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Defenders  作者: 石原健司
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第一章 赤い太陽の下で・4

  4



「お主、なにを呆けたまま立ち尽くしているのだ?」

「あ、いや、別に、なんでも」

 竹刀を抱え、中腰姿勢の衛は、顔を見下ろす少女にやっとのことで応えた。見下ろされているのは中腰だからというだけではない。

 少女の背丈が衛よりも高いからだ。

 衛は平均より若干低い程度で、小柄というほどではない。165センチあるかないかだ。

 対して少女は有に180センチ近くありそうだ。

 しかし少女は背が高いという印象を与えなかった。すらりと長い手足と胴体部とのバランスが完璧に整っているからだ。外国の190センチもあるようなスーパーモデルたちが大柄な印象を与えないのと同じような理屈だ。

「妙なヤツだな、なにか珍しいものでも目撃したか?」

「そりゃあ……」

 思わず、掛け値なしの美しすぎる顔を指さそうとしたが、さすがに無礼すぎるのでなんとか思いとどまった。その代わりに少女の輝かんばかりの美貌から目を背けた。あまりの美しさに現実感を喪失しそうになったからだ。

 少女が眉をきりりと吊り上げた。

「なんだ? なぜひとの顔から目をそらす?」

「特に理由は……ない」

「ならば、ひとと接するときは、相手の目を見よと教示されなかったか?」

 正論を吐かれ、衛は恐る恐る顔を少女に向けた。

 腹をくくって、改めて彼女の顔に見える。

 強烈だ。

 こうして真正面からだと、彼女の美しさが強烈な理由がわかってきた。

 顔の造作が非常識なまでに美しいのは確かだが、それだけでこうも圧倒されるわけがない。

 彼女の目だ。爆発的なまでに強い光をたたえた双眸。

 加えて表情。一騎当千の強者の如く不敵な顔つき。

 どんなに美しかろうと人形などでは絶対に無理な、生きた人間だからこそのアウラ。

 なんだこれは?

 この少女と相対したときの感覚をどう言葉にすれば良いのか。この少女は圧倒的なエネルギーを内に秘めているに違いない。しかしそのエネルギーというのがなんなのかは理解できない。理解できないから、ひとは彼女の”美しさ”というわかりやすい形でしか感じ取れない。

 衛はぼんやりとそんなことを感じた。

「ふむ。良し」

 衛をジロジロと観察していた少女はなぜか満足気に頷いた。

「あ、あのー……」

 衛はようやく動かせるようになった口を開いた。

「なんだ?」

「僕に、何か用……ですか?」

「別にない。不審に思ったから用心のために声をかけておいただけだ」

「そう、ですか」

 正面切って不審者呼ばわりされた衛は他に応える言葉が思いつかなかった。不審といえば他校生である少女の方こそ不審なのだが反論する気力も出ない。

「不埒な輩であったならば、成敗してやろうと思った。こうして言葉をかわしてみる限りではそのような心配は無用だった。許す」

「そりゃどうも……」

「なんだその顔は? 冗談だ。本当に成敗などするわけなかろう。そもそも私のような可憐な乙女がそのような荒事などできるはずもあるか」

「冗談、ねえ……」

 問答無用で無礼討をしかねない空気をまとう見た目だけは可憐な乙女に許され、衛はそう繰り返すしかなかった。

「ところでお主、剣士か?」

「剣士?」

「ほれ、竹刀を持っている」

「あ、ああ、そっか」

 剣道をやっているのだから、衛が剣士なのは間違ってはいないだろう。しかし剣士などという大仰な呼ばれ方をされたのは公式の大会など以外で初めてだ。

「奇遇だな。私も剣士だ」

「まあ……そうだと思ったけど」

 少女の腰にある細緻に意匠を施された剣に目を落としつつ衛は間抜けな返事をした。どう見ても玩具の類とは思えない。レプリカとしても、とんでもなく高価な品であることは間違いないだろう。

 高校の敷地内に剣道部員がいても普通だろう、と訝しがりながらも衛は頷いた。武道による教育が盛んなこの県内なら尚更だ。

 ふと、衛は少女の口調に耳慣れないイントネーションがあるのに気づいた 使う単語もどこか妙である。彼女が住む地方の訛りだろうか。少なくともこの東海三県にはこのような方言で話す地域はないはず。かなり遠方からなのだろうか。

「失礼だが感心したぞ」

「は?」

 不意に褒められ衛は聞き返す。

「感心した、と申した」

「え? 僕?」

 記憶を辿る限り、高校入学のお祝い以外で面と向かってひとから褒められたことはなかったはずだ。それが、初対面の、それも絶世の美少女から正面切って褒められた。それも理由もわからずに。衛としては当惑するより他にない。

「えーと……なんのことです?」

「お主、鍛えこんでおるだろう。それも、剣の術を相当に」

「ええ? わかるのか、そんなこと」

 学生服の上から見る限り、衛はどちらかといえば細身に見える。鍛えこんでいるもの、オーバーワークのせいか体重がなかなか増えないからだ。以前、昼食時に親しいクラスメイトらと弁当を食べながら「太れないのが悩みだ」とうっかりこぼしてしまい、周囲の女子から一斉に白眼視された経験がある。

「一目瞭然だ。同じ剣士として敬意を払うに値する」

 少女の口ぶりに冗談をいってるような様子は全くない。衛が感じるのは、正真正銘の賞賛の響きだけだ。

「ど、どこが?」

 我ながら情けないが、問いたださずにはいられない。なんといっても自分は名実ともに最弱剣道部員なのだから。

「手だ」

「手?」

 衛の手を指さした少女につられ、自分の手のひらを広げてみる。見慣れた、ごつごつと不恰好で役立たずな手だ。勝ち星は増やせないが、タコばかりが増えていく手。

「形が良い」

「は? どこが?」

「タコのつき方が良いのだ。握りの型がタコに表れる。正しき握りで数多に剣を振るい続けていなければこうはならない。その数を思えば他の身体部位の鍛錬具合も容易に想像がつく。それがお主の研鑽の証だ」

「あ……そう、なんだ……」

 衛は少女から丁寧に説明され、胸を突かれた。これまでの自分の努力を初めてひとから評価された。哀歓入り混じった感情に胸が包み込まれる。危うく涙がにじみそうだった。

「これだけ懇切丁寧に解説すればお主にも理解できるであろう?」

「り、理解はできたけど、納得は……できない」

「はん?」

「こんなタコなんかに意味なんかない」

「なに?」

 少女が眉を吊り上げる。

「私の理屈が間違っているというか?」

「そうじゃなくて、僕は……その」

 衛は自分でもなぜ彼女の意見を否定をしようとしているのかわからない。死刑囚が見知らぬ他人から善人と評されたらこんな気持になるのかもしれない。

「なんだ?」

「僕は……」

 衛は絶句した。なにを口走ろうとした? わざわざ初対面の相手に、自分の弱さを力説しようとでもいうのか。

「さてはお主、私の力量を見損なっておるな? 私のような可憐な乙女などは技が未熟と決まっておろうから納得がいかぬ、と? そうであろう」

「え? そうじゃ……」

「なら、見せてやる」

 少女はそう言い終わるや、剣の柄に手をかけた。

 銀光一閃。

 空を切った音が、剣を鞘に収めると同時に聞こえたようだった。居合抜きでもないというのに、あり得ないほどの早業だった。

「如何か?」

 どんな盆暗にだって明白だ、といわんばかりの得意げな表情で少女は評価を求めた。

「……すげえ」

 衛としてはこんな陳腐な単語しかいえなかった。

 仮にも剣道部員だ。テレビ観戦を含めれば様々な猛者たちを見てきている。その中には達人と呼ばれるほどの古強者もいた。しかしその中の誰一人として、少女の今の一太刀を受け止められないに違いない。それどころか人類に可能かすら疑わしいくらいだ。

 そんな一振りを、自分と同年代の少女が放つとは。

 どのような修練を積めばあれほどの一刀を放てるというのか。

 衛には想像を絶した。

「ふむ。ならば得心がいったか? 私の言葉に」

 衛は身体中の精力が地面に全部吸い取られてしまったような脱力感に襲われた。気が抜けすぎて、笑いたくなる。

「冗談は止めてくれ、余計に信じられないよ。貴女みたいなすごい剣士にとっちゃ、僕なんてどうしたって未熟の極みだろ。努力の跡だけ褒められたって嬉しくない」

「卑屈な物言いは止せ」

「う」

 少女の容赦無い一言に切り捨てられ、衛は言葉に詰まった、確かに、恥じるべき言動だった。

「この世で一番強い剣士以外にとって、修行なぞ虚しいだけの浅ましき行いか?」

「それは……」

「ひとより勝ることが目的か?」

「でも、勝てなきゃしょうがないじゃないか。負けて嬉しいヤツなんていないよ」

「下らん」

 少女が鼻で嗤う。絶世の美少女だけに、見下す姿が見事なまでに様になる。

 生憎マゾヒストの素養のない衛は、怒りに顔を赤くした。

「だったら! 修行とか練習とかしてどんな意味なんかあるっていうんだ!」

「知らんのか?」

「知るわけないだろ!」

「ならば、教えよう」

「なんだ!」

「ない」

「は?」

 少女が平然と放った答えに、衛の目が点になる。

「意味などない。それが答えだ」

 幼子を諭すように、少女はゆっくりと答えを繰り返した。

「ないのか?」

「ない」

「意味なんかない?」

「全く、ない。人生と同じくな」

 雲の上を飛ぶ飛行機からパラシュートなしで外に放り出されたような気分だった。高校入学以来、連綿と重ねてきた練習の日々が霧散してしまった気がした。

「じゃあ、僕が今までしてきた練習も意味が、ないってことか……?」

「知らん」

「は?」

 少女のあっさりとした答えに、再度衛の目が点になる。

「お主のことなのだから私が知るわけなかろう」

「でも、今、意味なんかないって……」

「私が答えたのは”修行”そのものの意味について、だ。”お主が修行をする”意味など、お主のみしか知り得ないことではないか」

「え? 僕が……する、意味?」

「修行に意味などない。だから良い。だから、それを行う各々が己なりの意味をつけられるのだ。私には私なりの。お主にはお主なりの。あるのだろう? お主なりの意味というものが。それを私に尋ねるなどお門違いだ。人生の意味と同じくな」

「ある……のか?』

「己に尋ねろ。私は知らん」

「うん……」

 衛はなんとか首を振る。

「ところで」

「え?」

「喉が渇いた。なにか飲み物を持ってきてくれても良いが、如何か?」

「ええ〜?」


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