ショートストーリー【涙の理由】
ここは快速電車の中。
詩帆は今、ドアに近い座席に座り、本を読んでいる。
下車駅が近づいてきたため、視線を活字から離すと、自然と顔が前を向く。
すると、真向かいに座っている女性が涙を流していた。
明らかに泣いている……。
携帯の画面をずっと見つめたままだ。
何があったか存じませぬが、電車の中で泣くって、相当よね。よほどショックな事があったのだろうか?
あの顔はふられた顔だわ。
詩帆は直感した。
恋の終焉とはまた違う。
数日前の会話が頭をよぎった。
詩帆と同期入社の男性から、告白された日の事。
「ずっと好きだった……」
「ずっと、って、いつから?」
「多分生まれた時から」
「あん? バカじゃないの?」
「うん、バカを通り越して透視できちゃったんだ」
「ひゃ〜、怖! つーか、わけわかんない事言ってないでよ」
「だから、君と僕は出会うべくして出会った、必然的運命なんだ」
「だからって、私があなたを好きになるとは限らないでしょ?」
「いいや? 君は必ず僕の事を好きになる。ってゆうか、もう好きになってるでしょ? でも女性から告白するには勇気がいる。だから、僕の方から告白しました。どう? 正統派でしょ?」
「せ、正統派って……」
「それに、性格の相性も身体の相性も凄く合うはずなんだ」
「……! か、身体は……。まだわかんないわよ!」
「そうかな? 君は筋肉質が好みなはず。僕は理想的な体格してるだろ?」
「ふ〜ん、すべてお見通しってわけか」
「そう、お見通し。って事は、君も僕を好きって事でいいのかな?」
「えっ……。あ、ん、は……、は……い……」
「うは!! 良かったー!! 否定されたらどうしようかと思った! 今、スッゲードキドキしてる!」
詩帆は嵌められた振りをした。
詩帆も彼の事が大好きなのだ。
自分から告白しなくて良かった。彼の気を引くために、自分磨きに精を出して来たのだ。
ここは、彼の必然的運命に乗ろうじゃないか。
彼のこんな積極的な態度は、今まで見た事がない。
別人にも見えるほど。
とにもかくにも告白されたのだ。やったじゃないか。
「でさ~、詩帆」
「いきなりくるか!?」
呼び捨てされて、さらに心臓バクバクな詩帆。
「僕に告白してきた女の子がいてさ。好きな女性がいるって断ったら、まだ付き合ってないなら、私の事も考えて欲しいって言われてるんだよね」
「何それ? モテるんだぜアピール? あなたは彼女の事も好きなの?」
「全然。かわいらしい子だけど、僕が好きなのは詩帆だけだから」
《うほ! 詩帆だけだからだって! キュン、キュン》
「なら、考える事ないんじゃない? 私だけを見てよ」
あくまで冷静さを装う。
「じゃあ、僕の恋人になったって言っていいよね?」
「あれ? 急に弱気になってない? さっきまでの上から目線発言はどこ行った?」
「あ……。ゴホンッ! 当然の関係だ! これからもずっとね」
…………。
詩帆は思い出すだけで、顔がニヤける。
気が付くと、下車駅に着いていた。
慌てて降りる。
すると、泣いてた彼女が先に降りた。
あら? 同じ駅だったのか。
後ろから、彼女の携帯画面が目に入ってしまった。
「えっ…………!?」
彼女の涙の相手は、詩帆の彼氏だった……。
今日会えないと言って来たのは、彼女に告げるためだったのね。
詩帆は心の中で彼女に告げた。
《あなたの愛しい人の恋人が目の前にいるわ。今日だけは思いっきり泣いていいのよ。早く忘れたほうがあなたのため。彼は私のもの。どう頑張っても私達の運命には勝てないんだから》
その時、詩帆の携帯のバイブが鳴った。
『はい……』
『今から会える?』
『も、もちろんよ! どこ行けばいい? しゅんたろうの家でもいいよ?』
詩帆は声を張り上げ、彼の名を呼んだ。
彼女が一瞬詩帆を見た事を確認すると、足早に階段をかけ降りたのだった。
彼女は改札を出るとモニュメントの前に腰を下ろした。
「ごめん。待った?」
「ううん、今着いたとこ」
「あれ? また携帯小説読んで泣いてたの?」
「バレた?」
「ったく、今度から電車の中で読む時はコメディにしなよ」
「うん、そーする。そう言えばね、さっき降りた女の人がね、電話でしゅんたろうって叫んでたんだよ。あんたの兄さんと同じ名前だったから、思わず振り向いちゃった!」
「あ、それ、多分兄貴の彼女だよ」
「ええっ!」
「実は、この間兄貴に代わって、俺が彼女に告白したの。俺達一卵性だから、気付かれるかどうか試したんだ。やっぱり100%信じてたよ。双子の弟がいるなんて知らなかったみたいだからね。
兄貴とは今まで一緒でさ、さっき彼女に電話してたみたいだから」
「なんてやらしい兄弟なの? 私も騙すつもりだったでしょ?」
「それはないよ。俺は兄貴と違って、ちゃんと自分で伝えたいからね」
なんと、詩帆の読みは見事に外れていた。
彼女の携帯画面は詩帆の彼の双子の弟だった……。
そんな事だったとは全く知らない詩帆は、勝ち誇った気持ちで双子の兄貴の元へ会いに行ったのだった。
お幸せに…………。
事実がわかる日が、1日でも遅く訪れる事を願っています。
―完―