（８）理由
全員分のお好み焼きを焼き上げた祐司は、最後に自分も食べてから食器を片付け、紅茶を人数分淹れてソファーまで持って行った。そして菓子と共にカップを配ると、口々に祐司に対しての賛辞が上がる。
「うん、食った食った。マジ旨かったぜ？ 祐司」
「はい、とっても美味しかったです！」
「確かにね。更にこれまでご馳走になって良いの？」
個包装の色とりどりのマカロンをつまみ上げて眞紀子が尋ねると、祐司は笑顔で勧めた。
「ええ。これは姉から預かったんです。『元はと言えば私が合コンに引っ張り込んだのが原因なんだから、お詫びの印に招待した時に食べて貰って』と言われまして」
それを聞いた眞紀子は、納得した様に頷いた。
「そういう事なら遠慮なくお相伴に預かりましょうか。綾乃ちゃん、これ今凄い人気の有名店のマカロンなのよ？」
「本当ですか？ どれも美味しそう。いただきます」
「ああ、どうぞ」
そうして紅茶とマカロンを味わいながら穏やかな時間が流れたが、少ししてから祐司がさり気なく言い出した。
「……そういえば君島さん、弘樹の奴と連絡先を交換したんだって？」
（おいおい、こんな場所で嫉妬丸出しトークするつもりかよ？）
溜め息を吐きたくなった弘樹だが、綾乃は真顔で答えた。
「あ、はい。無理を言って遠藤さんにお願いしました」
（ちょっと、綾乃ちゃん!! こんなチャラ男にどうして自分から近付くわけ？ 自己防衛本能が無いの!?）
思わずギョッとして眞紀子が綾乃に視線を向けたが、その時テーブルの向こうから冷え冷えとする空気が伝わってきた。
「……へぇ、もし差し支え無かったら、その理由を聞いても良い？」
（うわ……、黒オーラ滲み出てるぞ、祐司）
（分かり易いわね……）
常より幾分低い声で迫った祐司に、弘樹と眞紀子が生温かい視線を向ける。すると綾乃は多少困惑しながら、念を押してきた。
「あ、あの……、お話ししても良いんですが、他言無用でお願い出来ますか？」
「勿論。俺は誰かさんと違って、口が固い方だから安心して？」
（……おい、当て擦ってんのか？ お前）
（絶対何か根に持ってるわよね……）
笑顔で祐司は促したが、その嘘臭い笑顔に弘樹と眞紀子は半ば呆れた。しかし綾乃はその笑顔の不自然さには気付かないまま、慎重に話し出す。
「その……、商品開発部に荒川幸恵さんと言う方が在籍してるんですけど、遠藤さんはご存知ですよね？」
「…………」
「え？ ……あ、ああ。直属の部下だし、勿論だよ。それが？」
その名前が出た途端、何故か祐司は押し黙り、一瞬遅れて弘樹が慌てて答えた。すると綾乃が予想外の言葉を口にする。
「その荒川さんは、私の母方の従姉妹に当たる方なんです」
「……は？」
「……へ？」
間抜けな声を上げて男二人が揃って固まったが、ここで眞紀子が驚いた様に口を挟んできた。
「え？ 私そんな話、初耳なんだけど？ 綾乃ちゃんに東京在住の従姉妹が居るなんて話、聞いた事が無かったわ」
「それが……、母の実家とうちが絶縁状態で、話題に出す事も無かったので……」
申し訳無さそうに俯いた綾乃を見て、眞紀子は事態の複雑さを悟った。
「何か複雑な事情が有りそうね。どういう事？」
そう言って説明を求めると、綾乃は順序立てて話し出した。
「母が私を妊娠中の話なんですが、当時三十代半ばの父が政策論の違いから、仲間と一緒に与党を飛び出して新党を結成したんです」
「……ああ、微かに覚えてるわ。確かその時、すったもんだの末解散総選挙になったんじゃなかったかしら？」
いきなりの政治談義に戸惑う事無く眞紀子が記憶を探ると、綾乃は小さく頷いて話を続けた。
「はい。それで父は若かったにも関わらず、新党の中で論客で通っていて知名度も高いので、幹事長に次ぐ選挙対策副委員長になって、党本部に詰めるか全国の選挙区を回って指揮したり応援演説をしたそうです」
「はぁ、おじさまなら納得だわ。……でもそうなると、自分の選挙区はどうしたの？」
素朴な疑問を呈した眞紀子に、綾乃が冷静に答える。
「八ヶ月の身重の母が、選挙運動をしてました」
「うわ……、それ本当？」
思わず目を見張った眞紀子に加え、男二人も驚いた視線を向けたが、綾乃は溜め息を吐きながら説明を続けた。
「八月の炎天下、選挙区中を選挙カーで走り回ったそうです。離党した与党から対立候補が立てられて、当時全国有数の激戦区だったとか」
「おばさまの気力胆力には脱帽するわ。おじさまが初当選以来ずっと連続当選してるって事は、その時も当選したんでしょうし」
「それは良かったんですが……」
思わず感嘆の声を上げた眞紀子に、綾乃は言葉を濁した。それが気になった眞紀子が、綾乃に問いかける。
「何？ 何かまずい事でもあったの？」
そこで綾乃は僅かに躊躇する素振りを見せてから、重い口を開いた。
「当時、母方の祖母が病床にあって、選挙期間に入った辺りでいよいよ駄目らしい状態になったそうです」
「……え？ じゃあおばさまは？」
控え目に尋ねてみた眞紀子に、綾乃は小さく首を振った。
「実家の伯父さんから『結婚以来顔を見せに来てないし、最期くらい顔を見せてやれ』と言ってきたそうなんですが、母は『とても今ここを離れられないから、投票日が過ぎたら出向く』と返答したそうです」
「本当に結婚以来一度も実家に帰って無かったの？」
「はい、何か色々重なっていたらしく……。母は地元の会合とか行事とかを殊更重要視していましたから……」
言いにくそうに弁解した綾乃に男二人は無言で顔を見合わせ、眞紀子は更に質問を続けた。
「それじゃあ、投票日を過ぎたらおばさまは実家に出向いたの？」
その問いに、綾乃は益々言いにくそうに状況説明をする。
「それが……、選挙期間最後の方は気力だけで保たせていたらしく、当確が出た瞬間に選挙事務所で倒れて、私は帝王切開で産まれてすぐ保育器へ直行。母は意識不明の重体に陥りました」
「……知らなかったわ。綾乃ちゃんが産まれた時、そんな状況だったなんて」
眞紀子は流石に顔色を変えたが、綾乃の説明は更に続いた。
「私が産まれた翌日、母の実家から再三来る様に連絡があったんですが、父は選挙後の対応で東京に詰めっきり。母は病院で意識不明。父方の祖父は当時軽い痴呆症で、祖母は『自分が不甲斐ないばかりに嫁に無理をさせた』と寝込んで、使用人はその二人の世話で右往左往。当時十三歳の上の兄が秘書を引き連れて地元の後援者を回って、選挙協力のお礼を述べながら、両親が出向けない事についてのお詫び行脚。必然的に電話番は当時七歳の下の兄でしたが、伯父からの電話に『今両親とも出られません』と言ったら、もの凄い勢いで罵倒されたそうです」
流れる様に説明して、綾乃がそこで一息つくと、何とも言えない顔で三人が口を開いた。
「……きっと選挙期間以上に、凄い混乱ぶりだったんだろうな」
「十三でお詫び行脚……。政治家の家って大変なんだね……」
「察するに、おばさまは自分の母親の死に目に会えなかったのね？」
「結果的にはそうです……」
そう言って綾乃が俯くと室内に沈黙が漂ったが、すぐに顔を上げて冷静に話を続けた。
「母の意識は数日で回復しましたが、退院までひと月近くかかって。その後担当の先生に許可を貰って、父と兄達と一緒にお祖母さんの四十九日法要に実家に出向いたら、幸恵さんに玄関先で全身に泥水をぶちまけられたそうです。咄嗟に父と兄達が庇って、母には水滴一つ付けなかったらしいですが」
（あいつ当時六つか七つだろ……、子供の頃から気が強かったのか……）
（やりかねない……）
それを聞いた弘樹と祐司は思わず遠い目をしてしまったが、眞紀子は流石に声を荒げた。
「はぁ？ ちょっと待って。幾らなんでもそれは酷くない!?」
「でも仕方ないと思います。幸恵さんはお祖母ちゃんに凄い懐いていたらしく、『お祖母ちゃんは叔母さんの事、最期の最期まで待ってたのに！ 広島でちやほやされてふんぞり返ってるのが気持ち良くて、実家の事なんかどうだって良くなったのよ。体裁だけ整える為に来たって誰が入れてやるもんですか!!』って激昂して暴れて、父を蹴り倒したとか」
それを聞いた他の三人は、揃って盛大に顔を引き攣らせた。
「げ……、あの君島議員を!?」
「怖いもの知らずはその頃からか……」
「……何か、流石おばさまの姪って感じ」
「それで、騒ぎを大きくしない為に父達は引き下がってそれきりだそうです」
そこで当時の話を締めくくった綾乃に、眞紀子がしみじみとした口調で告げた。
「そんな事があったとはね……」
「だけどその事を私は長い事知らなくて……。小さい頃母の実家ってどこかなと不思議に思って聞いても、家族全員がそれは無いからと説明するのを何も不思議に思わずにいたんです。でも中学生の時、父方の祖母が亡くなる直前今の話をしてくれた上で、『あの時夢乃さんに無理をさせて、申し訳無かったと後悔してる。出来たら綾乃に、夢乃さんが実家に出向ける様に努力して欲しい』と言われて、絶対そうするからと祖母と約束したんです」
「と言うことは、おばさまは今でも実家の方に顔を出していないのね？」
確認を入れてきた眞紀子に、綾乃は素直に頷いた。
「はい。でも実家との橋渡しなんてどうすれば良いか分からなくて、何年もそのままにしていたら、就職活動中に地元以外の企業を探していた時、後援会長が自宅に私を訊ねてきて、『星光文具なんてどうですか？ 実はそこでお嬢さんの従姉妹に当たる方が働いていらっしゃるんですよ？』って教えてくれたんです」
「どうして後援会長さんがそんな事を知ってるの？」
その眞紀子の疑問にも、綾乃は淀みなく答えた。
「後援会長さんは問題の選挙期間中、一日だけ抜けて母親の顔を見に行きたいと言った母に、『あなたは代議士の妻なんです。親の死に目に会えない位なんですか！ 先生の議席を守る以上に大事な事など有るはずがありません！』と叱りつけて、広島を離れるのを許さなかったんです。後援会長さんは『当時の自分の判断に間違いは無かったと思っていますが、せめてものお詫びにご実家で何か不都合が生じた時にすぐご助力できる様、先生や奥様にも内緒で定期的に様子を調べさせていました』と教えてくれました。それで幸恵さんの就職先も知っていたそうです」
そこで眞紀子は得心がいった様に頷いた。
「……なるほどね。だからわざわざ東京に出て来たわけ」
「はい。後援会長さんが『お嬢さん、出来れば星光文具に入社して幸恵さんと仲良くなって、ご実家とのわだかまりを取り除いて頂けませんか？ 私が言える筋ではありませんが、せめて奥様にお焼香させてあげたいんです』と頭を下げられたので、『分かりました。入社できるかどうか分かりませんが、書類を出してみます』と言って応募したんです」
それを聞いた弘樹と祐司は（お母さんと社長が会ったのが、その話の先なのか後なのか微妙だな……。全くの偶然とは考えにくいんだが）と思わず考え込んでしまったが、眞紀子も素朴な疑問を呈した。
「でも……、綾乃ちゃんが入社してから、何回も会ってたけど、一度もその幸恵さんの話を聞いた事が無かったんだけど？」
その疑問を耳にした綾乃は「うっ……」と言葉を詰まらせ、どこか恥ずかしそうに頬を染めながらボソボソと弁解した。
「それが、その……、初期研修中や配属になってから毎日覚える事が多くて、ついつい仕事にかまけて忘れていて……。この前思い出してから商品開発部のフロアとか社員食堂で探してみても、それらしい方を見かけなかったので……」
そこで唐突に、弘樹が口を挟んできた。
「……なるほどね。だから彼女の事を知りたくて、同じ部署の俺の連絡先を知りたがったわけだ」
「はい。でもお聞きしたものの、こんなプライベートそのものの話で遠藤さんのお手を煩わせるのはどうかと躊躇いまして……。結局今まで話しそびれていたんです」
それを聞いた弘樹は、何でもない事の様に笑って言った。
「そんな事気にしないで、もっと早く聞いて貰って良かったのに。実は今彼女、埼玉の研究所に二ヶ月程出張しててね。確か、再来週本社に帰って来るんだ」
「え？ そうだったんですか……。どうりで見かけない筈です」
うなだれて、傍目にも落ち込んでいるのが分かる綾乃に、弘樹と眞紀子は揃って楽しげに声をかけた。
「そう落ち込まないで。ちょうど良かったんじゃない？ 時期的に仕事も一通り覚えて、精神的に余裕が出来た所だし。ここら辺で別な事に意識を向けても、落ち着いて取り組めそうだよ？」
「そうよね？ 何と言っても、お祖母さんとの大切な約束も忘れて『田舎に帰る』なんてべそをかいていた時期は過ぎたし？」
「うっ……、眞紀子さんの意地悪」
その若干恨みがましい綾乃の台詞に、思わず弘樹と眞紀子が失笑すると、ここで黙って話を聞いていた祐司が静かに口を開いた。
「……じゃあ要するに、君島さんは荒川さんと仲良くなりたい、と言うか、仲良くなるつもりなんだ？」
「はい。勿論です」
即答した綾乃を見て、祐司が考える素振りをしながら再び口を開く。
「……それなら一つ、言っておかないといけない事があるんだが」
「何でしょうか？」
怪訝な顔をした綾乃に、祐司は慎重に話し出した。
「実は……、俺、その荒川幸恵とは去年まで付き合っていて……」
「え？ そうなんですか？ じゃあ幸恵さんの事、色々教えて貰えたら助かります！」
途端に綾乃は嬉々として祐司に頼み込んだが、弘樹と眞紀子は呆れた視線を向けた。
（おいっ、祐司!? お前いきなり何を言い出す気だ！）
（はぁ？ それがこの話と、何の関係があるのよ？）
そんな二人は丸無視して祐司が話を続行させる。
「ああ、うん。分かる範囲で教える。それで……、敢えてこの事を口にした理由だけど、一応先に言っておいた方が、後から揉めないと思ったからだ」
「揉めるって……、何をどうですか？」
キョトンとして尋ねる綾乃に、祐司は真顔で付け加えた。
「だから……、君には俺と付き合って欲しいと思ってるんだけど、その状態で彼女と君が接触したら、彼女やその周りから有る事無い事吹き込まれたり、敵愾心を持たれそうだから」
「はあ……？」
今一つ何を言われているのか分からない様な、微妙な表情を綾乃はその顔に浮かべたが、弘樹と眞紀子は殆ど同時に脱力して額を押さえた。
（祐司……、お前いきなり告ってどうするよ。はっきり言って俺と眞紀子さんの事、綺麗さっぱり忘れてるよな？）
（は？ いきなり何言ってんの？ しかも『付き合って欲しいと思ってる』って、何その煮え切らない言い方。と言うか、まさか自分が今何を言ったか、理解できてないとか？）
半ば呆れて物も言えない二人をよそに、綾乃は言われた内容を自分なりに解釈して祐司に確認を入れた。
「えっと……、つまり、私が高木さんとお付き合いをしていたら、以前別れた幸恵さんと私の仲が、上手く行くものも行かなくなる可能性があると言う事ですね？」
「ああ、その可能性があるから、一言注意しておこうかと。多少きつい事を言われても気にしないで欲しいんだが」
そう真顔で告げた祐司に、綾乃も真剣極まりない表情で力強く頷いた。
「分かりました。じゃあ取り敢えず高木さんとのお付き合い云々を考えるのはひとまず置いておいて、幸恵さんとの良好な関係構築に全力を注ぎます。その上でお付き合いは考えさせて下さい。わざわざ注意して頂いてありがとうございます。幸恵さんと仲良くなるまでは幸恵さんに不快に思われたくないので、高木さんには極力近づかない様にしますね？」
「え？」
サラッと言われた内容が咄嗟に理解できず祐司が固まると、綾乃はソファーから立ち上がって深々と頭を下げた。
「高木さん、今日は本当にごちそうさまでした。遠藤さん、これからも幸恵さの事で相談に乗って欲しい事が出てきたら、宜しくお願いします」
「あ、うん。勿論俺は構わないんだけどね？ えっと……、綾乃ちゃん？」
未だ固まったままの祐司を横目で見つつ、弘樹が戸惑った様に声をかけたが、綾乃は動きを止めなかった。
「それではお世話になりました。失礼させて頂きます」
「あ、私も帰るわ。見送りは良いわよ、お邪魔様」
再度軽く頭を下げて綾乃が別れの挨拶を口にし、眞紀子も慌てて立ち上がって連れ立ってマンションを出て行った。その間男二人は、呆然として座ったまま彼女達を見送る。
そして何分か経過してから、静まり返った室内に、弘樹の爆笑が轟いた。
「…………」
「……っ！ あ、あははははっ!! お前、面と向かってお断りされたの初めてだろ！ その間抜け面、可笑しすぎるっ！ 木更津の一匹狼の名前が泣くぞ!?」
「人聞き悪い事を抜かすな！ 断られたんじゃなくて、保留にされただけだろ！ 第一、俺は木更津出身じゃねぇっ！ 適当な渾名を付けるなっ！」
腹を抱えて笑い転げている弘樹を祐司が苛立たしげに睨み付けて怒鳴りつけたが、弘樹は笑いすぎて出て来た涙を軽く拭いつつ、しみじみとした口調で忠告した。
「いや、それにしたって。今のあれ、お前絶対無意識に、付き合いたい云々を口にしたろ。彼女にしたい子が元カノに接近するつもりなのが分かってテンパったのは分かるがな、もうちょっと時と場所と言葉を選べよな？」
その指摘に、ぐうの音も出ずうなだれる祐司。
「……あまり良い別れ方が出来なくて、社内で顔を合わせれば未だに睨まれてるからな。流石に拙いと思ったら口が滑った」
「それにしたって……、自覚した途端に『お座り、待て！』かよ！」
そこで再び腹を抱えて「うわはははは」と爆笑し始めた弘樹に、祐司は冷たい視線を向けた。
「笑い事じゃないだろ。お前幸恵に毛嫌いされてるし」
「そんな事、今に始まった事じゃないだろ？」
「もし幸恵が彼女に辛く当たって泣かせたりしたら、また榊さんが怒るぞ？」
「……そう来たか。親父さんも厄介だしな」
ここで否応なく自分も巻き込まれるのが必至な事を認識した弘樹は、祐司と顔を見合わせながら深い溜め息を吐いたのだった。
一方で、マンションを出てから無言でスタスタと来た道を逆行していた綾乃は、思い出した様に傍らの眞紀子を見上げた。
「あの……、眞紀子さん？」
「何？」
「ひょっとして、私、さっき、告白とかされたんでしょうか？」
かなり自信なげに問い掛けられた眞紀子は、一瞬地面に突っ伏したい気持ちに駆られたが、素っ気なく肯定する事にした。
「……一応、そうなんじゃないかしら？」
それを聞いた綾乃は、狼狽しながら控え目に問いを発した。
「え、えっと……、その……、取り敢えず幸恵さんの事優先で、良いんですよ、ね？」
心配そうに尋ねる綾乃に、眞紀子は遠い目をしながら答える。
「別に良いんじゃない？ 本人は今すぐ返事して貰えなきゃ嫌だとは言ってないし。それに一般的に考えても、綾乃ちゃんが言った様に元カノが今カノにあまり良い顔はしないでしょうし」
それを聞いた綾乃は元気を取り戻し、無意識に拳を握って気合いを入れた。
「そ、そうですよね？ うん、まず幸恵さんと仲良くなれる様に頑張ります！」
「……色々頑張ってね」
男慣れしていないが為に、意識的に祐司の発言を半ば封印してしまった綾乃の態度に、眞紀子は言いたい事は色々あったものの、敢えてこの場では何も言わない事にしたのだった。
