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プロローグ

冒頭から失礼を承知で言わせてもらおう。

面倒だ、それも尋常じゃないほどに面倒である。

現在、俺は友人の付き添いで私立朝凪高校という県内でいう

エリート高へ体験入学に来ている。はっきり言って場違いだ。

何故俺は休日にわざわざ学ランを来て机についているのだろう。

学年ブービー賞の成績を持つ俺がこんな真面目学校へ来るなんて

有り得るはずがない。ただ学年トップの悪友、笹倉奏恵(ささくらかなえ)

幼馴染の橋川愛(はしかわまな)が『冷かしでもいいから一緒に行こう』

と誘ってきたため仕方なく付いてきただけである。

現在は新入生を集めて入学した後に使うであろう教室で校内説明を

しているわけだが、その空気すら真面目ですオーラが立ち込めるこの空間に

嫌気がさしてきた。周りの生徒も生真面目そうな態度で皆ビシッと黒板を見ている。

こいつらは脳がコンピューターかなんかなのだろう。きっと黒板に書かれた

校則なんかをスキャンしてメモリーに焼き付けているに違いない。

そんな妄想をして遊んでいると不意に前に座っている奏恵が仰け反り逆さまに

話しかけてきた。赤みがかった長い前髪を鼻の先まで乗せ、目が見えなくなっている

が口元は尖らせ不満そうな表情がうかがえる。

「あーつまんないなー」

「お前が誘ったんだから文句言うなよ。俺だって入学する気もない学校の

校則聞いてて暇なんだから」

この奏恵という女、学年トップのガリ勉女かと思えば実はそうではない。

こいつは天才なのだ。学校では『今世紀の天才』なんて持て囃されているが

俺や愛なんかは『今世紀の天災』と称している。こいつはその溢れんばかりの

頭脳で様々な発明品を作り上げ、その度に裏で問題を起こしているのだ。

一番酷かったのは『空飛ぶカバン』とか言って巨大プロペラのついた

背負いカバンを背負わされて上空へ飛ばされ、その力で肩を外されたのち

上空30m地点で爆発し森へ墜落、全治2ヶ月の緊急入院にされたことだろうか。

他にも色々あったが一番はやっぱりカバンだろう。

(ゆう)と甘い高校生活を楽しみにしていたのになー」

「今から必死に勉強したって合格点の半分もいかねーって」

「本当にあんたは勉強嫌いだもんね」

ため息混じりに隣に座っていた愛が話に加わってきた。しかし目線は黒板を

向いており、相変わらず真面目な態度は崩していない。陸上をやっている

愛は活発なショートヘアがよく似合う綺麗な顔立ちである。だが如何せん

正確は凶暴そのもの、口より先に手が出るタイプの人間だ。

「俺はお前みたいに無理して勉強してまで頭いい高校に行こうなんて

考えないんだよ。入学したってすぐ置いてかれるのが関の山だし」

「けど残念だのー、小学校からずっと同じ学校だったのに高校は別なんて。

愛に至っては幼稚園からの仲じゃないか」

「全くよ、三人はずっと親友だって言ったのは優だってのに」

奏恵は口を閉ざして不満を表し、愛も少し寂しそうに目線を伏せている。

しかしそんな表情されたって、こればかりは仕方ない。俺たちの仲がいくら

良くたって、将来はいつか別々の道を行くのだ。それが少し早かっただけと

考えるしかない。

「あの、すみません」

「ん?」

不意に右隣りの女子から声をかけられる。何事かと思い見てみると俺の足元に

可愛らしい兎のケースを巻いた消しゴムが転がっていた。俺はそれを拾い上げ

周りに付いていた埃を払うとその女子に消しゴムを差し出す。その女子は

金髪の綺麗な長髪に少し童顔の非常に可愛らしい容姿だ。奏恵のような

ぶっ飛んだ感じも愛のような猛々しいオーラも感じない、まさしく『女の子』

そのものである。

「これか?」

「あっありがとうございます!」

俺から消しゴムを受け取るとその女子は満面の笑みで頭を下げる。一言で言おう。

かなり可愛い。そりゃもうこんな無垢な笑顔で声をかけられたらほとんどの男子は

落ちるだろう。間違いなく中学校ではアイドル的なポジションを陣取っているに

違いない。まぁ、『男子なら』そう感じるだろうな。

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「ん?まだなんかあるのか?」

正直俺からすればいくら可愛くても話しかけられるのは面倒だ。

さっきまでセンチメンタルな空気で会話していたのに突然明るく話しかけられれば

誰だって面倒に感じるだろう。しかしこの女子にはそんなこと知る由もなく

申し訳なさそうにではあるが話しかけてくる。

「なんで『女性なのに』男子の制服を着てるんですか?」

「「「っ!!!!????」」」

その一言に俺と流し聞いていた愛とばっちり興味有りげに聞いていた奏恵が

一斉にその女子を見た。そうなのである。ワックスを付け髪をはねさせ

学ランを来て完全に男子な俺は『女』だ。昔、虐められていた妹を守ってやりたい

一心で男として生活していた俺は、女でありながら妹のために立派な兄ちゃんになる

ことを決意した。小学や中学では女であることを隠して生活して、俺が女だと知っている

のは家族と愛と奏恵だけだ。生徒手帳は流石に女と記載されているが周りの生徒は誰しもが

俺を男だと思っている。しかしこの女子は一目見ただけで俺を女だと言い当てたのだ。

事情を知っている俺たちが驚かないはずがない。

「おい、何で俺が女だって」

「何でって言われても……ねぇ(いさお)くん、ちょっといいかな?」

この子は不意に右に座っていた厳つい雰囲気の男子生徒に話しかける。

髪は茶髪に染めていて背丈も180cmは軽く超えているであろうその生徒は

不良ですと言わんばかりの見た目である。

「んっ?何だよ(たつみ)、話聞いてないと怒られるぞ?」

……この勲と呼ばれている男はどうやら見た目に反して真面目な

生徒らしい。よく見ると机には先程から教師が説明してる校内の規則や

生徒の心がけなんてものを丁寧に書きまとめている。よく考えればここは

頭のいい奴が集まる高校だ。見てくれはともかくこいつだって真面目な

人間なんだろう。どう見ても不良だけどな、こいつ。

「この人さ、どう見たって女の人だよね?」

「……えっマジ?」

しばらく俺を品定めするように見てきた勲は少し無言になると苦笑いしながら呟いた。

「ほらやっぱり他の奴は分かんないんだって」

「そっそんなことないよ、きっと勲くんは今ちょっと勉強のしすぎで脳が半分

溶けちゃってるから気付かないだけだよ」

「おい巽、誰のために必死こいて勉強したと思ってんだよ。三人で同じ高校に

行こうねって言ったのはお前だろうが」

勲の何気ない愚痴に、俺は少し胸に痛みを感じた。こいつらも同じなんだ。

けど、俺とは違う。俺はこの巽という子の様にみんな一緒になんて夢を

この歳まで主張できないし、この勲という不良(仮)の様に友達のために

努力したりしない。その意味を理解しているのか、愛や奏恵も少し

寂しそうに巽達を見ていた。

「ごめんね。でも勲くん、女の人を男の人と勘違いするのは失礼だと思うよ」

「それは確かにな。悪かったよ、えーと」

「俺は桜木優、この乱暴そうなのが橋川愛でこの逆さまなのが笹倉奏恵」

「誰が乱暴そうよ、初対面の人に変な印象与えないでよ」

「よろしくのーお二人さん」

「そうか、悪かったな桜木。俺は金津(かなづ)勲だ。こっちのは篠川(しのかわ)巽」

「よろしくお願いします」

勲と巽は笑顔で自己紹介を済ませると再び俺をじっと見つめる。

正直ムズムズするのでやめては貰えないだろうか。

「けど、俺から見ればちょっと童顔な男子って感じにしか見えないんだよなー」

「むしろ女だって言い当てたのは篠川さんが初めてだよ」

因みに説明しておこう。愛は女の俺を知っているためノーカウントである。なら何故

奏恵もこのことを知っているのか。悪友であるこいつに俺が打ち明けているなんて

簡単な理由ではない。そもそも俺だってこいつら以外にも友達は居るし、その

全員に女であるとばらしてはいない。単刀直入に言ってしまえば奏恵は昔、

俺にベタ惚れしていたのだ。そして断った理由を調べていくうちに俺が女だというのに

自力で気付き今に至る。それ以来、それをネタに脅迫……いやきっかけとして

仲良くなったのだ。

「まーこいつなら分かっても不思議じゃないんだけどな」

勲はため息をつくと後ろ髪をガシガシと掻き出した。

「なんだ?もしかしてヒヨコの雄雌を選別するバイトでもやってたのか?」

「……初対面で言うのもなんだが、お前って発想力豊かだな」

褒めているのか?絶対馬鹿にしているとは思うが褒められたと思うことにしよう。

「逆に聞くけどよ、お前達は気付いてるか?」

その問いに俺達は顔を見合わせて首を傾げる。質問の意図が読めない。

何が逆なのか何に気付いているというのか、どう読み取っても意味が通じない。

「気付くって、何に気付くんだよ」

「やっぱり気付いてないか、巽の逆だしもしかしたらって思ったんだけどな」

「だから何を……んっ?おい、もしかして」

そこで俺は何となく勲の言っている意味が理解できてきた。俺が女だと

分かったなら、『逆』に向こうも何か外見ではわからないことがあるということだ。

そして巽の逆が俺ということは。

「巽、お前って」

「はい、私は男の子ですよ」

「「「何ぃっ!!!!!?????」」」

その一言に俺と愛と奏恵は一斉に立ち上がった。椅子もはじけ飛び床を荒々しく

跳ね盛大な騒音を出している。周りにいた生徒も一斉に視線を向け説明していた

教師も何事かとこちらを見ている。

「あーっと、えーっと、そこの生徒三人!静かにしてください!」

「「「すみません!」」」

説明していた教師は少し動揺していたがすぐ取り繕うと厳しそうに叫んだ。

流石にマズイと思い俺達は急いで椅子を元に戻して席に着く。

「次騒いだら黒板の前で正座しながら聞いてもらいますからね!」

それだけは勘弁願いたい。こんな真面目集団に見つめられながら延々と面倒な

説明を硬い床に正座しながら聞くなんて俺なら発狂してしまいそうだ。

「何も3人揃ってそこまで驚かなくても」

「いや、優の逆バージョンが居るなんて思ってもみなかったから」

「しかし男とは、どっからどう見ても女子にしかみえんのー」

「こんだけ可愛けりゃ女って言われた方が納得だよな」

「そんな可愛いだなんて、なんだか照れちゃいますね」

こいつは可愛いと言われて喜ぶのか。その態度はますます女にしか見えない

のだが、話の流れから言ってこの巽が男であることは間違いないのであろう。

「世の中は変わった者が沢山いるもんだのー」

「奏恵が言える立場でもないでしょ」

「変わってると言えば、安良(やすら)はどうした?」

不意に勲は巽の前に座っている男子生徒に視線を向けた。しかしその男子生徒は

肩を上下させながら机に突っ伏している。そういえば説明が始まってすぐの

状況からこいつはこんな感じで寝ていたような気がする。

「この最初から寝てる奴か?」

洲宮(すのみや)安良、不公平にも学年トップのバカだよ」

文句有りげに呟く勲に注意するかと思いきや、巽もただ苦笑を浮かべるだけだった。

「どういうことだ?」

「簡潔に説明するなら、こいつは偶然で生きてるってことだ」

「安良くんってテストとかに思いついた適当な答えを書くだけで全部正解しちゃうんだよ。

例えば10桁のかけ算とかでも適当な数字を言うとそれが正解とかね」

「うっわ、なんだその反則臭い運は」

そんなのは幸運とかなんてレベルの話ではない。神に愛されてるとかこいつ中心に

世界が回っているとかそんな範囲のレベルだ。いくら努力しても俺が合格できない

この学校の入試試験もこいつはサイコロひとつで全問正解してしまうのであろう。

そう考えるとなんだか無性にやりきれない気持ちになる。

「それは凄いのー、どれ起こしてみるか」

そう言うと奏恵は人差し指で安良の頬をつついてみた。

「えと、止めといたほうがいいですよ?」

「ん?なんだ、寝起きが悪いとかそういうっ!!?」

言葉の途中で奏恵は突然顔を真っ赤にして黙ってしまった。よく見ると先程まで

頬をつついていた奏恵の指はいつの間にか安良の口の中に収まっていた。

しかし噛み付いている訳ではなく、単に寝ぼけてしゃぶりついているだけらしい。

「あむっ……やあやあい……」

「やっ!!えっちょっと!!?」

「あーあ言わんこっちゃない。安良は寝てる時、口元に何か近づけると何でも

口に入れる癖があるんだよ」

「まるで赤ん坊だな」

「そういうところが安良くんらしいところなんだけどね」

「いやアンタたち、それよりも奏恵の方を心配してあげなさいよ」

そうは言われてもアレに参戦してしまうのは非常にマズイ。説明していた教師も

気付いたのか怪訝そうに奏恵を見ている。今ここで介入してしまえば俺も正座の刑

に参加決定だろう。皆もそれを分かっているのか心配そうにしながらも手を貸そうとは

しない。

「あっダメ……そんなに舐めないで……」

「ふいふいぃ」

「なぁ愛、そろそろアレが来るんじゃないか?」

「多分もう来るね」

俺と愛は引きつった笑みを浮かべながら机の下へ避難した。すると巽たちは

不思議そうに俺たちを見た後、釣られて机の下へ身を屈める。

「おい、何で避難してるんだよ」

「ノリでマネしたんだろうけど、お前らは運がいいな」

「どういうことですか?」

「奏恵はね、あんな感じの性格だけど本当は極度の恥ずかしがりやなのよ。知らない

男の子にあんなことされたら間違いなく奏恵の理性は吹っ飛んじゃうから」

「そしてあいつの理性が振り切ると、今度は照れ隠しが発生する訳だ」

いや、照れ隠しなんて可愛いものならまだ許せる。けどあいつのそれは照れ隠しではない。

あれは『照れ破壊』である。

「照れ隠しったって、避難するほどのことも」

「あ゛ーもうダメ!!!!!」

瞬間、辺り一面に凄まじい衝撃が響きわたる。机や椅子は奏恵を中心に吹き飛び、周りの

生徒はまるでアニメのキャラクターの様に壁へ打ち付けられる。原理を説明しておくと

奏恵はいろんな薬品を服の裏側にあるホルダーに常備しており、場合によってその薬品を

使って悪戯、もとい実験をしている。しかし奏恵の照れ壊れが発生すると奏恵はその

薬品を無我夢中で使いまくるのだ。結果凄まじい爆風や衝撃波が辺り一面に広がると

言うわけだ。

「うわぁ!?」

「ぐわっ!!」

「いやー!!!そんなはむはむなんてしないでー!!!!」

辺りの生徒が悲鳴を上げながら吹き飛ぶ中、奏恵はひたすらに暴走を続ける。

当然のことながら事の発端である安良は震源地にいるわけであるため無事ではないだろう。

「むぃ……あれ?何か騒がしいね」

無事だった。偶然投げられた薬品に当たらず、尚且つ爆風にも当たらない

位置だったのだろうか。この照れ破壊は別に震源地である奏恵が安全な訳ではない。

大抵自分にもダメージを負って勝手に止むのがお決まりなのだ。つまり安良はその

自爆前に目を覚ましたのだが、これがこの男の運だとでも言うのだろうか。

「あれ、みんなどうしてそんなところにいるの?」

「いいからお前もしゃがめ!あの不思議女の暴走に巻き込まれるぞ!」

「えぇと、よくわかんないけどわかったぁ」

「ワシかて女の子なんじゃしこんなっ!?」

勲の言葉に首を傾げながらも安良はその場にしゃがみこむと同時に、今まで

安良がいた空間に椅子の一つが物凄い勢いで通り過ぎ、見事に奏恵の横腹に炸裂した。

「あーやっと収まったか……いや治まっただな」

「今回は被害も少なかったしよかったね」

「いやお二人さん、これ見てなんでそんな平和的な反応が出来るんだよ」

「わっ!?笹倉さんが血を吐きながら痙攣してるよ!?」

「うわぁ教室がメチャクチャだねぇ」

机や椅子は勿論、逃げ遅れた生徒達もそれぞれ教室の壁に叩きつけられ

周りに散らばっていた。窓も全て吹き飛び外にもいくつか机などが散乱している。

しかし奇跡的に人間まで外に吹き飛んでは居ないし、見たところ一番の負傷者は奏恵みたい

なので問題はないだろう。いや、問題は大ありなのだがこれくらいで済んだなら

いい方だろう。

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