第一章_4[当代魔王、エレシア]
真夜中に生計を立てていた村をひっそりと発った、ハーフダークエルフの美少女な俺と、ハイエルフで美人な母親であるフィリシアさんの二人。
あの村の周辺には、鬱蒼とした森林が広がっていて、高い防御壁でぐるりと囲われており、門を通らないと入れないくらい程に厳重だった。
とはいえ、そんな森林の中にも街道が通っているのだが、かと言って……お世辞にも整備されているとは言えないが、切り拓かれているのでマシだ。
ただ、この街道では……魔王の軍勢や魔物、獣の類いと、夜間遭遇したという話をよく聞かされている為、昼間のみ通行するようにと言われていた。
しかし、俺たち母娘は、自分の意思で村を出ると決めた為に、こうして夜間……鬱蒼とした森林の街道を、次の集落に向かって移動するしかないのだ。
フィリシアさんの話では、今向かっているのは……魔王の支配地域にある町らしく、俺が生きやすいだろうということで、選んだと言っていた。
「うにゅぅ?」
「可愛い声出しちゃってー?どうしたのー?」
「かあさま、まち……みえないね?」
かれこれ、一時間は歩いているだろうか。
流石に、六歳程の幼女の身体には堪える距離だ。
それに……いつ何ものかが、暗がりから俺たち母娘目掛け……襲ってきてもおかしくない雰囲気の場所を歩いていた。
まぁ……母親のフィリシアさんは、弓と魔法が使えるし、娘のユレシアこと……俺は、『魔束者:真』という……チートスキルを生まれ持っている。
だから、魔王に与するものについては俺が、獣の類いについてはフィリシアさんが、担当するという話を……先程、歩きながら決めたばかりだった。
時折、俺は顔を見上げ……フィリシアさんの表情を伺っていたのだが、不安そうな表情をし始めたので、場の空気を和ませようと、可愛い声を出した。
まぁ……フィリシアさんが、現在何歳なのかは未だに知らないが、俺は……見た目こそ六歳程の美少女だが、中身は四十五年生きた……元極道なのだ。
「ユレシア?いっぱい、歩かせちゃって……ゴメンね?足、疲れたんじゃない?」
「ううん?わたしはぁ、だいじょうぶっ!!かあさまは……?」
「なになにー?ユレシア優しいねぇー!!」
──ポフッ……クシュクシュ……
「うにゅぅ……」
そう言いながら、フィリシアさんが俺の頭に……手を乗せたかと思うと、撫で撫でしてくれたのだ。
さっきまで見せていた……不安そうな表情が、俺の言葉で少し和らげたようなので、少しホッとした。
「でも、私はねー?歩くの慣れてるから!!大丈夫だよー?」
「かあさま、ほんとうにぃ……?」
フィリシアさんが笑ってくれるなら……笑顔でいてくれるのなら、俺は……何だってすると決めている。
それは、前世で……俺の力不足故、最期まで護りきれなかった……瑠璃奈お嬢さんへの贖罪の意味も含まれている。
今度は……今世では俺は、絶対……母親のフィリシアさんを護り抜いてみせる。
あの女神が……言っていたような、『美女に育つが娼婦に堕ちる程極貧』な未来は、是が非でも回避しなければならない。
例え……娼婦に堕ちるのは、俺だけならまだしも……フィリシアさんも同様にというのだけでも、どうにかしたいと思っている。
「お取り込み中失礼するよ?」
「だ、誰ですか?!」
魔力や気配には、人一倍敏感な筈のハイエルフのフィリシアさんでも……今、俺たちの目の前にいる……露出の多い服装の女性を感知出来なかった。
「おやぁ……?ああ!!これは……本当、失礼した……」
──パサッ……
頭の大半をすっぽりと覆っていた、外套のフードのようなものに、その女性が両手を掛けて……ゆっくりと脱ぐと、見えなかった顔が露わとなった。
「ひっ!?」
「別に……あたしは、何もしないよ?」
誰だって……俺によく似た髪の色、肌、目を持ち合わせたダークエルフ……とくれば、ハーフダークエルフである当代の魔王しか……思い当たらない。
まさか、魔王直々に……俺たち母娘の前に姿を現すとは、思いもしていなかった。
「まおうさまはぁ、わたしのぉ……おねえちゃん?」
「うーん……それがさぁ?色々と……面倒くさいんだよ……。」
「うにゅぅ?」
魔王の顔を見れば見るほど、俺の血縁者であることは紛いもないと言えるのだが、『色々と……面倒くさい』と言う意味がよく分からなかった。
まぁ、そういう時は……お決まりの可愛さアピールするに限る。
「というか、二人とも……初めましてだったね?あたしは、エレシア。エレシア=ニールベルカ」
「に……ニールベルカ?!」
「あ、あれ……?母さん!?伝えてない感じ?!」
まさか『ニールベルカ』という名が、魔王の口から飛び出すとは……フィリシアさんも俺も、全く予想していなかった事態だった。
「ま……まさかっ!?みゅ……ミュレシアの娘なのぉ?!」
「うん!!フィリシア叔母さん!!あたしは、叔母さんの妹……ミュレシアの娘!!」
「うにゅぅ……」
このエレシアと名乗る魔王……俺の血縁も血縁、フィリシアさんの妹さんの娘だった。
しかも、母親であるミュレシアさんは、姉であるフィリシアさんのことを、ちゃんと話していたようだ。
ただ、『ニールベルカ』はハイエルフの家系で、ダークエルフの要素はないと聞いた。
俺と魔王エレシアが、ダークエルフの要素を持ち合わせているのは……何かの偶然なのだろうか。
「に、にしても……母さん、『フィリシア姉さんには教えてある』って話……う、嘘だったってこと?!」
「まさか……恐れられている魔王が、私の姪だったなんて……初めて聞いたわよ?それにね……?ミュレシアとは……私が家を出てから、一度も会ってないしね?」
「ええええええええっ!?はぁ……。母さん……嘘じゃんっ!!」
魔王の外見については、以前……知ってそうな素振りをフィリシアさんがしていたが、それはダークエルフが絡んでいるからだと、俺は踏んでいた。
その時の俺の推察だと、父親が魔王と共通のダークエルフなのだろうなと、フィリシアさんの様子で感じてはいた。
だが、流石に……魔王の母親が自分の実妹だったなんて、フィリシアさんも思ってもいなかっただろう。
「ミュレシアは元気なの?」
「うん!!母さんは、あたしと一緒に暮らしてるんで!!元気すぎて困っちゃうくらい……」
「そうなの?!でも、元気ならよかった……」
妹の話なんて、フィリシアさんは娘の俺にすらした事は一度もなかった。
そう考えると、フィリシアさんのご両親……俺の祖父母は、二人も娘が家を出て行ったままになっていることになる。
しかも知らぬ間に、孫娘が二人も出来ていて、それはどちらもダークエルフとの混血で……一人は当代魔王エレシアなのだ。
そんなこと聞いただけで、誇り高きハイエルフの祖父母は、恐らく……卒倒してしまうだろう。
「それでさ……?フィリシア叔母さん」
「ん?エレシアちゃん、どうしたのぉ?」
「住んでた村、追い出されちゃったんだろ?」
「ま、まぁね?」
俺たち母娘が、事実上……村を追い出された事を、魔王エレシアはどこかで耳に入れて、やってきたという事だろうか。
まさかとは思うが、『魔束者:真』という上位スキルによって……自分の足元を掬う可能性がある、俺の命を狙いに来た……なんてこともなくはない。
まぁ……何かおかしな行動を少しでも見せた瞬間、当代魔王であろうが……『魔束者:真』の力で、俺に絶対服従させるまでだが。
「うにゅう……?」
「あたしの勢力下の街で、フィリシア叔母さん……暮らす気あるかな?それに……ユレシア『様』も……如何でございましょうか?」
「まおうさまはぁ……どうしてぇ、わたしのなまえ……しってるのぉ?」
当代魔王エレシアから、名乗っていない筈の名前を……敬称付きで呼ばれた瞬間、俺は全てを悟ってしまった。
今朝の騒動で、確実に……魔王の耳へと、ハーフダークエルフの上位互換スキル持ちの存在が、入れられたということだ。
これはもう予断を許せない状況と言うことで、間違いない。




