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第19話 それは初めての……

 魅月がオレから離れてからは一言も言葉を交わさなかった。その間に駅に着いてしまっていた。

 真琴は口を開けない、というだけでそれほどこの沈黙した雰囲気を気にしていなかったようだった。途中で空を見上げて手を伸ばして嬉しそうな表情を浮かべていたから。

 けど、魅月は違った。始終なにかを考えるような表情を浮かべて今にも溜め息をついてしまいそうな表情を浮かべていた。溜め息をついたら雰囲気が更に悪くと思ったのか堪えているようではあったけど。

 とりあえず、別れる前に少し声をかけておこうと思いオレは口を開いた。

「なあ、魅月。大丈夫か?」

「ええ、大丈夫よ。ごめんなさいね、心配かけちゃって」

 そう言って魅月は走り出す。

「あ、おい、魅月!」

「魅月、どうしたの!」

 オレと真琴は魅月を呼び止めるためそう言った。

 オレは魅月のいきなりの行動に驚いていた。それは真琴も同じようだ。真琴の声には驚きが含まれていた。

「真琴、がんばんなさいよ」

 オレたちの声に反応してか立ち止まり振り返った魅月はそんなことを言った。

「え?」

 真琴は意味がわからなかったらしく呆けたように小さくそう呟いた。

「それじゃ、さよなら!」

 魅月は走り出してしまった。

 走り出すその瞬間に魅月の顔が見えたような気がした。その顔に浮かんでいたのは悲しさ、だったと思う。

 オレたちは呆けてその場で突っ立ったまま動けなかった。

 人々の喧騒が聞こえてくる。騒がしいはずなのにオレたちの周りだけはすごく静かになっているような気がした。

「そっか……」

 突然、真琴がぽつり、とそう言う。

「そうだったんだ」

 それは独り言のようでオレに何かを言うつもりのための言葉ではなかったようだ。自分に言い聞かせるようなその言葉ではオレに何も伝わってこない。

「何に、気付いたんだ?」

 おそらく、魅月のことだろうな、と思いつつオレは聞く。

「うん、魅月がね。走って行った理由がわかったんだ。魅月はあたしたちの近くにいづらかったんだと思う」

「どうしてだよ」

「それに気がつかないなんて涼樹、鈍感だね」

「それがわかってんなら教えてくれよ」

「だめだよ。こういうことは自分で考えないといけないんだよ」

 真琴は悪戯っぽくオレに笑いかけゆっくりと手を離しオレの正面に立つ。

「あたしも見送りはここまででいいよ。ありがとね、涼樹」

 そう言いながら真琴はオレに一歩近づく。

 なんだ?、と思ってオレより少し身長の低い真琴を見下ろしていると、いきなり首に両腕が回された。

 そして、そのままオレは真琴に引き寄せられて唇が重なった。真琴のやわらかい唇の感触が伝わってきて頭が瞬間的に沸騰する。思考は真っ白になりなにも考えられない。

 けど、二秒と経たないうちに唇は離れる。

「そ、それじゃあ、また、明日、ね」

 うまく呂律の回っていない口調でそう言うと真琴はこの場から逃げるように走っていってしまった。

 一瞬だけ見えた真琴の顔は真っ赤になっていた。たぶん、オレの顔もおんなじような感じになっているのかもしれない。

 そんなことを思いながら走っていく真琴の背中を呆けて見ていた。真琴の背中が見えなくなってオレはようやく我に返る。

 真琴はいきなりなんであんなことをしたんだ?今更のようにそんな疑問がオレの頭に浮かぶ。

 考えようとした。けど、考えようとすると必然的にあの瞬間を思い出してしまい恥ずかしくなってしまう。

 そういえば、さっきから異常な速さで心臓が脈打っている。それに、心もまったく落ち着かず、真琴のことを考えるだけでさらに落ち着きをなくす。

 あの瞬間にオレの心はかき乱された。しかも、それは今も持続的に続いていてオレの心は苛まれている。

 苛まれている?いや、そうじゃない。苛まれているにしては嫌な気持ちはひとつも浮かばない。

 なんだか、心地よさを感じる。これはなんだろうか。何かはわからないけど手放したくはない。

 落ち着かない心でそう考えながらオレは自分の家へと向かった。


 ガタンガタン、と電車が揺れる。今はちょうど帰る人が多いのか電車の中はほぼ満員だ。

 座るところがなかったのであたしは扉の近くに立っている。こちらの扉はこの車線では開かない。

 あたしは扉のガラスにうつった自分の顔を見てみる。そこにうつっているあたしの顔は赤くなっていた。

 ガラスにうつった顔でも赤くなっているのがわかるってことは相当赤くなってるってことだ。そのことを意識するとすっごく恥ずかしくなった。

 さっきあたしは勢いで涼樹にキスをしてしまった。

 どうしてあたしはあんなことをしてしまったんだろうか。

 そうだ。魅月に、頑張りなさいよ、って言われて本当に頑張らないと、って思ってしまったんだ。

 魅月はあたしが涼樹に近づきすぎてその場にいづらくなったんだと思う。物理的な距離が近いだけなら魅月は離れていなかったと思う。だって、魅月と出会ってからあたしは涼樹にくっついてたんだから。

 だから、あたしは物理的な距離ではなく精神的な距離で近かった。そのせいで魅月はいづらくなってしまったんだ。

 確かにあの時は涼樹の心を近くで感じられたような気がした。手をつないでる時、あたしが涼樹に一方的にくっついているときよりも幸せな気持ちになれた。

 そのときのあたしはそのせいで魅月に悲しい思いをさせてしまった。魅月には謝りたい。

 それに、魅月はあたしに頑張れ、と言ってくれた。だったら、あたしは涼樹を振り向かせるために頑張らなくてはいけない。そのためにやったのがさっきの涼樹に対するキスだった。

 本当はほっぺたにやろうかな、って思ってた。けど、涼樹の顔を引き寄せた勢いで唇にキスをしてしまった。

 あれが、あたしのファーストキスだった。涼樹はどうなのかな?

 たぶん、涼樹もファーストキスなんじゃないかな、って思う。だって、今日涼樹に、今まで彼女がいたことがある?、って聞いたら、ない、って言ったから。

 あたしが涼樹の初めてのキスの相手だとしたら嬉しいな。たった一度しかないキスを涼樹からもらって涼樹にあげたんだから。

 ふと、扉のガラスにうつったあたしの顔が目に入った。

 そこにいたあたしは幸せそうに笑ってた。恋が自分の思ったとおりになったらこんなに幸せな気持ちになれるんだ、と思いながらあたしは扉のガラスのあたしをずっと見ていた。


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