序章[極道、畑松淳士]
裏社会で法律の抜け穴を突いた、所謂グレーゾーンビジネスと呼ばれる、ちゃんとやれば合法で通るビジネスを、俺は様々な業種で展開していた。
長年、お上たちの目を掻い潜り、そんな極道の世界で生きてきた俺、畑松淳士は、今年で齢45を迎えるところだった。
そういう稼業故、家族や恋人などは俺の弱みとなり、命取りになりかねない為に、作らなかった。
そもそも、俺は生まれつき孤児で、児童養護施設の職員の方々に育てて貰っていたが、義務教育終了と共に、それ以上負担をかけぬ為姿を消したのだ。
こんな俺と関わりを持ったがために、誰かが酷い目に遭う姿など見たくはないのだ。
だから、都合の良い女ですら抱けるはずもなく、俺らの界隈で流通している、裏モノの成人向けの映像作品を見て、気を晴らすくらいしかなかった。
どうしてそこまで、と思うだろうが……都合の良い女だと思って抱いたら、それは誰かの女で翌日には行方不明になっていたなんて話、よく聞く。それならまだ、対処方法さえ見誤らなければ、どうにかなるから可愛いほうで、抱いたら刺客で……なんて話も幾つか知っている。
基本的には、自分以外信じるなが鉄則で、万一裏切られたとしてもいいように、必要以上の情報などは与えず、損しないようにしておくのが大切だ。裏社会で生き抜くには、常にアンテナを張って情報収集をし、即断即決していかなければ、次の瞬間には行方不明になっているかもしれないからだ。
そんなある日、俺は所属する組織の組長の命で、本部へと召集される事となり赴くと、今年15になる、愛娘のお嬢さんのご指名だった事が判明する。
お嬢さんの名前は、瑠璃奈と呼ばれていたが、本名であったかは定かではない。どうしてなのか、お嬢さんが小さな頃から、俺は懐かれてしまっており、その遊び相手を務めさせていただいていた。
この時も、そういう理由で俺はお嬢さんのお相手の役を、組長直々に賜ったのだった。その場所というのは、本部内にあるお嬢さん専用のお部屋で、しかも監視の目など一切入らず、俺と二人きりの密室という状況になるのだ。
そこまで俺が信用するに足るのかは不明だが、組長に『宜しく頼む』と言われた瞬間、有事の際は死んでもお嬢さんをお護りする責務も兼ねていた。
それから間もなくして、組長はじめ一部幹部たちが、急な用事が出来たと言い、慌ただしく本部を後にしたとの話を、俺は若衆から聞くこととなる。
何だかんだ言おうが、この社会は実力と運がものをいう為、どちらも持ち合わせていなければ、すぐに淘汰され消耗品の如く、消えていくのがオチだ。
まぁそんな具合で、一応は俺も若頭補佐まで駆け上がってきてはいたが、この後起きる事態は全くと言っていい程に、青天の霹靂であった。
突然、明らかに複数の銃声が、本部の建物内に響いたのを俺は感じ取った。まさか、外部からの組織本部への襲撃かと、最初は俺も思ったのだが、それにしては建物内が静か過ぎた。
すると、その静寂を打ち破るかのように、再び若衆が俺とお嬢さんのいる部屋の中へと、飛び込むような勢いで鍵を開けて入ってきたのだ。
しかも、その時の若衆の出立ちは、つい先程俺に報告してきた時とは違い、明らかに誰かに撃たれた状態で、右上半身辺りから夥しく出血していた。
顔から血の気を失い、息も絶え絶えな若衆から俺に伝えられたのは、組長の前妻時代から居る妾に肩入れした、一部幹部らの起こした派閥抗争だった。
もちろん狙いは、組長と前妻との間では叶わず、後妻との間でようやく叶った、お嬢さんの命だった。そうなると理由は明白で、妾にも組長との間に出来た娘、だと言い張る存在が居ることは聞いている。
この抗争で、後妻やお嬢さんを亡き者にし、その存在を表舞台に担ぎ上げたいのだろう。この混乱に乗じて、あわよくば一部幹部らは、組長の命も狙っていることも考えられる。以前、俺が聞いた話では、組長が自分の娘なのか確認しようと、血縁鑑定を持ちかけたところ、妾に断られたとの事で、認知しなかったようだ。
組長に近い幹部の間では、『疑惑の娘』やある幹部の名前を出して『○○の娘』と、密かに呼ばれていた。
このタイミングで、その幹部『○○』の一派が動き出すとは、全くの想定外の出来事だった。しかも、周辺住民などからの通報も恐れず、本部内での発砲を平気で行っており、お嬢さんと交友関係のある構成員に対しては、銃撃を加えてきている。
若衆の話では、他の舎弟や若衆も抗戦し始めているとの事で、既にこの時点で俺は、死んでもお嬢さんをお護りしなければならない状況になっていた。
ひとまず俺は、まずお嬢さんだけでも逃げてもらう算段でいたのだが、若衆の話では既にこの部屋の付近で、撃ち合いが始まっていたと告げられる。
そして、『自分はもうダメなんで、お嬢さんの為、一人でも多く消してきます』と言い残すと、若衆は俺の制止を振り切り、部屋から出てしまった。
本当は、一人でも多くお嬢さんの剣となり盾となる俺の味方が、この部屋にいて欲しかったのだが、若衆にはそこまでの頭は回らなかったようだ。
防弾、防火、防音、断熱、防水など様々な施工がされた、お嬢さんが本部滞在時お過ごしになられる部屋。食料庫やトイレも設置されており、何日も籠城が可能になっている。ただ、難攻不落のように聞こえるこの部屋も、出入り口にある分厚い扉が破壊されれば最後、お嬢さんと俺は袋のネズミに早変わりなのだ。
何とか外部と連絡が取れた為、お嬢さんから組長に連絡を入れて頂いている間に、今後の打ち手を考えることしか、俺にはもう出来ることがなかった。
まずは、お嬢さんの死守が先決で、次にこの派閥抗争の首謀者を消すことが優先されるだろう。当の妾はとっくに匿われ、逃げ仰ているのかもしれないが、『○○』はそうにはいかないはずだ。
組長とお話をされたお嬢さんから、妾は早々に消されたことが伝えられ、屋敷に残っていた母親である後妻も、安全が確保されているとのことだった。
ただ、こうなると話は厄介で、妾に唆された『○○』も、おっ始めてしまった以上、己の面目を保つため死ぬ気でお嬢さんの命を狙ってくるだろう。
三下、二次、三次などを向かわせているとの話を、組長からの言伝でお嬢さんから俺は聞かされており、この籠城もあと少しの辛抱かと思われた。
だが、やはり相手も本気なようで、若衆が出て行った後から、鋼鉄製の分厚い扉への攻撃は止むことはなく、遂にヒンジ部分が破壊されてしまった。
そうなると扉が開くのは時間の問題で、とりあえず食料庫の奥にある床下収納へと、小柄なお嬢さんには入ってもらい、俺は迎え撃つ覚悟を決めた。
しかし、部屋に備えられていた火器は、某国製の自動小銃RAK-747のみで、あとは俺は携行していた元同盟国製の自動拳銃ワルシャワPPKRしかない。
それこそ、始めのうちは好調で、出入り口付近で倒れて折り重なる為、山が築ける程だったのだが、自動小銃の弾が切れてからがジリ貧だった。
そして、俺はお嬢さんが潜む、食料庫内の床下収納の上で壁となり、頭を撃たれその場に崩れ落ち、最後の瞬間を迎えることとなった。動かなくなった人間はクソ重いのを知っている為、俺は撃たれそうになった瞬間、咄嗟に側にあった鋼鉄製のラックを、自分に向けて引き倒していた。
まぁ、凶弾による脳死なのか、ラックによる圧死なのかは分からないが、45年という俺の人生に終止符が打たれたことは確かだ。
しかし、次の瞬間俺は眩く光る部屋の中に、先程までの姿で立っていたのだ。
すると、そこへ美女が現れ「淳士よ、選べ『美女に育つが娼婦に堕ちる程極貧』か、『ブスに育つが一生困らぬ程富裕』かを。」と言ってきたのだ。
そして、現在俺は……母子家庭で極貧生活を送る、美少女ハーフダークエルフとして、異世界転生を果たしたのだ。




