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幸福度  作者: 陽田城寺
13/15

激変

 得美が防人家に戻ると、恭二以外にもう一人。

「げぇっ! 幸人、どうしてここに!?」

「ああ得美ちゃん、お帰り」

「ごめん、バレちゃったみたいで……」

 朗らかに笑う幸人と対照的に、恭二は困った顔をした。

 彼も二日目ぐらいから得美と同棲する現状に問題を感じたが、誰も家に呼んだことがなかったので秘密にすれば問題はないと思っていた。

 しかし突然帰る途中、幸人が家に行きたいと言い出しとめられなくなったのだ。

 扉に足を挟む様子はどこか手馴れたものすら感じ、恭二は本当に友人を色々と疑ったものだが、保留にした。

 部屋の中で三人が座り、途中恭二が立ち上がってご飯を作り始めた。

「チャーハンじゃないんだよね?」

「家ではちゃんと作ってるって言ってるだろ」

 しかし、幸人にとって重要なのは料理の内容ではない。

「で、得美ちゃん得美ちゃん」

「何度も呼ぶなよ、気持ち悪いな」

「そうだね、まずその喋り方って僕以外にもしてるの?」

「なわけねぇだろ、ゴミ」

 朗らかな笑顔は完全に停止してしまったようで、得美から訊ねた。

「で、一体なんの考えがあって、ここに来てるんすか?」

「うん、本当に一緒に暮らしてるかの確認と、どういう風に恭二と一緒にいるかをね」

「ねえ、聞こえてるんだけど?」

 と、恭二が野菜を切りながら声を出した途端、二人は部屋の端の方に寄った。

「いや場所移動する前に一体なんの話してるんだ? そんなに僕のことを気にしてどうするの?」

「いやなんでもないっすなんでもないっす!」

「恭二、友人を疑うなんて、悪い子だ」

「疑うも何も事実あるよね、僕の話をしてるの聞いてるから。なんで得美と僕の関係とかを気にするんだ?」

「普通気になるだろ。同棲だなんてありえないし、一度や二度何かやったんじゃないか?」

「その『何か』、絶対聞かないからね?」

 しばらく問答をしたものの、晩御飯の時間を遅らせるわけにも行かず恭二はまな板に向かった。

 そして二人は端っこで、壁に向かって相談を再開する。

「もう、あなたの所為でひどい目に会いました」

「ごめんごめん、それで調子はどうだい?」

「うーん……その前にあなたにはもう少し詳しい話をしないといけない気がするんすけど、ま、ぼちぼちってところすね」

 幸人が詳しい話を抜きにしようと言ったため、少し得美は幸人に話すことを躊躇っている。知ってもらった方が色々楽になりそうだが、彼が信じるかどうかは疑わしい。

「ぼちぼち、それじゃわかんないなぁ。彼は幸せなの?」

「そうですね、今はかなり幸せです」

「それで、何か他に計画はないの?」

「もう、ドキドキハーレムプロジェクトの遂行は凍結した方がいいかもしれません。このまま青春の五人組ワッショイ作戦を実行した方が……」

 そして沈黙が訪れた。

 幸人としては、得美の計画について口出しをする必要性を感じず黙っているわけで、得美の方は自分がかつて最高の自信を持って決行した作戦を凍結する諦めがついていないだけである。

 不可能の実現、それをやってのける知恵と能力があると信じきっていた。だが無理だった。

 それを実行するために、神の力があるのだ。

 得美は言葉には出さずとも、強い決意を持った。神の力も活用して、ハーレムと青春を両立させようと。

「幸人、私はやってやりますよ。恭二の奴を幸せのデフレスパイラルに巻き込んでやります!!」

「言葉の意味はよくわからないけど、うん」

 そうして、三人で夜を過ごした。

「ってあんた泊まるんすか!?」

「家結構近いからさ」



 そして土曜日、午前からさやかと蝶子はスーパーマーケットで水着を買いに出かけていた。

「さっちゃんはどんな水着がいいの?」

 さやかは、自分が蝶子のことを蝶子とだけ呼ぶことに少し違和感を感じている。

 せっかく蝶子がさっちゃんとあだ名を作ってくれたので、その恩を返すような気持ちである。

 ただその事を相談したら、蝶子は昔『チョースケ』と呼ばれていたといわれたので、言葉を伏せた。さすがにチョースケとは呼べない。

 水着とあだ名、それがさやかの今の課題である。

「そうね、水着……」

 さやかにとって水着グラビアは破廉恥なもので、水着はスクール水着で、ビキニは布の切れ端である。

「これ、とかどうかしら」

 上下が繋がっている、いわゆるスリングショットタイプである。色は紺色。

 一見してスク水との違いを探す方が難しいような一品である。

「あーもーさっちゃんは冒険心っていうのがないの!? ここは、もっとブットビィな水着を選ばなくちゃ」

「ぶっとび?」

「これとか!」

 理解の追いつかないさやかを無視してまで間髪いれず蝶子が手に取ったものは、無論ビキニ、上下で布が二つに別れているものだ。

 しかも、胸を覆う部分は三角形をしていて、お尻の部分の布が前の布より小さくなっている。

「それ……水着……なんですか?」

 さやかは汚いものでも見るようにその商品を見た。

 趣味の悪いハンカチーフかと思った。それか髪留め。

「試着だけでもしてみなって! 絶対似合う! 似合いすぎて鼻血出るよ!?」

 女性同士とはいえ間違いなくセクハラであるし、蝶子は嫌なら断るだろうと考えているので多少無理矢理言っている。

 しかしさやかにしてはノリの悪い奴と思われるのは構わなくても、蝶子が似合うと言い選んでくれたものを無碍にするのは潔しとしなかった。

 あくまで自分のみではなく、友情の為の決断であった。

「そ、それでは……」

 手に取った瞬間から顔は紅く染まっていた。

「えっ?」

「え? って、蝶子?」

「本当に着るの?」

「蝶子! からかっていたのね!?」

「かっ、からかってはいたけど! 似合うとも思うよ」

 せめてものフォローではあるが、さやかは真に受けてしまう。

「…………じゃ、着てくるから。覗かないでね」

 言って、試着スペースのカーテンをしゃっと閉めた。

 さやかはとても悩んだ。とても着れたものではない。

 下の方を先に着用したが、着るとかはくとかいう以前の感じである。

 布の面積は異様に小さいくせして、妙に密着感があり、そして締まるような奇妙な感覚がある。

(破廉恥だ……)

 そう思いながらも、これを着た姿を蝶子に見せるとどんな反応をするかという期待が勝った。

 そして上もつけた。サイズが微妙に小さいらしく苦しい感じがして少し食い込んでいるのだが、さやかはそれによく気付いていない。

(一応、着ることが……できた……?)

 本当にこれでいいのか分からないほど、普段感じない感覚が次々と体を支配していくが、それでも勇気を奮った。

「蝶子、いる?」

「うん、いるよ」

 確認をしてカーテンに手をかけるが、やっぱり恥ずかしくなるのが乙女心である。

 しかしカーテンは蝶子の手によって開かれた。

「っきゃあああああああああああああああああ!!」

 さやかは顔を隠した。頭隠して尻隠さずという言葉があるが彼女は胸隠さずである。

「あ、あああ」

 さやか以上に蝶子が絶望しているのは、その豊かな胸のためである。

 実際に肌についているそれを見ると、制服や私服のようなゆったりした状態で見る以上に大きさが実感でき、迫力があった。

「なんて……なんていやらしい体をしているの……」

 叫びを聞いて店員が様子を見に来たが、少し注意を受けるだけですんだ。

 しかしさやかは水着のまま涙を流してうずくまっている。

「さっちゃん、もう泣かないで。あの、早く見たかったから……」

「だ、大丈夫、大丈夫、だか、ら」

 どう見ても大丈夫ではない、涙は際限なく零れ三角座りで試着室にうずくまれると、蝶子はどうしようかとうろたえてしまう。

 けれどさやか自身、自分がなぜ泣いているのか分からない有様である。

 突然の出来事に驚いて泣いているというのが大きな理由だが、裸同然の格好を見られた羞恥心と、友達に裏切られたような気持ちがあったのも一つの因であろう。

 けれどそんなことよりも、今、蝶子が自分のために困っていることの方が辛いのだ。



 午後三時前、幸人のたび重なるセクハラは得美を辟易させたが、幸人の顔に腫れが増えていくだけで何の効果も意味もなかった。

 集合場所に指定した駅前は、目の前にタクシー乗り場やバス乗り場があってそれなりに大きな建物である。

 既に恭二組は集合していて、後は女子二人を待つのみである。

「あっ! いたいた、おーい恭二くん、得美ちゃーん!!」

 手を振っているのは私服のさやかと蝶子である。

 すっかりさやかは泣き止んだものの、水着は残念ながら一般的なスリングショット型となってしまった。

「あっ、海藤さん!」

 二人が手を振ると、得美も手を振り返した。

 そこで事件は起きた。

 タクシー乗り場を強引に突破してきたトラックが恭二目掛けて突っ込んだ。

「恭二くん!!」

 さやかが叫ぶと同時に、周りの人々も悲鳴をあげた。

 けれど、当の恭二は全く動くことができない。

「恭二!!」

 幸人が恭二を庇い前に立ったが。

「ゴッドパゥワァ!!」

 得美がその前に立ちトラックを不思議な力で止めた。

 しかし止めるというより盾で防ぐような力を使ったので、トラックの全面が大きくひしゃげる形になった。そして得美は疲弊し膝をつく。

 なぜトラックが止まったか、というのは疑問であるが、それ以上に市民が気にしたのはなぜトラックが暴走していたか、である。

 その答えは降りてきた運転手を見れば瞭然である。

 その男は、野球帽を被り、無精ひげが生え、手には包丁を持っていた。

「防人のガキィ……」

 目は血走り、言葉には憎しみが滲み出ている。

 衝撃的な場面に、誰も反応できない。

 得美自身驚きを隠せないが、それは恭二の幸福度を見てである。

 驚くべき事に、この時の恭二は、幸福度が全く変化していなかった。

 まるでこの出来事が当然であるような、起こるべくして起きたと覚悟していたかのような、完全に順応していた。

 唯一動いたのは幸人だった。

「く、雲岡くん?」

 恭二を遮るように、運転手にゆっくりと歩く幸人をさやかが気遣った。

 けれど、幸人もまるで反応しない。

「こいつは、いじめっ子なんだ」

 全く意味の通らない言葉だった。けれど幸人には今、自分の罪を贖う一世一代のチャンスが来ているのだ。

「俺は、今度こそ守らなくちゃ……」

 男が叫び声を上げ、包丁を手に突進した。

「幸人っ!!」

 得美が叫んだ。


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