第24話 二匹目の魔物
特に何か特別なことが起こるわけでもなくオレたちは放課後を迎えた。いや、なかったわけでもないか。
今日の昼休みはオレ、真琴、魅月の三人で昼食を食べた。
どこで食べたかっていうと、魅月につれていってもらった屋上だ。中学校のときは屋上は立ち入り禁止でいつも鍵がかかっていた。だから、屋上に自由に出入りできるのはいいな、と思った。
屋上だと、風が吹いていて気持ちがいいし、なにより眺めがよかった。
そして、一番喜んでいたのはやっぱり真琴だった。真琴は上を向いて、「空しか見えないね」と言ってその場でくるくる、と回り始めた。
オレは真琴らしいな、と思いながら眺めてたんだけど、真琴は途中で自分で自分の足をひっかけてしまい転びかけた。
慌てて真琴に駆け寄ってオレは真琴を転ばないように支えてやった。「お前には怪我して欲しくないんだから気をつけてくれよ」、と言ったのは言うまでもない。
そんなオレに対して真琴は「ごめん。でも、なんとなくさ、こういうところにいたら空が近いように感じない?まあ、結局は届かないんだけどさ」と、いつか見た穏やかな表情で言った。
そういう気持ちはなんとなくわかる気がするけど、回るようなものか?と思った。たぶん、真琴は朝のテンションがまだ続いていたんだと思う。
オレのテンションは授業をしている間にとっくにもとに戻ってる。初日だから説明だけだから楽だと思ったのに、意外と話を聞いているだけというのも苦痛で、気持ちがなえてしまったようだ。
そんなこんなでオレたちは雑談をしながら昼食を食べた。
魅月は全然、哀しそうな様子を見せなかった。だから、オレたちも明るく振舞うことが出来た。
それから、昼食を食べ終えたオレたちは時間まで雑談をしてそれぞれの教室に戻った。
その後は残りの授業をして、ホームルームをして、放課後を迎えた。
ちなみに、今オレたちがいるのは近くの山の中。この辺りは木がなく視界が開けている。
真琴は魅月の哀しさを紛らわせるための何かをここでするらしい。
「で、こんなところで何をするんだよ」
「そうよ。こんな山の中で何をするのよ」
オレと魅月は口々に言う。
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。絶対に二人とも驚くはずだから」
真琴はくるり、回ってオレたちに背を向ける。それから、ぴーっ、という甲高い音が聞こえてきた。
何の音だろうか、と思ったら真琴が口に指をくわえて口笛を吹いていた。甲高い音が辺りに響いている。
それから、数秒後。空に何かの影が見え始めた。
なんだろうか、と思ってよく眺めてみるとそれは鳥だった。
その鳥はゆっくりとこちらに近づいてくる。そして、その鳥は翼をばたつかせオレたちの近くに着陸した。
オレはその鳥の姿に驚いた。
まず目に入ったのはその鳥の大きさ。たぶんこの世に現存する鳥の中でもっとも大きいんじゃないんだろうか、というほどの大きさがある。
近くにある木の半分ほどの大きさがあるからおそらく五メートル以上は高さがあると思う。
そして、翼の大きさは八メートルくらいはあった。とにかく大きかった。
だけど、不思議と恐怖は感じなかった。たぶん、それはこの鳥のもつ幻想的な雰囲気のおかげだろう。
鳥の翼は空と同じ蒼く碧い翼で太陽の光を反射して輝いているように見える。ここまで綺麗な生き物は見たことがない。
それなのに、圧倒的な存在感はない。オレたちの方を見ている金色の瞳。それが珍しいものを見つけた子どものように興味で輝いている。
そのせいで、幻想的な雰囲気が和らいでしまっている。
「フェル、久しぶりだね。……ごめんねなかなか会いにいってあげられなくて」
真琴は巨大な鳥――フェルに近づいていく。
「ピー」
その大きな体から想像もできないような鳴き声だった。ひな鳥のような鳴き声だ。
「そうだったね。フェルは一人でいるほうが好きなんだよね」
親しそうに真琴はフェルに話しかけている。
どうやら、この巨大な鳥も真琴が創り出した魔物のようだ。そんなふうに考え事をしていたら、
「ミー!」
聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた。
「あ、ネーラもいたんだ。フェルと一緒にお散歩でもしてたの?」
「ミーミー」
ネーラは頷く。
「そう、よかったね」
微笑みながら真琴は言う。自分の子どもに話しかける親、というのはあんな感じなのだろうなと思う。
「ミー」
「え?帰るの?ネーラにしては珍しいね」
「ミー」
「そっか、疲れちゃったんだ。うん、わかった。帰る途中で気をつけてね」
真琴にそう言われてからネーラは飛び立っていった。真琴はネーラの後ろ姿に手を振っている。
と、そんなことよりも、真琴、オレたちのこと忘れてたりしないよな。そんな心配が頭をよぎったのでオレは真琴に声をかける。
「おーい、真琴、オレたちのこと忘れてたりしないよな」
オレの声に反応して真琴はくるり、と回ってオレたちのほうに向く。
「大丈夫、ちゃんと覚えてるよ。あ、そうだ、この子はフェルっていうんだ。あたしが今の世界で二番目に創った魔物だよ」
真琴の声に反応してかフェルはよろしく、とでも言うように「ピー」と鳴いた。とりあえず、オレはネーラに出会ったときと同じように、
「オレは涼樹だ、よろしくな」
それだけ言った。隣では魅月も戸惑いながらではあるけれど「魅月よ、よろしく」と言っていた。
「ピーピー」
「フェルも、よろしく、だってさ。……さ、二人ともフェルの背中に乗って」
真琴はいきなりそんなことを言った。いや、真琴にとってはいきなりじゃないんだろうけど、オレたちにとってはいきなりだった。
「なんのためにだよ」
「空の散歩をするためにだよ。しっかり掴まってれば落ちたりしないから安心していいよ」
真琴の言葉にフェルは乗りやすいようにするためかその場に座る。
もしかして、これが魅月の哀しさを紛らわせるためのことなんだろうか。まあ、たしかに空を散歩する、っていうのは普通じゃ体験できないようなことだよな。それに、オレ自身も空の散歩には興味がある。だから、オレはフェルに近づいていく。
「……って、どうやってのぼればいいんだよ」
フェルがのぼりやすいように座ってくれているとはいえそれでも、かなりの高さがあった。羽を引っ張って無理やりのぼればのぼれないこともないが、フェルに悪いような気がする。
「こっちからのぼるんだよ」
いつのまにか真琴はフェルの尾のほうへと行っていた。たしかに、そちら側なら上りやすいかもしれない。
そう思ったオレは真琴の隣まで行く。
「魅月、こないのか?」
先ほどからその場から一歩も動いていない魅月にオレは呼びかける。
「え……。あ、ちょっと待ってくれるかしら」
魅月は小走りでこちらへと近づいてくる。
「どうしたんだよ」
「ちょっと、フェルに見惚れてたわ。だって、こんなに綺麗な鳥なんて滅多にいないでしょう?」
魅月はフェルを見上げて、そう言った。フェルは、魅月の言葉が嬉しかったのか「ピー♪」と鳴いている。
「よかったね、フェル」
「ピーピーピー」
「うん、わかった。早く飛びたいんだね。……さ、二人とも早く乗って乗って」
そう言って真琴は慣れた様子でフェルの背中までのぼっていく。真琴は何度もフェルの背中に乗って空の旅を楽しんだのかもしれない。
そんなことを思いながらオレは真琴のあとについてフェルの毛を掴む。毛が抜けるんじゃないだろうか、と心配していたのだがそんなことはなかった。
オレがフェルの毛を掴んでも少しのぼってみても全然大丈夫だった。
それを確認したオレは、よし、と呟いてフェルの背中までのぼるため上を見上げる。
そうすると、真琴のスカートの中が見えた。
オレは慌てて目をそらした。
幸いかどうかはわからないが真琴は特に気にしている様子もなかった。ただ単に気がついていないだけだと思うが。
「真琴、スカートの中、見えてるわよ」
隣から、魅月の声が聞こえてきた。そのあとに、真琴が、ばっ、とスカートをおさえるのが雰囲気と音で伝わる。
「りょ、涼樹、見た?」
「み、見てない」
オレは上を見ずに答えた。というか、上を見れるはずがない。
「ほ、ほんと?」
確認を取るように聞いてくる。
「あ、ああ、ほんとうだ」
「じゃ、じゃあ、早くのぼってきてよ。あの、何かの拍子に見られたら、いや、だから、さ……」
何故だか、真琴の声は恥ずかしさで今にも消えそうになっている。もしかしたら、オレに見られるかもしれない、ってことだけで恥ずかしいんだと思う。
そう思いながら、オレは上を見ないようにしながら真琴の隣までのぼった。
真琴に何か言おうと思ったがものすごく声を掛けづらかった。
「真琴も涼樹も焦った姿が面白かったわよ」
横から魅月のからかうような声が聞こえてきた。
「んなっ」「えっ」
オレと真琴は同時に驚いたような焦ったような声をあげる。だけど、たぶん、オレのほうが真琴よりも焦っていると思う。
何故かっていうと、あのときの魅月の立ち位置はもっとも一番下だった。よって、魅月はオレが真琴のスカートの中を見た、というのを見ていたかもしれない。
いや、魅月の声音からして、見ていたかもしれないではない、見たんだと思う。そのことを言わないでくれよ、と願っていたが、
「涼樹は見てない、とかいいながらも、本当は見てたのよね」
情け容赦なく魅月はそう言った。
「りょ、涼樹……ほんと?」
真琴が恥ずかしそうに、だけど、先ほどよりどことなく温度の下がった声で聞いてくる。ゆっくりと真琴の方を見てみる。真琴は微かに頬が赤くなっているのに無表情に近い表情を浮かべていた。
「あー……」
なにか言い訳をしようと思った。だけど、変に正直なオレは、
「ごめん」
と、謝っていた。
「……なんで最初に、言ってくれなかったの?」
「い、いや、そんなこと正直に言えるわけないだろ?」
いつもとの様子の違いに戸惑いながらもオレは答える。
「そ、そうだけど。……涼樹は見ようと思って見たわけじゃないんだよね」
「あ、ああ。そりゃそうだろ」
真琴が怒っているのか、それとも恥ずかしがっているだけなのかわからないのでどうしても慎重に答えてしまう。
「……じゃあ、しょうがない。許して、あげるよ」
オレは真琴がそう言ってくれたことにほっとする。とりあえず、少しは怒っていたようだが、許してくれないほど怒っている、というわけでもなかったようだ。
「で、でも、も、もう見ないでよ……」
「わ、わかってるって」
かなり恥ずかしそうに真琴が言うのでオレは顔をそらしてしまった。こっちだって本当のことを言うのはかなり恥ずかしかったのだ。そんなふうにあからさまに恥ずかしがられるとこちらまで恥ずかしくなってしまう。
「よ、よし、じゃ、じゃあいこう!フェル、お願いね!」
この恥ずかしさを無理やり吹き飛ばすかのように真琴は不自然に声を弾ませる。
「ピーピー」
けど、フェルはまったく飛び立とうとはせずに何かを言っている。
「た、楽しまなくていいから!は、早く飛んでよ!」
ものすごく焦ったように真琴はそう言う。フェルがなにを言ったんだろうか、と思っていると、
「涼樹は、フェルが何を言ったのか気になってるみたいね」
横から魅月の声が聞こえてきた。その声はこの場の雰囲気を楽しんでいるような、そんな声音だった。
「魅月はフェルがなにを言ってるのかわかるのか?」
魅月の言葉にはそういうニュアンスが含まれていたので聞いてみる。
「まあ、大体は、ね」
「フェルは、なんて言ったんだ?」
あんまり聞かない方がいいかな、と思いながらも気になるので聞いてしまう。
「あなたたち二人を見てておもしろいって言ったんだと思うわ」
「は?どういうことだよ」
いまいち魅月が言っていることの意味がわからない。いや、意味はわかるんだけど、どうしておもしろいのかがわからない。
「二人とも昨日よりも初々しさがあるでしょう?だから、二人の言動、傍から見てるとけっこうおもしろいのよ?」
この言葉を聞いて、魅月はもうオレに選ばれなかったことを気にしていないな、と思った。いや、本当は無理やりにそう言う言葉を言っているのかもしれない。
だけど、魅月の表情を見る限りは哀しそう、といった感じの感情は見られない。だから、もう、大丈夫だろうな、と思った。
完全に哀しくない、というわけではないと思う。一日だけで哀しい、という気持ちを完全になくすことは出来ないはずだから。
それよりも、もしかして、オレと真琴はこれからずっと魅月にからかわれたりすることになるんだろうか。それを思うと、げんなりした気持ちになってしまう。
まあ、それで魅月の哀しい気持ちがなくなるならそれでもいいか、と思う。
「どうしたのよ、涼樹。そんな真面目な顔して」
魅月のその声にオレは、はっ、と我に返る。
「……いや、どうやったら、これから魅月にからかわれなくなるか考えてたんだ」
とりあえずそう言って取り繕っておく。あんまり、魅月の傷口に触れるようなことは言いたくない。
「そう。ふふ、でも、涼樹にその方法が思い浮かぶかしらね?」
魅月は楽しそうに笑いながらそう言った。今のオレの発言は墓穴を掘る発言だったようだ。
「真琴、フェルは飛んでくれそうか?」
これ以上魅月と話をしていたら何を言われるかわからないので真琴の方に話をする。
「な、なんとかね」
微かに頬を赤くさせた真琴がそう言う。もしかしたら、フェルにいろいろなことを言われたんだと思う。というか、フェルが人間の言葉を喋れなくて本当によかったと思う。フェルが人間の言葉を話せていたら、魅月とフェルが同時にオレたちをからかってくる、という事態になっていたかもしれない。
「フェルは、真琴になんて言ったのかしら?」
魅月はからかう標的をオレから真琴に変えた。
「え、な、なにも、言ってないよ」
何か隠してるだろうな、というのが容易にわかるくらいに真琴は慌てている。フェルは真琴に何を言ったんだ?
気になるところではあるけど聞かない方がいいような気がする。
「あっやしいわね。フェル、真琴に何を言ったのかしら?」
魅月はフェルの言葉を理解できないはずである。それなのに、聞いた、というのは――
「ピーピーピー」
どこか楽しそうにフェルは真琴に言ったであろうことを言う。
「ふぇ、フェル!も、もう、い、言わないって言ったでしょ!」
真琴は顔を真っ赤にしてフェルに対して怒鳴りつけるように言う。
「ピー」
だけど、フェルは関係がない、とでも言うように鳴いていた。