第18話 二人が思うこと
あたしたちの周りはいま沈黙が支配してる。
魅月が原因でこうなったんだと思うけど別にあたしは魅月を責めようとは思わない。この沈黙のせいで涼樹に話しかけにくいっていうのはあるけど、魅月はあたしを気遣ってくれたんだ。それなのに責めたら魅月が可哀想すぎる。
それに、涼樹の手を握ってたらそんな思いはどこかに飛んでいっちゃう。
今日、涼樹の家でいろいろ質問しているときに聞いたんだけど、涼樹は剣道とか合気道とかなどという武術を習っているらしい。
だからだろうか。涼樹の手は力強い。それに暖かくって、安心できる。
あたしが涼樹たちに言ったような不安なんてちっぽけなもののように思える。
ううん、所詮あたしが二人に言った不安なんて本当に小さなものなんだ。だって、あたしが勝手に想像して、勝手に不安に思っちゃったことなんだから。
でも、涼樹の言葉は嬉しかった。あたしが実感していることを言ってもいないのに代弁してくれたんだから。あたしの大好きな人が言ってくれたんだから。それが嬉しくないはずがない。
あたしはもう一度、空を見上げる。
駅の周りは住宅街よりも光の数が多いようなので見える星の数が少なくなっている。でも、やっぱり星の見える空は綺麗だ。
あたしは涼樹と手を握っていないほうの腕をまた空に向けて伸ばした。そして、空をつかむように手を閉じた。
でも、やっぱり手に伝わってくるのはあたしの手の感触だけで空に触れることは出来なかった。
だけど、あたしはそれで残念だと思わなかったし、不安にもならなかった。
涼樹の手はあたしの手とつながっててちゃんと存在してるんだって実感しているから。これ以上にあたしを安心させてくれるものなんてないと思う。
そんなことを思いながらあたしは涼樹に少しだけ体を寄せてみた。
涼樹たちが黙ってから数分が経った。そうなってしまった原因であるわたしはとても居心地が悪い。
どうして、あんな言い方をしてしまったんだろう。あんな言い方をすればその場の雰囲気が悪くなってしまうのはわかってるのに。でも、わたしはああ言ってでしか涼樹から離れられなかった。
涼樹が真琴と手をつないでいるのを見ると彼の隣の居心地は悪くなってしまった。
真琴と手をつないだ涼樹の隣にわたしの居場所はなかった。あの時、涼樹は真琴しか見ていなかった。
涼樹は真琴に惹かれている。たぶん、本人は気付いていないだろうけどずっと隣にいるわたしにはわかる。
もうわたしには振り向いてくれないんだな、と思ったら急に悲しくなった。そして、それと同時に溜め息をつきたくなる。
だけど、それをしてはだめだ。さらにこの場の雰囲気が悪くなってしまう。だから、わたしは溜め息を無理やりに飲み込んだ。
それからわたしは上を見上げてみた。
視界に入ってきたのは真っ黒な空といくつかの星々。
真琴は好きな空をつかむことができないから、さわることができないから不安になった、と言った。大好きな涼樹は遠くの存在でさわることができないんじゃないんだろうかって。
わたしは近くにいるのに涼樹に触れることが出来ない。いつの間にか涼樹は近くて遠い存在となってしまっていた。
なんとなく、真琴がどんな心境でああ言ったのかわかったような気がした。ただ、真琴はただ単に不安だっただけで本当にそうだったわけじゃない。けど、わたしはそれが現実になっている。
絶望しているのかもしれない。涼樹がもうわたしのほうに振り向いてくれないってことに。
でも、心のどこかでいつかこういうふうに実感することがあるんじゃないだろうかって思ってた。わたしが涼樹と再会したときにはもう真琴に心を奪われつつあるんだろうなってわかってたから。
わたしはそれを認めたくなかった。だって、わたしのこの恋心は前世のころから持っていたものだから。でも、それは真琴だって同じはずだ。
だから、わたしと真琴の恋の勝負は互角のはずだった。じゃあ、なにが涼樹を惹きつけたのか。それは個性、なんだと思う。真琴のそれはわたしもうらやむくらいに真っ直ぐで綺麗だ。涼樹への近寄り方もとても素直で自然だった。
わたしも涼樹には何度も近寄っていた。けど、真琴のような素直さはなかった。ただ、涼樹を振り向かせたくてそうしていた。
そこまで考えると真琴が最初に涼樹に接触したってことを差し引いてもわたしに勝ち目はなかったんだなって思える。
そして、それと同時に真琴になら涼樹を渡してもいいか、と思える。真琴ならきっと涼樹のいいパートナーとなれるはずだ。
そう思ったら簡単に涼樹のことに諦めがついた。でも、涼樹本人がどちらに決めたのかを聞くまでは傍にいようと思った。本人の口から真琴を選んだ、と聞くのは怖いけれどちゃんと聞かなければいけないような気がした。
それが、好きな人から最後に聞ける本当の想い、だと思ったから。
でも、こんなふうに思ってるってことは諦め切れてないってことかしら、とも思った。