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第9話:適正価格


 大通りの喧騒を抜け、俺たちは一本奥まった通りにある「貴金属街」へと足を踏み入れた。

 ここは表通りとは違い、静まり返っている。だが、その静けさは品格によるものではなく、誰もが互いの腹を探り合っているような、張り詰めた緊張感によるものだった。


 俺が目をつけたのは、【ヴァルディグ雑貨舗】という看板を掲げた、一際立派な石造りの店だ。

 ショーウィンドウには煌びやかな宝石が並び、入り口には屈強な警備員が立っている。


「ここにするか」


「趣味の悪い外装ですわね。金メッキの匂いがしますわ」


 シルヴィアの辛辣な評価を聞き流し、俺たちは重厚な扉を開けた。


 カラン、と涼やかなベルの音が鳴る。


「いらっしゃいませ~! おやおや、冒険者様ですか?」


 カウンターの奥から、腹の出た中年の男が現れた。

 仕立ての良いシルクの服を着込み、指にはいくつもの指輪を嵌めている。

 店主と思しきその男は、値踏みするような視線を俺たちに向けた。


 ところどころがボロボロになった俺のスーツ。

 首から下げたFランクのプレート。

 そして、フードで顔を隠した連れ(シルヴィア)


 男の目から、一瞬で「興味」が消え失せた。


「……当店は一見(いちげん)さんの、特に『低ランク』の方の買取はお断りしているんですがねぇ。まあ、ゴブリンの魔石程度なら、そこのカゴに入れておいてください。銅貨数枚にはなるでしょう」


 男はあくび交じりにそう言うと、手元の帳簿に視線を戻そうとした。

 典型的な「客を選ぶ」タイプだ。

 Fランクの冒険者が、まともな品など持っているはずがないと決めつけている。


 いい反応だ。


 俺は内心でニヤリと笑った。

 こういう手合いは、「本物」を見せた時の反応が一番面白い。


「ゴブリンの魔石だって? ……これを見てから言ってくれ」


 俺はカウンターに近づき、懐から取り出した布包みを、ゴトッと重々しく置いた。そして、ゆっくりと布を解く。


 瞬間。


 薄暗い店内に、毒々しいほどの紫色の閃光が走った。


「な……ッ!?」


 店主の目が飛び出さんばかりに見開かれた。

 カウンターに鎮座するのは、大人の拳ほどもある【紫水晶(アメジスト)】の原石。

 だが、ただの宝石ではない。

 その内部では、封印されていた神代の魔力が液状化して渦巻いており、見る者を吸い込むような魔性の輝きを放っていた。


「こ、これは……! 高純度のアメジスト……いや、それだけじゃない。この内包魔力量はなんだ!?」


 店主は震える手でルーペを取り出し、食い入るように鑑定を始めた。

 額から脂汗が流れ落ち、呼吸が荒くなる。


 数分後、店主が顔を上げた。

 その目からは、先ほどの侮蔑は消え失せ、代わりにドロドロとした「強欲」が張り付いていた。


「……お客さん。こいつは、どこで手に入れたんですか?」


 声が震えている。

 一生に一度拝めるかどうかの国宝級アイテムを前に、理性が消し飛んでいるようだ。


「未踏破ダンジョンの奥深くで拾った。出所(でどころ)は聞かないのが、ルールだろ?」


「え、ええ。その通りですとも」


 店主は舌なめずりをし、へこへこと頭を下げながら、わざとらしい営業スマイルを作った。


「素晴らしい品です。ですが……惜しいことに、魔力の波長が強すぎて、加工が難しい。それに、出所不明となると、裏ルートでの処理費用もかさみます」


 男は電卓のような魔道具を叩き、これみよがしにため息をついた。


「今の相場だと……そうですね、金貨10枚。リスク料込みで、それで手を打ちましょう」


 金貨10枚。


 元の世界でのことを思い出す。人に騙し、(たか)る顔だ。

 こいつは、俺が相場を知らない田舎者だと思って、徹底的に買い叩くつもりだ。


「……へぇ。加工が難しい、ねぇ」


 俺は冷めた目で男を見下ろした。

 Aランク冒険者のバクスですら目の色を変えて、俺を殺そうとしてまで欲しがったものだ。こいつは、俺が無知だと思って適当な専門用語を並べ立てているだけだ。


「帰ろうか、シルヴィア。この店主は目が腐ってるみたいだ」


「ええ。節穴(ふしあな)どころか、眼球がついていないのではありませんこと? この輝きが分からないなんて、哀れな方ですわ」


 俺が水晶に手を伸ばすと、店主が慌ててその上から手を被せてきた。


「ま、待ってください! ちょっとした冗談じゃないですか! ……なら、金貨20枚! これが限界だ! これ以上出す店なんてありませんよ!」


「触るな」


 俺は店主の手首を掴み、ギリリと締め上げた。


「いっ、ぐ……ッ!?」


「Fランクだからって、足元を見られると思うなよ? 俺たちは『適正価格』を知ってるんだ」


 俺は店主の目を覗き込み、静かに告げた。

 この反応だ。50枚、60枚でもくだらないのだろう。


「金貨150枚。それ以下なら、向かいの店に持っていく」


 俺が具体的な数字を出すと、店主の顔が引きつった。

 図星だったのだろう。

 金貨150枚で買い取っても、倍以上の値で売れる確信があるはずだ。


「そ、そんな馬鹿な! Fランク風情が調子に乗るなよ!?」


 店主の態度が一変した。

 彼は顔を真っ赤にして、唾を飛ばしながら怒鳴り散らした。


「ここで私が衛兵を呼べば、『盗品を持ち込んだ不審者』としてお前らなんぞ即座に逮捕だ! 牢屋に入りたくなければ、金貨20枚で置いていけ!」


 開き直りやがった。

 店主の手が、カウンターの下にある警報用の魔道具へと伸びる。


 力づくで奪う気か。


 その時だ。


「――おイタが過ぎますわよ、下等生物(ブタ)


 ぞわり。


 店内の温度が、氷点下まで下がったような錯覚。


「ひっ……!?」


 店主が動きを止めた。

 俺の背後で、シルヴィアがフードを少しだけ持ち上げていた。

 その隙間から覗く、妖しく光る紫色の瞳。


 そこから放たれていたのは、人間相手に向けるような生易しい威圧ではない。食物連鎖の頂点に立つ捕食者が、皿の上の餌に向ける、純粋な「食欲」だった。


「その汚い手が動いたら……指先から順に、美味しくいただいてしまいますわよ?」


 ズリュリュ……。


 店内の影が意思を持ったように蠢き、店主の足元から這い上がり、蛇のように絡みついた。

 物理的な拘束ではない。だが、生物としての本能が警鐘を鳴らしている。「動けば食われる」と。


「あ、あ、あ……」


 店主はガタガタと震え、瞳孔が開いた目でシルヴィアを見つめることしかできない。

 股間から、じわりと染みが広がる。

 店内に、アンモニア臭が漂った。


「失礼しました。少し脅かしすぎたようですわ」


 シルヴィアがふわりと微笑むと、影は霧のように消え去った。

 だが、店主の恐怖は消えない。

 彼は腰を抜かし、へたり込んだまま、何度も頷いた。


「さあ、商談に戻ろうか」


 俺はニッコリと笑いかけた。


「金貨150枚。それに、俺たちの精神的苦痛への慰謝料としてプラス10枚。計160枚だ。……払えるよな?」


「は、はいぃぃッ!! 直ちに!!」


 店主は這うようにして金庫へと向かい、震える手で金貨の詰まった革袋を持ってきた。

 もはや、彼にとって俺たちはカモではない。

 店に入り込んだ、触れてはいけない厄災そのものだった。



   ◇



 数分後。

 俺たちはズッシリと重い革袋を提げて、店を出た。


「ふふっ。あの方、最後は白目を剥いていましたわね。少し(おしおき)が濃すぎたかしら」


「いや、丁度いいスパイスだったよ。おかげで当面の資金には困らない」


 俺は懐の革袋の重みを確かめる。

 金貨160枚。

 これで宿代と食事代、そして何より――情報を買う金ができた。


「さて、次は装備だ。表の店じゃ手に入らないような、『掘り出し物』を探しに行くぞ」


「掘り出し物、ですの?」


「ああ。……この街の闇に眠る、『呪い』たっぷりの極上の食材をな」


 だが、俺が求めるのは()()()()()()ではない。

 ()()()()()()()()()()()()だ。


 この街のどこかに眠る、「呪い」という名の極上食材。

 それを見つけ出すのは、そう難しくなさそうだった。


 ――しかし、俺の鼻はそれらとは違う、別の「飢えた獣」の気配を、嗅ぎつけた。

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