第12話 部屋に招いて
「さっ、涼樹の部屋を物色するわよ」
オレの部屋に入った途端に魅月はそんなことを言い出した。少しテンションが上がっているような気がする。
真琴も魅月も昼ごはんは外で食べる、とそれぞれの家に連絡した。二人は昼食の時間になるまでの間オレの部屋にいることになる。
「別にいいけど、散らかすなよ」
見られて困るものがあるわけでもないのでそう言いながらオレはベッドに腰掛ける。真琴は少し躊躇してからオレの隣に腰掛けた。それから、真琴は鞄を開ける。
「ミ〜」
鞄の中からネーラが疲れたような声を出しながら出てくる。
「ごめんね、ネーラ。でも、ネーラが外にいると目立つんだよ」
「ミー」
「鞄の中に入れられたくないんならあたしについてこなかったらいいじゃん」
「ミーミー」
ネーラは首を左右にふるふる、と振る。
「寂しいのも嫌なんだ。ネーラ、わがままだね」
そう言って、真琴はネーラの頭を撫でる。
「真琴ってネーラの言葉がわかるのか?」
ふと、疑問に思ったので聞いてみる。最初に真琴がネーラと話していた時はそれほど疑問に思っていなかったことだ。こうやって暇なことがあると別のときにはどうでもいいって思ってたことでも聞きたくなる。
「うん。わかるよ」
「へえ、そうなのか。だったら動物の言葉とかは?」
「動物の言葉はなんとなくならわかるよ。……それが、どうかしたの?」
真琴はなんでそんなことを聞くのか、と少し不思議そうに首を傾げる。
「いや、ただ気になっただけだ。お前らの会話って真琴の一方通行になってるように見えないからな」
「涼樹、ちゃんとあたしのこと、見てくれてるんだ」
嬉しそうに真琴は言った。顔は微かに朱に染まっている。
「そういうことに、なるの、か?」
よくわからないのでオレは曖昧にそう言う。
「うん!だって、冗談でも言葉がわかるの?って聞いてきた人いないもん」
弾んだ声で、本当にすごく嬉しそうな表情を浮かべて真琴は言った。
ちゃんと見ている、か。そういえば、全然意識していなかったが真琴に出会ってからずっと真琴のことを見ていたような気がする。
でも、よく考えてみれば周りに真琴以外に人がいなかったような気がする。教室では勘違いをした出会ったばかりのクラスメイト達が距離をとっていたから。
だから、オレは真琴を見ることしかできなかった。
けど、魅月がいるときはどうだっただろうか。じっくりと思い出してみる。
真琴の方ばかりを見ていたような気がする。どういうこと、なんだろうか。自分のことなのにわからない。
「涼樹、なに、考えてるの?」
真琴がネーラを抱きかかえてオレの顔を下のほうから覗いてきた。考え事に集中していたオレは少しびっくりしたがそれを表に出さないようにして答える。
「今日あったことを思い出してた」
今日あったこと、それは高校の入学式。けど、オレはそれについてはほとんど覚えていない。
覚えているのは魔王――真琴とイリヤ――魅月に出会ったこと。それはオレと同じように前世の記憶を受け継いでいる人。
そして、そんな二人にいきなり告白されたこと。そのせいで今日はどたばたした感じになってしまった。いや、まだ今日は半日以上ある。だから、更にどたばたした感じになるかもしれない。
「そうなんだ。今日はまだまだ終わらないけど、涼樹は今日あったことで何が一番思い出に残ってるの?」
「そうだな。真琴と魅月、その二人と関われたことかな」
「むう、あたしだけで十分なのに」
魅月の名前がオレの口から出てきたことが不満なのか真琴は頬を膨らませながら子どもっぽくそう言う。
「あたしは、涼樹と会えたことが今日一番の思い出だよっ!」
けど、不満そうな顔も一瞬で笑顔に変わった。オレはその笑顔に見惚れてしまうが、
「あ!真琴、何勝手に涼樹といい雰囲気作ってるのよ!」
今までオレの部屋を物色していた魅月が驚きと怒りを混ぜたようにそう言う。真琴の顔に見惚れてしまっていたオレはその声に驚いてしまう。
「だって、魅月が涼樹の部屋の物色を勝手に始めたんでしょ?だから、その間に涼樹とお話でもしてようかな、って思っただけだよ」
「あ、ああ、そうなの。涼樹の部屋に入ったからちょっと興奮しすぎちゃったのかしら?涼樹と話をしようって気にならなかったのよ」
なんだか、魅月の言っていることはオレたちへ向けてではなく魅月自身に向けられているような気がする。
「それよりも、涼樹。あなたの本棚、歴史関係の本がいっぱいあったけれど、歴史を調べるのが好きなのかしら?」
そう言いながら魅月はオレの部屋にある本棚を指差す。真琴は立ち上がると本棚の方に近づいて本棚を確認していく。
真琴は本を一冊取りぱらぱらとめくる。それからすぐに本棚へと戻す。そんな作業を真琴は繰り返す。ネーラはそれを後ろから眺めている。
そこまで見てからオレは魅月の質問に答えようと魅月の方を見たら、なんだか不満そうに口を尖らせていた。
「ど、どうしたんだ?」
魅月が不満そうにしている理由がわからずオレは戸惑ってしまう。無意識のうちになにか、悪いことをしてしまっただろうか?
「なんで、涼樹は真琴の方ばっかり見てるのよ!わたしが本棚を見てるときは全然見てなかったじゃない!」
そう言われれば部屋に入って魅月が物色を始めてから一度も魅月の方を見てなかった。それに、さっきだって魅月ではなく真琴の方を見ていた。
「ああ、えっと……ごめん?」
オレはなんと言っていいかわからず半疑問系で謝ってしまう。
「なんか微妙な謝り方ね」
自分でもそう思ってるから何も言い返せない。
「まあ、いいわ。こんなことを言ってる間にも今の涼樹を知ることをしないといけないわ」
魅月は自分に言い聞かせるように言う。魅月は自分に何かを言い聞かせるときに声に出してしまうタイプの人なんだろうか。
「と、いうわけで、なんで涼樹の本棚には歴史関係の本がたくさんあるのかしら?」
気を取り直すように魅月は先ほどと同じ質問を口にした。
「前世のオレ達が生きていたのは何年前なのかって気になってそれを調べるために歴史関係の本をあるめたんだ」
「そうなの?でも、なんで何年前のことなのか調べる気なんかになったのよ」
「ただ、単に興味を持っただけだ。だって、生まれ変わってみたらオレ達が知ってるのとは全然違う世界になってるから、オレはどれくらい時間を越えてきたんだろうって気になったんだ」
オレはどれくらいの年月を越えてきたのか知りたいと思った。オレが魔王を殺した直後に全ての魔物が消え去っていたとも限らない。
「それで、何年前のことかわかったのかしら?」
「いや、わからないな。学校とかで習ってるのと同じ、まったくそういうことに関して書かれた資料がない」
そう、どれほどの歴史関係の本を集めようとも、昔、魔物がいた、とか、魔法があった、とかそういった記述がどこにもされていない。
はっきり言ってお手上げだった。参考になるか、と思い遺跡などの本も何冊かあるが参考にはならなかった。
「誰かが意図的に隠したのかしら?」
「ああ、そうだろうな。そうじゃなかったらここまで調べてわからないってことはないはずだ」
でも、本当は誰かが隠しているっていうだけでは説明できないことがいろいろある。
たとえば、武器。昔の剣や槍の類は見付かっている。けど、これでは前世のオレ達の世界の物なのかは検討できない。だから、オレは魔法使いが使っていた杖を探してみることにした。古代遺跡関連の展覧会などに行って。
ちなみに、魔法使いが使っていた杖は先端に魔力を増幅するための宝石が取り付けられている。ルビーとかエメラルドとか。
そういった感じの杖を探したが一本も見付からなかった。杖は剣や槍などと同じ数くらい普及していた。それが見付からないというのもおかしな話だ。
もし、情報が隠されているとしよう。けど、限界はある。そういう、歴史の隠し事は時が経つにつれて廃れていきいつか表に出ていくものだ。
「誰かが隠したんじゃないよ。消されたんだよ」
つらつらと考え事をしていたら今まで本棚の方を見ていたはずの真琴がいきなりそんなことを言った。
「強大な魔力が干渉したことによって少なからず魔力の影響を受けた者、そう、人間と魔物、が消滅した。そして、人間と魔物が干渉したものも一緒に、ね」
そんなことを言いながら真琴がオレ達の方へと近づいてくる。真琴の口調は今までに聞いたことがないくらいに真面目な声だ。
「さて、そんな強大な魔力を発生させたのは誰でしょう」
真琴は悲しげな微笑みを浮かべる。けど、それはいつも夢の中で見るように儚げではなく何かを悔やんでいるようなものだった。
「真琴、何か知ってるのか?」
「うん、あたしが誰よりも詳しいと思うよ。……だって、たぶんあたしが引き起こしたことなんだから」
「は?」「え?」
オレと魅月の驚きの声が重なる。真琴が何を言ったのか理解ができなかった。だって、あまりにも唐突過ぎたから。