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Defenders  作者: 石原健司
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第一章 赤い太陽の下で・3

   3



 天候の崩れやすいこの時期には嬉しい晴天だった。まだ衣替え前ということで冬服のままの制服では、歩いているだけで汗ばむほどの陽気だ。レンガで舗装された道に影を落とす樹木も、生き生きと葉を茂らせている。

「なにやってんだよ、僕は……」

 衛は右手に持ったままの竹刀を見下ろしつつ舌打ちをした。

 本来ならロッカールームに保管しておくべき竹刀を、着替えた後もそのまま持ってきてしまっていたのだ。部活後の自主練のために持ち帰ったわけではないから、当然竹刀袋もなく、剥き出しのたままだ。

 学校の裏庭に設けてある公園へと続くのどかな歩道にはまったく似つかわしくないアイテムだ。その平穏な風景からの浮きっぷりに、衛にとっては自分がどれだけ動揺していたかを指摘されているかのようで一歩歩むごとにますます自己嫌悪へ深めていった。

 かといって、武道場には引き返したくなかった。他の部員たちと顔を合わせたくなかったし、なにより青児と凛がふたりでいるところを目撃するかも知れない。

 幸い他の生徒らの姿はなかった。授業のない土曜日なので、部活で来ている生徒くらいしかいないのだから当然といえば当然だ。遠くのグラウンドから、甲子園大会地方予選一回戦を敗退した野球部の練習している音が聞こえてくるくらいで、実に長閑な午後だった。

 別に公園に用があるわけではない。家に帰る気にもなれないし、部活にまた参加する気にもなれない。かといって他に行く場所もない。普段クラスメイトらと弁当を食べたりするこの公園くらいしか落ち着けそうな場所が思いつかなかっただけだ。

 とりあえずそこならゆっくり落ち込むくらいはできるだろう。

 だが先客がいた。

「ん?」

 公園の噴水前にたたずむ少女の後ろ姿に、衛は首をひねった。

 衛の学校の制服はブレザーである。 しかしその少女はセーラー服を着ていた。 余所の学校の生徒が練習試合かなにかで訪れているのだろうか。剣道部の練習試合などで近隣にある他校へ出向く機会の多い衛にも見覚えがないデザインの制服だ。

 竹刀を持ち歩いていることを変に思われないだろうかと気にしつつ、衛は適当なベンチに腰を下ろした。

 相手にばれないよう横目で少女の様子を窺う。できるならどこかへ行って欲しいものだ。

 ふと、少女が腰から妙なものを提げていることに気がついた。座ったベンチの位置からにより、彼女の姿が別角度から見えるようになったからだ。

「へええ?」

 衛は思わず声を漏らした。自分の見たものが信じられなかったからだ。つい、自分が抱え込んでいた竹刀と見比べる。

 彼女は演劇部かなにかなのか?

 少女が腰から提げているもの。

 それは間違いなく刀剣の類だった。

 日本刀ではなく、西洋の剣でもない。細く長い薄刃の刺突剣。中国武術で使用される武器だ。昔、カンフー映画で見た覚えがある。もちろん実物は初めてだ。あれが本物でないとしても、だ。

 この近辺に中国武術を部活動にしている学校など聞いたこともない。

 やはり演劇部かなにかだろうか? いや、セーラー服に刺突剣などという珍妙な取り合わせは、近頃流行りの、所謂、コスプレというものの類だろうか?

 もしや彼女は、頭がイタイヒトなのでは?

 どのような趣味を持とうと個人の自由だ。しかし、こんな他校の敷地内で、あんなある意味物騒な格好をするという少女の空気の読めなさっぷりに、衛は呆れ返った。

 関わると面倒な事になるかもしれない。

 前世の恋人の仇とか決めつけられる、とかいう設定で巻き込まれるかもしれない。こっとは竹刀なんてものを持っているだけにうってつけだろう。

 青児の知人にそんなイタイ系列のヒトがいた。

 青児の知人である少女は当時の衛らと同級であった中学二年生。黒尽くめのゴシックロリィタとかいうファッションに少しばかり体重過多な身を包んでいた。

 青児が紹介し終えてすぐ、彼女は衛の前世なるものを聞いてきた。黒いゴスロリ少女のふくよかなあばた顔は真剣そのものだった。

 ”ゼンセ”なるものを知らなかった衛が愚かにも聞き返した。すると彼女は口角泡を飛ばしつつ、懇切丁寧かつ微に入り細に入り前世やら高次元の存在やら光の神が云々かんぬんと延々数時間に渡りご高説を賜られたのだった。

 しばらくは街で見かけたゴスロリファッションの少女にまでも恐怖を覚えてしまうくらいに頭がクラクラする経験だった。もちろん、黒ゴスロリ少女と同類なイタイ系人間には二度と近づきたくもない。

 ちなみに、衛に黒ゴスロリ少女を紹介した青児は、一ヶ月間学校の掃除当番を代わるという償いをする破目になった。

 そんな経験のせいか衛の頭に警戒警報が発令された。

 衛が向こうの気を引かないよう慎重に立ち上がろうとする。

 しかしその気配を察せられたのか、少女がこちらを振り返った。

 その途端、衛の身体が硬直した。

「ん? どうかされたか?」

 不自然な中腰の姿勢のまま固まっている衛に、少女は訝しげな顔を向けた。

 衛はポカンと口を開けたままだ。

 なぜなら、少女は衛がこれまでの人生において想像したこともなかったほどの絶世の美少女だったからだ。

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