第22話 伝えた想い
オレが教室に入って真っ先に目に入ったのは真琴だった。
自分の席がその近くにあるからっていうのもあるけどそれ以上に真琴の姿を見たかったっていうのが強かったと思う。
オレは真琴のほうへと近づいていく。オレから声をかけようと思ったら真琴がオレに気がついて先に声をかけてきた。
「あ……お、おはよう、涼樹」
なんだか恥ずかしそうに顔をかすかにそらせながら言う真琴。
「あ、ああ、おはよう、真琴」
オレも恥ずかしくなって顔をそらしてしまう。理由は言うまでもなく昨日のことを思い出してしまったからだ。
気まずい空気が流れる。どうすればいいんだ?このまま無言で真琴の席の前に突っ立っているってのも変だし、オレが自分の席に座ったら座ったで会話が出来ないような気もするし……。
そんなふうにつらつらと考え事をしていると、
「ね、ねえ、涼樹、せっかくだからさ、学校の中、散歩してみない?まだ、ホームルーム始まるまで時間あるからさ」
真琴はオレを見上げてそう言った。真琴の言葉にオレは反射的に時計を見る。
今の時刻は七時四十分。昨日聞いたところによるとホームルームは八時二十五分かららしいので四十五分も時間がある。
ついでなので、教室の中も見回してみる。学校に来るにはまだ早い時間なのでこの教室にいるのはオレと真琴の二人だけだった。
真琴と二人っきりの教室の中で四十五分間も耐えられるとは思わなかった。いや、人がいたとしても同じだと思う。オレが親しいと思えるのは真琴と、魅月くらいしかいないから。
「そう、だな。ちょっと散歩してみるか」
なんだか思考がネガティブになってきたのでオレは考えることを中断するように真琴の方を向いてそう返す。あまり、暗い表情は浮かべたくない。
「うん!」
真琴は嬉しそうな表情を浮かべて弾むような声音で返事を返してくれた。
オレのネガティブな思考はそれらによって一気に吹き飛んでしまった。そして、やっぱりオレは真琴のことが好きなんだな、と思ってしまった。
朝の学校は意外に騒がしい。何故なら運動部などが朝錬を行っているからだ。それは中学校とは変わらないんだな、とオレは内心で苦笑する。
そして、オレたちは今その騒がしさから逃れるように校舎裏に来た。まだ、ここには来たばかりなので今はここにはどんなものがあるのか確認しているところだ。どうやら、オレと真琴が自己紹介をしたところとは違う校舎裏のようだ。
こちらは人が入ってくるのを考慮して作られた場所ではないのか、草が茂っている。と、いっても靴底よりも少し長い程度だ。そして、そんな草ばかりの空間の中に何本かの木があった。
普通、校舎裏となるような場所は陽が当たりにくい。そして、ここはその型にはまっていた。夏に来たら涼しいんだろうな、とオレは考える。
別に何かを意識してここに来たわけではない。真琴と会話をしながら歩いてたら、少し落ち着ける場所に行きたいかも、と真琴が言い出してオレが、校舎裏なら静かなんじゃないか、と言ったら、うん……そうだね、と何故か恥ずかしそうに返事を返してきた。
そのときは真琴が恥ずかしがっている理由が全然わからなかったんだけど、今ならわかるような気がする。校舎裏、というのは告白をするには定番の場所だからだ。
昨日、あんなことをオレにしたんだから意識してしまうのも仕方ないのかもしれない。というか、オレはかなり意識してしまっている。たぶん、顔は赤くなってるんじゃないか、と他人事のように考える。そうしないと恥ずかしさで何を無意識に口走るかわからなかった。
「なんか、絵に描いたみたいな校舎裏だね」
真琴がそんな感想をもらす。
「確かに、そんな感じだな。……って、あれ?あそこにベンチがあるよな」
オレは離れたところにベンチがあるのを見つけた。普通、こんなところにベンチなんか置かないよな。
「なんでこんなところにあるんだろうね。ちょっと行ってみようか」
真琴はオレの返事も聞かずに勝手にベンチの方に近づいていく。オレもそのベンチには興味を持ったので真琴についていく。
近づいてベンチを見てみると結構新しいものだということがわかった。まあ、それもそうか。この学校はまだできて間もないんだから。
オレがそんなことを考えていると、いつの間にか真琴がそのベンチに座っていた。
「座って大丈夫なのか?」
いきなり板が折れるなんてことないだろうな、と真琴のことを心配しながらオレは聞く。
「うん、大丈夫だよ。……涼樹も、座ってみたら?」
「そうだな。そうするよ」
オレはそう答えて真琴の隣に座った。
「誰がこんなところにベンチなんて置いたんだろうね」
「さあ、夏場に暑さから逃れるためにここに置いたんじゃないのか」
「あ、そうかも」
納得したような真琴は言った。
そこで、ふと沈黙が訪れる。お互いに何かをためらっているような雰囲気。
お互いにためらっている?オレがためらっていることは何だ?
少し考えて、ああ、そうか、とオレは自分のためらっていることに気がつく。オレは真琴に好きだ、と伝えなければいけない。
やっぱり緊張してるんだな、オレ。こんな大切なことでさえ忘れていた。
今の状況は告白をするにはとてもいい状況なんじゃないだろうか。周りにはオレたちしかいない。
オレは真琴に気がつかれないくらいに小さく深呼吸をする。真琴に自分の気持ちを伝えるためにためらいを振り払う。そして、オレは前を向いたまま口を開いた。
「なあ、真琴」
予想していたよりもずっと真剣なオレの声音。
「な、なに?」
いきなりオレが真剣な声を出したのに戸惑っているような真琴の声。まあ、確かにそれもそうだよな。いきなり真剣な声を出されたりしたらオレでも戸惑ってしまう。何を言うんだろう、言われるんだろう、と思って。
「その、真琴と魅月どっちのことが好きなのかオレの中で、決まったんだ」
せっかくさっきまで真剣な声を出せていたのに恥ずかしがるような声になってしまう。
「そ、そうなんだ。それで、あたしと魅月、どっちを、選んだの?」
真琴の声は恥ずかしそうだった。けど、それでいて緊張もはらんでいる。
どんな表情を浮かべてるんだろうか、と思った。そういえば、真琴の緊張している顔は見たことがない。
真琴の顔を見たいと思った。けど、真琴のほうに顔を向けることが出来ない。
でも、だからといって真琴の方に顔を向けないわけにはいかない。オレの想いを伝えるなら顔をちゃんと見て伝えたかった。
オレは意を決して真琴のほうに顔を向ける。その途端に真琴と目が合った。
真琴はじっとオレの顔を見ていた。緊張しているような微かに頬が赤い顔を俺に向けて。
たぶん、オレが真琴を呼んだときから見ていたんだと思う。そう思うと、申し訳ない気持ちになった。
オレが真琴の顔を見たいって思ったのと同じで、真琴もオレの顔が見たいって思ってたはずなんだから。
まあ、いまはそんなことどうでもいい。そう思いながら真琴を見つめる。
「オレが好きなのは、真琴、お前だ」
オレが言えたのはそれだけだった。だけど、それを言っただけでもオレの心臓の鼓動はかなり早くなっている。
でも、なにか他の言葉で飾るよりも、こうやってなんの飾り気もなく言った方がいいのかもしれない。
だって、
「うん!あたしもだよ!」
真琴の言葉だって何の飾り気もなく真っ直ぐな言葉だったからそれでいいんじゃないのかってオレは思うことが出来た。
でも、そう思えたのも束の間でいきなり真琴に抱きつかれた。オレはもう真琴に抱きつかれるのは完全に慣れてしまったようだ。全然恥ずかしいと思えない。そのままオレは真琴を抱きしめる。
冷静な心のままで真琴の温もりを感じれる。恥ずかしいと思っていないぶん真琴と密着できてすごく嬉しいと思っている。
「もう、あたしが抱きついても涼樹は恥ずかしがらないんだ」
抱きついたまま上目遣いで聞いてくる。
「まあな、あんだけ抱きつかれてれば慣れるだろ」
「そっか。あたしを抱き返してくれるくらいに慣れてくれたんだ」
真琴は嬉しそうに笑った。
そういえば、今までオレは真琴に抱きつかれて抱き返したことがなかった。
「じゃあ、これからはあたしが抱きついたらちゃんと抱き返してくれるんだね」
「いや、さすがに、人前でやられたら困るぞ」
昨日の真琴を見る限りでは人前でも抱きついてきそうな気がする。駅前で、キス、してきたんだし……。
昨日のことを思い出していきなり恥ずかしくなってきた。
「涼樹、どうしたの?顔、赤くなってるよ」
オレの顔をよく見るためかオレの腕から抜けてオレの顔に顔を寄せてくる。
「な、なんでもない……」
真琴の顔が近くにあるせいで更に意識してしまう。声はたぶん裏返ってたと思う。
「あ……」
鼻がくっつくかくっつかないかのところで真琴が小さく声を漏らした。真琴もあのときのことを思い出したのかもしれない。
真琴の顔も赤くなり始めている。それに視線も泳ぎ始めて一点に定まっていない。
それでも、オレから離れない、というのは――――
「ねえ、キス、しても、いい、かな?」
恥ずかしそうに、一言一言を途切れさせながら聞いてきた。
やっぱりな、と思った。なんとなく、そうだろうな、と思ってた。
「そんなこと、聞かずに、昨日みたいに、いきなりやればいいだろ?」
素直に頷くのが恥ずかしくてついそんなことを言ってしまう。会話を長引かせれば長引かせるだけ恥ずかしくなるっていうのに。
「だ、だって、あたしが涼樹に押し付けるみたいで、いや、じゃん。どうせなら、涼樹にもしたい、って意識があるって、わかって、やりたいもん……」
もう恥ずかしさが限界に近いのか視線はほとんどオレからそれてしまっている。オレもこれ以上長引かせたら持ちそうにないので、
「わかった、キスしても、いいぞ」
それを言うのはとても恥ずかしかった。
真琴はオレからそらせていた視線をオレの方に向ける。それから、オレの首の後ろへとゆっくりと腕をまわす。
そして、しばしの逡巡。オレの心臓の鳴る速度が速くなっているのがわかる。それに、かなり密着しているので真琴の心臓の音までも聞こえてくる。
真琴も同様に心臓の鼓動が速くなっている。それが嬉しいような恥ずかしいような。そんな二つの感情が入り混じって―――――
オレたちはどちらからともなく唇を、重ねた。
昨日よりもずっと長い、だけど唇を重ねるだけのキス。昨日と同じで真琴の唇はやっぱり柔らかかった。そして、昨日とは違って真琴の息遣いがわかる。
自分の唇と真琴の唇が重なっている、というだけでかなり恥ずかしい。けど、同時にずっとこのままでいたような、そんな気持ちになる。
だからといって、本当にそうするわけにもいかずオレたちはゆっくりと唇を離していく。
「これで、二回目、だね」
真琴はオレの唇を指でなぞりながら微笑む。オレは真琴のその行動にどうしていいかわからなくなり、表情に見惚れてしまう。
「そろそろ、教室に戻ろっか」
「……そうだな」
そう言ってオレは真琴を放す。真琴を放すのが名残惜しい気がした。どうせならずっと真琴に触れていたい。
そう思いながらオレも真琴の隣に立ち上がる。そうしたら、真琴に手を握られた。昨日と同じように指の一本一本を絡ませる握り方で。
「やっぱり、涼樹と手をつないだら落ち着くね。好きな人と手をつなぐ、っていうのはすごく大切なことなんだよ、きっと」
真琴は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「そうだろうな。オレも、お前と手をつないで心が落ち着いてるのがわかる」
そう、真琴の言うとおりだ。好きな人と手をつなぐというのは大切なことだ。手をつないでどれだけ心が落ち着くかで自分が、相手がどれだけお互いのことを想っているのかわかるんだから。
「涼樹もあたしと手をつないだら落ち着くんだ。じゃあさ!これからは一緒にいるときは手をつないでていようよ」
「ああ」
オレの返事はそんなふうにすごく短かったけど、オレの想いはちゃんと伝わっているようだ。
「じゃあ、あたしたちだけの約束だよ」
そう言ってオレの手を握る手に力を入れた。
「……なんだか、道行く人たちに、あたしたちは恋人なんです!って言いたい気分だな。それがだめなら校庭の真ん中で叫びたいかも」
「はは、それ、いいかもな」
いつものオレだったら恥ずかしいからやめてくれ、とか言いそうだが今のオレは少しテンションが高くなっている。だから、真琴と同じで自分達が恋人なんだ、ってことを伝えたい気持ちになっている。
「じゃあ、やっちゃおっか」
「そうだな」
オレたちは顔を見合わせて校舎裏から離れて校庭に行くために走り出した。手はしっかりとつないだままで。