序章 記憶の夢
この小説は完結原稿で一日に一話更新を目途としてます。
あと、適当なところで話数を変えたりした場所もあるので中途半端なところで一話分が終わるところがあるかもしれませんが、ご了承ください。
では、青く碧い空をお楽しみください。
自らを魔王の右手と名乗る魔物を倒した俺たちは魔王城の最深部へと向けて進んでいく。
先ほど戦った魔物は魔王の右手というだけあって大変手ごわかった。もう、体力も魔力も尽きかけている。
けど、俺たちはここで諦めるわけにはいかない。魔物を創り出し人間を苦しめている魔王を俺たちの手で倒さなければいけない。そうしなければ、俺たちはいつまでたっても特別に扱われ苦しみ続けるだけだ。
だから、いくら満身創痍な状態といえども頑張らなくてはならなかった。
長い長い廊下を歩いていると扉が見えてきた。
この魔王城に入ったときから思っていることなのだがこの城は人間の造った城に酷似している。他の魔物の棲家は洞窟や森、誰も使わなくなった塔など、特にこれといって手を加えなくても住めるような場所だった。それなのにここだけは魔物自らの手で造られた棲家なのだ。
しかも、人間が造った城の何倍も大きい。だから、ここに来るまでに何度も迷ってしまった。
いや、今はそんなことを考えているべきではないな。そう思い俺は前の扉に集中する。まだ、結構距離があるので扉がどんな状態になっているのかはわからない。
あの向こうに魔王がいるはずだ。どんな姿なのかは知らないが俺たちはただ倒せばいいだけだ。
扉の前に着く。俺はおもむろに扉を開けようとした。しかし、扉はびくりともしなかった。鍵がかかっている、というのとは違う気がする。
「どうしたのよ、ランティア。早く、開けなさいよ」
後ろから女性の声が聞こえてきた。その声は少し疲れているような気がする。
「いや、押しても引いても開かないんだよ。鍵がかかってるっていうのとは違う気がするんだ」
俺は後ろに立っている女性、イリヤにそう言う。
彼女は膨大な魔力を持っていて様々な魔法を扱うことが出来る。
「そうなの?じゃあ、ちょっとどいて。魔法で施錠されてるのかもしれないわ」
そう言った彼女に俺は道を譲る。イリヤは一歩前に出て扉の取っ手を掴んだ。
「うん、確かに魔法で施錠されてるわ。……でも、おかしいわね。内側からじゃなくて外側から魔法がかけられてるわ。これだと、魔王、外に出られないんじゃないかしら」
「は?それって、どういうことだよ」
外から施錠されてる?意味がわからない。
「それをわたしに聞かないで。わたしにわかるわけないでしょ」
「それも、そうだな。まあ、外側から鍵がかかってるってのはどうでもいいことだ。早く開けてくれ」
「ええ、わかったわ」
イリヤは頷くと目を閉じる。そして、扉が一瞬光ったかと思うとぱりん、というガラスの割れるような音が小さく響いた。
「さあ、これで入れるわ」
イリヤは扉の前からどくと再度俺を扉の前に立たせる。
「ありがとな、イリヤ」
俺はそう言いながら扉の取っ手を掴む。
「じゃあ、入るぞ。イリヤ、準備はいいな」
「ええ」
イリヤが俺の背後で返事をする。俺はそれを聞いて扉を開けた。その瞬間に俺たちは一気に部屋の中に入りそれぞれの武器を構えた。俺は剣をイリヤは杖を。
けど、俺たちは目の前の光景に驚いてしまって隙だらけな状態になってしまっていた。
何故なら、俺たちの目に飛び込んできたのは魔法陣が描かれた床の上に鎖で繋がれた一人の少女だったからだ。
「あなたが、勇者?」
目の前の少女は鈴の音のように澄んだ綺麗な声で話しかけてきた。こいつが、魔王、なのだろうか。
「ああ……そうだ」
俺は少しためらいながらもそう答えた。あまり自分から自分が勇者だということを認めたくない。だから、俺の気分が悪くならないうちに俺は質問をして気を紛らわすことにした。
「お前は、どうしてこんな所に捕らえられているんだ?」
「よかった。やっと来てくれたんだ」
少女は俺の質問を無視して嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「俺の質問を無視するな。どうしてお前はこんな所に捕らえられているんだ?」
俺は、質問に答えてくれなかったことにむっとしながらもう一度同じ質問を繰り返した。
「うん、ちょっとね。あたしの部下に捕まえられちゃったんだ。お前は魔王らしくないからそこで魔力を放出し続けて魔物を創り出しつづけてろってね」
「お前は本当に、魔王、なのか?」
俺は少女の言ったことが信じられず、そう聞いていた。
「うん、そうだよ。といってもそんなのは名ばかりなんだけどね。あたしは所詮ただの飾りだから……」
少女の言葉が寂しそうなものになる。けれど、それは一瞬のことで少女はまた笑顔を浮かべ立ち上がる。彼女を捕らえている鎖がじゃら、と小さく音を立てた。
「ねえ、あなたたちはあたしを殺しに来たんでしょ。だったら、早くあたしを殺してよ」
俺はその言葉に息をのんだ。それほどまでに少女の姿は魔王とは思えないほどに儚かったから。
「なあ、ひとつ、聞いてもいいか?」
「うん、なに?」
「お前、本当に殺されてもいいのか?」
魔王に聞くような質問じゃないな、と思った。けど、俺は少女を、目の前の魔王と名乗る儚い少女を助けたいと思っていた。
たぶん、イリヤもそれは同じだろう。だから、俺が少女と話をしていても口出しをしてこないんだと思う。
「本当は、殺されたくなんかないよ。生きていたいよ。……でも、あたしがここにいる限り魔物を創り出しつづけて世界を混乱させちゃうんだ」
少女の声はとても悲しそうなものだった。
「だからって、殺せるはずが、ないだろ……。俺は苦しんでるやつとかを助けたくて魔王であるお前のところに来たんじゃねえんだよ!俺は俺の苦しみを取り除きたくてここまで来たんだ!なのに、俺よりも苦しんでるやつを、お前みたいに寂しそうなやつを殺してどうなるっていうんだよ!」
俺は柄にもなく声を荒げてそう言っていた。
「そうね。貴女みたいな寂しい人を殺しても気分が悪くなるだけ、だわ」
俺に同調するようにイリヤは言った。少女は俺たちの言葉が意外だったのかとても驚いたような表情を浮かべている。
「その鎖を切ればお前は自由になるんだろ?だったら、俺がその鎖を壊してやるよ」
そう言いい俺は少女を捕らえている鎖に剣を勢いよく振り下ろそうとした。
「待って!」
イリヤがいきなりそれを静止させる。俺はゆっくりと剣を下ろしイリヤを見る。
「なんだよ」
いきなり止められたことに苛立ちを覚えながらそう聞く。
「その子の魂と鎖、同化しているわ」
「どういう、ことだよ」
俺はイリヤの言ったことの意味がわからずそう聞き返していた。苛立ちは一瞬でなくなっていた。
「その鎖を切ったらその子も死ぬ、っていうことよ」
辛そうにイリヤはそう告げた。
「やっぱり、大賢者の娘はすごいね。そんなことまで、わかっちゃうんだから……」
俺は、少女の方を見た。そこにいる少女は悲しそうに微笑んでいた。
「どうしてだよ!どうして、そういうことを言ってくれないんだよ!」
「だって、言ったら殺すのをためらってたでしょ。ううん、たぶん殺してくれなかった」
「当たり前だろ!」
俺は叫んでいた。
「死にたくないって悲しそうに言ってるやつなんか殺せるか!俺たちが生きてここから出て行く方法を見つけてやるから待ってろ!お前は俺が初めて助けてやりたいって思ったやつなんだから!」
「いやだよ……」
少女は小さな声で言った。そして、更に続ける。
「もう、ここに独りでいるなんていやだよ。それに、魔物が発生するのを抑えるのも苦しいんだよ?もう限界だよ。早くあたしを、殺してよ」
少女の声は今にも泣き出してしまいそうだった。そんな少女に対して俺は、
「殺したくないって言ってるだろ!」
俺は感情の高ぶりを抑えることができない。
こんな弱々しい少女を苦しめた魔物たちへの怒りが、自分を殺して、と言う弱々しい少女への憤りが、そして、目の前の少女を救うことが出来ない自分自身に対する憤激が感情を高ぶらせてる。
「ランティア、早く、この子を殺してあげましょう」
イリヤがそんなことを言う。俺は知らずうちにイリヤに掴みかかっていた。
「なんで、そんなこと言うんだよ!お前なら、なんとか出来るんじゃないのか!」
「ごめんなさい。わたしにはどうすることも、できないわ。この子、魔王だから魔力がわたし達人間に比べて複雑なのよ……」
イリヤは辛そうにそう言った。俺はゆっくりとイリヤを掴んでいた手を離す。
そうだ、イリヤだってこの少女を殺したくないんだ。俺たちとは性質の違う深い苦しみを持つこの少女を。そんなこと、少し冷静になってみればわかることだ。
この少女を救う方法はない。いや、もしかしたらあるのかもしれない。けれど、それを探している間、この少女は苦しみ続けなければいけないのだ。
そう思うと今この場で殺してしまった方が少女にとって楽なことなのだろう。
「すまない。俺たちが非力だったばかりにお前を助けられなくて」
気がつくと俺は少女に謝っていた。
「ううん、いいんだよ。あなたはあたしのことを本気で助けてくれようとしてくれたんだよ。あたしにとってはそれだけで、すっごく嬉しかったよ」
少女の瞳からは涙が流れていた。けど、その顔は言葉通り嬉しそうに微笑んでいた。
「だから、早く、あたしを、殺して……」
嗚咽を堪えているのか少女の声は切れ切れだった。そんな少女の顔が見ていられなくて俺は剣を振りおろし少女を捕らえている鎖を断ち切った。
「ありがとう……そして、ごめん、なさい――――…………」
そんな言葉を残して少女の姿は消えてしまった。先ほどまで少女がいた場所には涙の跡があった。
俺はそれを見て胸の中からおさえきれない何かがこみ上げてきた。
視界がぶれていく。口から嗚咽がこぼれる。
俺は悔しかった。なんであのような少女を救えないのかと。あんなにも悲しい笑顔を浮かべて、助けて、とも言わなかった少女を。
「なんで、こんなに悲しんでるやつを殺さなきゃいけなかったんだよ!世界の人間がどうなってもいい!あいつを殺した俺もどうなってもいい!せめて、あいつの来世が幸せであってくれ!」
俺はイリヤと俺しかいない部屋の中で叫んだ。そうしないと、自分、というものが壊れてしまいそうな気がしたからだ。
そして、気がつくと辺りは次第に白くなっていき……
俺の意識は途切れた。