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幸福度  作者: 陽田城寺
7/15

一日目の終わり

「帰りましたよー」

「遅いよ」

 既に日はすっかり暮れてしまい、星すら見えるほどの時間。

「何してたの?」

 少しむすっと、怒りをあからさまに恭二が訊ねると得美はにこにこと答える。

「転校初日なので、いろんな人と挨拶してたんすよ」

 嘘はついていない。ただ付け加えるなら、挨拶だけではなかった。

 変わらない得美の様子に恭二は怒りもせず、ただ晩御飯だと言った。

「すいませんね、ご飯を恵んでもらって」

「それくらい気にしなくて良いよ。一人分も二人分も変わらないし」

 言いながら恭二は教科書とノートを広げ復習を始める。

「もう食べたんすか?」

「帰ってくるのが遅いから」

 得美はどんどんと食を進めながら恭二を注視した。

 そしてこの日の、降り立って一日目の総括を始める。

 まず恭二はとても良い人である、どんな人にでも優しくできるし、真面目で堅実。

 裏を返せば人を特別に愛するなんてことはないだろうし、度胸がないのか思い切った冒険もしない。

 が、得美は自身のためでなく恭二自身のために彼を幸せにしてあげたいと思った。

 それは彼が充分に尊敬できる性質の持ち主であり、不遇を同情したからである。

「恭二、勉強教えてあげましょうか?」

「君にできるの?」

 と恭二が尋ねたのは学校での得美の様子を見たためである。

 突如転校してきた得美は授業で一切ノートを取らず、教師に当てられることもなく時間を過ごすだけ過ごしている風だった。

「私の能力を侮らないで下さいよ? こう見えてもボクシングライト級チャンピオン程度の戦闘力に加え、地方私立大学大学生程度の学力は持ち合わせています」

「それってどれくらい凄いの?」

 質問にも答えず自分に酔っている様子さえ見て取れる得美に、手始めに数学の問題を二、三出してみる。

「では、ちょっとお時間下さいね」

 それを解いて見せるのに十七分ほどの時間を要した。

「ざっとこんなもんです!」

「あんまりよくない方の文系私立大学なんだね?」

「いえいえ、こういう問題って多分大学じゃ解かないんですよ」

 もはや難しかったことを隠そうともせず得美はぬけぬけと言った。

「ともかくこのペースでなら、夜二時頃には……」

 一問十七分もかかっていてはテストで半分の点数も取れない。

 なので、往生際悪く続けようとする得美からノートを奪い取った。



 得美は恭二を幸せにすることを基本として行動する。

 して食事が終わり、食器を洗うか風呂に入るかという時点。

「お風呂にしますか、食器にしますか、それとも……」

「じゃ、鍋をたわしで」

 わたし、と言う前にたわしを持たせる恭二のユーモアはなかなかのものである。

 などと感心しながら得美は単純な労働に従事した。

 隣で恭二が食器の汚れをスポンジで拭き取っていく。

「このペースなら、お風呂は一緒で大丈夫そうですね」

「何言ってるの。そっちの方が早く終わるだろ。先に入っておいでよ」

 得美のたわしを動かす手が止まった。

「私のこと、嫌いなんですか?」

「なんだかガツガツ来るね、よからぬことを考えてるのかい?」

「シット!」

 思わず叫び、たわしを持った手で自らの頭を叩いてすらしまった。

「汚いよ?」

 得美は嘘をつくが、ごまかすことはできない人間らしい。

「いえいえ、恭二に隠し事はできませんね。でも、女の子の入ったお風呂に入ろうだなんて、それはそれで大胆ですよ?」

 ぱっと恭二は赤面し、頭を掻き顔をそらしてしまった。

 得美はそれを見て、むふふ、と笑った。

 恭二はその過酷な出で立ちのためか老成し達観し諦観した様子があるが、やはり年頃、純情な青年なのだ。

「それじゃ、お風呂は先に頂きますよ?」

 心底楽しそうに、得美は先に風呂に入った。



 風呂から出た後の得美は、自分の仕事使命などなんのその、ぽかぽかの体に昔の恭二のパジャマを纏い、ごろごろと和室を転がった後、そこで寝た。

 恭二はそこに布団をかけてやり、風呂に向かった。

 普段は乾いているはずの床に敷いたタオル、中も壁や床のタイルが濡れている。

 そして湯船、蓋が開け放たれているのは得美に注意したほうがいい。

 桶でかかり湯、と行こうとしたが恭二は度胸がなくシャワーで体を清めた。

 そして湯船に入るか否か、悩んだ。

(大胆なのか? 僕は大胆なのか?)

 妹と風呂に入ったことはある。今よりもっと大きなお風呂で。

 母親とだって入った記憶はあるが、ほとんど記憶が薄れて思い出せない。

 して、得美の入った後のお湯、足の先をつけてみた。

 普段は熱々で、入ると体の表面から一気に内部まで熱されたような気分になるけれど、保温なんてできない風呂だから、得美が入った分だけぬるくなって、それだけ妙に生々しく感ぜられた。

「むりだ!」

 結局、その日は一瞬浸かった後、シャワーで済ませた。


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