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幸福度  作者: 陽田城寺
14/15

真実

 得美は天界に戻った。これは緊急の報告ごとがあるからで、まだ恭二の幸福度はマイナス一億付近をうろついている。

「いったいどうしたらいいんすか、この状況」

 光り輝く空間、白い髭を蓄えた老人がその髭を弄っている。

「その前に、お主に伝えねばならんことがある」

「なんすか?」

「実は……お主は、防人恭二の妹、防人瑛子を転生させた存在なのだ……」

 神と称される者は真剣そのものである。

「そすか」

 が、得美のテンションはそれと程遠い。

「……あー? 聞こえんかったのか?」

「いや、そんなもん誰でもわかるっしょ、何となく」

 と強がるものの、実際得美は気付いていなかった。何度も考えはしたがそんな馬鹿なと一蹴し続けた。

 得美の存在が何であろうと、既に天に仕える身であり人間ではないのなら、誰であろうと一緒である。一つだけ文句があるならば、実の兄である存在に色仕掛けめいたことをしたことが恥ずかしいだけだ。

「そうか……ではなぜ貴様が防人恭二を幸せにするために使わされたかは分かるか?」

「そりゃ近親者の方が恭二を幸せにできるからじゃないんすか?」

「違う。お主、今回の件で相当苦労したじゃろ?」

 いわれて得美は色々思い出す。そりゃストレスで自分がおかしくなったり胃が痛んだりはした。結局は頑張れたけれど。

「そりゃそうすけど、それがなんすか?」

 神は一つ長い息を吐いて、姿勢を正した。

「罪と罰は、犯したものと受けるものが別になることがある」

「そりゃまた理不尽な。胸糞な話っすね」

「そして、防人恭二の父、弥太郎は大きすぎる罪を犯した」

「らしいっすね。最初幸人があくどいとかなんとか言った時に考慮すればよかったっす。その所為で幸人は……」

 と得美が話しているにも関わらず神は言った。

「防人弥太郎が受ける罰が、息子だけでは清算できないから娘であるお前に配当したわけじゃ」

「はぁ、それはつまり……」

 と言って得美は意味をよく考えることにした。

 防人家は四人家族で、父の弥太郎がとんでもない悪党であった。

 貧乏人から金を巻き上げ私腹を肥やす、それはそれは時代劇なんかですぐ殺されるような悪党であった。

 彼は幸せになりすぎた。そのための帳尻あわせは弥太郎自身の不幸ではおっつかず、仕方なく残った恭二が引き受ける。

 しかしそうすると恭二が不幸になりすぎるため、一度弥太郎を不幸にするために死んだ瑛子こと有野得美を再び不幸にして恭二の分の帳尻を合わせる。

 得美はふつふつと怒りと憎悪を募らせたが、激することはなかった。

「つくづく使えねえシステムっすね、この幸福度って奴は」

 神は何も答えなかった。

「で、これから私はどうすればいいんすか?」

「再び地上に戻す。兄の恩人の見舞いでもしてやれ」

 それだけ言うと神はそっぽを向いた。

 得美は地上に降りる途中、呟いた。

「神も仏もいねえっす」



 幸人は存外平気そうだった。

 刺されてすぐ得美が『神の力』で治癒してくれたからである。

「いやぁ、みんな大袈裟だよ」

 すぐ病院に搬送され、恭二、得美、蝶子、さやかの四人もついて行ったが、途中で得美が天界に行ったわけである。

「幸人、ごめん、本当にごめん、僕のせいで……」

「それは違う。ただ自分の罪を償っただけだよ」

 蝶子もさやかも、何を言えばいいか全く分からなかった。けれど幸人を見直したことは確かである。

 そこに得美がようやく訪れた。

「幸人、大丈夫ですか?」

「お、得美ちゃん。うーん、もう駄目かも。得美ちゃんが今すぐ水着姿を見せてくれたら復活するけど」

 腹に包帯を巻き、個室のベッドを当てられているためか彼はいつも以上に調子に乗っている。

「水着っすか。少しぐらいは健闘を讃えてやりたいですが、生憎気分が乗りませんので」

 それはみんなそうだった。楽しいプール計画は中止を余儀なくされた。

 しかし、この五人に奇妙な連帯感が生まれたのも確かである。

 経緯はそれぞれ違うものの、四人とも恭二の過去を知り、多少その不幸を癒そうと考えているのだ。

 けれど、少し問題があった。

「恭二くん、あの人はなんであなたを狙ったの?」

 警察というものが事情聴取するのが決まりだが、これまた神のみぞ知る力により処理は施されていた。

 しかし、間近で見た四人は知らなくてはいけない。

 さやかの言葉に恭二は少し俯きながら、けれど話し始めた。

 自分の過去、そして父の罪を。

 過去は得美のせいで誰もが知るところであったが、その父親については幸人と恭二しか知らないことだった。

 話を聞いた後、さやかと蝶子は言葉を出す事もせず俯いていた。

「ま、俺は知ってたけどな」

 と幸人は言う。それで二人は彼の無謀とも言える行動に納得が出来た。

 得美にとってこの壮絶な過去がどんな影響を及ぼすかが心配である。けれどもう話してしまった以上祈る事しかできない。

 やがて蝶子が口を開いた。

「私、軽い気持ちだった。ただ自分勝手なことしかしてなかった」

 今にも泣きそうな蝶子を見て、さやかも自分の髪を弄らずには話すことができない。

「そんなことがあったなんて……」

 これからどうすればいいかなど、二人には分からない。

「二人はこれまで通り明るく彼に話しかけてやってくださいよ! 恭二はそれが一番幸せなんす!」

 得美がそういうものの、むしろ蝶子は怒った。

「どうしてそんなことが分かるの!? ただの幼馴染なのに、無責任だよ」

 ついに蝶子は涙を流した。

 彼女は恭二に自分の不満と不幸を理解してもらい救われた。それなのに蝶子は恭二に対して何をしたか。

 その行為は確かに恭二を微弱ながら幸せにしていた。けれど蝶子にとってその行動は全て自分自身の満足ためでしかない。それをとても悲しく感じた。

 それを気遣いさやかがそっと肩を抱くと、次に軽く得美を睨んだ。

「あなたは何を考えているの? 私に恭二くんのことを頼んだり、分からないわ」

 アウェーな雰囲気で、幸人まで言う。

「確かに、俺は君のことはよく知らないな。人間じゃない、とは聞いたけど」

 突拍子もない発言に蝶子もさやかも釘付けになった。

 そして。

「では、すべてお話しましょう。別に隠す必要もありませんし……」

 そうして得美も、すべてを話した。


 誰も口を開くものはいなくなった。

 得美は、自身が恭二の妹の成長体であるとまで言ったのだ。

 これには恭二すら言葉が見つからない。

 かくいう得美もである。

 死ぬにいたり記憶は失い、恭二が兄であるといわれどう反応したらよいか分からなかった。

 ただ幸いなのは、彼女自身が恭二をちょっと頼りないヘタレとのように思っていたことであり、恋愛感情に類するものをもっていないことである。

 しばらくして、口を開いたのは恭二だった。

「瑛子、なのか?」

 しかし得美は冷たい。

「生憎、その記憶はないっす」

 そういうと恭二の幸福度は下がった。けれど得美はもうそれを気にしていない。

 あれほど戻りたかった天界が、いまや憎悪の対象でしかないからだ。

 また沈黙が続いた。次にそれを破ったのは幸人だった。

「二人で、町を歩いてみなよ。きっといい経験になる」

 得美は不機嫌のためつんとした。恭二もどう反応したらいいか分からなかった。

 けど、さらに蝶子が復活した。

「うん、それがいいと思う。一度だけでも、そういうこと、した方がいいよ」

 まだ鼻をすすりながらだが、蝶子の顔に先ほどのような怒りや困惑はない。

「そうっすかね?」

「そういうものよ」

 さやかまで力強く言ったので、得美が主導で二人は病院を出た。



 本当になんてことのない町歩きが始まった。

 二人は手をつながないけれど、そうしてもおかしくない距離で歩いた。

「得美」

「なんすか?」

「うーん、何でもないかな」

「なんすか、それ。って、うわ」

 恭二の幸福度はありえない速度で上昇していた。

「どうしたんすか? 何か満たされてますか?」

「満たされる、か。うん、満たされてる」

 驚きを隠そうともしない得美に、恭二は言う。

「空っぽだった、というよりも減っていたんだ。欠けていたんだ、それを今取り戻しているんだよ」

 取り戻す、とは幸福度がマイナスを突き抜けた恭二にはピッタリの表現だと得美は内心納得した。

「そうですか……」

 得美はなんとも言えない気分になった。騒いだらちょっと幸せになる恭二が、こんなに静かに、こんなにゆっくり歩いているだけでこれほど幸福に満たされていくなんて。

 自分の努力が無駄になった気がした。奇妙な厭世感まで発生した。体が気だるく、身が鈍るような思いをした。

 けれどそれが今の得美には心地よかった。

「お兄ちゃんって呼んでいいすかね?」

 言った直後、得美はやっぱり辞めておけばよかったと後悔した。

 恭二の方は、一瞬目を見開いたが、すぐ優しい瞳になった。

「いいよ、得美は……得美がいいかな?」

「好きにしたらいいっすよ」

 他愛のない話をしながら歩いた。幸人のおふざけや、天使としての苦労、神への愚痴、幸福度という制度の穴、話すのは得美だけで内容は文句ばかりだが、恭二は穏やかな表情でたまに相槌をうちながら聞いた。

「本当にクソッ垂れなんすよ!」

「ほら、そんな汚い言葉は使ったら駄目だよ」

 二人から笑顔がこぼれる。

(ああ、なんて私はちょろい女なのか)

 誤った価値観を持つ得美にとって、すぐ喜んだりはしゃぐ女は性的にだらしないなどと考えている。好きな男性と一緒にいれば誰だって楽しいものなのに。

 地上に降りて五日にも満たない時間だが、得美にとってこの上なく安らぐ場所をそこに見つけたのだ。

「お兄ちゃん」

 得美がぶしつけに言った。すぐに顔を赤くしてそっぽを向いた。

「やっぱ無理っす」

「仕方ないよ」

 そして、得美が蝶子達にもう戻らないとメールを送り、二人はそのまま帰った。



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