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第25話 空の散歩

「フェルがなんていったのか本当に気になるわね。……まあ、でも今はいいわ。フェル、飛んでちょうだい」

 魅月がそう言うと、

「ピー!」

 フェルはそう鳴き、翼をはばたかせ始めた。

 真琴の言うことは聞かないのに、魅月の言うことは聞くのか?

「フェル、なんで魅月の言うことはちゃんと聞くの?」

 なんだか、がっかりしたようなそんな口調で真琴は言った。

「ピー」

 フェルは羽ばたくのをやめてそう鳴く。たぶん、真琴の言ったことに対する答えなんだと思う。

「確かにそうかも。魅月とフェルってなんか性格が合いそうだよね」

 どこか納得したような響きを持つ声音で真琴は言った。たぶん、フェルは魅月と性格が合うから言うことを聞いた、という感じのことを言ったんだと思う。

 オレもさっき、そう思っていた。

「ピーピー」

「ああ、うん。ごめんね。わざわざ止めちゃって。じゃあ、お願いね」

「ピー!」

 今度はちゃんと真琴の言うことを聞いたようだ。真琴の言葉を合図としてフェルは羽ばたき始める。

 空気を叩くような羽音が聞こえる。それは力強い音でその力強さが空を飛ぶことに可能にしているのだな、と実感させる。

 そう思っていると、フェルの体が地面から離れているのに気がついた。

「二人とも、ちゃんと掴まってね。そうじゃないと、落とされるかもしれないよ」

 真琴の注意の声が聞こえた直後、フェルは一度だけ大きく羽ばたいた。

 大きな衝撃が伝わってきてオレはフェルの体をしっかりと掴む。でも、大きな衝撃といっても油断をしなければ落とされはしない程度だ。

 そして、力を抜いても大丈夫だな、と思って周りを見てみる。見えてきたのはジオラマのように小さく見える町だった。

 オレたちは今、かなり高い高度にいるはずだ。それなのに、不思議と恐怖とか不安とかはなかった。

 たぶん、今まで行ったことのないような高さまで来たせいで感覚が麻痺してしまっているんだと思う。

 常に風が吹き続けてオレたちの服をなびかせる。少し寒い。けれど、初めて空を飛ぶ、ということに興奮して寒さは気にならない。

「今、わたしたち、空を、飛んでるのよね」

 魅月は髪をおさえながら今のこの状態が信じられないとでもいうように言う。

「うん、そうだよ。いまあたしたちは空を飛んでるんだよ」

 そう言いながら真琴は何の躊躇もなく、両手を広げた。オレはそんな真琴の行動に驚いて――――。

「こうすれば、自分の力で飛んでるような、そんな気分になれるんだよ――――。え?」

 気持ちよさそうに言葉を紡いでいた真琴だがいきなり驚きの声を漏らす。その理由は、オレが真琴を片手で抱いていたから。

「真琴、危ないだろ!」

 気がつくと、オレは真琴に向かって半ば叫ぶようにそう言っていた。

「あ、あれ?もしかして、心配、させちゃった?」

「当たり前だろ!もし落ちたりしたらどうするつもりだったんだよ!」

 オレは真琴が両手を広げた瞬間、今まで感じていなかった高さに対する恐怖を感じた。もしかしたら真琴を失うかもしれない、という恐怖と共に。

「えっと……。あの、ごめん」

「いや、別に謝らなくていいんだけど……」

 真琴に謝られてオレは冷静さを取り戻した。

「ただ、あんまり危ないことはしないでくれよ、って言いたかっただけだ。オレにとってお前は大切な存在なんだ」

 そんな恥ずかしいセリフをオレは普通に言っていた。どうやら、まだ完全に冷静にはなっていないようだ。

「そう、だよね。うん、わかった。これからは危ないことはしないようにするよ。だから、涼樹も危ないことはしないでね。涼樹があたしが危ないことをしたら心配するようにあたしも涼樹が危ないことしたら心配するんだからね」

「じゃあ、三つ目の約束だな。お互いに相手を心配させるようなことはしない」

「うん、わかった」

 真琴は頷いて真琴を抱きしめているオレの手を握った。オレは真琴の手を握り返す。そのまま、時が止まっていくような錯覚がした途端、

「おーい、あなたたち二人だけで別世界に行ってるんじゃないわよ」

 横から魅月の声が割り込んできた。

「うわっ」「きゃっ」

 驚いてオレと真琴は声をあげてしまう。

「み、魅月、び、びっくりさせないでよ」

「この程度で驚いてるんじゃないわよ。二人ともくっつくのは良いけど一緒にいる人をひとりにするんじゃないわよ」

 オレは魅月のくっつく、と言う言葉を意識して真琴から少し距離を取ってしまう。それは真琴も同じようで真琴もオレから離れる。結果、オレと真琴の間に人が一人は入れるくらいの間が開く。

 だけど、手は握り合ったままだ。これだけは絶対に離さない。

「あ、そろそろ日が沈みそうだよ」

 真琴がそう言ったのを聞いて世界が赤く染まり始めているのに気がついた。

「空から見た夕日も地上から見るときとそんなに変わんないんだね。……これ以上ないってくらい真っ赤だね」

 オレは真琴と同じように夕日を見る。真琴の言ったとおり夕日はどんなものよりも鮮やかな赤色をしていた。

 実は、前世の『俺』は夕日が嫌いだった。あのときの『俺』は戦いばかりをしていたから、夕日の赤が血の色にしか見えなかった。

 だけど、今のオレはそんなことなかった。純粋に綺麗だと思うことが出来た。

「こうやって空から夕日を見るのって初めてなのか?」

「うん、フェルに乗るのって昼間くらいなんだよね」

「よくそれで、誰かに見付かったりしないわね」

 それは、オレも思っていたことだった。これだけ大きな鳥ならば見付かって、何か騒ぎが起こっていそうな気がする。

「フェルって、青色の羽をしてるでしょ?だから、昼間は見付かりにくいだよ。でも逆に、今の時間帯は見付かりやすいと思うよ」

「それって、大丈夫なのか?」

 少し心配になってきた。こんな大きな鳥が飛んでいるところを誰かに見られでもしたら大騒ぎになるだろう。

「あんまり、大丈夫じゃないかも。でも、一回見付かるくらいなら大丈夫だと思うよ。見間違いだって思うだろうから」

 確かに、その考え方には一理あると思う。

 ネッシーだとかUFOだとかそういう未確認な物体は総じて最初は否定されるものである。けれど、何度もそういった類の目撃証言がたくさん出てくることによってその話を信じる人が徐々に増えていく。

 逆にそういった目撃証言などがなければ徐々に人々の記憶から消えていくものだ。

 だから、一度くらいフェルが見付かっても大丈夫なはずだ。

「そうは言ってもずっと飛び続けてたらさすがに見間違いだって思わなくなるわよ」

「それもそうだね。じゃあ、フェル、そろそろ戻ってくれる?」

「ピー」

 真琴の言葉に従ってフェルは体を旋回させる。慣性の力が働いて振り落とされそうになったけれど、どうにか落ちずにすんだ。

 それから、ときどきフェルが翼を羽ばたかせる音と風を切る音しか聞こえなくなる。話をしている間に結構な距離を飛んでいたようだ。

 背後では今もゆっくりと日が沈んでいるはずだ。それが当たり前だからそう思うのではなく周りが少しずつ暗くなってきているからそう思うことができる。

 そんなことを考えていると、急に下に向かう力がかかった。今度はもう振り落とされそうにはならなかった。

 不意にフェルが今までの中で一番大きく羽ばたいた。そして、それっきりフェルの翼は動かなくなる。

 地面についたのだろう。揺れも感じなくなっている。

「さ、涼樹、降りよっか」

「ああ、そうだな」

 オレは真琴の言葉に頷く。手をつないだままのオレたちは一緒に降りるしかない。

 まあ、手を離せば別々に降りられるんだろうけど離したくない。それに、真琴と一緒にいるときは手をつなぐ、という約束をしている。真琴との約束は絶対に破りたくない。

 だから、オレたちは手をつないだまま一緒に降りる。実質、片手で降りているようなものだったからとても降りにくかった。

 オレは体を鍛えているのでそれほど難しいというわけでもないはずだ。だけど、真琴がとても降りにくそうなのでそれを支えていたら降りにくくなってしまったというわけだ。

 のぼるときの倍くらいの時間をかけてやっと地面に足がついた。そして、オレと真琴は同時にフェルから手を離した。

 その後にフェルはオレたちの方へと体を向けた。

「フェル、ありがとね」「フェル、ありがとな」

「ピー」

 オレと真琴の言葉にどういたしまして、とでもいうように鳴きながら頷いた。

「フェル、またいつか、一緒に二人をからかってあげましょ」

「ピーピー」

「み、魅月もフェルもやめてよ」

「ピー?」「ふふ、どうしようかしらね?」

 魅月とフェルは顔を見合わせたあとオレと真琴にそう言った。魅月はフェルの言葉はわからないはずなのに言っていることがわかっているような雰囲気がある。

 もしかして似たような性格だからわかってしまうんだろうか。

「ピー」

「あ、うん帰るんだね。またいつか呼ぶかもしれないからそのときはよろしくね」

「ピー!」

 フェルは一際高く鳴きいきなり羽を力強くはばたかせた。フェルの巻き起こした風がオレたちの髪や服の裾をばたばたとはためかせる。

「じゃあな、フェル!」

「フェル、人に見付からないようにするんだよ!」

「さよなら、フェル!」

 オレたちはそれぞれがフェルにそう言った。その直後にフェルは再度力強く羽をうった。

 そうしてフェルは空高くへと飛翔した。オレたちは見えなくなるまでその姿を眺め続けていた。


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