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第16話 帰り際

「バイバイ、涼樹。また、明日学校で!」

 玄関で靴を履いた真琴は小さく手を振りながら扉を開けて外に出ていこうとする。

 いつの間にか時刻は七時になっていて辺りは暗くなっている。

「ちょっと待ちなさいよ、真琴。どうせ、同じ駅で電車に乗るなら一緒に行きましょう」

 魅月はそう言いながら立ち上がる。彼女は今の今まで履いた靴の紐を結んでいた。

「うん、そうだね」

 真琴は頷くと扉を開けたまま止まる。

「じゃあ、さようなら、涼樹。また明日学校で会いましょうね」

「ああ、二人とも気をつけて帰れよな」

 オレがそう言うと、二人は笑顔になり小さく手を振ってくれた。なんだか、真琴と魅月のピリピリした感じがなくなったせいか少し恥ずかしく感じる。

「あらー、二人とも帰るのかしらー?」

 オレがそんなことを思っていると背後から母さんの声が聞こえてきた。たぶん、玄関からのオレたちの声が聞こえたから真琴と魅月を見送りに来たんだと思う。

「沙耶さん、今日はありがとね」

「ごめんなさい。わたしたち沙耶さんに迷惑をかけたかもしれないわ」

 二人とも母さんに敬語を使わなくなっている。これは母さん本人が食事中に、私と話すときは敬語を使わないで、と二人に言っていたからだ。

 そう言われたその直後は二人の話し方にぎこちなさがあったがすぐに二人は馴染んでしまった。たぶん、母さんがああいう性格だから親しみやすかったんだと思う。

 そういうわけで、真琴と魅月はオレの母さんと気楽に話せるようになっている。

「いいわよー、そんなことー。涼樹に女の子の友達なんて今までいなかったから若い女の子と話す機会なんてなかったのよー。だから私は楽しかったわよー」

 母さんは本当に楽しかった、というふうに笑っている。

「へえ、そうなんだ。涼樹、今まで女の子の友達、いなかったんだ」

「ということは、涼樹を取る可能性が高いのは私を除いてあなただけ、ということね」

「そういうことになるね。……涼樹は、誰にも渡さないよ」

 そう言って真琴と魅月は向かい合う。ここにも二人の仲の変化がわかることがあらわれていた。二人は睨み合っているのではなく、見つめ合っているだけだった。

 純粋な敵に向かい合うのではなく、競うべき相手、ライバルと向き合うかのように。

「ふふ、涼樹ほんとに早くどっちが好きなのか決めてあげるのよー」

 母さんはオレにだけ聞こえるような声でそう言った。オレはどう答えていいかわからず何も言わなかった。

「そうだわー。涼樹、二人を途中まで送ってあげたらどうかしらー?女の子だけじゃ危ないでしょー?」

 オレが何も答えなかったことは気にしていないようだ。その代わりに別のことを聞かれた、というよりも提案された。

 でも、そのことに関して異論はなかった。確かに女の子が二人だけで出歩くには少々危険な時間かもしれない。

「それもそうだな。じゃあ、お前ら二人、駅まで送ってやるよ」

 オレはそう言いながら靴を履く。一番取りやすい位置にあった学校指定の靴を履く。まだ制服を着たままだったので一番無難な選択だったと思う。

「え?涼樹、ついてきてくれるの?」

 魅月と見つめ合っていた真琴はオレの方を向いてきた。

「ああ、お前ら二人だけで帰るとなると危ないだろ?」

「涼樹、あたしたちのこと心配してくれてるんだ。ありがとっ!」

 そう言って真琴が抱きついてきた。どうやら、この一日で抱きつき癖がついてしまったようだ。たぶん明日はこれが原因で目立つんだろうな、とぼんやり考える。

 オレもオレでこいつに抱きつかれるのは慣れてしまったようだ。オレ自身が驚くほどに全然動揺していない。

「真琴っ!なにあんただけ涼樹にくっついてるのよ!」

 魅月も真琴に対抗するかのようにオレの腕に腕を絡めてくる。これも同様に慣れてしまっている。

「ほんと、楽しい光景ねー。仲がよすぎてちょっと妬けるけど、見てて飽きないわー」

「……オレは大変なんだけど」

 母さんの言葉にオレはそう返した。

 慣れている、というのは精神的にであって体力的にはまだまだ慣れていない。だから、オレはかなり疲れている。

「二人とも、早く行くぞ」

「うん、そうだね。でも、ちょっと待って」

 真琴は一度オレからゆっくり離れて、

「……よしっ!行こう!」

 魅月と同じように腕を絡めてきた。真琴の顔を見てみるとすごく嬉しそうに笑っていた。

 オレは思わず真琴の表情に見惚れてしまった。けれど、すぐにはっと我に返って前を向く。

「涼樹、どうしたの?」

 オレの視線に気がついたのか、それともオレが少し不審な動きをしたと思ったのか少し不思議そうにそう聞かれた。

 正直に、真琴の嬉しそうな顔に見惚れた、とは言えないので、

「いや、なんでもない」

 と答えた。真琴は、そっか、と言うだけで納得はしてくれたようだった。

「……じゃあ、母さん。行ってくる」

「ええ、気をつけていってくるのよー」

「ああ、わかってる」

 そう言ってオレたち家から出た。

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