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第21話 前世の想い出

 気がつくと部屋の灯りよりも強い光がカーテンの隙間から差し込んできていた。考え事をしていたらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 あ、そういえば今日の準備してなかったな、と思いオレはベッドから抜け出す。それから今日の時間割を確認しつつ必要なものを鞄の中に詰めていく。今日はほとんど授業と呼べるようなものがない。

 鞄に物を詰めていくことによって、オレの中の高揚感が徐々に高まってくる。別に学校に行けるから、とかそういう類のものではない。

 真琴に会えるから、という気持ちがそうさせている。こんなに気持ちが弾んだのは二度あった人生の中でも初めてかもしれない。

 好きな人がいる、というのはこういうことなんだな、と思った。


「おはよう、涼樹」

 ちゃんと準備をして朝食を食べ終わって玄関から出た瞬間に声をかけてきたのは魅月だった。

「ああ、おはよう」

 昨日はオレと真琴から逃げるように帰って行った魅月だが今は特に変わった様子はないようだ。そのことにオレは少し安心する。

 魅月はオレのことをじーっ、と見つめているようだ。

「……なんだか、嬉しそうな表情をしてるわね」

 少し寂しそうな声音で小さく呟くように言った。

 魅月は寂しがっている。オレにしっかりと見てもらえないからだ。

「ごめん、魅月」

 気がつくとオレは反射的に魅月に謝っていた。

「え、な、なによ。いきなり」

 魅月はオレが何について謝ったのかわかっていないようで困惑しているようだ。だからオレは魅月に説明するように口を開く。

「お前が昨日逃げるように帰って行ったのはオレが真琴のことばかり見てて居心地が悪かったからなんだろ?」

「ええ、そうよ」

「だから、ごめん」

 オレたちは沈黙する。これ以上何と言って続ければいいのかオレにはわからない。

「……こんなところで立っててもしょうがないわ。学校、行きましょう?」

 先に口を開いたのは魅月だった。オレはそれに無言で頷く。

 オレも魅月も口を開かないまま歩いていく。

 周りには誰もいない。だから、聞こえるのはオレたちの足音だけ。

「……まさか、真琴にだけじゃなくて、涼樹にまで謝られるとはね」

 注意して聞かないと聞こえないような声で魅月は言った。

「真琴に、会ったのか?」

「ええ、今日の朝、駅で偶然ね。わたしに顔を合わせるなりいきなり謝ってきたわよ」

「それで真琴はどこにいるんだ?」

 言いながらオレは周りを見回して真琴の姿を探してみる。けれど、どこにもいなかった。

「真琴なら先に行ってもらったわよ。わたしが涼樹と二人っきりで話したいって言ったら快く、ね」

 なんだろう、魅月の醸し出しているこの雰囲気は。悲しそうな、何かを諦めているような、そんな雰囲気。

「オレと二人で話したいことって、なんだ?」

 魅月の雰囲気はオレと話す内容のせいなのかな、と思って聞いてみる。それに、魅月がオレと何を話したいのか、というのも気になる。

「わたしたちに関する話よ。……学校に遅刻したらいけないから歩きながら話しましょう?」

 確認を取るように聞いてきた。異論などあるはずがないのでオレは再度、無言で頷いて魅月の隣に並んだ。

 それから、オレたちは歩き始める。魅月は昨日のように腕を絡めたりはしてこなかった。そのことに少し違和感をあったが言うまでのことでもないだろう、とそのまま歩を進める。

 数歩進んだところで魅月が口を開く。

「涼樹はわたしと真琴。どちらを選ぶのか決めたのかしら?」

 それはオレが昨日、答えることが出来なかった質問だ。あの時はまだオレ自身どちらのことが好きなのかわからなかったから。

 でも、今ならしっかりと答えることが出来る。オレは真琴のことが好きだから。

「ああ、もう、決まってる」

 あえて、どちらが好き、とは言わなかった。どちらが好きなのか決まっている、それだけを伝えれば十分だと思った。

「そう、やっぱりね……」

 少しだけ沈んだ声だった。魅月はどちらが好きなのか気付いてるのか?

 それも、そうか。オレが自分で気がついたんじゃないか。オレが真琴の方ばかりを見ているから魅月はあのとき逃げるように帰って行ったんじゃないか、と。

「……まあ、本当はこんなこと聞きたくて二人になったんじゃないのよ」

 そう言った魅月の言葉の中には溜め息が混じっていたような気がした。

「わたしが、あなたを好きになった理由を話したいと思ったのよ。真琴が一緒にいたんじゃ話しにくいこともあるから」

 オレは、どうしよう、と思った。魅月のことを選ばなかったオレが好きになられた理由なんかを聞いていいんだろうか。

 魅月に失礼じゃないだろうか。そう思ったけれど、考える時間が長すぎた。聞く準備も出来ていないのに魅月が話し始めた。

「あなたに……ランティアに出会ったのはどんより曇った今にも雨が降りそうな日だったわよね」

 前世のことを語るからなのか魅月は話の中でオレの事を涼樹、ではなく、ランティア、と呼ぶ。

「初めてわたしを見たあなたはわたしに無関心だったわよね。わたしはそんなあなたに惹かれたの」

 魅月の言葉についていくようにオレも前世の記憶を呼び覚まし魅月――イリヤにあったときのことを思い浮かべる。

 確かに、魅月の言うとおりあのときの『俺』はイリヤに無関心だった。別にイリヤが大賢者の娘だということを知らなかったわけではない。

 そのことはイリヤのいたあの小さな村に入ったとたんに村の人たちから教えてもらっていた。

 畏怖や畏敬。そんな、イリヤを同じ人間として見ていないような感情を込めてであったけれど。

「大賢者の娘だったわたしは人よりも数倍、数十倍も魔力が高かったわ。だから、村の人たちからはいっつも怖がられて、変な期待をよせられていたわ。だから、わたしはあの村ではいつだって一人ぼっちだったわ」

 そういえば、初めてイリヤを見たとき彼女は一人で木の下に座っていた。どこか寂しそうな雰囲気をまとわせて。けど、そのときの『俺』はそんなイリヤを見てもなんの感慨も抱かなかった。

 ただ、魔王を倒して期待の目から逃れたい、としか思っていなかったから。

「そんなわたしだったからわたしに全然興味を持たなかったあなたにわたしは興味を持ったのよ。それで、わたしはあなたについていきたいって言ったわよね」

 懐かしそうに魅月は言う。

 オレは歩きながらそのときのことを思い出す。


『ねえ、あなた旅の人よね。わたし、イリヤっていうんだけど、あなたの旅についていってもいいかしら?』

『だめだ』

『なんでよ……。別についていくくらいいいじゃない』

『俺は勇者で魔王を倒しに行くんだよ。だから、お前はついてきても足手まといなだけだ』

『大丈夫。わたしは一応、大賢者の娘で魔法なら誰にも負けないと思ってるわよ』

『死ぬかもしれねえんだぞ。だから、ついてくんな』

『別に死んでもいいわよ。どうせ、こんな世界に生きていたって意味なんてないもの』

『それでもついてくんな』

『じゃあ、いいわ。勝手についていくわよ』

『はあ……。わかったよ。連れてってやるよ。勝手についてこられるってのも癪だからな』

『ありがとう、あなたの名前は?』

『俺の名前はランティアだ』

『よろしく、ランティア』


 『俺』とイリヤの出会いはこんな感じだった。だいぶ強引に『俺』の旅についてきた。

 けど、イリヤが強引だったのはこのときだけだった。このとき以外は消極的で『俺』の後についてきているだけのことが多かったような気がする。

「あなたはわたしと同等に接してくれたわ。わたしにとってはそれがすごく新鮮ですごく嬉しかったのよ。だから、わたしはあなたのことが好きになっちゃったの」

 魅月の好き、と言う言葉にオレはずきりとしたものを感じる。オレはその言葉を受け入れることが出来ないから。

「でも、あなたはわたしをちゃんと見てくれていなかった。何故ならあなたはわたし以外の人をずっと見ていたのだから。それがわたしの恋敵。あなたはそれが誰だかわかるかしら?」

 いきなり質問をされる。『俺』がずっと見ていたのは誰か、か。

 『俺』がずっと見ていたのは魔王だ。あのときは魔王さえ倒せればそれだけで言いと思っていた。だから、イリヤのことはちゃんと見てはいなかった。

 けれど、あのときの状態で魔王がイリヤの恋敵になどなるのだろうか。魔王が捕まっていてどのような状況になっていたか知っていればどうだかわからなかっただろう。けど、あのときの『俺』はそんなこと知らなかった。

 だからオレはこう言った。

「わからないな」

「それは、あなたが気がついてないだけよ。……わたしの恋敵は、魔王、だったのよ」

「そんなこと、あるはずないだろ?」

 そう、そんなことがあるはずがない、と今のオレと前世の『俺』が思った。

「まあ、確かに恋敵っていう表現はちょっと間違ってるかもしれないわ。けど、わたしの恋を邪魔した、という意味では魔王はわたしの恋敵よ」

「どういうことだよ」

 意味がわからない。なんで、魔王に恋を邪魔されたりするのだろうか。彼女は全然関係ないはずだ。

「言ったでしょ?あなたはわたしを見てくれていなかったって。あなたはずっと魔王のことを考えてたのよ」

 魅月の声音はどこか悲しげだった。

「……ごめん、イリヤ」

 立ち止まってオレはイリヤへの謝罪の言葉を口に出した。目の前にいる少女の前世に対する言葉だった。

「ふふ、別にいいのよ。あなたは自分の想いに素直になれば、いいのよ」

 オレの前で立ち止まった魅月の声は微かに震えていた。魅月はオレに背中を見せているので表情は見えない。

 オレは彼女の後姿を見ることしかできない。オレから声をかけるなんて、できなかった。

「ごめん、なさい、涼樹。先に、行っててくれるかし、ら」

 途切れ途切れな声に対してオレは、わかった、と呟くように言いオレは歩き始める。

 魅月の横を横切る瞬間にオレは魅月の表情を見ることができなかった。いや、できなかったんじゃない、オレ自身が見ないようにした。

 真琴を選んだオレに彼女の泣いた顔を見る権利なんて、ないと思ったから……。


 涼樹の足音が遠ざかっていく。これでわたしはもう絶対に涼樹に選ばれることはないんだろうな、と思った。

 ずっとずっと涼樹のことばかりを想っていたのに結局恋敵に取られてしまった。それも、前世の時と同じ相手に。

 でも、わたしの中に真琴を恨もうとか憎もうとか、そんな後ろめたい気持ちはなかった。

 魔王に会ったあのときから理解はしていたのかもしれない。彼はあの子に恋をしてしまうんだろうな、と。そして、わたしは彼には選ばれないんだろうな、と。

 けど、諦め切れなかったからわたしは彼の魂を追ってこの時代まで来てしまった。もしかしたら、もしかしたら、彼はあの子にじゃなくてわたしに振り向いてくれるんじゃないだろうか、って思って。

 でも、それは叶わなかった。彼はあの子を選んでしまった。そして、わたしは彼に選ばれなかった。

 はは、わたし、いったい、何してたんだろう。彼のことを追いかけたこと自体が間違いだったんじゃない。

 そう思うと自嘲の笑みがこぼれてくる。けど、それと一緒に涙まで溢れてきた。

 なんでわたしは泣いてるんだろうか。今はもう諦め切っていて悲しみすら感じないんじゃないだろうか。

 そこまで考えてわたしは思い出した。彼の暖かさを、彼の温もりを。

 柳川魅月、となったわたしは積極的に彼にくっついていた。だから、それらを感じ取ることが出来た。

 わたしは、もうそれに触れることが出来ないんだろうな、と思って悲しくなったんだ。

 ふふ、だめね、わたしって。

 そんなことを思いながらわたしは涙を流しながら空を見上げた。今日の天気は雲ひとつない快晴だ。

 悲しい気持ちを紛らわせるようにわたしはそんなことを思ってただただ、恋敵であるあの子が好きだと言っていた蒼い碧い空を見つめていた。

 そして、わたしはあの二人を祝福してあげよう、そう誓った。


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