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幸福度  作者: 陽田城寺
2/15

恭二と天使と幸福度

 間取り的にはアパートに近いが、形式のうえでマンションなのでそれはマンションである。

 四階建ての二階、エレベーターに近いことがその部屋の利点であるが、二階なのだから急げば階段の方が速く辿り着くことも多い。

 サムターンの鍵を開けて玄関には靴が三足のみ、小さなゲタ箱には忘れられたように靴べらが一つ入っている。

 入ってすぐ右にトイレと洗面所があり、左に和室、奥に広めのリビングが一つある。

 リビングの右側にコンロとか食器の類があり、奥には東向きベランダがある。

 そして中央に小さな机があり、左には出しっぱなし同然の布団が布いている。

 この日帰宅した恭二が不審に思ったのは、その布団の上に少女が座っていることである。

 ベランダの戸締りはちゃんとなっているし、鍵もさっき自分で開けたため施錠は確実である。

 親友の雲岡幸人(くもおかゆきと)はこういった類の小説が好きであり、よくそういった話を恭二にもするが、現実にそれが起こっては不気味としか言いようがない。

 服は真っ白のワンピースのようであるが、上と下で別々の服らしい。髪は随分長く適当に伸ばしているように見える。

「あの」

 と勇気を出して声を出すと、その少女はこちらを向いた。

 どうやら前髪だけは整っているようでくりっとした瞳が少し輝いた。

 少女の肌の色はその服のように白く輝き滑らかであり、妙に幼く可憐であるがそれは恋愛の対象にならない類の可憐さである。

「防人恭二くんっすね?」

 なぜ名前を、という言葉を飲み込んだ。それは表札に書いてあるので当然知れる事実だからである。

「一体、君は? どうしてここに」

 恭二が弱味を見せないよう、語気を強めて言うが少女は変わらぬ様子で発言を続ける。

「防人恭二、十六歳、防人弥太郎(やたろう)真子(まこ)の間に生まれ、妹瑛子(えいこ)がいたけれど、妹は病死、後に母は衰弱死、その後父親も事故死、さらに後祖父防人(まこと)に引き取られるも三年で病死、その間の入退院数は四十七回、そしてその間いじめにあった回数は……」

 呆けて口をぽかんと開けている恭二を見て、少女は口を止めた。

「どうかしたっすか?」

 正気に戻った恭二は、ずけずけと内情を語られたことを怒り狂った。

「一体君はなんなんだ!? 勝手に人の家に上がって……!」

 もっと、それ以外に言うべきことがあるのだが、それすら言えないほどに彼は狼狽した。

 が、少女はにっこり笑って恭二に告げる。

「私は、あなたを幸せにするために来ましたっ!」

 話は全くかみ合わなかった。



 終始謎の少女を通していた天使は、恭二が警察を呼び出すと脅し始めると同時に涙ながらに『警察だけは』『事情だけでも』という発言を繰り返し、落ち着いたと同時にその突拍子もない話を始めた。

「私、実はあなたを幸せにするために天から使わされた存在なんっす」

 見知らぬ女が部屋に来てこのようなことを言い出せば、怪しげな宗教の存在を疑うのが妥当であり、現に恭二もそうだった。

 問題はどうやって部屋の中に入ったのか、恭二の過去をどうやって知ったのかであるが、それらはピッキングやハッキングという言葉で解決できないわけではない。

 加えて、事実彼女が天から使わされた超常的存在でなく警察を呼ばれると困る少女なら、運動があまりできない恭二でも充分抑えることができるだろうから話だけは聞いてやることにしたのだ。

「幸せにするって、なんで? どうやって?」

 と疑問をぶつければ。

「それは恭二が不幸すぎるからっす。手段は、まあ色々っすかね」

 端的な答えを返していく。

「不幸すぎるって、これでも結構楽しくやってるんだけど?」

 不満を露に反論をしたところ、天使はより強く反論した。

「今楽しくても色々あるっす! 良いすか、私の上司、まあ神様としましょう。神様が人間の幸福の平等を目的に幸福度というものを設けました。人生の幸せの総量を量るもので、普通人生色々あって結局五千点くらい幸せになって、それで死んでマイナス五千点でゼロぐらいになっておしまいという大した事ない制度なんすけど」

 上司の働きを大した事ないと一蹴する天使の俗物さに恭二は落胆のような、幻滅を覚える。

「恭二は圧倒的不幸なんすよ! 普通ならもう自殺してもおかしくないようなあれなんすけど、それでもしぶとく生き残った所為でどんどん不幸が積み重なってもう神様の上司が神様を怒るくらい大変ってことっす!」

 恭二にとって命とは唯一無二の絶対に守りとおさなければいけないものであり、それを卑下するような発言をした天使は絶対に許せないものであったが、意味不明な事を話し続ける天使に対してはそのような気も起きなかった。

「で、何なの?」

「おおう、目が冷たいっす」

 流石に発言の不謹慎さを天使は詫びるが、それ以上に天使にもやけくそになりたい事情があった。

「実の所、もともとこの制度そんなに上手くいってないんすよ。生まれる国、才能、境遇、そんなものが平等になるわけないんっす。でも、誤差の範囲として神様はそれを無視。ところがどっこい、あなたがついに途方もない数をマークしたからもう無視できない。だから私がその調整のためにここに来た」

 話の雰囲気だけ真面目なので恭二もふんふんと相槌をうち、話を聞くフリをした。

「その、なんすなんすって言うと、話の真剣みが伝わらないんだけど」

「えっ? ……わかりました」

 明らかに天使も嫌そうな顔をしているが、話を聞いてもらうためには致し方ないといった様子だ。

「で、あなたの幸福度はおよそマイナス一億……なんですけど」

「へー」

 恭二にとって、その数字の上でどれだけ不幸であろうと幸福であろうと、今それなりに平凡な日常が送れているため全く問題はない。

 一億という数字は、実感しないが日頃余計に聞くほどの数字である。億も兆も京も超えたような大きな数字ならもう少し驚きはあったかもしれないが、程度の差である。

 しかしそれを一番問題にするのはこの天使だ。

「私は、あなたのこの幸福度を、マイナス一千万以内にしないと、天界に帰れないんです」

 急に、顔色を青くし胸を抑えた天使は本当に苦しそうに呻く。

 しかし恭二はやはりどこ吹く風といった様子だ。見知らぬ少女が家に帰れないと聞いても、やはり直接自分に関係する事とは思えないからだ。

「そりゃ大変だ。勝手に数字を書き換えればいいよ」

「それができないから困ってるっす!」

 平静を装ったり怒り出したり、情緒不安定な天使はまだ続ける。

「死んでマイナス五千っすよ!? あなた何回死んでるんすか!?」

「はは、まあ何度も死に掛けたけど」

「笑い事じゃねーってんだよ! 私はあなたを何度も生き返らせるような奇跡を起こさないと帰れないよ!」

 そしてついに天使は泣き出し、布団に潜り込んでしまった。

 やはりうっとうしいことこの上ないが、なぜだか恭二には彼女が嘘をついているようには見えなかった。

 天使としての周りに溶け込む能力かもしれないし、恭二のお人好しな体質の所為なのかもしれないが、ともかく恭二はこの日食事などの些事を済ませると床で寝た。

 後日に金を盗まれても気にしないほどの気位を持ち、天使を家に泊めるほどの器の広さを持っていながら抱えきれぬ不幸を持っているというのも、不思議な話ではある。

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