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子兎とシープドッグ  作者: 篠原 皐月
【本編】
13/26

(13)百聞は一見にしかず

「えっと……、遠藤さんの義理のお祖母さんが笹木さん?」

「そうだよ。それで知る人ぞ知る、陰の人事部査定係長。ね? 公子さん?」

「……もう『陰』じゃなくなったけどね」

「あの、それは一体どういう……」

 戸惑いつつ、その場全員の疑問を代表したかのごとく綾乃が声を絞り出すと、弘樹は陽気に、公子は若干憂鬱そうに話し出した。


「公子さんは総務部一本で来たけど、妙に鼻が利く人でね。主任になって新人教育に携わる様になってから、能力の良し悪しを量るのが絶妙なんだよね。この二十年近く、初期研修で公子さんに伸びると判断された人材は、どの部署でもほぼ例外なく主任係長クラスになってるし」

「本当ですか?」

「偶々よ」

 そっけなく答えた公子を面白そうに見やってから、弘樹が尚も続けた。


「人事部から課長待遇で来てくれと毎年熱烈な誘いを受けてるけど、公子さん真面目だから総務部から動かなくてね。せめてもの妥協案として、毎年初期研修の講師役を引き受けて貰ってるんだ。その時の笹木評定表は、その後の出世コースを暗示してると言っても過言ではない代物だよ。勿論仕事と割り切って、どんな不愉快な話を耳にしても一切私情は入れないし」

「仕事だから当然でしょう?」

「そんな真面目な公子さんにしてみれば、ちょ~っと腹に据えかねたわけ。今回の騒動は。お局様からの意見を、黙って聞いて頭を下げときゃ一言注意されただけで済む物を、どうして騒ぎにするんだお前は。らしくないぞ、荒川」

「お局は余計よ」

 僅かに顔を顰めつつ公子が突っ込んだ所で、衝撃から立ち直った幸恵が再度吠えた。

「そうですか、会長夫人でしたか。それはどうも失礼いたしました、申し訳ありません。心からお詫び申し上げますっ!!」

「お前……、それで謝っているつもりか?」

 思わず頭を抱えて呆れた口調で窘めた祐司に向き直り、幸恵が声を張り上げる。


「仕事ならともかく、これはプライベートなんだから文句を言われる筋合いなんか無いわよ!! 家族中で絶縁してる家の人間に纏わりつかれて不快な思いをしてるのに、どうして跳ね除けるのを咎められなければいけないの!? 向こうが家にした事を考えれば、職場で爪弾きにされる位何て事無いわよ! 大体この人でなし一家が」

「美人は険しい顔をしても美人だな」

「いや、俺だったらドン引きなんだが……」

「正敏さん、女性の笑顔が魅力的なのは当然。他にも価値を見出そうか」

「俺には無理。お前に任せる」

 静まり返った店内に、幸恵の声だけが響き渡っていると思いきや、いつの間にか入口の方から男性二人連れが何やらのんびりとした口調で話しながら、店内を横切って幸恵達が固まっているテーブルの方にやって来た。そして如何にも呆れ果てた感じで、身内に声をかける。


「俺達の知らない所で、随分な騒ぎになってたようだな」

「幸恵……、お前騒ぎ立てるのも程々にしろよ?」

 そこで幸恵と綾乃が視線を向けた先に身内の姿を認め、二人は揃って狼狽した声を上げた。

「ちぃ兄ちゃん!? どうしてここに?」

「何でこんな所に兄さんが居るのよ?」

「え?」

 異口同音に叫んでから反射的に引き攣った顔を見合わせた二人に構わず、弘樹は現れた男性二人に歩み寄り、笑顔を振り撒きつつ右手を差し出す。


「荒川正敏さんと君島和臣さんですね? すみません、ご連絡差し上げた遠藤です。今日はわざわざご足労頂きまして、ありがとうございました」

「遠藤さん!?」

「係長!?」

 更に驚いた表情を見せる妹達には構わず、兄達が和やかに初対面の挨拶を交わした。

「いえ、いつも妹がお世話になってます。直属の上司からの電話なんて、何事かと思いましたが」

「眞紀子さんから電話を貰って何事かと思いましたが、こういう事だったんですか」

「ええ。お電話した段階で双方の事情は分かったのですが、部外者が伝聞として伝えても信じて貰えないかと思いましたので、ご足労願いました」

「確かにそうですねぇ」

「俺達が一緒に居るだけで、これだけ驚いてますからね」

 溜め息交じりに兄達がそれぞれの妹を見やると、幸恵が早速噛み付く。


「兄さん、どういう事? その人、君島代議士の息子よね? どうして仲良さげに一緒に現れるわけ!?」

「実際に仲が良い、従兄弟兼飲み友達だし」

「はあぁ!?」

 訳が分からないまま憤怒の形相を見せた妹に、正敏は肩を竦めてみせた。

「あ~、お前には言って無かったんだけどさ、お前が大学時代、夢乃叔母さんのお姑さんが家に来て。玄関先で俺らに土下座したんだわ。『お母様がお亡くなりになった時には、自分が不甲斐ないせいで夢乃さんにもお母様にも大変申し訳無い事をしました』ってな」

「何よそれ! 第一お祖母ちゃんが死んで何年後の話よ!?」

 その叫びに、和臣が指でこめかみを軽く掻きつつ、弁解じみた台詞を口にする。


「お祖母さんの四十九日の時の騒動で、母さんがかなり頑なになって、『これ以上婚家にご迷惑おかけする事はできません』って、家の中で実家の話題に出さなく無くなったんだ。お祖母さんが『一言お詫びに行きたい』って言っても『お義母さんにご足労頂く必要はありません』って、きっぱりはねつけてて」

「元々病弱だったらしいが、当時癌の末期で余命宣告受けてたんだよな?」

 確認を入れてきた正敏に、和臣が小さく頷く。

「そう。それで死ぬ前にもう一度歌舞伎を見たいからって、家中に嘘ついて上京して、こっそり荒川家を訪問したわけ。それで秘密厳守の付き添いの白羽の矢が立ったのが俺。お祖母ちゃんに、どうしても心残りで死ぬに死ねないからって口説かれてさ」

「そんな事があったの?」

「秘密にしてたのは悪かったよ。いつかはきちんと言うつもりだったんだけどな」

 これ以上は不可能と言う位に目を見開いた綾乃に、和臣が申し訳なさそうな顔をした。その横で、正敏が疲れた様に幸恵に語って聞かせる。


「それでな、そもそもお前が君島一家に泥水ぶっかけて追い返した段階で、こっちとしても色々引け目感じてたんだ。それに加えて土気色の顔のおばあさんに土下座されてみろ。互いに居心地悪い思いをこれ以上増幅させるのは嫌だからって、そこで手打ちにしたんだよ」

「それ以後、東京在住の俺や父さんが東京に居る時は、お盆や彼岸やお祖母さんの命日前後に荒川さんの家を訪ねてお焼香してるんだ」

「ちょっと! そんな大事な事を、どうして私に教えてくれなかったのよ! それにこそこそ会ってるなんて、どういう事!?」

 男二人で話を纏めにかかった為、幸恵は顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。しかしそれを聞いた正敏が、途端に仏頂面になる。


「お前がそれを言うのか? お前『君島』の話題出す度に、『不愉快な話題出さないでよ!』って花瓶投げつけるわ、襖蹴破るわ、ちゃぶ台ひっくり返すわの大暴れだろ。電話だとブチ切るし。全く聞く耳持たなかったのはそっちだろうが。だから君島さんを招き入れた時に失礼が無いように、お前が実家に帰って来る時は、君島さん達を呼ばない様にしてたんだよ」

「…………」

 思い当たる節が有り過ぎる幸恵が黙り込むと、和臣が口を挟んできた。


「それ、うちの場合兄貴でさ、未だに泥水を掛けられた事を根に持ってて、『荒川』の事を口にした途端、茶碗は飛ぶわ、石灯籠は崩れるわ、塀は壊れるわで使用人泣かせなんだ。親父は虎だけど、兄貴は熊だから」

「何だそれ? 意味が分からんがすげぇ兄貴だな~」

 思わず感嘆の溜め息を漏らした正敏に、和臣が苦笑を漏らす。

「だから親父も俺も、極力実家では荒川家の話題は出さない様にしてたんだ。お祖母ちゃんが土下座したなんて知ったら、絶対兄貴が切れるし。そのうち義姉さんに取り成して貰って、説明をしようかと。後援会長さんは地元の取り纏め役で兄貴の片腕だから、あの人に話すと兄貴にも筒抜けだと思って、話して無かったんだよなぁ、そう言えば」

 顎に手をやりつつ飄々と兄が語った内容に、綾乃は涙目になりつつ訴えた。


「そう言えばじゃ無いよ……。後援会長さんに『奥様の為に、幸恵さんと仲良くしてご実家と仲良くお付き合いして下さい』って頼まれたんだから。お祖母ちゃんにも死ぬ間際『夢乃さんがお焼香に行けるように、綾乃が気を配ってくれ』って言われて……」

 それを聞いた和臣が、小首を傾げて考え込む。

「う~ん、それってちょっと意味合いが違うんじゃないか? お祖母ちゃんは荒川家の人から『いつでも家にいらして下さい』って言って貰って安心して帰ったし。要は『夢乃さんがお母さんを見捨てた気がして、未だにわだかまりを抱えて実家に出向かなくなってしまったから、綾乃が夢乃さんを宥めて実家に連れて行って欲しい』とかの意味じゃ無かったのか? お祖母ちゃんは東京から帰って直後に寝付いて二か月後に亡くなったから、お前がその話を聞いた頃は、しっかりとしたやり取りがもうできなくなってた可能性が高いし」

 淡々と和臣が推論を述べると、その場に一瞬沈黙が満ちてから、綾乃が小さく声を出した。


「……ちぃ兄ちゃん」

「うん? どうした? 綾乃」

「お父さんやちぃ兄ちゃんが、以前からお母さんの実家に出入りしてたって事は、私が幸恵さんと仲良くなって、荒川家との橋渡しをしようって考えてたのは……、ひょっとして、全くの無駄、だったの?」

 真剣な表情で確認を入れた綾乃に対し、和臣はサラッと言ってのけた。

「まるっきり無駄って事は無いと思うが……、まあ、あれか? 所謂『空回り』って奴かな?」

「酷い……」

「おい、大丈夫か!?」

 衝撃の事実を目の当たりにした綾乃が、今まで掴んでいた幸恵と祐司の手を離し、涙目になってガクリと床に崩れ落ちたかと思ったらうずくまった。それを見て慌てて祐司が綾乃の横に膝を付き、心配そうに顔を覗き込みながら声をかける。

 それを幸恵が座ったまま無表情に見下ろしていると、兄達がやって来て綾乃の前で屈み、その頭に優しく手を伸ばした。


「悪かった、綾乃。随分要らん気を遣わせたな。綾乃も東京に出てきたから、説明して連れて行こうと思っていたんだ」

「だったらどうして今までお父さんもちぃ兄ちゃんも教えてくれなかったわけ?」

「お前が働き出した当初、電話する度に『明日までに内線番号と部署名暗記しないと駄目なの! 関係無い話をすると漏れるからごめんねっ!!』とか『明日までにExcel操作完璧にしておかないと!』とか切羽詰まった声でブチ切られてたから。ほぼ毎日結構な課題を出されてたんだろ? 父さんは父さんで、綾乃の顔を見るだけで嬉しくて、毎回話すのを綺麗に忘れてたみたいだし。だからそろそろ業務が落ち着いてきただろうから時間を取って話をして、お盆にはお前を連れて行こうと思ってたんだ」

「…………」

 その和臣の言葉に、綾乃に課題を与え捲っていたであろう公子に周囲から視線が集まったが、公子はそ知らぬふりでグラスに残っていたカクテルを煽った。

「幸恵が見当違いの嫌がらせをしたり、暴言を吐いたみたいで悪かったね。そういう訳だから、今度和臣と一緒に家に遊びにおいで。歓迎するよ?」

 そう正敏から声をかけられた綾乃は勢い良く頭を上げ、未だ若干目に涙が残る笑顔を見せた。


「はいっ! お祖母さんにお線香を上げさせて下さい」

「勿論だよ。親にも話しておく」

 そうして正敏は、歯軋りしそうな表情で自分を睨みつけている妹を振り返った。

「お前の心情を考えてこれまで言って無かったが、そういう訳だからこれ以上喚き立てるな。お前は未だに納得してない様だが、うちとしてはとっくに君島さんとは和解してるんだ。夢乃叔母さんの心情はまた別問題だがな。分かったな?」

 穏やかに言い聞かせる様な口調が、そこで盛大に幸恵の癇に障った。


「冗談じゃ無いわよっ!! 何よ、人を馬鹿にしてっ!!」

「幸恵!」

「そんな人達と馴れ合うなんて、私はごめんよ。勝手にしてれば良いわ!!」

 そう吐き捨てるやいなや、幸恵は勢いよく立ち上がり、近くにあった自分のバッグを引っ掴んで出口へと駆け出した。そして弘樹が注意を促す声を上げるとほぼ同時に、入店してきた人物を衝突する。


「おい、荒川! 危ないぞ!」

「きゃっ!」

「……うぉっと、大丈夫かな? お嬢さん」

 咄嗟に幸恵を抱き止めた、スーツ姿の老人の顔を認めた幸恵は瞬時に顔を青ざめさせ、無言で走り去っていった。それを見送った老人が、面白そうに連れに声をかける。

「おやおや、嫌われたかな?」

「お父さんは紳士なんだけどね?」

 そう言ってクスクスと笑う十歳前後の少女を連れた件の老人が、店内のどこからも確認できる位置に入って来た途端、そこかしこで驚愕のざわめきが満ちた。


「……遠藤会長!?」

「本人だぞ、おい……」

「……って事は、やっぱり?」

 話を聞いていた筈なのに、漸く認識できたらしいと苦笑いしながら、弘樹は祖父の秀幸と年齢が逆転している叔母の良子に声をかけた。

「お祖父さんご苦労様。どうやら時間内に到着できたみたいだね。良子ちゃんもお迎えご苦労様」

「うん、弘樹お兄ちゃん。お父さんね、捕まらない程度に飛ばして来ちゃったのよ?」

「それはそれは」

 思わず弘樹が笑みを深くしたところで、不機嫌極まりない公子の声が割り込む。


「ちょっと英幸さん。もう九時近いのよ? 小学生を連れて出歩く時間じゃ無いでしょう?」

「すまん。だが公子が漸く籍を入れてくれるって言ったら、良子が喜んで一緒に行くって譲らなくてな」

「お母さん、お父さんの事、皆の前で『お父さん』って言っても良いんだよね?」

 苦笑している内縁の夫の横で、期待に目を輝かせている娘を見やった公子は、仕方なさそうに肩を竦めた。

「ええ、良いわよ。……それじゃあ、迎えが来たので帰ります。弘樹君、後は宜しくね?」

「お任せ。それじゃあ気をつけて」

「ああ、それじゃあな」

 そうして会長一家が立ち去って、ある種の虚脱感が漂う店内に、更に弘樹の場を仕切る声が響いた。


「さて、せっかくだからお二人とも少し飲んで行かれませんか? こちらの都合でお呼び立てしたんですから、勿論俺の驕りです」

「じゃあ少し飲んでいきますか。職場での幸恵の様子も聞かせて頂きたいですし」

「俺も綾乃の事は色々心配してましたので。できれば普段の仕事の様子を聞きたいですね」

「ではどうぞこちらに。綾乃さんの同僚の人間も呼びますよ」

 そう言って遠藤が手早くテーブルをセッティングし、静まり返った店内が再びざわめきだした所で、何とか気を取り直した綾乃が祐司の手を借りて立ち上がった。


「大丈夫か? 顔色が良くないし、もうあまり酒は飲まない方が良いんじゃないか?」

「そうですね。でも変な緊張をして喉が渇いたので、ソフトドリンクか何か飲もうかと」

「分かった。今持ってくるから、ちょっと待ってろ」

「あ、でも、高木さん? 私自分で……」

 引き留めようとしたものの、公子が座っていた椅子に綾乃を座らせてから、祐司が素早く飲み物を取りに行ってしまった。その背中を綾乃が見送っていると、その隙を狙った様に弘樹がやって来て、小さく笑いながら横の椅子に腰かける。


「ごめんね? 綾乃ちゃん。部外者の俺が色々言っても、二人……、特に荒川の方が信じないかと思って、お兄さん達を呼んだんだ。来ると知ってたら荒川が顔を出さないかもと思ったから、秘密にした上でね」

「……単に秘密にしてた方が、面白そうだと思ったからじゃないんですか?」

「それもあるかな~」

 ニヤニヤ笑いでそんな事を言われて、綾乃はがっくり項垂れた。しかし弘樹が急に真顔になる。

「本当は二人が来てから、落ち着いて話をしてもらうつもりだったんだが、荒川がそれより先に暴発したからな。すまなかった。色々職場の方でも問題があったみたいだし、もっと早く言い聞かせられれば良かったんだが……」

「でも、遠藤さん。半分プライベートですし、上司だからってそこまで責任を感じる事はないと思います。私自身、あまり気にしていませんでしたから」

 慌てて反論した綾乃に、弘樹が顔を緩める。


「うん、いい子だな、綾乃ちゃんは。それじゃあ職場の話はこれ位にして、プライベートな話を一つ」

「はい? 何でしょうか?」

 僅かに身を乗り出し、声を潜めてきた弘樹に倣って、綾乃も前傾姿勢になった。すると弘樹が静かに問いかける。

「荒川の実家との橋渡しは実は不要だったって事で、一応ミッションコンプリートじゃない? 次の懸案事項をどうするの?」

「次の懸案事項?」

 本気で首を捻った綾乃の耳元に弘樹は顔を近付け、含み笑いで囁いた。


「今、君の背後から、すっごい仏頂面で俺を睨んでる男の事だよ」

「え?」

 慌てて綾乃が背後を振り返ると、数歩先にいたグラスを手にした祐司が足早に距離を縮め、瞬く間にテーブルに到達して弘樹を険悪な表情で見下ろした。

「……何やってるんだ、お前」

 しかし弘樹はその睨みもどこ吹く風で笑っていなす。

「何って、可愛い綾乃ちゃんとスキンシップ?」

「ふざけんな! ここから失せろ! さっさと君島さんと荒川さんを接待してこい。お前が呼んだんだろうが!?」

 怒気を露わに祐司が叱りつけると、弘樹は困った様な顔付きで腰を上げた。


「はいはいっと、冗談が通じない奴だね~。じゃあ綾乃ちゃん、またね」

「はい、お疲れ様でした」

 取り敢えず綾乃は弘樹に笑顔で挨拶を返したが、内心では(そう言えば……、一時保留と言うより、今の今まですっかり忘れてたけど、私高木さんに付き合って欲しいって言われてたんだっけ!? でも、この場で話題に出して良いかどうか分からないし、第一何て返事したら良いか分からないし!?)などと一人でグルグルと頭の中で考えていると、祐司がテーブルを挟んで綾乃の向かいの席に座り、グラスを差し出した。


「……全く。事情が分かっていたなら、さっさと教えてくれれば良いものを。ところで烏龍茶で良かったか?」

「あ、は、はいっ! ありがとうございます!」

 苦々しげな口調で友人を評してから一変し、幾分心配そうに確認を入れてきた祐司に、綾乃は慌てて首を振った。そして受け取ったグラスに口を付けると、祐司が頬杖を付きながら疲れた様に口にする。


「本当に振り回したみたいで悪かったな。あいつは悪い奴じゃ無いんだが、面白そうな事を見つけると、とことん楽しんでしまう奴だから」

「は、はぁ……。何となくそんな感じはしてましたから、大丈夫ですよ? 経過はどうあれ、今日は長年悩んでいた事が解決できて、すっきりしましたし」

「そうか? それなら良かったな」

 綾乃の主張を聞いて祐司は安堵した様に表情を緩め、それを見た綾乃はわざとらしくない程度に微妙に祐司から視線を逸らしながら、顔の火照りを冷ます如く、一人静かに冷たい烏龍茶を飲み続けたのだった。



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