二人の女子
公立金崎高校は、公立高校でありながら部活動に力を入れており、中学もあるがその性質はほとんど変わっていない。
恭二が教室に入り席に座ると、颯爽と後ろの席の女子が声をかける。
「おっすおっすハロハロこんにちは恭二くん!」
「何回挨拶するのさ?」
茶色がかった短い髪を揺らし、机ががたがたと音を立てるほどに海藤蝶子は飛び出た。
「何か面白いことあった? 最近私はもう何にもなくって本当に大変なんだよ!」
汗をかいているのは、部活の早朝練習のノルマを済ませたからである。
海藤蝶子は陸上部長距離の選手で、その明るい人柄と有力な才能を持ち教師からも生徒からも注目される女性である。
あまりにはきはきと喋り、男女の区別なくこのように話しかけるので、男子から人気が高かったり女子から人気が低かったりと意外と苦労の多い人物である。
これといった仲の良い人物がいないので、席替えで近くなった恭二に話しかけているだけだと、恭二自身は思っている。
面白い事があるか、と聞かれ恭二は真っ先に一つ思い当たったが、そのことを全て語るのは流石に気が引けた。
「そうだね……特になかったかな」
「なんだいなんだい、面白くないね、大変だよこれは、事件だよ!」
何もないのに事件とはこれ如何に。
「今すぐ面白いことを探しにいこう!」
いたって真面目に言う蝶子に恭二は笑顔で「一人でどうぞ」と答えた。
「じゃあ行ってくるよ! 何かあっても知らないよ!?」
そうして蝶子は時折くるくる回ってみたりして、そこらの生徒にちょっかいをかけながら教室を出て行った。
恭二はただ一人友達と呼べる雲岡の元まで行こうかと考えたが、億劫なので結局授業の予習を始めた。
そうするうちに教室に生徒が集まり、蝶子も戻りホームルームが始まる。
恭二は左端の席にいるため窓が隣にあり、そこからグラウンドや道路が見える。ところが右には、いつもいるはずの長山がいない。
「ねえ知ってるかい恭二くん! 転校生が来るんだって!」
「転校生?」
二学期も始まってもうしばらく経つ。明らかに不自然なことである。
「恭二くんの席の隣、絶対そこだよ」
にしし、と笑う蝶子に恭二は疑問符を浮かべる。
「ここは長山くんの席でしょ?」
「何言ってんの? 長山くんはもう来てるじゃん!」
と指の示す方向、恭二の列の一番後ろにぽつんと一人だけ長山は座っていた。
ただ転校生が来るのみならず、いつの間にか強引な席替えが行われそれに恭二以外気付いていないことを鑑みれば、答えは何となくと導かれた。
ホームルームで教師が呼び出したのは、やはり見覚えのある女子だった。
「有野得美っす! 皆さん仲良くしてください!」
元気いっぱいに叫ぶ少女は、当然のように恭二の隣に座った。
「転校生、女の子だよ恭二くん! 可愛い? ねえ可愛いかい?」
「可愛いというか、小憎たらしくて意味不明な感じかな」
「爽やかに毒舌だよ! 恭二くんはとんでもないなぁ!」
ホームルームが終わると早速、天使得美は恭二の手をひっつかみ教室の外に連れ出した。
恭二は抵抗しないわけでもなかったが、それもまた天使の不思議な力なのか、結局なすがままに渡り廊下まで連れて行かれた。
ホームルーム終わり、授業までたったの十分もない休み時間、そこは二人きりになるのに丁度良い。
「何のつもりだ? 学校に来るし引っ張るし」
当然の恭二の言葉を得美は受け流し、自分の用件だけを伝える。
「そんなことより耳よりな話があるんですけど……聞きたいですか?」
「ああ、お前から色々聞かないと我慢できない」
二人の会話はやはり噛みあわない。
「あなたに好意を持っている女子がクラスに二人もいます!!」
パフパフ、と効果音を自分で言う程得美のテンションは上がっていたが、恭二はそれどころではない。
「そんな話を今してないよね。何で学校に来て、ここまで連れて来たかを……」
「まあそう仰らずに。全部あなたのためを思ってですから」
「僕のため? 自分のためじゃないの?」
「まわりまわってそうなりますけど……、そんなことより、今大切な話を」
核心に迫る話をする前に二人は問答を続け、チャイムが鳴って二人揃って急いで教室に入るはめになった。
授業の遅刻に教師は何も言わなかったが、蝶子は気にした。
「ねえ恭二くん、二人で何してたの?」
「話」
「話ってなんの!? 教えて教えておせーてよぉ!」
しかし海藤は教師に注意され、後に何度か聞きだそうとしたが結局諦めた。
転校生がなぜか在校生を連れ出し二人きりで授業に遅刻するまで話をしていたというのは、疑わしくもあり生徒の好奇心をくすぐるに充分すぎる。
授業が終わって海藤はなぜか黙ったままであるものの、明るい生徒達は得美に向かった。
そんな中ただ一人、雲岡幸人は恭二に声を掛けた。
髪は男子にしては長く、切れ長の目といつも持っている絵柄がきっついライトノベルが不釣合いな幸人は、どこかナルシストのような振る舞いを取る。
幸人と恭二が仲良くしている理由はただひとつ、二人は互いに友達がそれしかいないからだ。
「恭二、一体何があったんだ? 教えて教えておせ……」
蝶子の真似をする幸人の頭を小突き、恭二は言った。
「何もないけど」
「何もないわけないだろ! なんかいやらしいことしてたんじゃないのか? ん?」
幸人は一言で言えばひどい人間である。男子として性格も行動も最低、ある種英雄視できるほど豪胆な一面を持ち合わせているが、男女両方からすこぶる嫌われている。
「残念ながらお前が期待するようなことは何もなかったよ」
「そんなこと言って、お前は何があってもそう言うだろうしな」
また、恭二に奇妙な価値観を植え付けたのも幸人である。
始まりは恋愛の話を二人でしていた時、初めてあった女性は気付かないフリをして胸を揉むぐらいが丁度良いと幸人はのたまった。それ以来恭二は幸人の恋愛論を一切信じず、女性に対する恋愛は奥手すぎるほどになってしまった。
逆に女性からアプローチを受けても、それが恋愛によるものなのかの理解が出来ない脳になってしまった。全て雲岡幸人が元凶である。
幸人が聞き出そうと試みたものの休み時間では短く、結局授業が二度三度続くうちに事件はうやむやになった。
そして昼休み、昼食の時間である。
恭二は後ろの蝶子と長山が移動した後に幸人が座り三人で食べるのが定番になりつつあった。
しかし今日は得美がいた。
「恭二、早速今後の方針について話し合いたいのですが……」
「あーっ! 得美ちゃん恭二くんのこと呼び捨てにしてる! なになに、もうそんな仲なの!? ひゃーっ! 妊娠しちゃうよぉ!?」
「しないよ」
蝶子のうるさいほどの声に少し憤りを覚えながら、恭二は自分のチャーハン弁当を取り出し食べ始める。
「またそれなんだねぇ」
少し興味深そうに蝶子は弁当を見つめる。
恭二は自宅での料理なら多少手の込んだものを作る。けれど早起きが得意ではない恭二は弁当をすぐに作れて安価で栄養も充分と思うチャーハンに頼るのだ。
毎日のようにチャーハンを貪る恭二を見て、幸人や蝶子は家でもこれだったらえらいことだと話し合ったものだが、それも気にせず恭二は貪る。
そんな中、得美が恭二に耳打ちする。
「あなたのことが好きな女子一人目は、この海藤蝶子ですよ」
突然の告白にも関わらず、特に気にせず恭二が食事を続けるので、もう一度得美が告げたところで恭二は食を止めていった。
「聞こえてるよ」
「じゃあなんで驚かないんすか!? 普通チャーハンをぶっ、と噴いて迷惑をかけるところでしょ!?」
得美の漫画的価値観を正す前に、恐らく得美がしているだろう勘違いを恭二は小声で正そうとした。
「海藤はな、誰とでも仲良くなるんだ。だから席が近い人が毎回仲の良い人なわけで、つまり、今僕が海藤の前の席だからそうなるだけで、別に海藤は僕の事を好きとかどうとか思ってないぞ」
恭二は、得美が何かしら幸福度を見るように、好感度ゲージが見えていると考えてそのように言った。
普通の人が傍から見れば、海藤蝶子ほど社交的で賑やかな人間はいないと思うだろう。
けれどしかし、防人恭二が見抜いた海藤蝶子の本質というものは少々特殊である。
確かに蝶子は誰とでも、それこそ生徒でも教師でも、下級生でも上級生でも気兼ねなく話しかけ、下級生からも上級生からも同級生のように扱われる天性の友達気質といえるものを持っている。
しかし海藤蝶子にこれという親友はいない。みんなが親友と言う程蝶子は長い間喋り続ける人間ではなく、時たま自分の席で茫然としている姿を見ると、誰とでも会話はできるがそれ以上は何も出来ないという雰囲気がある。
みんなが気軽に話しかけることが出来る賑やかで面白い人物でありながら、誰も彼女に話しかけようとする人間はいない。
そのため、恭二は心中で海藤蝶子を『社交的な孤独人』と評していた。
「海藤に親しい人間や想い人はいないよ」
と本人に聞こえないようにそれだけ言うと、再び恭二はチャーハンを口の中にかきこんだ。
「なになになに!? 二人で何をこそこそ話してるの!?」
今まで同様賑やかに話しかける蝶子を見て、得美は複雑な気持ちを抱きつつ自作の弁当を食べた。
そして、幸人は妙な気分のまま得美の前の席で弁当を食べていた。
「……あれ?」
その違和感は得美によってかき消されていたものの、ほんの少し残っていた。
授業や掃除といった学校で主だった出来事が終わり、放課後になって得美は恭二に訊ねた。
「柴口さやか、という女子のことはどう思っていますか?」
「柴口さん? そりゃまたなんで急に?」
今までのうっとうしいほどのハイテンションではなく、逆に今までないほど冷静に訊ねる得美を不審に思い、少し真面目に恭二は質問に答える。
柴口さやか、雲岡幸人の隣、クラスの右後ろの端に席がある女子である。
長い黒髪にキリッとした表情、美しいという言葉が似合い、時に教師より博学ではないのかと思わせるほど知恵が回る女性である。
背も高め胸も大きめ、物静かだけど気が強い、そんな風に完璧に見えて運動がからきし駄目というのも男心をくすぐる、というのは幸人の言葉である。
恭二としては、普段人と会話していないように見えて誰とでも渡り合え、重要な相談を受け持つことがあるので海藤蝶子と真逆の性質を持つ人物である。
「もし、柴口さやかが彼女になったらうれしいですか?」
ぬけぬけと得美が言い、さすがの恭二も勘繰った。
「まさか、好意を持っているもう一人の女性って、柴口さんって言うんじゃないだろうね」
「なっ! どうしてそれが!?」
本気でバレないと思っていたらしく、得美の驚きは大袈裟に思える。
「はぁ……。僕は食べ物買って帰るから、先に行くよ」
と言い残し恭二は学校を後にした。




