第15話 出会えた理由
食事を食べ終え、母さんの片づけを手伝った後オレたちはオレの部屋へと戻ってきた。
「ミ〜」
部屋に入ったとたんにネーラの声が聞こえてきた。その声には少し力がない。
「ご、ごめん、ネーラ。すっかり忘れたよ。……はい、どうぞ」
真琴はオレのベッドの上に座り鞄の中から携帯食を取り出すと袋を開けネーラに差し出した。
「ミー!」
嬉しそうな声をあげて真琴の差し出した携帯食にかぶりつく。オレはそれを見ながら真琴の隣に座る。
「いっつもそんなもの持ち歩いてるのか?」
気になったので聞いてみる。
「うん。ネーラがお腹すいたらいけないと思って毎日持ち歩いてるんだよ」
「それって、ネーラについてきてもいいって言ってるのと同じじゃないか?」
確か、真琴はいつもネーラに家で留守番しているように、と言っていると聞いた気がする。
「うー、それはそうだけど、ネーラがついてこなかったことなんて一度もないんだよ。それに、お腹すいてるっていうのを無視したら怒るし」
「だったら、外に出れないようにどっかに閉じ込めておけばいいんじゃないかしら?」
魅月がさり気なく会話に加わってくる。いつの間にか魅月はオレの隣に座っていた。
「ネーラが可哀想だから嫌だよ。それに……」
そこでいったん言葉を切ると真琴の表情は少し暗いものとなる。
「ネーラたちはあたしが勝手に生み出した生命なんだよ。だから、これ以上あたしの勝手にはつき合わせたくないよ。ネーラたちには自由に生きてほしいよ」
真琴はネーラの頭を優しく撫でる。「ミー」と甘えたような声を出してネーラは真琴に体を寄せる。
責任感が強い、というのとは違う気がする。だって、真琴の瞳はどこか物悲しさを秘めているから。
「あたしみたいに、一箇所に縛られたまま外の世界も知らないで終わってほしくないんだ。それは、すっごく悲しいことだから……」
そういえば、そうだった。真琴は自分の部下――いや、自分の創り出した魔物に捕らえられ閉じ込められていた。だから、外の世界を見ることができず、自由に動くことの出来ない苦しさを知っているのだろう。そして、ネーラにその苦しみを味あわせたくない、と思っている。
「そうか、真琴は優しいんだな」
表面上の言葉なんかではない。本当に心の底からそう思った。
「ううん、そんなことないよ」
けど、真琴はオレのそんな言葉を首を横に振って否定する。
「結局はネーラたちが可愛いからなんだよね。こういうのを親バカっていうのかな?」
そう言った彼女の顔は笑顔だった。少し照れくさそうだったけれど。
「あー、まあ、そういうことになるんじゃないのか?」
真琴の少し照れくさそうな笑顔を真っ直ぐに見るのが何となく恥ずかしくて少し顔をそらしながら言う。
「真琴、何よそれ。せっかく、ちょっと感動しながら聞いてあげてたのに一番の理由はそれなの?なんか真面目に聞いて損した気分だわ」
「んー、ごめん。でもさ、聞いてたのは魅月なんだからあたし、別に悪くないよね?」
「ええ、そうよ。わたしは謝れ、なんて一言も言ってないわ」
真琴と魅月は食事の間に打ち解けあったらしく仲のよさそうな雰囲気が二人の間には流れている。
恋敵とは仲良くなれない、みたいな先入観がオレの中にはあったからそのことは少し意外だった。
「そうだ。今から、それぞれのことについて何か質問していこうよ」
「あ、それいいわね。涼樹のことをたくさん知れるかもしれないわ」
自己紹介のときにお馴染みの質問タイム、というものか。少し子どもっぽいような気もしたが、まあいいか、と思い直す。どうせ他にすることは思い浮かばないから。
「じゃあ、まずは涼樹から!あたしたちに何か聞きたいことある?」
いきなり指名されてしまった。なにを質問するか考えていなかったのですぐには答えれなかった。
けど、少し考えてからすぐに聞きたいことが思い浮かんできた。
「お前らってオレに会う前からオレがあの高校に入学することがわかってたのか?それと、なんでオレが前世の記憶を受け継いでるってことを知ってたんだ?」
オレと真琴と魅月の出会いは偶然と呼ぶには不自然な部分が多くあった。
「今更それを聞くの?ちょっと遅いんじゃないかしら?」
「仕方ないだろ。二人に引っ張られて聞く暇がなかったんだよ」
しかもそのせいで今の今まで忘れていた、ということまでは言わない。
「まあ、いいわよ。教えてあげるわ。なんていったって涼樹の質問だもの」
呆れていたような声だったはずなのにもう嬉しそうな声に変わっている。
「簡単に言うとあなたの魔力を追ってきたのよ」
「魔力、ってわかるもんなのか?今でも」
オレは今の自分になってから魔法は使えなくなり魔力も感じられない。そもそも、今の世界に魔力があるんだろうか。
「わかるわよ。今の涼樹はわかんないみたいけれど」
たぶん、前世でかなりの魔力を持ってたからそれも受け継がれたんだろうな、と思う。
「あたしも魅月とおんなじ。涼樹の魔力を追ってきたんだよ」
よく考えてみれば、真琴は魔物を創り出すことが出来る、と言っていた。それ自体がまだこの世界には魔力があるっていう証明になる。
と、そこまで考えてオレの質問に全て答えてもらっていない、ということに気がつく。
「オレがあの高校に入学するのを知っていたのか、っていう質問に答えてもらってないんだけど」
オレがそう言うと、
「勘だよ」「勘よ」
重なった二人の声が返ってきた。
「はい?」
思わず間抜けな声を出してしまった。まさか、勘、という言葉が出てくるとは思わなかったから。
「さすがに魔力だけじゃ涼樹がどこの高校に通うかなんてわからないわ」
「だから、あたしは涼樹が住んでいる場所から一番近い高校に来るだろうってほとんど何の根拠もなく予想してあの高校に通ったんだよ」
「わたしも同じだわ」
申し合わせたかのように交互に説明をする二人。
「じゃあ、オレが真琴と魅月と会えたのは偶然ってことになるのか?」
「うん、涼樹が違う高校に通ってたらたぶん会えなかったと思うよ」
「真琴が門の前できょろきょろしてたのはどういうことなんだよ。オレがあの高校に通うってとっくにわかってたんじゃないのか?」
「ううん、涼樹の魔力が近づいてくるのがわかったから涼樹のことを探してだけだよ」
どうやら、オレが偶然ではない、と思っていたことは少し偶然とは違うことがあったが根本的なところは偶然でしかなかった。
「わたしだってあの時受け付けをしていなかったら涼樹のことを探しに行ってたわよ」
残念そうな口調で魅月は言う。でも、本当に残念、という感じはしなかった。
「……まあ、でも涼樹に会えたんだからそれでいいのよね」
「そうそう、もしかしたら会えなかったかもしれないんだから」
真琴がいきなり俺の腕に抱きついてきた。
「涼樹と会えたのは偶然なのかもしれないけど、あたしは運命だったのかもって思ってるよ」
「ふふ、そうかもしれないわね。もしかしたら、わたしたちは涼樹がいる場所とは全然違うすごい遠い場所に生まれ変わって涼樹に会えなかったのかもしれないのよ。そう考えると、会えるくらいに近くにいるっていうのは運命だと思うわよ」
魅月はオレの肩に頭を乗せて寄り添ってくる。二人の仲があまりよくなかったときに比べてお互いにそれほどオレにアピールをせずただ、近づこうとだけしてくる。
そのことがオレの心臓が脈打つ速さを速くする。二人にくっつかれることに慣れたと思っていたが二人の行動が少し変わっただけで慣れなんてものが吹き飛んだ。
このまま二人にくっつかれていたらおかしくなってしまいそうな気がしてオレは適当に何かを言おうと口を開く。
「あ、……っと、お前ら、もう質問するのはやめたのか?」
「そういえばまだ涼樹しか質問してなかったよね」
「だったら、続き、しましょうか」
真琴と魅月はそう言ってオレからゆっくりと離れてくれた。
オレは自分を落ち着かせるために二人に気がつかれないように深呼吸をする。それだけでいくらか気持ちが落ち着く。
「じゃあ、次はあたしが質問するね」
こうして、質問タイムは再開された。