりが必要であるから親しくしてくれと言われたのだ。

 それを言った人物はまるで頭がおかしい人のように扱われている、何をどうしたらさやかは自分の面目が保てるか、それを考えた。

「得美が何を言ったか知らないけど、僕は大丈夫だから」

 そういわれては、さやかは引き下がらざるを得ない。

「待ってください柴口さん! 彼のそれは建て前です。本当は今にも愛の抱擁がないと死んでしまうような状況にあって……」

 と、まるでクラス中に演説するように言う。

「……と、言っているのだけれど?」

 いい加減さやかも得美には疑念の眼差しを向けている。

「そいつの言う事は、八割くらい無視していいよ」

「ああー!! 行かないで柴口さん!!」

 無論、去った。


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