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子兎とシープドッグ  作者: 篠原 皐月
【番外編】あなたの色に染まります

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(3)ご招待

 この作品は、2013.01.06~01.21までWeb拍手SSとして掲載した物を、こちらに再収載した物です。

 それは、三歳年下の弟から突然かかってきた電話で始まった。


「ゆ・う・じぃ~、聞いたぜ? とうとう年貢の納め時だって? それで? 俺の義姉さんになる人って、どんな系統の美人さん?」

 面白がっているとしか思えない弟の声に、祐司は盛大に舌打ちしてから問い返す。

「……孝司、少しは兄を敬え。それから誰から何を聞いた?」

「決まってるだろ? 祐司がマリーンズファンな事を隠して付き合ってる、お嬢様風年下彼女の事だよ! 今までの兄貴を考えるとそんな事はあり得ないし、そうなるとその彼女が本命って事だろ? 昨日和哉さんが家で飲んだ時、洗いざらい吐いて行ったぜ?」

「和哉、あの野郎……」

 色々断言されてしまった祐司は頭の中の旧友に制裁を加えたが、それに構う事無く孝司の話は続いた。


「いやぁ~、祐司が落ち着くまでもう少しかかると読んでたんだが、そうか。三十手前ギリギリで相手を見つけたか。めでたい」

「五月蝿い! 余計なお世話だ!」

「って親父が言っててさ」

「…………」

 孝司を怒鳴りつけたものの、しれっと言い返された祐司は黙り込んだ。そこで孝司が追い討ちをかけてくる。


「お袋もすっかり喜んじゃって、『そんなに可愛いお嬢さんなら、是非顔を見たいわね』って言い出したら、親父が『ああ、そうだな。言わないと祐司はなかなか帰って来ないし』って事で、俺が電話する事になったわけ」

「……どんなわけだ?」

 相手が次に何を言うつもりなのかを祐司はおおよそ察したものの、一応尋ねてみた。すると案の定、孝司は呆れた様に言ってくる。

「往生際が悪いな~、兄貴。今度、彼女を家に連れて来いって言ってるんじゃないか。来ないなら親父とお袋、そっちのマンションに押し掛けるとさ。それも駄目なら職場に行くって言ってたぞ? 正月にもこっちに帰って来なかったツケが回ったな」

 そう言ってカラカラと笑った弟に、祐司は全く反論できなかった。


「……分かった。確かに暫く顔を見せて無かったし、今週末は帰る」

「そうか。じゃあ彼女さんにも宜し」

「ただし! 綾乃を同伴するかどうかは、綾乃の都合次第だからな!? 彼女の都合が悪かったら、俺だけで帰るからな。文句は言わせないぞ、分かったか!?」

 自分の台詞を遮り、強い口調で主張してきた祐司に、孝司は(できるなら、彼女の都合が合わない事を願ってるな。そりゃあ、両親から弄られるのは嫌だよな~)と少しだけ同情した。


「分かった分かった。あくまでも彼女の都合が良ければ同伴って事で。顔を合わせる前から、嫌われたくは無いしな」

「それから! 俺がマリーンズファンだって事はくれぐれも」

「だけどそれは、早いうちに言っておいた方が良いんじゃないか? どうせパ・リーグとセ・リーグに別れてるんだから、そうそう敵対するカードは無いだろう?」

 呆れと困惑が半々の口調で正論を繰り出してきた弟に、祐司は言い訳がましく弁解した。


「それは……、確かにそうなんだが、タイミングを逃したと言うか、益々言いにくくなったと言うか……。野球の話を持ち出そうとしただけで、カープの事を熱く語られて止められないと言うか……」

 そして不自然に口を噤んだ祐司だったが、電話の向こうの孝司にも祐司の訴えの内容は伝わったらしく、慰めの言葉を返してきた。


「……うん、大体の感じは分かったから、頑張れ兄貴。じゃあ親父達には俺から言っとくよ」

「ああ。詳しい時間とかは後から連絡する」

「それと……、一応家の中で、マリーンズ云々の話は禁句って事にしておいた方が良いよな?」

「……頼む」

「OK、三人で意思統一しとくわ。それじゃあな」

「ああ」

 そうして弟との通話を終わらせた祐司は、深い溜め息を吐いたのだった。


 ※※※


 昼休みの時間帯。その日、綾乃は一緒に休憩に入った先輩の公子と香奈と共に社員食堂にやって来たが、食べ始めてから公子が何気なく綾乃に尋ねた。

「そう言えば……、君島さんは最近随分ご機嫌ね。仕事中も時々小さく鼻歌を歌ってるし」

「うぇっ!? す、すみません! 騒々しくしていまして!」

 その指摘に驚き慌てて綾乃が箸を置き、公子に向かって頭を下げたが、公子は鷹揚に笑った。


「別に鼻歌位良いのよ。ただ何かそんなに良い事や嬉しい事があったのかと、不思議に思ってね」

「笹木さん。そんなの彼氏持ちのこの子なら、大体の所は決まっているんじゃありません?」

 綾乃の向かい側の席から香奈がすこぶる冷静に口を挟んだが、これまた公子が真顔で言い返す。

「世間一般的な彼氏持ちの子ならね」

「そう来ましたか……。そう言われてみると、確かに何で嬉しいのか気になりますね」

 そして二人から何となく探る様な視線を受けてしまった綾乃は、正直に申し出た。


「その……、先々週末に、祐司さんに千葉に連れて行って貰って、カープ対マリーンズのオープン戦を見てきたんです。カープの雄姿を直に見たのはほぼ一年ぶりだったので、つい仕事中にその時の興奮がぶり返しまして……」

「それで? つい勤務時間中も、応援歌みたいな物を歌ってしまうとか?」

「はい……」

 僅かに驚いた顔を見せた香奈に、綾乃が面目なさげに頷く。その間公子は笑いを堪える風情で綾乃を見ていたが、ふとある事が気になって問い掛けてみた。


「君島さん。千葉のマリンスタジアムは、マリーンズのホームグラウンドよね。試合を見た時はどちら側に座ったの?」

「勿論、三塁ビジター側です。祐司さんはあまり野球に詳しく無いと言ってたので、カープの応援グッズを幾つかプレゼントして、色々教えてあげました。ちょっと新鮮でしたよ? いつも祐司さんに教えて貰ってばかりで、私が教える立場になったのなんて初めてでしたし」

 にこにこと満面の笑みを浮かべながらそう告げた綾乃に、公子は笑いを堪える表情で言葉を返した。

「……そう。それはさぞかし楽しかったでしょうね」

「はい、とっても!」

 しかしそこで、香奈が何かを思い出した様に、怪訝な顔で口を挟んでくる。


「あれ? でも確か高木さんって、以前聞いた噂では」

「宮前さん?」

「はい、何ですか? 笹木さん」

「…………」

「…………」

 公子が無言で向けてくる笑顔を、香奈が怪訝な顔で見つめ返す。しかしそれはそう長くは続かず、香奈がどこか含む様な口調で言い出した。


「……ああ、そうよね~、あの高木さんが野球に詳しいとか、贔屓の球団があるなんて話、これまで社内で聞いた事無かったしね~。じゃあ綾乃ちゃん、高木さんをカープファンになる様に勧誘したんだ~」

「勧誘と言うか……、一緒に応援してくれたら嬉しいなぁってちょっと思って、二人で応援団とかに入りませんかとか、さり気なく勧めてみただけですけど……」

 真っ赤になってモジモジと俯き加減で告げた綾乃を見て、公子と香奈は彼女と祐司の間でどんなやり取りが交わされたのかをうっすらと察した。


「う~ん、まあ確かに今まで興味が無かった人が、いきなり熱烈なファンになるって言うのは難しいしね。これから観戦の度に控え目に勧めてみたら? 面白さが分かったら、一緒に入ってくれるわよ」

「ですよね!? ありがとうございます香奈先輩。頑張ります! 実は広島がまた日本一になる時には、日本全国どこであろうが駆け付けて、日本シリーズ制覇の瞬間を見届けようと父と上の兄と固く誓い合っているんです。それに祐司さんが交ざってくれたら、凄く嬉しいです」

 そう力説して瞳を輝かせ、その瞬間を想像して胸躍らせているであろう綾乃に、二人な余計な事を一切口にしなかった。


(正面切って今言った様な事を言われたとすれば……、まあ、つい言いそびれた事も納得できるけどね)

(高木さん、完全に打ち明けるタイミングを外しましたね? なるべく早く言った方が良いと思いますけど……)

 心の中で祐司に軽く同情した二人だったが、結局(でもこういう事は自分で言わないとね)と余計なお節介をする気は皆無であり、中断していた食事を続けた。すると思い出した様に綾乃が言い出す。

「あ、野球観戦で思い出しました! 笹木さん、付き合っている人の実家に訪問する場合に持参する手土産って、どんな物が良いんでしょうか!?」

 そんな事を声高に尋ねられた公子は、思わず箸の動きを止め、まじまじと綾乃を見詰めた。

「……何? その具体的過ぎる質問内容。結婚の報告にでも行くの? それにどうして野球観戦の話から、高木さんの実家訪問の話に繋がるわけ?」

 公子にすれば当然の疑問を発し、香奈が目を輝かせて固唾を飲んで見守る中、綾乃が激しく狼狽しながら言葉を継いだ。

「いいいいえっ! あのっ! けっ、結婚の報告とかでは無くてですね。球場で偶然会った祐司さんの昔のお友達から、私の事が実家の皆さんに伝わったらしく、祐司さんが『彼女同伴で顔を見せに来い』と言われたそうで」

「なるほどね」

「そういう事か」

 公子と香奈が納得して頷き、綾乃が真顔で話を続ける。


「祐司さんは『用事があるなら無理して行かなくて良いから』と言ってくれたんですが、まさか初めてのご招待を袖にできませんし、何が何でも予定を空けて、お誘いを受けるべきですよね!?」

「……まあ、一般的には、そうねぇ」

「後々の事を考えたらね」

 二人とも口では綾乃に軽く同意しつつ、ほぼ正確に祐司の心境を推察した。

(家族にからかわれるのが分かりきってるから、本音を言えば断って欲しかったのよね? でもこの子にそういう機微を察しろというのは、ちょっとまだ無理でしょう)

 微妙な表情で顔を見合わせた二人は、取り敢えず無難なアドバイスをする事にした。


「それならやっぱり、あまり大げさにならない程度の物を持って行った方が良いでしょうね」

「日持ちを考えたり、人によってあまり好き嫌いが別れにくい物と言うと、焼き菓子関係でしょうか? 大して重くなりませんし、個包装だと量の調節も容易ですし」

「そうね。いきなりお酒とか高級食材だと好みが各自の好みがある上、持病のある方だと食事制限とかかかっている可能性もあるし」

「生クリーム系も控えた方は無難ですよね」

「宮前さん。今日の退社後、君島さんを近くのパティスリーに連れて行って、店員さんに事情を話して見繕って貰ってくれるかしら?」

「はい、良いですよ?」

「ええ? そんな香奈先輩のお手を煩わせる様な真似は。それに店員さんにも迷惑ですよ」

 二人のやり取りを真剣に聞いていた綾乃が、ここで慌てて口を挟んできたが、公子は軽く笑いながら綾乃に言い聞かせた。


「単なるレジ打ちのバイトなら困るでしょうけど、その場合は詳しい店員に対応を頼むでしょう。第一、その店の商品について一番詳しいのは、その店の店員よ? それを使わない手は無いわ」

「それはそうでしょうが、でも……」

「あなたのお家は職業柄、冠婚葬祭を含めたお付き合いが広い筈よ。お母様はその贈答品の一つ一つを、全て自ら選んでいるわけ? 家人や依頼する店の人間に任せてはいないの?」

 そう公子に指摘され、綾乃は少し考え込んでから納得した様に頷いた。


「そうですよね。信頼できる人を見極めて、後は信用してお任せするって事も大切ですよね。良く分かりました。一人でうじうじ悩んでないで、思い切ってお聞きしてみます!」

 吹っ切れた様に顔付きを明るくした綾乃だったが、続く公子の台詞で顔を引き攣らせた。


「それが良いわよ。手土産云々で悩んでいる暇が有ったら、高木さんの実家でどんな事を聞かれて、それにどんな風に答えるかをシミュレーションしていた方が、はるかに建設的だわ」

 それを聞いて、(そう言えばそれもあった!)と愕然とした表情を見せた綾乃に、二人がニヤリと笑いながら追い討ちをかける。


「頑張ってね~。悪いけど私、まだ彼氏の実家に挨拶なんて行った事は無いから、アドバイスなんか無理だし~」

「色々あって私もそうよ。そういうわけだから、そっちの方は自力で何とかしなさいね?」

「ええ!? お二人から是非、そちらのアドバイスも頂きたかったのに~」

「駄目」

「無理」

 本気で涙目になりつつある綾乃を多少気の毒に思ったものの、公子と香奈は止めていた手と口の動きを復活させて、ひたすら食事を続けたのだった。



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