うそつきむすめ
その娘は口から綺麗なものを出すと評判だった。
彼女が声を発するたび色鮮やかな花花に真珠や宝石、銀や金の糸がその赤く色づいた唇からこぼれ落ちていった。
「なんて綺麗なんだろう」
「素敵だわ」
周りの人々は彼女が話すたびに褒め称えた。褒められた彼女はいつも口をしっかり閉じて穏やかに微笑んでいた。
「私、あの人嫌いなの」
『あらでも嫌いな人がいても貴女は素敵だわ』
ぽろりと真珠が落ちる。
「あいつ本当気持ち悪いよな」
『そんなことないわよ、きっといいところはあるはずよ』
ぽろりとたくさんの花びらに囲われた華美な花が落ちる。
「消えてしまえばいいのに」
『そんなこと言わないで』
ぽろりと紅石が落ちる。
そのうち娘は元気を無くしていった。
人々に会うことを拒み、自身の口から零れ落ちた富を使って高い塔の上に移ってしまったのだ。
「どうしたんだろう」
「あんなに素敵な人だったのに」
人々は彼女を惜しんで塔に登ろうとしたが、塔の周りには蛇や汚泥が溜まっていて近づくことさえできなかった。
何年か経って若者が塔へ出向いた。
塔の周りでは蛇が牙をむき、汚泥に足をとられて中々進めなかったが彼はひたすら塔を目指した。
どうにかして塔の内部へたどり着いた若者は中の有様に目を剥いた。
蛭に蛞蝓等と得体の知らない、黒くぬめぬめとして腐った肉の臭いのする物体が彼の行く手を阻んでいたのだ。
歪な人型をしたそれはゆっくりながらも若者に近づいてきた。
鼻も口もなく醜い姿をしたそれは唯一ある白目から赤い涙を流して自身の黒く脆い身体を崩しながら一歩一歩と近づいてきたのだ。
その姿は歩き始めた赤ん坊のように弱弱しく、歩いては崩れ落ち、歩いては崩れ落ちていた。
若者はその様子を哀れに思いながらも先に進むため、その物体をかわして階段を上って行った。
長い長い階段。
その途中にもうぞうぞと気味の悪いものが蔓延っていた。
一番下にいるもの達より量は多くなかったが、気持ちの悪さは上がっているように思えた。
それでも若者は黙々と上がっていく。
異臭に鼻が効かなくなり、服は黒く汚れ、靴の中に泥が入ってぐしょぐしょになっていたがそれでも諦めず上がっていった。
若者は武器など持ってはいなかった。誰かを傷つけるために塔を上っているのではなかったから。
上がって
上がって
上がって
ついに若者は石の扉の前までたどり着いた。
装飾がなく質素な造りの石の扉は頑丈で、ノックをするだけでも一苦労であった。
殴るように扉をたたくのだからノックの音もトントンと軽いものではなく、ドンドンといささか重厚で何かを脅しつけるような音がでた。それでも若者は懸命に扉を叩く。
叩きすぎて爪の間から血が出てきたころになってやっと重厚な扉の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『だあれ・・・?』
どんどん、と扉をたたく。
『やめて、叩かないで!』
どろり、と扉の隙間から黒くねばついた液状のものが零れ落ちてきた。若者はそれに驚いて扉から飛びのいた。
扉の向こうからすすり泣く声がする。そのたびに扉の隙間から泥が、蛭が、ナメクジが、出てきては落ちて行った。
『こんな場所だったら誰にも会わずに済むと思ったのに、 ここだったら誰にも嫌われずに済んだのに、お願い放っておいて』
『もう誰の話を聞きたくないの もう綺麗事なんて言いたくないの』
『誰かの話を聞くとそれに嫌なことを言いたくなる、 言うと汚いものがあふれるから綺麗なことをいわなくてはならない すると自分の意思を投げなくてはならない 人が嫌いになってしまう もうそれは嫌なの 』
娘の泣きじゃくる声が聞こえ、隙間から生臭く腐った膿がこぼれ、若者のズボンにべっとりとからみついた。
『私なんて、消えてしまえばよかったのに こんなものが出てこなければきっと幸せだったのに』
しゃくりあげる間そんな言葉が扉に叩きつけられて、隙間からはあの歪な人型がずるずると這い出ては赤い涙を流して転げ落ちて行った。
そこで若者はひときわ大きく石の扉を殴った。
どん、と大きな音がした。拳から血が飛び散った。
娘はびっくりしたのか、泣きじゃくっていた声が一瞬途絶える。
若者は今まで触ろうとしなかった扉の取っ手に手をかけた。
木の扉と違って石の扉の加工は難しく、鍵などという高度な技術は組合わせられていない。簡単に扉は開いてしまった。
冷たい石の部屋にぽつんと娘が座り込んでいた。いや、半ば埋もれていた。
肩を震わせ、顔を覆うその手の隙間から絶えず泥の塊が落ちては彼女の周りに溜まり、部屋一面泥や気味の悪いものだらけだった。
若者はただずんずんと泥をかき分け、腹のあたりまで泥に覆われていた娘のところまでたどり着くと薄い硝子を触る手つきでそっと抱きしめた。
まるでそれ以上力を籠めると娘がばらばらになってしまう、といった風情の若者に娘は激しく首を振った。
『触らないで! 見ないで!』
とたんに若者の体に汚泥が覆いかぶさった。娘はその有様に驚き顔をひきつらせて呟く。
『・・・っもう・・・!私なんて』
歪な人型が生まれる、寸前に若者が娘の唇をふさいだ。
もご、というくぐもった音が両者の口の中で溶ける。
「黙ってていい」
若者がそして呟いた。
「何も言わなくていい 綺麗事も嫌なことも言わなくていい 逃げたっていいし、辛いことをかわしてもいい」
「でもそれで自分を傷つけたら駄目だろ 自分に嘘をついたら駄目だ」
若者は涙にぬれた力強い目でいった。
「いこう、いこうよ もう自分を傷つけなくていい 誰も嫌いにならなくていいんだ」
娘の口からぽろりと花が零れ落ちた。
それは今までのような華美で華やかなものと違い、道端に生えているような可憐な花であった。
それから娘は若者とともに人々の元へ戻っていった。
しかし彼女の口から今までのような宝石や金銀はでてくることはなくなり、ただ花や雑草をあたりに振りまくことが多くなったという。
その隣には若者が当たり前のように微笑んで二人して幸せに暮らしたというそうだ。
※この小説は作者が幼いころ童話集で読んだ童話が元となっているのですが、先日その童話がシャルル・ぺローというフランスの詩人の「Les fees」和名「仙女」だということが判明いたしました。
有名な童話なので、よかったら図書館などで読んでいただけると幸いです。