第6話:お食事会
「ブモォオオオオオッ!!」
オークの群れが、地響きを立てて殺到する。
丸太のような腕が振り上げられ、俺の頭をカチ割ろうと迫る。鉄格子の向こうで、バクスたちが「あーあ、ミンチだな」と嘲笑う声が聞こえた。
だが、遅い。
今の俺には【超音波】による全方位感知がある。背後からの攻撃だろうと、手に取るように分かる。
「――まずは前菜だ」
俺は半歩踏み込み、振り下ろされたオークの腕を、素手で受け止めた。
バチィンッ!!
衝撃が走るが、スライムから奪った【物理耐性】がダメージを殺してくれる。
俺はそのまま、オークの太い腕を強く握りしめた。
【対象:ハイ・オーク】
【強奪可能:剛力Lv3、皮膚硬化、棍棒術】
『――スキル【剛力Lv3】および【皮膚硬化】を強奪しました』
ズリュゥゥ……。
腕から流れ込んできたのは、獣臭い脂身の塊のような感触だった。
「うぐ、脂っこいな……」
胃もたれしそうな野生の味。決して上品ではないが、エネルギーだけは満ちている。
ガクンッ、とオークの巨体が沈んだ。力を支える筋肉の使い方も、皮膚の硬さも、すべて俺が食らい尽くしたからだ。
逆に、俺の身体には力がみなぎる。
全身の筋肉が鋼のように引き締まる感覚。
「ふんっ!」
俺は奪ったばかりの【剛力】を乗せ、オークの顔面を裏拳で殴りつけた。
グシャアッ!!
嫌な音と共に、オークの首がへし折れ、巨体が紙屑のように吹き飛んだ。
吹き飛んだ死体は後続のオークたちを巻き込み、ボウリングのピンのように薙ぎ倒していく。
「は……?」
鉄格子の向こうで、バクスの笑い声が凍りついた。
俺は服についた返り血を払い、シルヴィアに声をかける。
「シルヴィア、残りは全部やる。好きに食え」
「ありがとうございます、カナメ様。……では、遠慮なく」
シルヴィアが優雅にスカートをつまみ、一礼する。
次の瞬間、彼女の背後から「影」が膨れ上がった。
漆黒の影は無数の牙となり、オークの群れへと襲いかかる。
「ギ、ギャアアアッ!?」
それは蹂躙だった。
魔法ですらない、純粋な捕食。
上位生物が下位生物に対して当たり前に行う純粋な食事。
ライオンがシマウマを狩るが如く、――いや、ライオンが無抵抗なネズミを一撃で屠るが如く、一瞬の出来事だった。
オークたちは抵抗する間もなく影に飲まれ、断末魔と共に消滅していく。
わずか十数秒。
部屋を埋め尽くしていた三十匹以上の魔物の群れは、塵一つ残さず「完食」された。
「ごちそうさまでした。……少しスジっぽくて、大味でしたわね」
「おいおい……とんだ早食いだな」
俺は苦笑しつつ、唖然としているバクスたちの方へ向き直った。
「な、な……なんだ、今のは!?」
バクスが鉄格子にしがみつき、叫ぶ。
「紫水晶か!? あの宝石の力なのか!? おい、よこせ! その宝石を俺によこせぇぇッ!」
「……まだ言ってるのか、あんた」
俺は呆れてため息をつき、ポケットから例の紫水晶の破片を取り出した。
「ほらよ」
カラン、と音を立てて、宝石を鉄格子の向こうへ放り投げる。
バクスは地面を這いつくばってそれに飛びつき、狂ったように掲げた。
「ははは! 手に入れた! これさえあれば俺は最強だ! ……おい、発動しろ! こいつらを殺せ!!」
バクスが紫水晶に向かって叫ぶ。だが、石はただ鈍く光るだけだ。
当然だ。それはただの綺麗な石ころなのだから。
「な、なんでだ……? なんで何も起きねえんだ!?」
絶望の表情で、紫水晶を見るバクスたち。
さっきまで威勢のいい声はすっかり消えていた。
「言っただろ。“そんな大層なものは持っていない”って。アイテム頼りだなんて――勝手な妄想だってな」
俺は鉄格子に手をかけた。
【剛力Lv3】を発動。
金属が軋む音が響き渡る。
「さて。ここまで案内ご苦労だったな、バクスさん」
ギギギギギギッ……!!
俺は分厚い鉄格子を、素手でこじ開けた。
飴細工のようにひしゃげた鉄の棒を跨ぎ、俺はバクスたちの前へと歩み出る。
「おかげで楽に深層まで来れたよ。礼を言うぜ」
◇
「ひっ……!」
バクスの取り巻きたちが、悲鳴を上げて逃げ出した。
俺は追わない。
本当なら【マナ回復】持ちの魔導士は捕食っておきたかったが……今の俺の容量じゃ、脂っこいオークのスキルと、これから食うバクスの『本命』だけでパンク寸前だろう
。
これ以上、詰め込めば、消化不良で自滅する。バイキングでも腹八分目が鉄則だ。
用があるのは、目の前で腰を抜かしているリーダーだけ。
「く、来るな……! 俺はAランクだぞ! 『疾風』のバクスだぞ!」
「ああ、知ってるよ。自分から紹介してくれたじゃないか」
俺は一歩ずつ近づく。
「お前、逃げ足だけは速いからな。地上で襲って逃げられたら面倒だと思って、ここまで付き合ってやったんだ。……ここなら逃げ場はないだろ?」
「て、テメェ……最初から、俺を……!?」
バクスの顔が恐怖で歪む。
ようやく理解したようだ。自分が狩る側ではなく、狩られる側だったということに。 追い詰められたネズミが、最後に選ぶ道は一つ。
「舐めるなァァァッ!!」
バクスが絶叫と共に立ち上がる。 全身から魔力が噴き出す。
「――【音速加速】ッ!!」
バクスの姿が掻き消えた。
速い。先ほど【キラーウルフ】で見せた速度よりも更に上だ。
俺の動体視力では、その姿を捉えることはできない。
殺気と共に、風が俺の顔に迫る。
目視は不可能。だが――
【強奪可能スキル:音速加速】
視界に浮かぶシステムウィンドウの文字と、鼻をつくような、濃密な魔力の匂いでバクスの位置を正確にマーキングしていた。
「そこか」
俺は防御も回避もせず、あえて正面からその突撃を受け止めた。
ザシュッ!!
鋭い痛みが走る。バクスの短剣が、俺の左肩に突き刺さった。
だが、それだけだ。
スライムの【物理耐性】と、オークの【皮膚硬化】。二重の防御スキルが、刃を骨まで届かせず、筋肉で食い止めさせたのだ。
「なッ……硬ぇ!?」
「捕まえた」
驚愕で動きが止まったバクスの腕を、俺の右手ガッチリと掴んだ。
「放せ! 放せぇぇッ!」
「終わりだよお前」
俺はニヤリと笑い、宣言する。
「――ご馳走さん」
【対象:バクス】
【強奪実行:ユニークスキル『音速加速』】
『――ユニークスキル【音速加速】を強奪しました』
ドクンッ!!
心臓が早鐘を打つ。
腕から流れ込んできたのは、オークの脂身とは比べ物にならない――荒れ狂う電流のような衝撃だった。
「ぐ、ぅ……ッ!」
舌が痺れるほどの刺激。喉が焼けるような強烈な味わい。
バクスが人生をかけて磨き上げてきた「速さ」への執念が、高濃度のスパイスとなって俺の脳髄を直撃する。
美味い。
だが、胸焼けがひどい……!
純粋な魔力の塊だった【絶対封印】とは違い、人間のスキルには「執念」や「手癖」といった不純物が多すぎるのだ。
さっき食ったオークの脂っこいスキルも相まって、脳が、胃袋が、俺の器が限界を訴えている。
世界がスローモーションになった。
舞い上がる埃、滴る血の雫、そしてバクスの歪んだ表情。すべてが止まって見える。
これが、加速の世界か。
「あ……が……?」
俺が手を離すと、バクスは膝から崩れ落ちた。
最大の武器を奪われた喪失感と、魔力を強制的に引き抜かれたショックで、白目を剥いている。
「な、なにをしやがった……?か、返せ……、俺の……速さが……」
「安心しろ。お前の『速さ』は、俺がもっと上手く味わってやる」
俺は肩に刺さった短剣を引き抜き、傷口を押さえた。
【皮膚硬化】のおかげで出血は少ない。すぐに塞がるだろう。
背後から、シルヴィアが歩み寄ってくる。
彼女はバクスを一瞥もしない。俺の傷を見て、眉をひそめた。
「カナメ様、無茶をしますね。わざと受けたのですか?」
「ああ。あいつの速さを確実に捉えるには、これが一番確実だったからな」
「……もう。私の王子様は、意外と脳筋ですのね」
シルヴィアは呆れたように言いながら、俺の傷口にそっと唇を寄せた。
濡れた感触と、温かい魔力が染み込んでくる。彼女なりの治癒魔法なのだろう。
「さて、カナメ様。このゴミはどうします? 食べちゃいます?」
「いや、こいつのスキルは全部奪った。もう出し殻だ」
俺は廃人のようになったバクスを見下ろした。
こいつの命そのものには、何の価値もない。
「放置だ。運が良ければ生き残れるんじゃないか? ……魔物だらけのこの深層で、スキルもなしにな」
俺たちは踵を返した。
背後から「置いていかないでくれぇぇ!」という絶望的な叫び声が聞こえたが、俺たちが振り返ることはなかった。
手に入れた【音速加速】と【剛力】。
腹の中には、消化しきれないほどの力が渦巻いている。
胃もたれするような感覚だ、シルヴィアに中身を『パス(排出)』してもらわないと、この吐き気は収まりそうにない。
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