復路三日目編(最終話)
10月5日午前4時50分起床。
体の芯から来るガクガクとした震えで起きる。
冬に外へしばらく出ていると来る、小さな震えではない。
電気ショックを受けたかのような、ガックンガックンって感じの震えだ。
自分で自分の体の制御が出来ない。
この震えを感じながら、まだ覚醒しない意識が告げる。
このまま寝ていたら確実に死ぬぞ。
何とか震えが納まったので、立ち上がると、体を動かす。
変な感じで関節が固まっている。
ゆっくり、少しずつ大きく、そして最後は小刻みに足踏みをしながら腕を振るう。
何とか体が温まってきて、死への恐怖は薄らいだ。
しかし、この自動販売機の囲いの外では、いまだ大粒の雨が降っている音がしている。
かと言って、こんな成年図書と、その付属品しか売っていない場所では、
体を中から温めてくれそうなものは無い。
現状を把握することが最優先だろう。
外は雨、国道163号線、場所は三重県、そしてここは『成年書物自動販売所』。
携帯電話で確認してみたが、おそらく、上野市と言う名前が正しいだろう。
ほんの少しでも寝たせいか、体調自体は悪くない。
(もっともさっきまで死にかけてましたが)
しかし寝不足である事を考えると、バイクでここから一気に千葉まで帰ることはまず無理だ。
それならば、バイクを送って帰ると言う手段が一番妥当だろう。
おそらくクロネコは無理だ。
過去の経験からして、この会社がバイクを送り届けたと言う話を聞いたことが無い。
経験の中で唯一、送ったことがある会社は、福山通運だけだった。
GPSなんてもの内蔵されていないこの携帯では、
ここが上野市で、この上野市に福山通運があると言うことくらいしか解らなかった。
ともあれ、雨の降る中、バイクを再始動させ、エンジンが温まるのを待って、出発した。
第一目標は福山通運、第二目標は視界に入った運送屋さん、
今の体調はおそらく、緊急事態に対して脳内物質がドパドパ出てて、
何となく良いように感じているだけだと思う。
だからタイムリミットはそれほど長くないと考えていた。
そんな思いに答えるかのようにクロネコの看板が目に入る。
一瞬の否定。
あそこは送れないから!
だが少し心の弱っているこの俺には、昨日の怒気をはらんだ声が脳裏をよぎる。
クロネコで送れるって言う話もあるから、寄ってみよう。
だから、こんな弱気な結論に至るのだ。
バイクで乗り込むと、何事かとおじさんがこちらに視線を向ける。
このバイク送れますか?
そんな質問におじさんはこう答えてくれた。
「社員じゃないのでわからないけどたぶん大丈夫だと思うよ、もう30分か1時間待ってみてよ」
人間というものはそんな言葉を聞くと、自分の都合の良い方で解釈するもので、
当然私も、30分ならたいした時間ではないので、待とうと言う考えにいたる。
そして、1時間後に社員現れる。
想像以上に長く感じたのは待っているからだろうが、
6時半(だった気がする)の出社は一般的には早いと思う。
ただ、そのときはずいぶん待ったと言う記憶しかないんだけどね。
そしてその社員に挑みかかる。
このバイク送れますか?
「佐川や日通と違ってこのまま運ぶ訳には行かないんだよね~、ガソリンやオイルも抜くかなきゃならないし、それをやったからと言って送れるという約束も出来ないですよ」
玉砕。
まさに時間をつぶしただけの結果となって、がっかりと肩を落とす。
すると申し訳なさそうにおじさんが声をかけてくれた。
「もう30分もすれば仕事が終わるからそうしたら、佐川急便まで道案内してあげるよ」
実際のところ、佐川も怪しいと睨んでいたので、
二の足を踏んだが、おじさんの心遣いをありがたく受けることにした。
7時を少し回ったくらいの時間でおじさんの仕事は終了したらしい。
案内をしてもらったのだが、雨はどんどんと激しくなる。
土砂降りといって過言で無い雨の中、おじさんの車は佐川急便に到着、
お礼を言って車が走り去るのを見送った。
さて、ここでまた例の言葉を使わなければなるまい。
このバイク送れますか?
本日3度目の言葉だ。
少しは重みが出てきたと思ったのだが、
「ウチ、バイクやって無いんだよね」
即答、見事なまでの即答振りに、粘る気すら起きない。
残るは福山通運だ!
ここは、いくらなんでもダメとは言わないだろう。
現在位置は確認できたので携帯電話で交番を見つけ、交番に駆け込んだ。
大雨の中、バイクで来た変な客だ。
いろいろ根掘り葉掘り聞いてくるので全部吐きましたよ。
京都の警察の悪行もね!
そうしたら、「おかしいな~、そんなこと無いと思うけど」っておい!
俺、死にかけたのそのせいだぜ?
って、ことは何かい?
連れ込み宿のおばちゃんが俺を泊めたくなくて、嘘ついたっての?
自分の姿を思い浮かべる。
…………。
さも、ありなん。
なんとなく納得できる自分が悲しい。
とりあえず福山通運への道を聞き出したので、向かってみることにしたが、
天然ものの方向音痴がたたって、ずいぶん時間をかけてしまった気がした。
何とか発見した福山通運で本日4度目のキーワードを吐く。
このバイク送れますか?
「遅れるけどガソリンは行ったままだとダメですよ」
一瞬、タンクを取り外してガソリンを撒いている自分の姿を、
思い浮かべてしまったのはご愛嬌だろう。
がっくりと肩を落としたそぶりを見せつつ、
ガソリンを入れるものを持っていないか聞いた。
するとガソリン携行缶が現れる。
頭の中にファンファーレがなった。
バイクを送る手続きをして、後ろに積んだ箱から着替えを出し、
着替えてカッパをビニール袋に入れて箱を閉めて、
その箱にそのまま伝票を貼って発送を依頼し、
さらに、タクシーの電話番号を聞き出して、駅に向かった。
ここから先は何のドラマも無く、新幹線等を乗り継ぎ夕刻には帰宅することが出来た。
もちろん次の日にはバイクが到着し、軽トラで引き取ってきた。
そして数ヵ月後、中古のドミンゴを28万円で買って、いろいろと困難に立ち向かうことになるのだが、
それはまた別のお話である。
それにバイクの苦労話の方が面白いこと多いしね。
そんな訳でつまらない結果なのは、リアルな話だからしょうがないのです。
このたびの結果も踏まえ、原付で走ったことのある都道府県は、
平成24年現在、
北海道、山形、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、
千葉、東京、三重、奈良、京都、大阪、兵庫、岡山、
愛媛、佐賀と、
かなり多くなっています。
全国制覇は無理かもしれませんが、
これからも増やして行きたい物ですね。
そうそう、人生の3大旅目標の最後のひとつは、
屋久杉を見に行くです。