7話 7割
倉庫裏の地面が揺れ、サメたちが再び影へ潜る。
翔馬・与志野・田野の三人は背中を合わせ、わずかな隙も逃すまいと身構えた。
「距離は取れたけど……こんなの時間の問題だぞ」
与志野が息を荒げながら呟く。
「左・腕の範囲……まだ完全には把握できてねぇ。
深入りしたら終わりだ」
翔馬の右手は汗ばみ、握るたびに関節が鳴った。
そのとき――
ズゥン……
地面が沈むような重い振動。
影が伸び、倉庫の横から一際大きいサメが姿を見せた。
「面倒くさいな〜、あんまりデカいの出すと目立っちゃうんだけど……」
空気がきしみ、見えない膜が張られたように、周囲が圧迫された。
(あのデカさ……六……いや七メートルはある……)
「来るぞ……!」
翔馬が歯を食いしばる。
その時、田野がいきなり叫んだ。
「翔馬!!後ろだ!!」
バッ!!
翔馬の左腕が再び跳ね上がった。
与志野の左腕は肩に押し付けられ、田野の腕も背中にねじ曲げられる。
「なっ……!?」
「クソ……また範囲に入っちまったのか!?あいつどこに……」
与志野と翔馬は振り返り、驚愕した。
左・腕が鮫のヒレとともに壁の中から出てきていたのだ。
(壁の影から……!鮫に掴まって影を移動してるのか!?)
田野は動揺しながらも叫ぶ。
「与志野!!祝福を!!」
「分かってる!!thousand――」
与志野の指先に蒼い光が溜まった瞬間。
「ぐっ!!?」
「ガハッ...!!」
翔馬達の顔が一度に歪む。
三人の左腕が勝手に動かされ、自らの首を絞めはじめた。
左・腕が嘲笑を浮かべながら自身の腕を突き出した。
「お前らなんて俺が殺そうと思えばいつでも殺せるんだよ……こんな風にな」
グググググ……!!
「ガッ……ハッ……ァアッ!!」
更に首を絞める左手の力が強くなっていく。
(だったら……もう一度右だけで……ッ!)
翔馬は右足に蒼光を集め、再び加速しようとした。
だが。
ドンッ!!
「うあっ……!?」
蒼光が弾け飛び、翔馬はその場に倒れ込んだ。
左・腕は影から出て翔馬達へ一歩ずつ近づく。
「さっきのお前の移動……随分と強引な姿勢だったな。お前の高速移動は本当は左右のバランスが必要なんじゃないのか?片腕を封じられた状態じゃ、本来の半分の力も出ないだろう」
「……ッ!」
翔馬の脳裏に電撃が走る。
確かに、double stepは身体の左右の軸を同時に踏み込むのが基礎。
右だけでは出力が下がる。
さっき突破できたのは偶然……いや、初見だから通っただけ。
左腕がにやりと笑う。
「安心しろ……苦しいのは残り数十秒……すぐに楽になる。」
その時、影が蠢いた。
鮫が地面の中を旋回する音がする。
再び三人を囲い込むように影が広がった。
翔馬はその光景に焦りを隠せない。
(しまった……これじゃさっきと……いや、さっきより状況が悪い!!)
「そろそろ終わらせようか。
YOU died様も文化祭見物に飽きてきてる頃だしね」
(来る……構えを……!)
だが、動かない左腕。
握れない拳。
身体の軸がぐらつき、翔馬達の左腕はさらに強く己の首を絞めた。
「グッ...…カハッ...…!」
絶望が迫る——
そのとき。
(待てよ、こいつら……本体が前に出てこない。)
翔馬は視界の端で、左腕とサメの立ち位置を確認した。
サメは常に距離を取って遠距離から鮫を操っているだけ。
左・腕も範囲中に入る為近づいては来るものの、陰に潜り、決して真正面からは突っ込んでこない。
(あいつら……どっちも近接が弱いんじゃないか?)
操れる祝福は強力。
ただし、近づかれたら即終わりだという弱さの裏返しでもある。
(だったら……!)
翔馬は呻きながら声を絞り出す。
「与志野……田野……後ろの壁ぶっ壊す……!その隙に、全力で後ろへ下がるんだッ!!」
「グッ...!できんのかよそれ……!?」
「やるしかない……!」
翔馬は蒼光を右半身にだけ集め、
無理やり身体をひねり――
ドォォオンッ!!!
衝撃と共に、翔馬は後方へ無理矢理吹き飛ぶように壁に突っ込んだ。
ゴォォォォオ……!!
「今だ!!」
轟音と共に壁が崩落し、そこに与志野と田野が突っ込む。
「ハッ……動く……!!」
操り人形のようだった左腕が自由になる。
左・腕が舌打ちした。
「おい、サメ早く止めをさせ。
また逃げられた。」
「はぁ?私のせい?自分ですれば?」
サメの声は低く鋭かった。
「やっぱりな...…左・腕はサメのサポートがなければ致命傷にはならない!」
自由になった翔馬が再び構えをとる。
「もう飽きた、死んで。」
サメは一度に数十体のサメを出し一気に勝負を決めようとする。
だが田野が前に出る。
「……田野、彼女出せるか?」
「いける、この程度のサイズの鮫なら!」
田野の背後に少女が現れ、彼を抱えるようにして跳躍し、サメの突進をいなす。
「ちょこまかと……!」
サメの背びれが地面を切り裂くが、少女は軽々とかわしていく。
翔馬は与志野に目配せした。
「与志野、決めるぞ」
「あぁ、こいつらの弱点は……近距離だ!」
三人が同時に踏み込む。
左腕が笑いながら再び祝福を発動する。
「馬鹿が!自ら俺の間合いに入っ――!!」
「double step」
与志野を担ぎながら翔馬が左腕の背後に回り込んだ。
地面の鮫達もあまりの高速に翔馬達の存在に気づかない。
(――!?消えっ――)
バキィッ!!!
与志野の指が左・腕の腹に突き刺さるような衝撃を与えた。
「ウッ!!?」
「thousand...…!」
与志野の指に再び蒼いオーラが溜まる。
「サ、サメ...…!!助けろ...…!!」
「fingerrrrrrrrr!!!」
ドドドドドドドドドドドド!!
左腕の身体が宙を舞う。
「が……は……っ!」
地面に転がった左腕は、白目をむいて動かなくなった。
「...…へぇ、なかなかやるじゃん。」
地面に突っ伏す左腕を見ながらサメが呟く。
翔馬が言う。
「もういいだろ...…YOU diedの所に案内してそいつを病院に連れて行け、今ならまだ助かる。」
翔馬の言葉にサメは拳を握りながらも取ってつけたような作り笑いをした。
「ハハハ...…面白い事言うね君..….」
サメはゆらりと立ち上がり、左腕の倒れた姿を一瞥した。
「あんまり大事にするつもりなかったんだけどなぁ...…」
その口角がつり上がる。
「まあ全員食べちゃえば...…話は丸く収まるよね?」
空気が、一瞬で変わった。
田野がゾクリと肩を震わせる。
「おい……なんだこの悪寒……?」
サメの影が巨大化する。
「私の祝福……"shark"の本気……見せてあげるよ」
もはや余裕ではない獣の本能むき出しの笑みだった。
校舎の窓から様子を見ていたYOU diedが呟く。
「あの馬鹿...…後のこと考えずにやりやがって。」
サメの背後に、巨大な影が重なる。
「本気出していいよね?」
次の瞬間。
ガアアアアアアアアッ!!!
校舎全体を覆うほどの“超巨大サメ”が、地面から一度に跳ね上がった。
その顎は文化祭の屋台、クラス展示、ステージ、観客……すべてを丸呑みにできるほどの大きさ。
「なっ...…!こいつ...…まだ力を隠して..….!」
「ヤベェぞ翔馬!あいつ学校ごと...…!」
影が校舎全体の床を飲み込み、
翔馬たちの足元にも広がる。
そして――
校舎の七割が、跡形もなく噛みちぎられた。
ギィィィィィン!!
バキバキバキッ!!!
「えっ……?」
「うそ……校舎が……」
「キャアアアアアアッ!!!」
「外に逃げろぉ!」
文化祭の観客が、一斉に悲鳴を上げて逃げ惑う。
教師は声も出ない。
煙と砂埃が空を覆い、地面が揺れ、文化祭は一瞬で地獄へ変わった。
サメが疲れながらも勝ち誇ったように笑う。
「ハァ……ハァ……ハハハハッ!!!どうだ!?これが私の全力だよ!!」
(ちょっと派手にやり過ぎたけど……まあYOU died様が何とかしてくれるよね)
「ハァ……ハァ……さて、早い所ずらかって……」
だが。
煙の向こうから、3つの影が歩いてくる。
サメの目が見開いた。
「……は?」
風が吹き、煙が晴れる。
翔馬達は無傷で立っていた。
翔馬が軽く息をつきながら言う。
「……ギリギリだったな、もうちょいで本当に食われるところだった。」
与志野も肩をすくめる。
「一般人巻き込みやがって……覚悟は出来てんだろうな」
サメは信じられないといった表情で震えた。
「バ、バカな……お前ら、あの距離でどうやって……!」
翔馬がサメを睨み上げる。
「お前が全力出した瞬間、動きが逆に単調になったんだよ。」
「は……?」
「デカすぎて軌道が読みやすい……俺のスピードなら余裕で避けられる」
一瞬で翔馬の姿が消える。
「――ッ!?」
背後。
「“double step”」
ドゴォッッ!!!
翔馬の踵落としがサメの頭頂に直撃した。
地響きのような衝撃が連続し、サメの身体が地面に叩きつけられる。
「亜里...…野...…!」
砂煙が舞い、地面が陥没し、サメは動かなくなった。
「退学だな。」
翔馬が肩で息をしながら呟く。
「校舎を壊すような奴に生徒を名乗る資格はねえよ。」
与志野も深く息を吐く。
「後はYOU diedだけだな。」
文化祭の悲鳴、ざわめき、混乱の中で、
倒れたサメだけが静かに横たわっていた。




