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Defenders  作者: 石原健司
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第一章 赤い太陽の下で 1

第一章 赤い太陽の下で

 

 

   黒衣の男は砂漠の彼方に逃げ去り、そのあとをガンスリンガーが追っていた。

 

 

                      スティーブン・キング

                      『ダーク・タワー』より

 

   1

 

 道場中に、竹刀の音が響き渡った。

「一本! 勝負あり!」

 審判を務める顧問の声が宣言した。

 また負けた、か……。

 太刀川衛タチカワ マモルは歯を食いしばりながら竹刀を降ろした。

 対戦相手である灰原青児ハイバラ セイジも 面越しに見てもわかるほど残念そうな顔をしている。衛のみじめさはますます募った。

「惜しかったよ」

 ふたり一緒に試合場から外れ、他の部員たちが控える壁際に戻るやいなや、青児が労いの声をかけてきた。その整った精悍な顔には心底心配そうな表情が浮かんでいる。

 青児は夏の県大会の出場選手にとっくに決まっていた。衛の方は今の試合結果によって県大会出場エントリーはされなくなることが決定的となった。

 青児は三年生の引退と同時に主将に抜擢されるであろうことは、部内でもすでに暗黙の了解となっている。それだけの実力と人望を備えていることは衛も認めざるをえない。

 それに、友人としても好ましいヤツだと思っている。

「いや、実力通りの結果さ」

 他の部員たちの視線を痛いほど感じつつ、努めて気楽そうな声で衛が応える。

「いやあ、俺も結構危なかったぜ?」

 嘘がヘタな男だな、と衛は内心苦笑した。全身汗まみれの衛と、息も乱していない青児を見比べるだけでその差は明らかだ。

「中学からのつきあいだからって、気ぃ遣うなよ、青児」

 笑顔で肩を叩く衛に、青児はうろたえた。

「べべ、別に気を遣うわけないだろが、お前になんか。ほ、本気だぜ?」

 青児が誤魔化すように肩を叩き返す。

「そうかよ? 部内最弱の僕が、部内最強のお前を手こずらせるなんてあるわけないだろ?」

 冗談めかしたつもりの衛のセリフに道場内の空気が凍りついた。特に一年生たちが居心地悪そうな顔をした。衛自身も不用意な自虐的な言葉に傷ついたが、それよりも道場内の気まずい空気がたまらく嫌になった。

 部内最弱は、冗談でもなんでもない。一年生のときに入部して以来、衛は公式試合や練習試合を問わず、いや、部員同士で行う試合でも一度として勝利したことがなかった。今まで行なっていた一年生までも含めた県大会出場選手選抜試合でも全敗だった。

 問題は、単に弱いということではなかった。太刀川衛は部内最弱部員であると同時に、部内でもっとも練習する部員でもあったからだ。

 常に他の部員らのゆうに三倍以上もの練習量をこなしている。いつまでたっても勝てないことが悔しくて、密かに行なっている自主練も加えれば、五倍近くになるだろう。ほとんどオーバーワークといえるが、それに耐えうる頑健な肉体を衛は持っていた。単純な運動能力そのものならば学校内どころか県下でもトップクラスだろう。校内マラソン大会で陸上部員を差し置いて一位になったことだってある。

 衛自身を含め誰だって、衛が練習不足と非難できる人間はいない。

 だが相変わらず衛は部内最弱だ。

 才能のないヤツは努力しても報われない。

 そんな言葉の体現者。

 それが今の太刀川衛だった。

 衛もたまらないが、他の部員たちもたまらない。日々実力の向上を目指して練習に精を出しているのに、そんなものは徒労だといわんばかりの存在が目の前にいるのだ。

 剣道を始めて二ヶ月程度の一年生ですら参加する今回の選抜試合での衛の初勝利は、衛自身のみならず他の部員たちの希望でもあったのだ。

 その期待は衛だって痛いほど自覚していた。

「いや……別に、俺は部内最強ってわけでも……ほら、三年だっているし……」

 青児が口ごもる。

「なにいってんだ。県大会ではお前が頼りなんだぜ?」

 衛も笑ってごまかす。

「ああ……まあ、任せとけ」

 青児もぎこちなく笑った。昨年の県大会での彼の成績は、一年生にもかかわらず個人戦で準決勝進出だった。ちなみに団体戦は初戦敗退だったが。

「じゃあ、僕、ちょっと顔洗ってくる」

「そうか、うん、汗流しとかなきゃな」

 衛は走り出さないよう自分の足を抑えながら、出口へと歩いて行く。他の部員らの視線を極力意識しないよう努力しつつ。

 廊下に出た途端、ざわつきはじめた部員らの声が聞こえた。

 衛は逃げるように駈け出した。

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