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Defenders  作者: 石原健司
2/11

第一章 赤い太陽の下で・2

  2



「太刀川くん?」

「あ。天神?」

 武道場と体育館をつなぐ渡り廊下で声をかけられ、衛は足を止めた。今の自分が一番会いたくない相手からだったのだが。

「剣道部の練習、終わった?」

「……うん。いや、その……まだ、やってる」

 いつものようにおっとりした調子で尋ねられた衛は、後ろめたい気分を隠しながら応えた。試合に負けて逃げ出してきたなんて、彼女に悟られたくない。

 6月の日差しを浴びながら、天神凛あまがみ りんはどことなく落ち着かなさそうだった。

 つややかな長い黒髪をなんとなく指先でも弄んでいる。

 照れているときによくやる彼女の癖だった。

 彼女と衛は幼い頃からの知り合いだった。幼馴染という奴だ。しかし、互いが制服を着るような年齢の頃になるにつれ、なんとなく疎遠になっていった。たまに言葉をかわすことがあっても、今のようにどこかぎこちない空気が流れるようになってしまっていた。

 日々女性らしい肢体に成長していく凛に、衛がなんとなく後ろめたさを感じていたことが原因だったのかもしれない。第二次性徴とやらのせいなのか、異常なまでに凛を意識しすぎてしまったのだ。一時期はまとなに会話をすることすらできなかったくらいだ。現在ではそれなりに気持ちも落ち着いてきたとはいえ、いったん醸された互いの間に漂う空気は未だに払拭できかねていた。

 それは衛にとって、とても残念なことだった。

 天神凛は可愛い。これは衛にとって厳然たる事実だ。今までこの意見を否定する人間に出会ったことがないことから客観的な事実でもあろう。幼稚園から小学生に上がったとき、クラスメイトとなった彼女と初めて出会ってからずっと、この意見は変わっていない。

 学力的に無理をしてまで彼女と同じ高校を受験し、なんとか根性で入学にこぎ着けてみせた。高校で未経験だった剣道部に入ったのだって、凛の興味を引きたいといういささか不純な動機からだった。

「そういえば、今日だっけ? 県大会出場選手の選抜の試合は」

「ああ……。青児の出場は、決まってるけどな」

「そっかぁ」

 凛はふわっとした笑みを咲かせた。

「さすがだよね、青児くんは」

「天神の彼氏の実力なら、順当さ」

「えへへ。そうだけど、実はちょっと心配してたんだ」

 衛はノリを利かせすぎたシャツのように強張る顔を無理に動かし、素直に祝福しているかのような表情を作った。我ながら成功したとは思えなかったが。凛が剣道に興味を抱いていたのは、彼氏である灰原青児が中学時代から剣道部だったからだ。どんなきっかけでどちらから告白したのかは尋ねたことはない。これからも質問する気はない。自分の知らないところでふたりがどんなことをしていたかなんて、衛は想像したくもなかった。それがどのようなものであれ、ふたりを素直に祝福するなんて気分には絶対になりそうにないから。自己嫌悪の素材など、すでに専門店が開けそうなほど有り余っている。在庫が捌けそうな気配もない。

「これは、お祝いしてあげないとねぇ」

 凛は少し顔を赤らめ、いたずらっぽい笑顔を見せた。そのあどけない表情の可憐さに、衛は思わず見蕩れてしまう。例えそれが自分に向けられたものでなくとも。

「じゃあ、僕は行くよ」

 さきほどの道場よりも居づらくなった衛は、さり気なく立ち去ろうとした。

「そういえば、太刀川くんはどうだった?」

 凛のなにげない質問に、衛は心臓が潰れそうな想いで応えた。

「ダメだった」

「そっかぁ、残念だったね」

「まあ、惜しかったけどな」

 自分でも言い訳がましいと思える答えだ。

「そっかぁ、惜しいねぇ」

 凛は屈託のない笑顔で励ました。凛のセリフに裏がないのがわかってはいるのだが、衛は心にナイフを突き立てられたような気になる。

「次はイケるさ」

「うん。がんばってね」

「ああ」

 これ以上なにをどう頑張れってんだ!

 そう叫びたいのをこらえつつ、衛は立ち去った。

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