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亜里野ストーリー  作者: 与志野 音色
1章 神界高校、文化祭編
1/13

1話 追放


快晴。

澄んだ青空のはるか彼方にその赤子はいた。

これから起こる事など知らないようにその赤子は眠りについていた。


1月3日。


彼の数奇な人生は始まった。


________



10数年後。



四月の朝。

神界高校の正門をくぐった瞬間、亜里野 翔馬は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。


――ここから、全部変わる。


児童養護施設で出会い、十年を共に過ごした親友の与志野 音色と同じ高校へ通える。それだけで胸がいっぱいだった。


神界高校は名前こそ大げさだが、中身は普通の公立高校だ。


くすんだ白の校舎、昇降口に漂う緊張した空気、校門で親と写真を撮る新入生達。


それが翔馬には、ただ幸せな日常に見えた。


与志野が校門を駆け抜けながら翔馬に叫ぶ。


「おい!翔馬!早く行かないと初日から遅刻だぜ!」


「おいおい...…まだ8時ちょうどだぜ?早く着きすぎだよ俺たち。」


翔馬はため息をつきながらも喜びを隠しきれないように少し笑みを溢した。



昇降口へ向かう途中、後ろから軽いノリの声が飛んできた。


「お、君らも新入生?一緒だな!」


短髪で明るい表情の男子が手を挙げてくる。

名前は エルサ イシハ。


同じ新入生でとにかく明るい性格だ。

フィンランドのハーフらしい。


その後ろには、眠そうな目をし黒マスクをつけたエルサの友人、田野(たの) 恵那(えな)が続く。


「僕は田野、よろしく」


四人はあっという間に打ち解けた。

入学式終わり、下駄箱でエルサが笑いながら言う。


「なんか、お前ら気が合いそうじゃん!

 これからよろしくな!」


「同じクラスならな」


「いやいや!違うクラスでも仲良くしてよ!」


校門に四人の笑い声が響く。


まだ何も知らない――

この学校の裏側なんて、本当にひとかけらも。



入学から一週間。

クラスの輪郭がだんだん見え始める頃だった。


中心には、大きな声と態度で目立つ 山愚痴。

取り巻きを従え、毎日廊下を占領するタイプ。


そして、なぜか――

彼らの標的は 与志野に向いた。


「なぁ与志野、昨日のプリント持ってきたんだろ?オレらの分」


「あ……その……まだ……半分しか……」


「はぁ?使えねぇな、真面目ぶってんじゃねぇよ」


胸ぐらを掴まれる。


「音ゲーばっかやってるから俺らのプリント出来ねえんだろ?」


山愚痴の仲間が与志野のカバンからタブレットを取り出す。


与志野が泣きそうな声で叫ぶ。


「そっそれは俺のゲーム用の...!」


「これは没収!俺らのをやらなかった罰な!ハハハ!」


「かっ返して!」


与志野の声を遮り山愚痴はタブレットを取り返そうとした与志野を強引に押し倒した。


「痛っ!!」


翔馬はたまらず声を出した。


「やめろよ、山愚痴」


「は?なんだお前?」


山愚痴達の標的が変わる。


「課題くらい自分でやれよ、早くタブレット返せ」


「何だよお前ら、随分仲いいじゃん」


「しょ……翔馬……」


立ちあがろうと机の角を掴もうとする与志野の足を山愚痴が蹴り飛ばした。


ガシャァン!!


「おい!何してんだお前!」


「ハハッ、何だよお前ら両思いか?気持ち悪い」


「テメェ……!」


「噂で聞いたけどさ、お前ら両方親無しの施設育ちなんだって?」


「なっ……お前……どこでそれ……」


「ハハハッ!マジか!こいつら施設育ちかよ!」

「どうりで気持ち悪い顔してると思ったわ!」


山愚痴の取り巻きが倒れている与志野を見ながら笑い出す。


山愚痴は翔馬に近づき、肩をポンと叩いた。


「裏口入学でもしたのか知らねえけどさぁ……身の丈にあった人生生きた方がいいよお前ら」


「……ッ!」


その言葉に翔馬の拳が飛び出しかける。


だがその直前。


施設の尊敬する先生――青木に教わった言葉を思い出す。


(暴力は損しかしないぞ翔馬。

だから約束してくれ、喧嘩や争いになった時は必ず話し合いだ、分かったな。)


だから翔馬は歯を食いしばるしかなかった。


その時、入り口のドアが勢いよく開いた。


出てきたのはエルサと田野。


「何やってんだよお前ら!与志野立てるか?」


エルサは倒れた与志野に手を貸し、ぶつけた片腕を押さえながらようやく立ち上がった。


「あ……ありがとう……」


「おいお前ら、次与志野に何かしたら先生に報告するからな」


田野が間に割って入る。


山愚痴は田野の言葉に一瞬嫌な顔をしたが、すぐにまた悪意のある笑顔へ戻った。


「まあいいや、負け犬同士仲良くやってろ。」


山愚痴は仲間を引き連れ教室を去って行った。


翔馬は地面に投げ捨てられたタブレットを拾い与志野に渡す。


「大丈夫か?」


与志野は苦笑いを浮かべる。


「大丈夫だよ翔馬……ちょっと我慢すれば……あいつらもそのうち飽きるさ。」


「与志野……その腕見せて」


田野が与志野の片腕を触る。


「痛ッ……大丈夫、ちょっと痛いだけ……あれ、やっぱり何ともないかも」


「おいおい本当かよ……」


エルサと翔馬は心配そうに与志野の様子を伺う。


「うん、本当に大丈夫……痛みも無くなった。

へっちゃらだよ。」


その空元気が逆に翔馬の心を痛めさせた。


そして、事件は起きた。


入学から二週間の放課後。

教室にはもう誰もいない。


はずだった。


最初に気づいたのは翔馬。


図書室で自習を終え、一緒に帰ろうと与志野を探してクラスへ行こうとしたその時。


クラスの中から人の気配がした。


「おい与志野、今日の課題も持ってこなかったよな?」


「あ、あの……忘れて……」


「忘れたぁ!? 何回目だよ!」


ドンッ!

机を殴る音に、与志野の肩が大きく跳ねる。


翔馬は声を聞くや否や勢い良く教室に飛び込んだ。


「おい!もうやめろよ!」


翔馬を一目見て山愚痴は不機嫌そうな顔をした。


「あ?またテメェかよ……本当仲良しだよなお前ら」


「うるせえ!早く与志野から離れろ!」


「黙れよ、今日はまとめて落とし前つけんだよ」


その瞬間。


教室の空気が、突然おかしくなった。


重い。

沈む。

息が苦しくなる。


夕日が差す教室の端で、与志野が震えていた。


「……う……うぅ……ヤ……ヤメロ……」


聞いたことのない声。

恐怖でも泣き声でもない――何かが壊れる音。


山愚痴が威圧感を出しながら与志野に近づく。


「あ?何?はっきり言えよ、聞こえねえんだけど。」


翔馬はもう我慢の限界だった。


青木先生は翔馬と与志野がこの世で一番尊敬している人、そしてあれは青木先生と約束した誓い。


(でも...あいつは話合いなんかで解決できる奴じゃない!)


「山愚痴!いい加減に……!」


翔馬が山愚痴に手を伸ばしたその時。


ドンッ!!!


爆風のような衝撃が教室を襲った。


翔馬の前から山愚痴達が一瞬にして消えた。


「え..….」


山愚痴達は机と共に黒板に叩きつけられあまりの衝撃に悶絶する。


「ぐっ……は……!」


「いって……何だよ……これ……!」


与志野を中心に、蒼い何かがうねっていた。

まるで台風の目のように。


「もう……やめろ……!」


その言葉に合わせて蒼い揺らぎが膨れ上がる。


山愚痴達は怯えながら与志野から後ずさる。


「は...…はぁ?何なんだよ......痛えよ...…」


与志野は山愚痴達を睨みつけゆっくり一歩ずつ彼らとの距離をつめる。


「痛ッ……!おい与志野……テメェ何しやがった……!」


山愚痴と取り巻きは地面に手を突き、何とか起き上がる。


「うるさい……!」


低く、押し殺したような声。

まるで翔馬の知っている与志野ではなかった。


次の瞬間。


ドンッ!!


蒼い衝撃が弾け、山愚痴の取り巻きの一人が机ごと吹き飛ばされた。


「がっ――!!」


壁に叩きつけられ、床に崩れ落ちる。


「な……何だよこれ!!」


逃げようとした別の取り巻きも、与志野に殴りつけられ、宙を舞った。


ドゴォン!!


「ぐあぁっ!!」


壁に叩きつけられ、次々と動かなくなる。


翔馬は目の前の光景に声も出なかった。


(……与志野が……?)


蒼い揺らぎは、怒りに呼応するように大きく脈打っている。


「なっ……は!?どうなって……!」


山愚痴が後ずさりながら叫ぶ。


「お前……お前がやってんのか……!?これ……どうやって……!?」


だが、与志野は止まらない。


最後の取り巻きが吹き飛ばされ、教室に残ったのは山愚痴一人。


「ひっ……!」


山愚痴は完全に怯えきり、背中を向けて走り出した。


「うわぁぁぁぁ!!だっ誰か!!」


逃げようとしたその瞬間。


与志野は山愚痴の目の前にいた。


「ご、ごめんなさ――」


拳が振り抜かれる。


バキィッ!!


鈍い音と共に、山愚痴の身体が宙を舞い、床を転がる。


「……っ」


山愚痴はそのまま、白目を剥いて動かなくなった。


静寂。


壊れた机、ひび割れた黒板、床に転がる人影。


翔馬は、ただ立ち尽くしていた。


(……何だよ……これ……)


理解が追いつかない。

恐怖と動揺が翔馬を支配していた。


「与志野……?」


蒼い揺らぎが、まだ彼の周囲を覆っている。


「……暑い……」


その声はかすれていた。

そして与志野の目に倒れた山愚痴が映る。


「……山……愚痴……!!」


止めた足が再び山愚痴の方へ進み始める。


このままでは本当に殺してしまう。


翔馬は叫んだ。


「与志野!!ダメだ!!」


だが翔馬の声はもう親友の耳には届かなかった。


叫びは、蒼い嵐にかき消される。


(ダメだ……!このままじゃ……!)


極限の緊張と焦りの中、翔馬は何故か昔の事を思い出していた。


児童養護施設の薄暗い廊下。


(与志野……怖いよ……)


(大丈夫何も居ない、約束するよ)


夜中怖くてトイレに行けなかった翔馬の手を引いて連れて行ってくれた与志野。


その手は震えていた。


自分も怖かった筈なのに、翔馬に弱さを見せまいと空元気を見せていた。


翔馬が上級生に虐められた時。


(や、やめろよ!嫌がってるだろ!)


震えながら明らかに自分よりも身体が大きいのに立ち向かった。


(何で……怖くないの?)


(怖い?冗談言えよ!あんなの怖くも何ともない!)


成長し、身長が与志野を超え、いつの間にか忘れていた。


守れ。


誰の声かは分からなかった。

だが、その想いだけが、はっきりと胸に落ちた。


次の瞬間――


翔馬の体が、勝手に動いた。


足が地面を蹴った、その瞬間。

世界が歪む。


視界が一気に前へ流れ、床も机も壁も、すべてが引き伸ばされて後方へ消えた。


二歩で、十歩分。

いや、それ以上。


「――っ!?」


自分でも理解できない。

ただ、瞬きをするよりも早く、翔馬は与志野の目の前にいた。


勢いのままに与志野に突っ込む。

机も椅子も吹き飛ばし、それでも翔馬は叫んだ。


「与志野!!目覚ませ!!」


その声だけは、確かに届いた。

振り下ろされかけていた拳が、空中で止まる。


与志野の瞳が、わずかに揺れた。


焦点の合わなかった視線に、人の光が戻っていく。


「……しょう……ま……?」


蒼く荒れ狂っていた揺らぎが、急速に収束していく。

嵐は嘘のように消え、教室に静寂が落ちた。


翔馬は荒く息をしながら、周囲を見回した。


(……生きてる……)


胸が、少しだけ下がる。

誰も動かないが、血の気配はない。

命に別条はなさそうだった。


「……何で……」


与志野は自分の手を見つめ、震え始める。


翔馬はその手を掴み、無理矢理笑顔を作り、言った。


「大丈夫……大丈夫だ……」


翔馬自身も震えていた。

だが、動揺を見せまいと必死に空元気を作る。


あの時の様に。


その時。


「おい!!なんだ今の音は!!」


廊下の向こうから、教師の怒鳴り声が響いた。


翔馬の背筋が凍る。


「この声……担任の大井史(おおいし)!?」


この光景を見られたら終わりだ。

説明なんてできるはずがない。

停学どころじゃ済まない、下手をすれば二人とも学校にいられなくなる。


翔馬は即座に判断した。


「与志野、来い!」


「え……?」


返事を待たず、翔馬は与志野の腕を掴む。


「いいから!!」


教室のドアを勢いよく開け、二人は廊下へ飛び出した。


遠くで教師達の足音が近づいてくる。


階段を駆け下り、昇降口を抜け、校門の前へたどり着く。


西日が校門を赤く染め、影が長く伸びていた。


人影がひとつ。


校門の脇に、誰かが立っている。


翔馬達は走りながら、それに気づいた。


(……誰だ?)


近づくにつれて、息が詰まる。


黒いマスク。

気だるそうな立ち姿。


田野 恵那。


「……」


田野は逃げてきた二人を見て、驚いた様子も見せず、ただ静かに一歩前に出た。


「……やっぱり君達、目覚めたんだね」


息を切らす翔馬に近づいてきて、静かな声で言う。


翔馬と与志野は、ようやく足を止める。


「ハァ……ハァ……え……?」


翔馬の肩が上下する。

与志野はまだ混乱したまま、翔馬の腕を握っていた。


「さっきの……見てたよ」


「田野……なんでお前……」


田野の表情は、いつもの眠そうなそれではなかった。


鋭い。

真剣。

そしてどこか、覚悟を決めた目。


「話がある。

 ここは……ただの高校じゃない」


それが――

神界高校の“裏側”への入り口だった。

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