第10話 三人での帰り道
つい十分ほど前のことを思い出していたらまたまた溜め息が出てきてしまった。この溜め息は今日で何回目の溜め息だろうか。
「涼樹、また、溜め息ついてるよ。本当に大丈夫なの?本当はすっごく疲れてるんじゃないの?」
真琴がオレの腕にしがみついたまま心配そうに覗き込んでくる。
「それは、あなたがくっついてるからじゃないかしら?」
「ひっどーい!それに、それを言ったら魅月だって同じだよ!」
「わたしは大丈夫なのよ。わたしは涼樹のことが好きだからそんなことないもの!」
「だったら、魅月以上に涼樹のことが大好きだからあたしのほうが大丈夫だよ!」
二人は大声でオレのことが好きだとか言う。ただでさえ女の子二人にしがみつかれて注目を浴びているというのに更に注目を浴びてしまう。
「お願いだから、大声出すのはやめてくれ」
それだけで、二人は静かになった。しかも、二人は今頃周囲の視線に気がついたらしく恥ずかしそうに顔を俯かせる。
それなのにオレから離れないってのはどうなんだろうか。それとも、これがこいつらなりの意地なのか?
「そういえば、お前らってどこに住んでるんだ?」
この場の雰囲気を変えようと思いそう聞いてみる。
「八重代町だよ」
「桓武町よ」
二人はほとんど同時に答えた。確かどっちも隣町のはずだ。
「どっちとも歩いてくるには遠いよな。やっぱり、二人とも電車で来てるんだよな?」
鏡峰高校はここ、天津市のほぼ中央に位置する。なので隣町の端のほうに住んでいたとしても十キロメートルほどの距離がある。それを毎朝歩いて来るというのは無理があるだろう。だから、オレは二人は電車で来ているものだと思った。
「ええ、そうよ」
「うん、あたしも電車で来てるよ」
そこは予想通りの答えだった。でも、オレはだからこそ聞いていた。
「お前ら、どこまでついてくる気だよ」
駅へと続く道はさきほど通り過ぎた。前にのびるのは住宅街へと続く道だけ。オレはこのまま進めばいいのだがこの二人はそういうわけにはいかないだろう。
「あ、もう駅に行く道、過ぎちゃってるんだ。……ついでだから涼樹の家までついてくよ」
「だったらわたしは涼樹の家の中までついていくわ」
「そ、それじゃあ、あたしは……涼樹の家に泊まる!」
そんなこと大声で言うな!、そう言おうと思って真琴の方を見たら真琴が顔を真っ赤にしてこっちを見ていた。こっちを見ている瞳は微かに潤んでいる。
そういう真琴の表情を見ているとこちらまで恥ずかしくなってきてしまう。オレにくっつこうと必死になっててもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいんだな、と思ってしまう。
「りょ、涼樹、み、みつめられると、恥ずかしいん……だけど……」
真琴は消え入りそうなほど小さな声でそう言いながら顔を俯かせる。
「ご、ごめん」
何故かオレは謝り慌てて真琴の方から視線をそらし全く関係のない方向を見る。
沈黙が訪れると思った。けれど、
「なーにわたしを一人おいていい雰囲気になってるのよ」
どすの利いた声がオレ達に沈黙が訪れる前に割り込んできた。
「うわっ!び、びっくりさせるなよ」
割り込んできた声にオレは驚いてしまう。真琴が驚いていた、というのもわかった。オレの腕にしがみつく真琴が一瞬震えたのを感じたから。
「まーこーとー、涼樹の心を掴むのはわたしなのよ。だから、あなたは涼樹と見つめ合っちゃだめなのよ!」
最初は恨みがましく真琴の名前を呼び、最後の方は少し強い口調で真琴に命令をしていた。オレはちら、と魅月の表情を見てみた。怒っている、という感じではないが悔しがっているような感じだった。真琴のことを半目で見ていた。
対して真琴は魅月に何かを言い返す余裕もないようで俯いていたままだった。多分、口をひらくのでさえ恥ずかしいんだと思う。
まあ、オレも似たような状態だ。真琴のほうをしっかりと見ることができない。先ほど真琴が俯いているのを確認したのもほんの一瞬のことだった。
恥ずかしい、という気持ちと今まで感じたことのないような気持ちが入り混じっている。
なんなんだろうか、そう思ってオレは考えようとした。
「二人でそれぞれの世界に入ってるんじゃないわよ!」
けど、考える前に魅月のそんな叫び声が聞こえてきて考えることが出来なかった。