片想いの彼女に告白したら……。
黄昏時の浜辺。夕日が水平線に沈む瞬間に愛の告白――。
ベタすぎる気がしないでもないけど、悪くないシチュエーションだと思う。
幸い僕の暮らす町は日本海に面していて、大海原に沈む夕日を臨むことができる。太陽の光を乱反射して黄金色に輝く水面。波間を滑る舟も、渚を洗う波も、貝殻の散らばる砂浜も、すべてが夕焼け色に染まる。浜辺にたたずみ、潮騒に包まれて眺める夕景は、自然と涙があふれるくらい綺麗だ。
このあいだ読んだ雑誌に「告白はムードが大切」と書いてあったから、このチョイスは間違っていないはず。
海岸線の歩道。並んで歩く僕らの横を、路線バスが砂煙を巻き上げて追い越して行く。
「さすがに秋ともなるとサーファーの数も減るね」
バスを見送り、見崎さんは海へと顔を向けた。栗色の髪が潮風になびく。彼女の長い髪ごしに、沖を目指してパドリングするサーファーの姿が見える。
「ああ、うん、そうだね。真冬でもウエットスーツ着てやってるよね」
とっさに返事をしてから、僕は会話が噛み合っていないことに気づいた。
べつに話を聞いていなかったわけじゃない。ただ、このあと決行予定の『愛の告白』のことで頭がいっぱいで、まともな受け答えをする余裕がなかったのだ。
とはいえ、告白する前に嫌われては元も子もない。なんとか軌道修正しなければ……。
そんな僕の心の内を知ってか知らずか見崎さんは、
「ウエットスーツといえばさ、海女さんが着てるあの白い服なんて名前なんだろう。深海君、知ってる?」
ありがたいことにそれは、僕にも回答できる質問だったので、僕は名誉挽回とばかりにはりきって答えた。
「あれは磯着って名前だよ。白いのはサメ避けなんだって。膨張色で体を大きく見せて威嚇してるらしい」
「へー、そうなんだ。深海君、物知りなんだね」
どうやら嫌われずにすんだみたいだ。しきりに感心する見崎さんの姿に、僕はほっと胸をなでおろした。
それからしばらく歩いて、海岸へ下りる階段に行き着いた。白い手すりのついた階段は人一人通れるだけの幅しかなく、見崎さん、僕、の順番で進むことにした。
見崎さんは一段一段下りるのに合わせて、ぽん、ぽん、と手すりを叩いた。そのリズミカルな振動が手すりから僕の掌に伝わり、なんだか妙にくすぐったい気分になる。よくよく考えてみると僕は今、手すりを介して彼女の手に触れているのだ。いうなれば間接手つなぎ。やばい、顔がにやける。
だけど楽しい時間ほど過ぎるのは早く、僕らはあっというまに海岸に着いてしまった。
先に下りた見崎さんが迷わず海水浴場のほうへと足を踏み出す。僕は彼女を呼び止め、
「堤防に行こうよ」
と、反対方向の入り江を指差した。
県道沿いの海岸はゆるいカーブを描いていて、右手は白砂浜の海水浴場、左手は小さな入り江になっている。見崎さんの膝上でひらひら揺れるプリーツスカートを眺めていたら、堤防のある入り江のほうが制服が汚れなくていいんじゃないかと、紳士的な考えが浮かんだのだ。
僕が入り江へ向かうと、見崎さんは黙って三歩後ろをついて来た。
背中に視線を感じる。見崎さんに見られていると思ったら右手と右足が同時に出た。慌てて左足を出す。今度は左手がついてきた。うわ、かっこ悪い。でも自然に歩こうと焦れば焦るほど、バグったロボットみたいにぎくしゃくしてしまう。歩くのってこんなに難しかったっけ? 普段なにげなく行っている動作なのに、意識するとどうしてこんなに難しいんだろう。誰か助けて!
僕は入り江までの道のりを、二足歩行ロボットなみのぎこちない足取りで歩いた。おかげで、たいした距離でもないのに背中に変な汗をかいた。
それでもなんとか入り江に到着し、堤防に上ると、
――ガポーン、ガポーン、
どこからともなく不気味な音が響いてきた。
僕らが立っている堤防は、入り江を囲む三つの堤のうちの一つで、岸から海へ垂直に延びていた。堤防の左側は入り江になっていて四艘の小舟が係留されている。右側は外海に面していて大きなテトラポッドが積まれている。
そのテトラポッドこそが音の発生源だった。寄せては返す波のうねりに合わせて、ガポーン、ガポーン、と鳴る。それもけっこうな大音量で……。
これは誤算だった。だけど今さら引き返すわけにもいかない。それこそ優柔不断な男だと呆れられるのがオチだ。ああもう、紳士的思考のバカヤロウ!
「テトラポッドに当たる波の音って不気味だよね」
いつのまにか見崎さんは堤防の縁に腰掛けて、途方に暮れて立ちつくす僕を見上げて笑っていた。不気味だというわりに楽しそうな様子に、僕は救われた。
ジェスチャーで隣に座るよう促されたので、僕も彼女にならって堤防に腰掛けた。
「ねえねえ、知ってる? テトラポッドの隙間に落ちたら自力で脱出できないんだって」
見崎さんがテトラポッドの隙間を覗き込む。
僕も覗き込もうとして、――見崎さんの膝小僧に目が釘付けになった。紺色のスカートから伸びる太腿の白さが眩しい。彼女を堤防に誘った数分前の自分を褒めてやりたい。
「それにね、テトラポッドのそばで泳いでると隙間に吸い込まれるんだって。特殊な海流とやらで、ひゅーっ、と」
言いながら、見崎さんは突然、体を「フ」の字に折り曲げた。どうやらその特殊な海流とやらで隙間に吸い込まれるさまを全身で表現しているらしい。実際にそういう体勢で吸い込まれるのか、僕にはわからない。それよりも僕は、海を覗き込むふりをして彼女の脚を覗いていたことがバレたんじゃないかと気が気じゃなかった。
やましさにたえかね、僕はそっと目をそらした。そらした視線を西の空に向けると、知らぬまに太陽は水平線近くまで傾いていた。しまった。スケベ心を出してる場合じゃなかった。
告白は本日午後五時三十一分決行予定。正確な日の入り時刻は事前にインターネットでチェック済みだった。
ちらりと腕時計を確認する。あと四分。
見崎さんはテトラポッドとフジツボの怖ろしさについて熱く語っている。
夕日が水平線にかかった。沈みきるまで約二分。
告白の台詞は四十五秒にまとめてある。本当は二分間フルに使って思いのたけをぶつけたかったけど、あんまりだらだら喋っても要領を得ないだろうから要約した。伝え足りないことは告白がすんでから思う存分語ればいい。
さあ、行け。告白するんだ。
でも……、
「あ、あの……」
それだけ言って、僕は言葉につまってしまった。
ストップウォッチ片手にあれだけ練習したのに、肝心な台詞が一つも出てこない。
よく、緊張して口から心臓が飛び出しそうだとかいうけど、飛び出しそこねた心臓が喉の奥にひっかかっているんじゃないかと思うくらい息苦しい。きっと、土壇場になって臆病風に吹かれた心臓が僕の邪魔をしているんだ。
一人喘ぐ僕の視線の先で、夕日は容赦なく沈んでいく。するする、するする、と。それはまるで誰かが海の底から引っぱっているみたいだった。
これはまずい。このままじゃなにも告げられずに終わってしまう。台詞の反復練習も、一ヶ月通いつめた現地調査も、馴染みの床屋を裏切って流行りの美容室でカットしてもらった髪も、すべてが無駄になってしまう……。
半分沈んでかまぼこ型になってしまった太陽をキッと見すえると、僕はありったけの勇気をふりしぼって叫んだ。
「好きです! 僕の彼女になってください」
最後の一音が唇から放れた瞬間、夕日のてっぺんはすうっと水平線の下に隠れた。
太陽が沈んでも辺りはすぐには暗くならなかった。むしろ西の空は日没前よりも明るいくらいだ。海と空との境界は燃えるように赤く、中空に浮かぶ鱗雲は残照で茜色に染まっている。
結局、用意していた言葉の五分の一も言えなかったけど、気持ちは伝わったと思う。
僕は正面を向いたまま見崎さんの返事を待った。長い長い沈黙が訪れた。夕焼け空のグラデーションはしだいに群青色の割合が増え、舞台の幕が下りるように夜がやってくる。
一番星が瞬きはじめても、見崎さんは黙ったままだった。これぞまさに蛇の生殺し。返事を催促するのは気が引けるけど、このままじゃ身が持たない。緊張で心臓が張り裂けそうだ。
僕は意を決して彼女に向き直った。そして、――後悔した。
……もう、返事の必要はない。聞かなくても、答えは見崎さんの横顔に書いてあった。
答えは「NO」だ。
見崎さんは険しい表情で水平線を睨んでいた。きっと、どうやって断ろうか悩んでいるにちがいない。フラれたショックと、彼女を困らせてしまった申し訳なさで、僕は泣きたくなった。
僕の視線に気づき、見崎さんがこちらに半身を向けた。彼女は僕の瞳をじっと見つめると、一度大きく息を吸い込んで、
「深海君、缶ジュースの回し飲みってできる?」
「……はへ?」
思わず変な声が出た。
悲しいけど、見崎さんの表情を見た時点でフラれる覚悟はできていた。でもこんな台詞ではぐらかされるとは思いもしなかった。彼女は誠実な人だから、きっと断るにしても真剣に向き合ってくれるだろうと思っていた。
足掛け三年にわたる僕の片想いは、当たって砕けるどころか、かすりもしなかったのだ。
それにしても缶ジュースの回し飲みってなんだ? 僕は缶ジュース以下の存在なのか? 僕の告白は回し飲みに劣る行為なのか? そう思うと本気で泣けてきた。
「ねえ、できるの? できないの?」
追い討ちをかけるように見崎さんが問う。その目は真剣そのものだった。
彼女は返事をはぐらかしたわけじゃない、彼女にとって缶ジュースの回し飲みは、僕の告白なんかよりももっとずっと切迫した問題だったんだ。その事実に僕は打ちのめされた。
「……うん」
しぼりだした声は情けないくらい震えていた。だけど、
「そっか、できるんだ」
そう呟いた見崎さんの声も、なぜだか僕と同じくらい震えていた。
フラれたからといってそうすぐに嫌いになれるわけじゃない。僕は彼女が心配になって尋ねた。
「回し飲みがどうかしたの?」
見崎さんは言いだしづらそうに俯いて、
「……あのね、今まで家族にしか言ったことがないんだけど、……わたしね、回し飲みができないんだ」
「潔癖症ってやつ?」
「ちがうよ、そんなんじゃない。だって鍋とかは平気だもん。潔癖症の人って同じ鍋をつつくのもいやなんでしょう?」
僕は、うーん、と唸った。
「潔癖症にも程度があるんじゃない? 缶ジュースはダイレクトに唾液交換だから無理だけど、鍋は煮沸消毒されるから大丈夫、とか」
「いや、べつにわたしは回し飲みが汚いとか思ってないから。口の中には数百種類の細菌が棲んでるとか、ミュータンス菌に感染すると虫歯になるとか、のどの奥に性病……とか考えてないから。そんなこと知るずっと前から回し飲みできなかったから」
見崎さんはえらく狼狽して、「ちがう、ちがう」と、胸の前で両手を振って否定した。でもそれだけすらすらと菌の名前が出てくるのは、相当気にしている証拠だろう。だけど、彼女は潔癖症だと思われることに抵抗があるみたいだから、そこはあえて追究しないことにした。
「でも、まあ、いやなら無理する必要はないんじゃないのかな? 砂漠で遭難して水筒が一つしかないとかならべつだけど、回し飲みができないからって死ぬわけじゃないし」
「たしかに肉体的には死にはしないけど、精神的にはけっこう死活問題っていうか……。回し飲みって踏み絵みたいなところがあるじゃない? 友達だったら飲めて当然、飲めないやつは友達じゃない、みたいな。飲み口を共有できるかできないかで友情が量られるの」
見崎さんの声は沈んでいた。
「それは一理あるね。――あ、でもさ、同じクラスの山田、あいつ回し飲みどころか人の食べかけ平気で食べるけど、友達少ないよ。てか、むしろ勝手に人のパンとかおにぎりに口つけて皆に嫌がられてるような……」
「あぁ、言われてみればそうだね」
「結局、回し飲みができるかできないかってのは、友情うんぬんよりも、本人の性格とか育った環境とかそういう問題じゃないのかな。べつに飲み口を共有できるから好き、できないから嫌い、なんてことはないと思うよ」
「それって回し飲みと感情は直結しないってこと?」
「うん。少なくとも僕は回し飲みを拒否されたからって、そのことで相手を嫌いになったりなんかしないよ」
僕は力強く断言した。
「ほんと?」
それまでの思いつめた声音がぱっと明るくなる。
「うん、ほんと」
「嫌いにならない?」
「うん、ならない」
「よかった」
見崎さんは顔をほころばせた。
缶ジュースの回し飲みを巡ってなにがあったのかは知らないけど、僕と話したことで彼女の胸のつかえがとれたのだとしたら喜ばしいことだ。彼女の力になれたことで少し、……ほんとにほんの少しだけど、僕の気持ちは浮上した。
「それで、さっきの話に戻るんだけど」
見崎さんが言った。
「さっきの話?」
『缶ジュースの回し飲み問題』は解決したから……、『テトラポッドの隙間問題』? それともまさかのロングパスで『サーファー人口減少問題』? 見崎さんがどれを指してさっきの話といっているのか、僕にはぴんとこなかった。
「僕の彼女になってください、ってやつ」
「あっ……」
僕は絶句した。
それはもう終わったことだから今さら蒸し返さないでほしい。なんでもないような顔して相談にのってるけど、ほんとは辛くてたまらないんだ。
「ああ、あれね。気にしなくていいから」
告白なんてなかったことにしてこのまま別れられたら、これまでどおり友達でいられる気がする。だからもう返事は聞きたくない。聞いてしまったら、明日からは友達でもいられなくなる……。
「え、それってどういう意味? 彼女にしてくれるんじゃなかったの」
見崎さんが目を丸くした。
「え、彼女になってくれるの?」
意表をつく彼女の台詞に、僕も目を丸くした。そして、話の展開が飲み込めず、次に発するべき言葉も見つからず、バカみたいに口をぱくぱくさせていた。
そんな僕に微笑みかけると、見崎さんはゆっくりと頷いた。
「……僕、てっきりフラれたんだとばかり思ってた」
「なんで? わたし、ふってなんかないよ」
「だって告白したら険しい顔して黙り込んでたし、返事をするのかと思ったら缶ジュースの回し飲みとかミュータンス菌とか言いだすし」
「それは、その……」
見崎さんは急にもじもじして、
「男女交際となると、やっぱりそのうち、……キ、キスとかなるじゃない?」
「え、あ、……うん、そうだね」
ぶっちゃけ妄想の中ではもう何度もキスしていたけど、本人に面と向かって言われるとものすごくドキドキした。
「キスって直接口と口を合わせるんだよ。缶ジュースの回し飲みどころの騒ぎじゃないよね。だから不安だったんだ。キスできなかったらどうしようって……。付き合ってはみたもののいざそういう状況になって、やっぱり無理で、それで嫌われたらどうしようって」
「そんなことで悩まなくても……。だいたいそういうのは頭で考えてするんじゃなくて、気持ちが高まったら自然と体が動くもんなんじゃない? ――なぁんて、偉そうなこと言ってる僕も経験ないんだけどね」
僕は笑った。でも、見崎さんは笑わなかった。
「深海君にとっては笑い事かもしれないけど、私にとっては大問題なんだよ」
「そうだよね、ごめん」
僕が謝ると見崎さんは唇を尖らせて、
「深海君のこと好きだから悩んでるんじゃない。……バカ」
彼女の口から発せられた『好き』という単語に、僕は天にも昇る心地になった。
――ガポーン、ガポーン、
と、テトラポッドが鳴る。これまでの不気味さが嘘みたいに澄んだ音色に聞こえる。それはまるで、響きわたる祝福の鐘の音のようだった。
波の音が、こうも心を弾ませるリズムだと思ったのは生まれてはじめてかもしれない。神様ありがとう。僕たち幸せになります――。
「よしっ、完璧!」
第二十八回シミュレーションを終え、僕はぐいっと缶コーヒーをあおった。缶の中身はすっかりぬるくなって甘ったるいだけの液体になっていたけど、たかぶった気持ちを静めるにはちょうどいい。
「――なにが完璧なの?」
突然、頭上から声が降ってきた。と、同時に背中に柔らかい衝撃。
僕は泡を食って背後を振り返った。
「あっ!」
心臓が止まるかと思った。僕のすぐ後ろには、妄想じゃない、本物の見崎さんが立っていたのだから……。
見崎さんは体操服の入った布の巾着を振り子のように振りながら、
「痛かった?」
と、小首をかしげた。僕は首を横に振った。それはもう首がもげそうなくらいの勢いでぶんぶんと。
「深海君って、ほんと堤防好きだよね。学校帰りしょっちゅうここに来てるでしょ」
言いながら、見崎さんが僕の隣に腰を下ろす。
「ま、わかるけどね。こうやって堤防に座って海を眺めるの、気持ちいいもんね」
「……う、うん」
僕は、さっきまでの妄想がだだ漏れしてそこいらじゅうに漂ってやしないか気になってしょうがなかった。見崎さんが腕を広げて深呼吸するたびに、残留思念的なものが空気といっしょに取り込まれて、僕の気持ちがバレてしまうんじゃないかとヒヤヒヤした。
「のど渇いちゃった。深海君、コーヒー一口もらうね」
ひとり悶々とする僕の耳に、とんでもない申し出が飛び込んできた。えっ、それって間接キス? びっくりして隣を見たときにはすでに、見崎さんは僕の飲みかけの缶コーヒーに口をつけていた。
「あっ!」
僕は思わず叫んだ。大声に驚いて、見崎さんがびくっと肩を震わせる。
「あっ、もしかして深海君、回し飲みとかダメな人? ごめん、缶コーヒー買って返すね」
見崎さんは申し訳なさそうに、飲み口を指でぬぐった。
「いや、僕は平気だけど見崎さんが……」
「わたし?」
「うん。こないだ山田が見崎さんのジュースを飲もうとしたらものすごく嫌がってたから。てっきり見崎さんは回し飲みとかダメなんだろうなって」
「そりゃあまあ、相手によるよ。深海君だって通りすがりのおじさんに飲みかけのジュース貰っても困るでしょ?」
「たしかにそれは困るね」
缶ジュース片手に立ちつくす自分の姿を想像して、僕は苦笑した。
少し間をおいてから見崎さんが、
「それなりに好意がある相手じゃないとね……」
ぽそり、と言って俯いた。
ショックだった。この一ヶ月、練りに練った計画は見崎さんが缶ジュースの回し飲みができないことを前提にしていただけに、ここが違ってくると計画が全部狂ってしまう。
さっそく告白プランを立て直していると、頬の辺りに刺さるような視線を感じた。見れば、見崎さんが唇を尖らせている。
「ど、どうしたの?」
僕は動揺した。見崎さんはすっくと立ち上がると、
「鈍感!」
言って、僕の頭を体操服入れで叩いた。ぽすん、と後頭部で音がする。
僕は訳がわからず、ただ呆然と見崎さんを見上げた。彼女はくしゃっと顔を歪めると、夕暮れの浜辺を脱兎の勢いで走り去って行った。
『女性とは難解な生き物である』と誰かが言ってたけど、僕は今日、黄昏時の海岸でその意味するところを痛感したのだった。
表紙は、かじゅぶさん(http://mypage.syosetu.com/26987/)作です。