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Defenders  作者: 石原健司
11/11

第一章 赤い太陽の下で・11

    11

 

 

 誰だ?

 衛は少女の顔を食い入る様に見つめた。

 天神凛だ。

 外見は天神凛以外の誰でもない。

 でも違う。

 絶望的に違う。

 なんだこの違和感は?

 そしてこの感じ、近いものにどこかで覚えがあるような……。

「約束を破ったな、お主?」

 天神凛であった少女が傲然と青児の前に立つ。青児は頭ひとつぶんは背の低い相手にたじろいた。

「お前は……お前は、誰だ?」

 青児がようやく口を開く。

「のう、貴様、シェークスピアを知っておるか?」

「は?」

 衛と青児の声が同時にもれる。

「この脳の中に入っておった」

 凛がみずからの頭をさす。

「このシェークスピアとかいう御仁がものした作品に、ベニスの商人というものがあるのだそうな」

 青児は衛と同様に戸惑いを浮かべたままだ。

「知っておるか? その物語によると、約束を破ったものは、胸の肉を切り取られてしまうようだぞ」

 凛が頭をさしていた手をひっくり返し、手のひらを開く。その手のひらの上には握りこぶし大の鮮紅色をした安物のゴムのような物体が載せられていた。

 手品?

 衛にはわけがわからない。

 しかし青児は即座に悟った。

「お前……それ、は……」

「そうだ」

 天神凛が邪悪な笑みを浮かべる。

「俺の……」

「心臓だ」

 凛が言い終わらぬうちに、青児はその場に崩れ落ちた。その胸にはすっぱりと切り取られたような丸い穴が開いていた。

「約束を破る代価は高くつく。勉強になったであろ? それを今後に活かす機会はなさそうなのが残念だ」

 青児が死んだ。

 実に呆気なく。

 いつの間にか身体が自由になっていたことも気づかないまま、衛は這いつくばった姿勢からよろよろと立ち上がった。未だ信じられない思いで、青児の身体を見下ろす。胸に大きな傷がある割には大して血は流れていなかった。血流を体外へ押し出す役目の器官が失われているのだから当然といえば当然なのだろう。

 衛は虚ろな目をしたまま青児を殺害した人間に顔を向ける。

 天神凛は、手の上にある物体を眺めながらやや顔をしかめていた。

「やはり、不味そうだな」

 凛はそう言うと、心臓を持ち主の元へ放り捨てた。

「……食べるの?」

「うん?」

 衛は我ながら場違いな質問を間抜けた声でしてしまった。

「それ、食うのか?」

「まさか」

 凛が不本意そうに答える。

「そうか」

 衛はなぜか胸をなで下ろした。

「自分も食われるとでも?」

 凛が可笑しそうに尋ねられ、衛はうろたえた。

 食われることはなくても、青児と同じように殺される可能性に気づいたからだ。衛の体内に今はまだ無事に収まっている心臓が、きゅう……と縮こまる。体温が急激に下がり、全身の皮膚が粟立つ。

「僕も、殺すのか?」

 衛の勇気をふりしぼった質問に、凛は明らかに気分を害したようだった。

「するものか」

「そうか」

 そう応えたものの衛は心身ともに身構えたままだ。たった今眼前で青児があっけなく殺されたのだ。

「信じないのか?」

 窓から差し込む異様な赤光を背景にして立つ凛の言葉は、かすかに傷ついたような響きがこめられていた。赤い色の光に染められた保健室の床に伸びる彼女の黒い影。影の姿はどこかさびしげな気配を漂わせている少女だった。

 だが視線を上げれば、その少女の右手は鮮血に染められている。

 もしかしたらこれは夢なのかもしれない。

 衛は願うようにそう思った。

 しかし夢と信じたくとも全身にはびこっている痛みはあまりにもリアルすぎた。さっきまで何人もの人間にのしかかられた骨の痛みが皮膚全体からしみ出しているかのように汗が吹き出ている。全力以上の力で殴った右手が、理性のタガを外したツケを支払わされ続けていることを痛みでもって伝え続けている。

 ふと自分が自由になっている理由がわかった。

 逃げたのだ。あれだけいた狂気にとらわれたものたち全員が。それこそ夢のように消え去っていた。ぽっかりと開けられたままの保健室の戸だけが誰かが出入りした証だった。

 理由は?

 明白だ。

 衛の目の前に立つ少女。

 手品のように青児の体内から心臓を掴み出した少女。

 青児を殺しても平然と衛とやりとりをする少女。

 衛の幼馴染であり、そして今は見知らぬ相手と変じた少女。

「アンタは誰だ?」

 衛は尋ねずにはいられなかった。あれだけ必死に守った少女が、今目の前に立っている少女によって最後の息の根を止められてしまった。そんな怒りがふつふつと沸き上がってきていたからだった。

「私は……」

 少女が答えようとした口が開いた。その口が横へと滑っていった。

 目を丸くする衛が見つている間にも、初めからそんな切れ目があったかのごとく少女の首は途中から胴体とずれ、ぽろりと頭が落ちた。

「お主の疑問には私が答えよう」

 声の主は、衛にまったく気づかせないまま天神凛の横に現れた。見知らぬセーラー服を身にまとい、その手には白銀色に輝く剣が握られている。

「アンタは……!」

 絶句する衛を前にして、使塚清流と名乗った少女は憂いをたたえた美貌でもって今しがた首を切断した対象を見守っていた。


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