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Defenders  作者: 石原健司
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第一章 赤い太陽の下で・7

     7

 

 

 衛は手近な校舎内に逃げ込み、外をうろついているであろう連中に窓から見られないよう用心しながら保健室へと進んでいた。もっともそんな用心など無意味かもしれない。凛の頭から絶え間なく滴り落ちる血がふたりが移動した跡を残しているのだから。

 凛は重かった。いや、重くなりつつあるように感じていた。以前、なんとかいうミステリィ小説で読んだことがある。ひとは死ぬとやけに重く感じられる、と。

 そのことを思い出した途端、衛はぎくりとし、足が止まってしまった。

 凛が死ぬ?

 十代も半ばである衛たちにとって、死とは遥か遠くにある外国のようなものだ。存在することを知ってはいても、遠すぎてまるで自分らには縁のないモノ。タカシーだって結局は生きていた。

 それが今、衛の腕の中の凛へと迫りつつあるというのか?

 衛は、気が狂った野球部員たちに気づかれる恐れがあるのも構わず、助けてくれ! と叫び出しそうになった。それを必死にこらえた。もし見つかりでもしたら今度こそ凛がどうなるかわかったものではない。悲鳴を飲み込み、飲み込みきれない分が涙となって溢れる。涙は頬を伝わり、凛の上にも滴り落ちた。

「……まーくん?」

「凛?」

 思いもかけず目を覚ました凛を、衛は驚きと嬉しさで目を見張った。

「泣いてるの?」

 目つきは朦朧とし声は弱々しいが、確かに凛はまだ生きている。安堵のあまり衛はその場に座り込みそうになった。

「えへへ、まーくんが……泣いてるとこなんて、初めて……見た」

「な……泣いてねーよ。汗だよ。お、お、お前が重すぎて汗が出るんだよ。それから、まーくんなんて小学生んときの呼び方すんなよな」

 憎まれ口で答えながらも衛は嬉しさでまた、涙をこぼしそうになった。

「えへ、ごめん……ねぇ……。なん、となく……出ちゃっ、て……」

「とにかく、保健室にいく。そこで救急車呼ぶから。病院行ったら、もう大丈夫だから」

 本当に大丈夫なのか、という疑念はねじ伏せ、努めて明るい声で励ます。

「よろ、しくぅ……」

 半分が血で汚された顔に微かな笑みを浮かべると、凛は再び目を閉じた。衛は反射的に凛の口の前に自分の頬を寄せて呼吸を確かめる。微かだが、ちゃんとした息吹はあった。

 衛はホッとして、保健室への移動を再開しようとした。

 その先に、ひとりの男子生徒の姿があった。

「なにやってんだ、衛?」

「青児!」

 見知った顔に出会い、安堵から衛は今度こそ本当にその場にへたり込んでしまった。

「お前、帰ったんじゃなかったのか?」

「助けてくれ、青児!」

「助けてくれって、お前……」

 青児は困ったようにわずかに眉を寄せた。

「僕だけじゃ、もう……どうすりゃいいのか……」

「まあ、落ち着けよ、衛。わけわかんねーよ」

「これが落ち着いていられるか!」

 そう言い返した時点で衛は青児の違和感に気づいた。

 なんだってコイツは自分の彼女が目の前で血まみれになっているのにこうも落ち着いていられるんだ?

 まさか青児も野球部員たちみたいに……?

 そんな疑念がわき出した衛の前に、両手が差し出された。

「青児?」

「ほら、あとは俺に任せておけよ」

 青児の顔に、彼のトレードマークともいえる人懐っこさと頼もしさが入り混じった笑みがあった。衛は、凛が彼のこの笑顔が大好きだとのろけていたことを思い出した。

 どう見てもいつもの青児だ。

「あ……ああ、頼む」

 友人を疑ったことに恥じ入りながら、衛は凛を彼氏の腕へと差し出した。凛の命が危険であることに変わりはないが、それでも少しは重荷が軽くなった気分だった。

 剣道部随一の腕前を誇る青児は、凛を軽々と抱え上げた。トレードマークの笑みをその顔に貼り付けながら。

「衛も大変だったな」

「い、いや、それより保健室に急ごう。そこで救急車を……」

「でももう大丈夫だ」

「は?」

「あとは俺が上手くやっておく」

 青児は両足を踏ん張ると、思い切り身体を捻り、廊下と教室を隔てる窓へと、凛の身体をぶん投げた。

 凛の身体は、窓ガラスを突き破り、机や椅子を巻き込んだ音と共に床へ落ちた。

「な……?」

 衛は阿呆みたいに突っ立ていた。目にした出来事がまだ脳にまで届いていないようにポカンとしていた。

「どーよ、衛?」

「え?」

 得意げにウインクした青児の顔を、衛は阿呆面のまま見返す。

「けど、思ったほどは飛ばなかったな」

「お、おい……青児?」

「ああ見えて意外と重かったんだな、凛は」

「青児!」

「え?」

 相変わらずの青児の笑顔に、衛の拳がぶち込まれた。衛はそのまま野球の投球をするかのように腕を振り抜く。青児はそのまま背後に打ち倒され、気を失った。端正な顔には拳の跡がくっきりと刻まれている。前歯はすべて砕かれ、他の歯や鼻骨などもガタガタになっているだろう。力を込めすぎたせいで、衛の右手もほとんどダメになってしまったようで、ろくに握ることもできなくなっていた。

「凛!」

 ぶっ倒れている青児に目もくれず衛は教室の中へと、破かれた窓枠から飛び込む。窓枠に残ったガラスの先で身体の何箇所か切ってしまったが気にもならなかった。

 倒れた机や椅子と共に横たわっている凛の姿に、衛は息が止まりそうになった。

 全身をガラスで切り刻まれ、机と椅子によって身体中に打撲を負い、頭蓋骨が破損しているにもかかわらず床に叩きつけられた凛の姿に、衛は呼吸をすることも忘れて見つめ続けた。

「凛……生きてる、よな?」

 その言葉が果たして、凛に向けてなのか自分に向けてなのか、衛にはわからなかった。

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